メロンサイダース
会社帰りに、社畜 meet 人外お姉さん
 種巣啓(たねずけい)、29歳、不真面目社会人、仕事終わりの準急電車で口あけて寝ていたら、深い森の中でした。ヘルプミー……。    なにがどうしてこうなった。夢でも見ているのだろうか。頬をつねる。あはは、痛いな。笑えない。    今日は残業続きの仕事が一段落ついて、うきうき気分で酒やら食料を買い込んだ帰りだった。通勤電車に乗ってると感じたはずのない世界の終わりを感じるよね。  来週は平日全部休みにして土日合わせて9連休とるつもりだったからね。大好きなウィスキーや日本酒の良いやつを数本ずつ、インスタントコーヒー、カップ麺、チルド麺、その他冷凍食品、缶詰。それに自炊用の調味料がいくつか。あとはゲーム三昧で、とにかくひきこもる気満々だったわけだ。せっかく買った人外娘たちといちゃいちゃするゲームが……。  周りを見渡しても森森森。木木木。ほんとどこなの。泣きそうなんですけど。  旅行もいいかもな、と確かに思っていたけど、これはさすがに予想していなかった……。  スマホを取り出しても当然圏外。  仕方ない。荷物をいったん置いて、あたりをぐるっと歩いてみる。  森だ。っていうか大森林だ。えっ、木の大きさやばくない? 僕が両腕回しても向こう側で指がくっつかない。しかもめちゃくちゃ高い……。有楽町のビル群くらいあるよ。そこから日の光が差している。一瞬、その光が陰る。  ……生き物の気配がする。やばい、肉食獣じゃないよね。装備がスーツとネクタイとかもう詰んでない?  とにかく人を探そう。食料が尽きる前にどうにかしないと。冷凍食品しかないけどかじればなんとかなるかな。飲み物をジュースしか買わなかったのが悔やまれる。水なら傷を洗い流せたんだけど。そう思って荷物を取りに戻る。 「ひぃ」  思わず情けない声が出てしまった。  買い物袋を興味深そうにのぞき込む、めちゃくちゃ筋肉質で背の高い紫の体毛が綺麗な……美女? がいた。めっちゃかっこいい角が二本生えているんですけど……。  ゆっくりと振り向く紫の巨影。  天を衝く二柱の剛角。  その間から走る稲妻のような朱色のタテガミ。  これやばくない……? 「あら……? 弱そうな人間がいるわね。こんなところまで来れるなんて、よほど運がよかったのね。どうせ言っても分からないだろうけど、まぁ頑張って生き延びなさい」  見た目とは裏腹に優しそうな、でも迫力に満ちた声。  僕なんて片手で絞れそうな体格と迫力に反して、とても綺麗な顔立ちをしている。眉毛がキリっとしていて、モデルみたいだ。  少しだけ悲しそうに笑って立ち去ろうとする。小さな布みたいなものを纏っているけど少し刺激的すぎます。あ、ケモミミ。可愛い。 「あっ、すみません。もしよろしければここがどこだか教えて頂けないでしょうか」  なるべく丁寧な言葉づかいで紫美女に話しかける。正直怖いけど話し方に理性を感じるし、すぐに襲ってこなかったから可能性はありそうだ。   「は?」  やばい、きょとんとされてしまった。あっ、首をコテンと、かしげている。破壊力高い。   「ごめんなさい。何か失礼があったでしょうか。ごめんなさい。この土地の作法に疎いものでして」  全力でペコペコする。社畜生活で培ったぺこぺこムーブを見てくれ。とにかく下手に出て相手に取りいらなければ。 「え、ええ。いや、それは別にいいんだけれど」   なぜか狼狽えている。あっ、耳は猫耳みたいなんだな。シュンとしている。  意を決したように近づいてくる。近くでみると存在感がすごい。あと熱い。生命力が放出されているようだ。迫力もものすごい。えっと、主に目の前にある母性の象徴が。あと、すっごい良い匂いがする……。獣っぽいんだけど甘い花みたいな。あ、やばいこれ。 「あなた……言葉が分かるの?」 「分かります」 「わたしが怖くないの?」 「正直怖いですけど、綺麗だなって思います」 「そう……」  紫美女はなぜか遠い目をしてしまった。 「あの、すみません。ここがどこだか教えてくれると助かります。あとあなたのお名前も」 「あっ、ええっと、そうだったわね。ちょっとあまりの事に思考が止まっていたわ。ごめんなさいね。