名無しのサークル
舞① 『中学時代 編』
   「5、6、7、8……うっしゃ! ほな、ぼちぼち休憩入ろか!」    「二人ともお疲れさ~ん」    「うぅぅ~、もうヘトヘトやぁ~……無理、一歩も動けぇへん……」    「はい、華ちゃん。 これ、自家製のスポドリ」    「舞ちゃんありが……って、え? 今"自家製"言わんかった? え、ちょ、自家製ってどゆ事? 舞ちゃんの家どないなってんの?」      大阪の某所にある、アイドル養成所。『アマシマproduction』と書かれた大きな看板が目を引くその建物の、ダンス練習用スタジオに彼女たちは居た。季節も冬ということだけあって、外はもうすっかり日が落ちている。その闇を照らすかのように、ビルの光やらあべのハルカスのライトやらがギラギラと輝いていた。時刻は、もう19時をまわっていた。    「舞ちゃん、もうあの振付け覚えたん?」    「そこそこ。 華ちゃんはどう?」    「んー……ほら、Bメロ入る前のとこあるやん? あの、ダダダッダッダーン!♪ のとこ。 あそこがまだ感覚掴めへんねんなー」    壁にもたれ掛かり、ゴキュゴキュとスポーツ飲料を飲みながら会話する二人。首にかかったタオルの隙間から、汗がキラキラと光を纏いながら見え隠れし、そのままスーッとシャツの奥へ流れ落ちた。  エメラルドグリーンの長い髪をおだんご状に束ねた、表情豊かな少女━━━籠辻 華(かごつじ はな)と、紫色の髪をボーイッシュなショートヘアにした、表情の硬い少女━━━岳都 舞(がくと まい)。まるで正反対に見える二人だが、実は彼女たちは、『舞華』という二人組ユニットとして一緒に活動している、天島プロダクションの中でも"期待の新人"として一目置かれている存在である。二人は今、次の大会で披露する新しいダンスの練習の真っ最中だった。    「ん? なんや、分からんとこでもあったか? 難しいとこは今のうちに聞いとかなアカンでー?」    「ウチは振付け担当と違うさかい、よう教えれへんけど……でも、大まかにやったら教えたげるし、気軽に聞いてな?」    「「はーい」」    そう指示を出すのは、彼女たちの一つ上の先輩であり、彼女らが"師匠"と呼んで尊敬する、天島 千穂(あましま ちほ)と、早見 聖子(はやみ せいこ)だ。  "天島"という苗字からも察しがつくが、千穂は天島プロダクションの社長令嬢である。加えて彼女は、プロダクションの中でも最も勢いのあるユニット、『水簾御前』に所属するメンバーの一人だ。ちなみに、彼女の隣に座る金髪のおしとやかな少女……早見 聖子が、その『水簾御前』のもう一人のメンバーである。中学3年生という若さでありながら、彼女たち二人は、プロダクションを引っ張るリーダー的存在となっている。華と舞の二人は、そんな彼女から直々にレッスンを受けていた。    「にしても、相変わらず舞は飲み込み早いなぁ。 華も、頑張って練習ついてこーへんと、舞に置いてかれんで?」    「もぉ~! そんな事言わんとって下さいよ! あたし、誉められて伸びるタイプやのにぃ~……」    不服そうに頬を膨らませる華を見て、千穂は「冗談やがな~」と言いながら笑う。それに釣られてか、舞も口元を少しだけ緩めて微笑んでいた。練習の最中は皆真剣な顔つきで取り組むが、ひとたび練習が終われば、皆こうして和やかな雰囲気になる。関西人特有のノリの良さ……それもあるかもしれないが、それだけではない。少なくとも彼女たちの間には、長い経験の中で培われてきた強い絆があった。    「なぁ、舞ちゃん……あたしがポンコツでも見捨てへんといてな……?」    先程の千穂の言葉で不安になったのか、華が若干目を潤ませながら舞に問いかけてきた。一方の舞は、一瞬たりとも迷う様子を見せることなく即答で、    「勿論。 私のパートナーは、華ちゃんだけだから」    「うぅ……舞ちゃんありがとぉ~! 大好き~!!」    「むぐ……苦しい華ちゃん。 あと汗臭い」    「酷っ!?」    「ふふっ、二人とも仲良しさんやねぇ」    ギューっと、無邪気な様子で舞に抱きつく華。年相応とも言えるその絡みを見ていると、彼女たちが全国大会の準々決勝に出場する程のスゴ腕のダンスユニットであるという事を忘れてしまいそうだ。額の汗を拭いながら、千穂は内心でそんな風に思っていた。      と、時計にチラリと目をやった聖子が徐に立ち上がる。    「おっと、もうこんな時間……。 ほな、ウチはそろそろ帰るわ。 二人とも頑張りや?」    「えぇ~!? まーたこんな早うに帰るんかいな! 前は22時ぐらいまで一緒に練習しとったやんか。 最近ノリ悪ない?」    「しゃあないやんか。 最近、実家の方がなんや忙しいらしくて、寮やなくて実家帰らなアカンねんもん。 