名無しのサークル
舞② 『地元探訪 編』
 うわぁ……と思わず声が漏れる程、駅の通路は人で溢れ返っていた。見渡す限り、人、人、人。夏休みの真っ只中ということもあってか、家族連れやカップル、学生など、様々な層の人々が行き交っていた。でもまぁ、無理もないだろう。何故ならここは、東京に次ぐ日本の中心都市の一つ━━━大阪梅田駅なのだから。      「ほら、ボーッとしてると迷子になるよ。 はりーはりー」    そんな中、人混みに圧倒される自分の襟元を掴み、グイグイと引っ張ってくれている人物がいた。聖歌高のクラスメイトであり、今回の旅のガイド役でもある人物……岳都 舞(がくと まい)だ。彼女は、聖歌高でアイドル研究部に所属し、WINGSというアイドルグループのメンバーとして活動している。メンバーきっての無表情と、プロ顔負けのダンスのセンスが売りの彼女は、クラスの中でも目を引く存在だった。  そんな彼女に、この旅の付き添い役として自分が抜擢されたのは、つい先日。なんでも、彼女が小・中のときに住んでいたのが、ここ大阪なのだという。関西人から連想されるような陽気さ、関西弁などの要素が皆無の彼女からは想像もつかないが、長く大阪で過ごしていたことは事実らしい。    「次は環状線に乗りかえなきゃいけないから……あっち。 早くしないと次の電車に間に合わない。 天からの声が告げている」    グイッ、と服の襟を強く引いて人混みの中へと突っ込んでいく舞。彼女の格好は、白いTシャツの上にデニムのオーバーオール、さらに大きめの黒いリュックという、カジュアルなものだった。ユッサユッサとリュックを揺らして、舞はどんどん先へ進む。別にそこまで急がなくても……と内心思ったが、天からの声が告げているのなら仕方ない。天からの声……彼女がこの文句を口にした時は、自分はほとんど逆らえないのだ。      しかしながら、自分は今回の旅をすごく楽しみにしていた。彼女の地元で、彼女はどんな素顔を見せてくれるのだろうかと、内心ワクワクしていたのだ。よし、旅はまだまだこれからだし、張り切って━━━      ━━━ガタンッ! ピンポーン!    「うわぉ、ベタながら鮮やかなボケ。 ……大丈夫?」    改札に引っ掛った。ボーッとして引っ張られるままに歩いていたら、切符を入れるのを忘れてしまったのだ。周りから突き刺さる視線が痛い。ワクワク気分から一転、こんなので大丈夫かな……と、改札で項垂れる自分なのだった。      ~~~    「着いた。 ここが天王寺駅」    環状線に揺られること数十分。駅を降りた先で待っていたのは、またしても人だかり。そして、天を突き抜ける勢いでそびえ立つ巨大なビルだった。    「今の大阪のシンボルといえば、ここ。 あべのハルカス」    まるでツアーガイドのように、手を広げながら説明してみせる舞。写真では見たことあったけど、こんなにデカいんだ……と、感嘆のため息と共にそんな言葉が漏れる。その感想を聞いて、舞は満足げに微笑んでいた。      クマとおぼしき半目のマスコットがお出迎えする中を進んでいくと、チケット売り場にはやはり長蛇の列が出来ていた。係の人の声と、子供の声が飛び交っている。覚悟を決めて、自分たちも列の最後尾に並んだ。    「あべのハルカスは、地上から約300mの高さにある。大阪のど真ん中にある建物だから、大阪のほとんど全部を一望できると思う」    列で待機する間、舞があべのハルカスについて解説してくれた。ここには何度か来たことあるの? と聞くと、舞はコクリと頷いた。    「ただ、ここに来るといつもちょっとした洗礼を受けるから……」    洗礼……?  どういう事か尋ねようとしたタイミングで、売り場から声がかけられた。思ってたよりも早かったな、なんて思いながらチケット売り場に進んでいく。と、自分たちを見た係のお姉さんが、開口一番、    「いらっしゃいませ。 高校生のお客様1名と、小学生のお子様1名で、合計1,900円になります」    あー……と、思わず苦笑いしてしまう。これが、舞がさっき言ってた"洗礼"なのだろう。二人とも高校生なんですけど……とやんわり訂正すると、お姉さんは慌てて中高生二人分のチケットを用意してくれた。チケットを受けとる自分の隣で、舞は小さくため息を漏らすのだった。      そんな一幕があった後、自分たちを含めた入場者一行は、エレベーターの方へと誘導された。乗り込んだエレベーターは最新式らしく、1分もしない内に最上階の展望フロアへと辿り着いた。  扉が開くと同時に、想像以上の景色が目に飛び込んでくる。思わず、舞と二人で「おぉ……」と声をシンクロさせていた。地上から見ていた時には大きく感じていたビルの数々が、今はもうミニチュアみたいに見える。ブワーッと広がる大阪の街一体の景色は、まさに壮観だった。隣にいた外国人観光客が呟いた「amazing……」という言葉が、その全てを物語っている。    「見て、見て。 通天閣があんなに小さい。 あっちはドームと、咲洲庁舎も見える。 