里音書房
第七話 綾乃と二人の風紀委員
『なんだ? この状況……』  その日。彩人は言われるがまま、風紀委員の部室にきていた。  獣人だけで構成されたこの風紀委員は、彩人以外は全員獣人。つまり…… 『ハーレム状態かな?』  と、彩人の想いはあっさりと裏切られ、罵倒の言葉が飛び交っていた。 「なんであんたがいるのよ。」 「いくら、綾乃委員長が言ったからって、本当に来てるんじゃないわよ!」 「そうよそうよ!!」  そんな委員たちは、彩人から数メートル離れた位置から、ヤジを飛ばしていた。というのも、同じ空間を共有していることで、また卒倒してしまうんじゃないかと警戒していた。  事実。すでにちょっぴり頬が赤くなりかけている子がいた。そういう子は…… 「ほんとに来たんだねぇ~」 「ちょっ!! 何してるのよ。あなた。危ないわよ!!」 「あぶなくないよ~ねぇ~」  彩人の頬にすりすりし始める子など、人によって対応が正反対に対応が分かれていた。彩人の隣にあえて移動して密着したがる子。一定の距離を開けて離れる子と、性格からか、内面からかはわからなかったが、きれいに役員を二分にする状況になっていた。  そんな中、スカウトした張本人の綾乃が部室へとやってきた。すると、彩人にべたべたとくっついていた生徒を強引にはがずと、彩人を自分の横へと連れて行った。 「ごほん。彩人くんには、私専属で専門の仕事をやってもらうわ。」 「えぇっ。委員長。ずるい~」 「ずるくないから……」 「そういって、綾乃さん。独り占めする気じゃ?」 「違うから。それに、彩人くんに行ってもらうのは、例の案件だし……」 「例の案件? あっ、まさか……玲奈〈れいな〉の……」  彩人もきょとんとしていたが、ほかの役員たちはざわざわとし始める。玲奈という人を知らない彩人は、綾乃に聞いてみると綾乃が答える前に周囲の役員が答えてくれた。 「まぁ、知らなくて当然よね。」 「あの子は、部屋から出てこようとしないからね。親が裕福なのはわかるけど、授業くらいはねぇ~」 「そんなに出てこないんだ。」 「そう。その子が、玲奈って子。その子の説得に彼、彩人の能力を使おうかと思ってね……」  綾乃は部屋から出てこない玲奈を、LHR因子の強い彩人のにおいで誘い出そうという企てだった。そのことを全く知らない彩人は首をかしげていたが、その玲奈という人が“引きこもり”ということが分かった。 『玲奈って子は、どうして出てこないんだろう……』  彩人の中では、出てこないということは、それなりの理由があるものと思っていた。そんな思いは、あっという間に吹っ飛んでしまう。というのも…… 「いや、入っていいのか? ほんとに?」 「仕方ないでしょ。彼女、玲奈の部屋。ここだもの」  彩人が連れてこられたのは……当たり前といえばそれまでだったが…… 『女子寮じゃん!?』  ピンク色の壁とコンクリートの壁の二色のおしゃれな壁は、男子寮とは違いそれだけでえっちな妄想が広がる。男子禁制の女子寮に入れるだけでも、ほかの男子から矢でも飛んできそうなものだった……  綾乃に先導されて、一歩。足を踏み入れると男子寮とはまた違う、女子寮らしい匂いが彩人の想像力が掻き立てられていた。 「いい。彩人くん。」 「えっ?」 「女子寮だからって、変なこと考えないでよ?」 ギクッ。  綾乃の図星のような鋭い指摘に、ドキッとしているとあきれた様子でため息をついた綾乃だった。 「まぁ“想像しないで”とは言わないけどさ……」 「ご、ごめんなさい。」  ゆっくりと綾乃の後ろをついていく彩人は、その道中に女の子独特のにおいが“ぷ~ん”と鼻をくすぐり、ムズムズとしてしまっていた。  玲奈の部屋は四階建ての最上階の角部屋で、見晴らしのいい場所に位置していた。  そこまで行くと、綾乃は彩人に少し離れているように言うと、扉のインターホンをならす。 ピンポーン  すると……中からは女の子らしい、キャピキャピとした声が聞こえてきた。 「は~い。だ~れ?」 「『だーれ』じゃないでしょ。」 「げっ。委員長が、何の用よ。」 「何の用って、あんたを連れ出しに来たんでしょうが。」 「ええっ。やだよ~」  彩人は廊下で立ち聞きしながらも、どんな顔していればいいのかわからなかった。ここが女子寮ということもあったが、ただいるだけなのに彩人の鼻を女の子らしい匂いが常時くすぐっているのだから、気になるのも当然だった。  扉越しにやり取りしている綾乃と玲奈は、いつものことのようにやり取りを続けていたが、収拾がつかず説得に苦労していた綾乃は、とうとう奥の手を出す。それが、彩人だった。 「ほんとに出てこない気なのね。」 「そうよ。もう、しつこい!!」 「でさ、今、扉の前にいるのよね?」 「えっ。