あんまり長いこと外におったら、親に怒られるし」    そう文句を言いながら、聖子はスタジオの端でせっせと鞄に私物を詰めて、帰宅の準備をし始めた。  彼女は京都生まれだが、現在は大阪の高槻市にある中学校に通っている。今時は珍しい、門限の緩い寮が付いた中学校だ。いつもは寮からこのスタジオまで通っている彼女だったが、近頃は家の事情で、寮ではなく実家に帰らなければならないという日々が続いていた。実家から中学校まではバスと電車で50分。そこからスタジオまではさらに30分。なかなかの大移動であった。    「お家騒動っちゅうヤツかいな。 ……まぁー、聖子の家ってなんかよう分からんけど、ごっつ格式高い家なんやろ? そら、いざこざ多くてもしゃーないか」    「まぁ、な。 なんや知らんけど、跡継ぎがどうこうみたいな話で揉めてんねんて。 面倒くさい事に巻き込まれんかったらええねんけど……」    そうこうしている内に、帰宅の準備を済ませてしまう聖子。レッスン用のジャージなどが詰め込まれた鞄とは別に、学校用のリュックも背負う彼女は、さながら海外旅行にでも行くかのような様相になっていた。    「ほな、ウチはこれで。 ちいちゃん、後は頼むわな」    「へいへい、気ぃつけて帰りや~?」    「「ありがとうございました!!」」    ふふっ、と聖子は嬉しそうに笑うと、そのまま手を軽く振りながらスタジオを後にした。パタン、と扉が静かに閉まる音がするまで、華と舞の二人はポケーッとしながら彼女の姿を目で追っていた。    「聖子さん、ホンマに綺麗やんなぁ……あたしもあんなんなりたいわ~」    「アッハッハッハ!! アホ抜かせ、華は色気より食い気やろ?」    「そーそー、向かいにある木本のおっちゃんとこのお好み焼き、アレめっちゃ美味しいからつい食べすぎてしもて…………って何言わすんですかっ! あたしそんなキャラちゃうし!」    ガヤガヤと騒ぎ合う二人の様子を、舞は離れた場所から微笑ましく見守っていた。  舞は、大阪出身ではない。以前は関東地域の郊外に住んでいたが、親の都合で、小学校の時に大阪へ引っ越してきたのだ。そのため、彼女にとってはああいった明るい雰囲気は板につかないらしく、元々口数が少ないタイプでもあったため、関西弁が移るようなこともなかった。舞にとっては、こうして静かに二人を見守っている方が気が楽なのである。      (いいなぁ、楽しそうで……)    しかし、"羨ましい"という気持ちはどうしても拭えない。自然に笑うことがあまり得意ではない舞からしてみれば、ああやってガヤガヤと騒がしく笑い合う二人は、ある意味憧れだった。自分もあんな風に笑えたら……そう思ったことは、過去に何回もある。でも、なかなか上手くいかない。どうすれば良いのだろう……。そんな葛藤を密かに何度も繰り返していた舞が出した結論こそ、『遠くから見守る』だった。自分が加わる必要はない、ただ皆が楽しそうにしているのを見るだけで自分も楽しくなれる筈だ。そんな思いを抱いてからは、舞はずっと二人を遠目から見るようにして、一定の距離を保ち続けた。それが、舞なりの皆との関わり方だった。      「さて、と。 ほな、ウチは別の子らぁのとこ見てくるわ。 二人はまだ休憩しててええで」    「はーい」    そう言うと、千穂はヒラヒラと手を振りながら部屋を後にしていった。チクタクと秒針が動く音だけが響く中、舞と華はポツンと部屋に取り残された。    「……」    舞は焦っていた。いつもは華と他愛ない話が出来る筈なのに、さっきまで変なことを考えていたせいか、何も話題が浮かばない。千穂が去ってから、室内は急激な落差をもって静かになってしまった。その気まずい沈黙が、どうにもむず痒い。舞は、目をキョロキョロと忙しなく動かしながら、チラチラと、タオルで汗を拭う華の姿を盗み見ていた。    「……ん?」    「あっ……」    まずい。目があった。  別に後ろめたい事など何もない筈なのに、咄嗟に目を逸らしてしまう舞。まるで片思い中の女子みたいだ、なんて思ってしまい、余計に顔が熱くなる。本当にどうしてしまったのだろう……そう思いつつ、何とか自分を誤魔化そうとして、目の前にあったスポーツドリンクに手を伸ばす。と……      「秘技! 真剣紫電突きー♪」    「ふひゃっ!?」    突如、舞の身体が電流を浴びたかのようにビクンッ! と飛び上がった。舞の背後に迫っていた華が、人差し指を突き立て、舞の脇腹をグニュッとつついたのだ。    「あっははは! ホンマ、舞ちゃんは横っ腹弱いなー。 いっつもええ反応してくれるから飽きひんわ」    「華ちゃん……本当もうそれ止めて」    「んんー? 口答えする子には……こしょばしの刑やでー?」    「ひぅっ……」    華が両手の指を妖しく動かすのを見て、舞は反射的に身を強張らせる。