私の通ってた中学校……は、ビルに隠れてて見えない……。 けど、天気が良いから、もしかすると明石海峡大橋も見えるかも……!」    あっちあっち、と指を差したり、しきりにキョロキョロしたりする舞の姿は、なんというか、ちょっと珍しかった。何度か来たことがあると言っていた割には、随分はしゃいでいるように見える。ただ、表情だけは相変わらず固いままだったが。  でも、本当にこの景色はすごいな……。手すりに寄りかかりながらそんな事を考えていると、二の腕をグイと強めに引っ張られた。    「あそこ、通天閣の辺りから左ななめにずーっと行った所にある、高層マンションの隣。 あれが、かつて私が通っていたアマシマプロの事務所」    えっ!? と慌てて目を見張る。舞が指差す先には、確かに『アマシマproduction』と書かれた大きな看板がある建物があった。    「懐かしい……。 中学時代は、授業が終わるとすぐに華ちゃんと一緒に事務所に行ってた。 それで、夜遅くまでレッスンして、ヘトヘトになりながら家に帰る。 ……あの頃は、大変だったけど、毎日が楽しかった」    事務所を見下ろしながら、舞はノスタルジックにそう呟く。事務所に顔を出さなくて良いの? と尋ねると、舞はしばらく黙っていた。そして、しばらく経ってから、ほんの少しだけ首を左右に動かした。    「今日は、行きたい所がたくさんある。 あなたと一緒に行きたい場所もある。 だから、行こう。 今日は忙しくなりそう」    そう言うと、舞はトタトタと下の階にあるグッズコーナーへ駆けていった。まだあんまり見てないのに……! と思いつつ、すかさず自分も舞を追いかけていく。エスカレーターの手前で、幼い女の子二人組とすれ違った。彼女たちは、楽しそうに笑いあっていた。      ~~~     あべのハルカスを出た後、自分たちは天王寺周辺を色々と歩き回った。天王寺動物園や大型ショッピングセンター、市立美術館等、駅の周囲だけで十分に充実した時間を過ごすことができた。  その後。いやー楽しかった! と、半ば満足しきった顔で駅に戻ろうとした時、舞にまた腕を引っ張られた。    「そっちじゃない、こっち」    どうやら、まだ別の目的地があるらしい。舞に案内されて昔ながらのチンチン電車に乗り込み、のんびりと揺られながら進む。  それから、十数分後。辿り着いた駅の先には、巨大な赤鳥居がそびえ立っていた。    「ここが、住吉大社。 全国の住吉神社の総本山で、航海の神様として有名。 それだけでなく、産業や外交、貿易などへのご利益もあるらしい」    さ、まずはこっち。 と、相変わらずガイド気取りで案内をしてくれる舞に続いて、中へと入っていく。池や松の並木が広がる庭園はとにかく美しく、目を引いた。  橋を渡り、手水所で手を清め、門の前で一礼。そうして自分は、舞に案内されるままに、大きくそびえる四ヶ所の本宮に順にお参りをしていった。    パチ、パチ。    二礼、二拍手、一礼。教えられた通りにお参りをする。ここが、舞がどうしても来たかった場所なの? と、全ての本宮へのお参りが済んだ際に尋ねてみた。すると舞は、また首を左右に振った。    「少し、違う。 本当の目的はこっち」    そう言ってから、また舞に手首を掴まれる。今度は引っ張られないようにと、舞のペースに合わせて小走りで進んでいく自分。すると舞は、あろうことか住吉大社の敷地をあっさりと抜けて、左奥の方の出口から住宅街の方へと向かっていった。  え、え……? と、戸惑う自分をよそに、舞はずんずんと進んでいく。趣のある住宅街を右へ、左へと進んでいくうちに、舞は、ある一軒のお寺の前で立ち止まった。ここは一体……? と尋ねるよりも早く、舞は中へと足を運んでいく。    「まずは、本堂にお参り。 向こうへいくのはその後」    よく分からないまま、舞に言われた通りに本堂にお参りをしに行く。賽銭を入れて鐘を鳴らし、看板に記載された呪文みたいなお経を唱えながらお参りする。それが済むと、舞はあっさりと後ろを向いて、トタトタと駆けていった。そうして、入り口横の開けたスペースへと消えていった。慌てて彼女の後を追う自分。そして、彼女が消えたその空間に足を踏み入れた瞬間、あぁ……と思わず声を漏らした。      そこは、教室一部屋分ぐらいの広さの場所だった。そしてそこには、様々な人たちのお墓が、整然と並び立っていたのだ。      目の前の光景をしばらくボーッと見つめてから、ハッと我に返り、舞の姿を探す。彼女は敷地の一番奥、端っこの所にあるお墓の前に座っていた。舞が居たのは、『籠辻家乃墓』と刻まれたお墓の前。彼女が降ろしたリュックからは、タオルやお線香、数珠、砂糖菓子、造花などの様々なものが出てきた。    「久しぶり、華ちゃん。 去年の夏以来……だっけ? 最近来れなくてごめんね。 ……え? あ、いや、違うから! この人は、そういうのじゃなくて……!」    お墓に語りかけながら、せっせと濡らしたタオルで墓を綺麗に拭いていく舞。