そうだけど? それがどうしたの。」 「じゃぁ、そこにいて。」  そうして玲奈を扉の前に待機を指示した綾乃は、手招きで彩人を呼びよせる。そして…… 『彩人くん。ここに座って。』 『えっ? 座るだけでいいの?』 『えぇ。』 『じ、じゃぁ。』  彩人はごく当たり前に、扉の脇に座る。そこには、室内の換気口が取り付けられ、自然換気されている。そこに、彩人が座る。当然…… 「んんっ?! な、なに? この匂い……んんっ!!」  扉の向こうでは、彩人の匂いが部屋内に入り込み、その匂いに玲奈の体が反応を始めていた。初めての感覚に戸惑いながらも、必死に耐えていた。 「ほんとに出てこないの?」 「で、で。出るわけないでしょ! それに何なの? この匂い……んんっ!!」 「この間知り合った子が、因子が強く出る子らしくてさぁ~」 「ちょっ。なんて人連れてくるの……んんっ!」 「ほらぁ~直接見たくない? 玲奈ぁ~」 「み、みた……くない!! んっ。」  体が反応しているのを、必死にこらえ決して扉を開けようとはしない玲奈だったが、ちょっぴりと扉を開け始める。 「あ、開けた……」 「ちょ、ちょっとだけだし……」 「見たいの?」 「ま、まぁ。で? その人って……」  綾乃が手招きをして彩人を呼び、綾乃の後ろからひょっこりと顔を出すと、玲奈は一気に顔が真っ赤になる。 「ちょっ。綾乃! 男じゃない!! 連れてきちゃダメでしょ!!」 「知ってる。彼、身内だからいいのよ。」 「ええっ。どんなただれた風紀委員よっ。んんっ!!」 「この子が、因子が特別強い子なのよ。」  扉を少し開けたことがさらに、彩人のにおいを中に引き入れる形になってしまい、さらに玲奈の体が反応してしまう。 「ちょっと、綾乃。ごめん……」 「あっ! ちょっ!!」 バタン!  少しだけ空いた扉が、一気に閉じられて部屋の奥へと走っていく音が聞こえた直後…… にゃぁぁぁぁぁん!!!! 「なっ!?」  その声はとても艶っぽく彼女たちにとっては、とても恥ずかしい声が女子寮内に響き渡ったのだった。  艶っぽい玲奈の声に、一瞬。彩人と綾乃は顔を見合わせた瞬間。綾乃までが顔を真っ赤にさせる。 「あ、彩人くん。今の声は、聞かなかったことにして。」 「えっ? どうして?」 「いいから! 忘れて!!」 「は、はい……」  それから、彩人を入り口に残し綾乃はオートロックの扉を開けるために、マスターキーを借りに行く。そして、ガチャっと玄関を開けて入り口に彩人を待たせる。 「いい? 彩人くん。ここから動いちゃダメだからね。詮索もなし! いい?」 「は、はい。」  とは言ったものの、彩人の足元は水でもこぼしたかのような水たまりができ、それが部屋の中へと続いていた。 『飲み物でも飲んでたのかな?』  そんな彩人の想いとは裏腹に、綾乃が駆けつけた先では、頭を抱える事態になっていた。それは、玲奈を部屋から出すために、彩人のにおいで誘い出すつもりが、玲奈が拒んでしまったことで、LHR因子が発情を誘発。 『な、なに。匂いだけでイってるのよ。もう。玲奈ったら……』  綾乃の前には、両手を太ももで挟み悶絶している玲奈の姿だった。時折、ビクッ!と体を震わせている姿は、まさに発情そのものだった。  手際よく彩人に見られたらまずいものを片づけたり処理をしたあとで、彩人に声をかける。それは、気絶しかけている玲奈を、ほっておくわけにはいかなかった。 「この人が、玲奈さん……どうしたんですか?」 「いや、詳しくは詮索しないで。いい? いい!?」 「は、はい。」 「じゃぁ、保健室に運ぶから、手伝って。」 「はい。」  それから彩人と綾乃は、両腕を担ぐ形で運ぼうとするものの、バランスが取れずに失敗してしまう。どうするか悩んだ挙句…… 「綾乃さん。」 「なに。何か案でも?」 「これしかありません。」 「なっ?! い、意外と力持ちなのね。」  彩人がしたのは、ぐったりとする玲奈の体両腕で抱えること……つまり。 『それって、“お姫様だっこ”よね? 彩人くん……』  女子の間で憧れのひとつ、一度はされたいことの上位三位に入るものだった。玲奈を抱え、運ぶ姿を見た綾乃はちょっぴり複雑な気持ちになる…… 『いいなぁ……なんて、思ってないからね……』  彩人の腕に抱かれ運び出される玲奈は、ウトウトとした意識の中で夢見心地に温かな気持ちになっていた。 「今、保健室に運んでるから……」 『あぁ。これが“初恋”っていうやつなの?』  玲奈にとって学校で出会った初めての異性に、恋心を抱いてしまった玲奈。保健室に運ばれる後姿を眺める綾乃の気持ちにも、少しずつ変化が訪れていく……
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