ここは絶死の森で、わたしの名前はベステルタっていうの。言うまでもなく亜人ね」  ぜっし? おいおい、絶死ってこと?どう考えてもやばいところじゃないか。それに亜人…。確かに亜人って言ったな。この世界ではポピュラーなのか? うん、いったんスルーしよう。 「ベステルタさんですね。私は種巣啓と申します。驚かせてしまってすみません」 「ケイっていうのね。気にしないで。それにしてもびっくりしたわ。私と話せるなんて。怖がらないし。ふぅん、何か魔法でも使っているの? 失われた古代魔法かしら。隠すのはためにならないわよ」 「えっと、古代魔法とかかっこいいと思うんですけど、僕としては普通に話しているつもりなんです」  魔法かー。やっぱそういうことかー。これは異世界転移っぽいな。転生じゃないだけマシなのかな?   そう思っている間に、彼女の笑みが少し深くなる。やばい怖い。でも、正直めちゃくちゃ綺麗で気になりません。 「そう。ほんとうみたいね。ふぅん。わたしの殺気にも耐えるか……。普通の人間なら泡吹いて失神しているんだけど。  ふぅん?  ますますよくわからないわね。あと敬語は使わなくていいわよ。名前も呼び捨てで構わないわ。面倒だし」  おっふ。殺気とか、そんなやばいの喰らってたのか。優しいだけじゃないのね。  初対面の女性にいきなりタメ口訊くなんてちょっと抵抗あるけどまあいいか。 「そっか。おかげで話しやすくなったよベステルタ。どうもありがとう」 「……あなた本当に怖がらないのね。どこから来たの?本当に人間?」  そっか。人間以外に変わってる可能性もあるのか。うーん、顔を触った感じ角とかは生えていないな。 「えっと、さっきまでは確かに人間だったんだけど。自分の姿が分からないから何とも言えないんだけど、変わってるところある?」 「特に無いわね。ていうか、さっきまでって何?」  不審そうに眉を顰めるベステルタ。正直に異世界転移したって言った方がいいかわからない。でも変に隠してあとでボロが出るのもめんどくさい。嘘なんてすぐに見破られてしまう自信がある。 「あ、そういえば亜人ってどういうこと?」  完全に慌ててしまい、あからさまに話をそらしてしまった。昔から想定外のことにうまく対応できないんだよ。とっさに頭が回らないんだよね。 「どういうことって……。亜人は亜人でしょ。あなたたち人間がそう呼んで、わたしたちをこの森に追いやったんじゃない。本当に分からないのか、それとも冗談で言っているの? もしかしてわたし馬鹿にしてる? 細切れになれば死人でも喋り出すわよ?」  ほら、完全に墓穴掘った。焦ると碌なことないや。ていうかこの世界の人間何してるんだよ。勘弁してくれよ。あと脅し文句はエグ過ぎます。もう何でも話します。 「ご、ごめん。馬鹿にする気は本当にないよ。君が僕より圧倒的に強いのはよく分かってる。ちょっと気が動転しちゃったんだ」  ベステルタはじーっとジト目で僕を見下ろす。ジト目で見下ろされるのって初めてだけど迫力あるな。 「ふーん、ま、いいわ。嘘じゃなさそうだし。それよりも本当のこと話してくれる?」  ……だめだ、変に取り繕う方がよくない。誠実に対応しないと。正直に話そう。でも保険もかけておかないと。 「うーん、話したいんだけど、もしかしたらベステルタにとって禁忌とかに触れる内容かもしれないんだよね。大丈夫かな? 命の保証してくれるとありがたいです。まだ死にたくないんだ」  駄目だ。考えても分からん。ビビりだけどしかたない。口約束でもいいから約束してもらって本当のこと話そう。 「何よそれ。そんなに危険なことなの?」 「分からないよ。僕にも判断がつかないんだ。ただ、突拍子のない内容だけど、直接君に害を及ぼす内容ではないと思う」 「……ふぅ。話が進まないか。仕方ない。あなたの話を聞いても命を奪わないと誓うわ。我が神、ジオス様に」  信仰対象としての神がいるのか。どこかで詳しく訊いておこう。地雷踏み抜きたくないもんね。 「ありがとう。じゃあ話すね」  そういうわけで僕が異世界から来たことを話した。
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