その手つきは、随分と慣れているように感じられた。そんな彼女の背中を後ろからただ眺めていた自分は、しばらくしてからやっと、慌てて彼女の手伝いをし始めた。    「はい、これ。 あなたの分」    舞が差し出したのは、既に火がつけられた一本の線香。その準備の良さに感心しつつ、舞と一緒に線香を立てて手を合わせる。その間にも、舞はお墓に……いや、その"華ちゃん"に向かって何かを語りかけ続けていた。  しばらく、静寂な時間が流れる。部活帰りの中学生たちが、自転車で側の道を走り抜けていった。      「華ちゃんと出会ったのは、小学校の頃。 無口で無愛想な私に、初めて声をかけてくれたのが、華ちゃんだった」    手を合わせ終えると、舞は片付けがてら、その"華ちゃん"という人物について話してくれた。    「華ちゃんは、私の大切な親友。 『舞華』ってユニットを組んでダンスを始めたのも、アマシマプロに入るのを決めたのも、全部華ちゃんの影響だった」    これ。 と、舞が差し出したのは、スマホで撮られた写真。そこには、舞と一緒に笑顔でピースをする、緑髪の少女が写し出されていた。    「華ちゃんとは、いつも一緒にいた。 ……だから、華ちゃんが事故で亡くなったって聞いた時には、目の前が真っ暗になって。 これから先、どうすれば良いのか分からなくなった」    俯く舞を見て、言葉に窮してしまう自分。今まで考えもしなかったが、彼女は、自分には想像もつかないくらい重く苦しい過去を背負っていたのだ。    「……私が聖歌高に転校してから、何故か頭の中で天からの声が……華ちゃんの声が聞こえてくるようになって。 初めは、幻聴か何かだとばかり思ってた。 けど、その声に導かれるようにして、私はWINGSに、皆に……そして、あなたに出会うことができた」    舞は、ここでようやく自分と目を合わせた。その瞳は澄んでいて、透き通っていた。      「右も左も分からなかった私を、華ちゃんが導いてくれた。 そして、その先にWINGSがあった。 今はWINGSでの活動が、皆の存在が、私の心のささえ」    彼女は、強い。  でも、その強さは皆の存在があって初めて成り立つような、脆いものなのかもしれない。  風が、線香の煙を静かに揺らめかせている。その煙は、まるで天へと高く手を伸ばすかのように、上へ、上へと向かっていった。      ……大丈夫。 舞は、昔も今も一人じゃない。  華ちゃんの代わりにはなれないかもしれないけど……でも、自分が精一杯舞のことを支える!      確か、そんな感じだったと思う。  舞に何か声をかけようと、自分は必死になって言葉を絞り出したのだ。言い終えた時には既に、自分が何と言ったのか自分で分からなくなっていた。ただ、その言葉を聞いた舞が、目を丸くしてじっとこちらを見つめていたことだけは覚えている。    「……き、急に何を言い出すかと思えば……」    口ごもるように細く声を漏らす舞は、どうやら返事に困っているみたいだった。流石にキザすぎただろうか……。と、自分の発言を反省している時だった。    「っ!? だ、だから違うって言って……! いや、今のは別に……。 もう、変な勘違いしないでっ……!」    急に、目に見えてわたわたと慌て始めたかと思うと、しきりにお墓の方に向かって喋り出す舞。端から見れば異様すぎるその光景にキョトンとしていると、舞がムスッとした表情でこちらを睨んできた。その顔は、どことなく赤みがかっているようだった。    「あ、あなたが急に変なこと言い出すから……華ちゃんにからかわれた。 あなたのせい……」    え、えぇ……。 と、どう返して良いか分からず困惑してしまう。天からの声……華ちゃんの声が聞こえないこちらからしてみれば、舞が何を言われ、どこをイジられたのかが分からないからだ。とりあえず一言、なんかごめん……と謝っておく。    「……まぁいい。 あなたの言葉に、嘘偽りはないみたいだったし。    ……だから、その……ありがと」    消え入りそうなその声を、自分は聞き逃さなかった。いつも飄々としていて、無表情で、感情を表に出さない彼女が、"ありがとう"と言ったのだ。  言葉自体はありふれたものだったけれど、舞の口から出たこの言葉には、何故か深みと温かみが感じられた。この一言だけで、今日の旅が最高に良かったと言えるような……そんな気がした。      「……さぁ、目的は済んだ。 後は、無事にお家に帰るまでが遠足の掟。 ……だから、帰ろっか」    にっこりと、今日一番の笑顔を見せる舞。そんな彼女に釣られてか、自然と自分も笑顔になっていた。  舞と手を繋いで、お墓を後にする。線香の煙を割って入るようにして進んでいくと、その不思議な香りが鼻にかかった。ふと振り返ると、夕日が華ちゃんのお墓に反射していた。その柔らかな日射しは、舞の手と同じくらい、温かかった。    地元探訪 編 END
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