そんな舞の姿を見て、華はまたしても楽しそうに笑っていた。  華は、舞の弱点が脇腹であるということを知っていた。その為、舞はことあるごとに華からくすぐり攻撃をけしかけられ、いいおもちゃにされていたのだ。特に、口数が少ない時や元気が無い時なんかは、舞はよく狙われていた。    「どしたん? なーんかいつもとちゃう感じやったけど」    「別に……何も無いし」    「ウソやん。 舞ちゃん全然表情変わらんからアレやけど、あたしにはちゃーんと分かるんやでー?」    ニシシッと、華はそう言って明るく笑った。実際、彼女は舞の感情を読み取ることに長けていた。彼女は、小学校の頃からずっと舞と仲良しで、いつも一緒にいる。というのも、転校初日に上手くクラスメイトと馴染めずに困っていた舞に、一番最初に話しかけたのが華だったのだ。舞にとって、大阪でできた初めての友達である華は、舞にとってはなくてはならない存在……常に一緒にいる親友になっていた。だからこそ……なのかは分からないが、皆が舞の表情を読み取るのを困難としている中で、華だけは唯一、彼女の感情や気持ちなんかを読み取ることができたのだ。    「もぉ、そんな無愛想な顔してたらアカンって! ほら、もっとスマイルスマイル!」    「いひゃいいひゃい。 ほっへふぁふかふぁないひぇ」    「んー……ま、言いにくいんやったら無理して言わんでもええけど。 ……でも、一人で抱え込むんだけは止めてな?」    「うん。 ……ごめん、華ちゃん」    「なんで舞ちゃんが謝んのよ? こーゆうのはお互い様やんか!」    そう言って笑う華に釣られて、舞も自然と笑みを浮かべていた。不思議だ……華は、こうやって私をいつも元気付けてくれる。何かに悩んでいる時でも、華と話していると、いつの間にか悩みを忘れてしまう。華ちゃんの笑顔は、まるで天からの恵みみたいだ……舞は、華の笑顔を前にしてそんな事を思った。    「ありがと、華ちゃん。 なんか、元気出てきたかも」    「え? いや、あたしなんもしてへんねんけど……てか、ホンマに何があってん?」    「それは……企業秘密」    「あーそっかー。 企業のお偉いさんが言うてんならしゃーない……ってどこの企業やねん! そもそも何や企業秘密て!」    「ふふっ……あははっ」    遂には、堪えきれなくなった舞がふふっ、と吹き出して笑い始めた。もー、と困り顔を見せる華も、だんだんと可笑しくなってきたのか、しばらくしてからは二人で一緒になって笑っていた。広い部屋の中に、二人の高らかな笑い声が響いていた。    「あははっ……もぉー、何やねんホンマ。 訳分からんわ」    「ふふ……でも、こういう何でもない日常の風景こそが、かけがえのない幸せなのかも」    「え……何やねんそのクサいセリフ。 頭ぶつけたんか?」    「失敬な。 パーフェクトすぎる格言だったのに」    気づいた頃には、彼女たちはいつも通りに戻っていた。飄々とした態度でボケる舞に、明るくツッコミを入れる華。二人で話す際には、こうした関係がいつの間にか成り立ってしまう程に、二人は常に息が合っていた。そうだ……これがいつも通りだ。やっと思い出せた自然体の会話に、舞は心の内でホッとしていた。      と、二人でワイワイ笑いあっていたら、ガチャ、と扉の開く音が聞こえた。千穂が戻ってきたのだ。    「お、ちょうど時間やな。 よっしゃ二人とも、練習の続きやんでー」     「「はい!」」    返事をした途端、可愛らしい中学生といった雰囲気だった二人の目は、プロのダンサーとしての意気込みに溢れたキリッとした目つきに変わった。タオルとスポーツドリンクを置いて立ち上がると、二人は鏡の前に立ちスタンバイした。二人の様子は、真剣そのものだった。      「なぁ……あたしもちょっとだけ、クサいセリフ言うてええ?」    「え……?」  ダンスを再開する直前、華が舞にしか聞こえないぐらいの声でボソッと呟いた。舞が目を向けると、華はちょっと照れくさそうな、しかし嬉しそうな笑顔で、    「舞ちゃん……あたし、舞ちゃんと一緒にダンスしてるこの瞬間が、最っ高に幸せ! だから、ずっと一緒に踊ろな……!」    「華ちゃん……! ……私も、ずっとずっと華ちゃんと一緒に踊りたい!」    「うん! 約束やで!」    目を合わせて、ニシシッと笑い合う二人。直後、スピーカーから流れてくる曲に合わせて踊る彼女たちは、さながら息の合った姉妹のようだった。  とある大阪のダンススタジオにて、二人の若きダンサーは、お互いの友情を確かめ合うかのように、きらびやかに、楽しそうに、たくましくダンスを続けていた。    中学時代 編 END
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