Circle image
クロスクオリア
2018年12月21日 13:21
Posted category : Article

『CROSS・HEART』Story.2 優しさの代償2-1

 

 「彼女」は樹の幹に寄り掛かり、落下しないように上手くバランスを取りながら、太い枝の上で転寝をしていた。微睡に身を任せていると、ふと若い男性の声が耳に届く。何かを説明しているようだが、これは――――……リィースメィル大陸の歴史?


                 


 ――聖戦終結から、二十五年後。現在より一八七年前。ついに、グレムアラウドが反撃を開始した。領土拡大を宣言し、リネリスに宣戦布告をしたのである。布告をしたのは、先の大戦で奇襲を仕掛けてきたリネリスへの皮肉の意味もあったのだろう。
 それを受け、リネリスは負ける訳にはいかぬと他種族に共闘要請をした。

 
 まずは、しなやかな肢体、明達な頭脳、美しい容姿に長く尖った耳、戦闘センスに優れ、自らの種族であることに矜持を持つ誇り高き森の住人『エルフ族』。
 頭に小さな角を生やし、家畜の餌を求め簡易住宅で広大な平原を移動する遊牧種族、『鬼族』。
 人間と変わらない知能、身体能力を備え、獣の耳と尻尾を持ち、その種類は特異なものを含めず大きく分けて『ケット・シー』と『クー・シー』の二種により構成される、寿命が約三十歳という短命の種族『獣人族』。
 この三種族に共闘要請を持ちかけた。エルフ、獣人は悩んだ末に戦争に参加することを承諾。ただしエルフは、極力森を戦場にしないという約束を交した上での参戦。鬼族は平和を何よりも望むことから参戦を拒否。
 こうして、人間・エルフ・獣人による『リネリス王国連合軍』と『グレムアラウド王国軍』による、リィースメィル大陸第二次大戦の戦火が上がった。
                        
 三種族と一種族では、戦力的にも人数的にも圧倒的に連合軍側が有利と思われた。
 ――が。魔族も、馬鹿ではない。リネリスが他種族に共闘を求めるなど、当然想定の範囲内であった。もし、自分達以外の全種族を敵に回したとしても、勝算は十分にあったのである。何故なら、技巧なる自らの魔法と、そして皮肉にも人間から伝達された科学を結集して創られた存在、生体兵器『魔導式変造生物』――通称、『魔物』があったからだ。 

魔法と科学の融合兵器、『魔物』。これは生きている生物を捕獲し、身体能力を極限まで強化、殺傷のみを行動目的とし、上位の個体になると魔法まで使えるという、まさに狂戦士。それが何千、何万といるのである。瞬く間に形勢はグレムアラウドへと傾いた。


 そしてその時。追い詰められた連合軍側に、決定的な追い打ちがかかった。
 獣人族による、裏切りである。
 獣人の中にグレムアラウドの上層部と密通していた者が多数おり、いくつかの主力部隊の隠れ蓑を密告され、大幅に戦力を失うことになったのだ。
 まさに、絶対絶命。しかし、元より人数の少ないグレムアラウド王国軍。その時点で兵士の数はもはや壊滅的になっていた。魔物の数も百にも満たない程に減り、戦場に倒れていた兵士、既に骸となった魔物など、生命活動を終えた者達までもを魔物化させるという状況に陥った。この死体を使った魔物生成は通常の魔物より生命力が強いが、自我が無いに等しく、生ける屍となってしまう。その容貌はあまりに醜怪であった為、当の魔族からも嫌悪されていたらしい。それらを使わねばならぬ程に状況は切迫していたのである。
 とにかく、大戦後半はそんな腐敗した死体が徘徊し、血で血を洗う状況下。まさに地獄絵図そのものだった。


 そして最後には消耗戦となり、頭数の多かったリネリス王国連合軍が勝利を勝ち取ったのだった。

 しかし結果としては、両者自分の国を建て直すだけで精一杯であり、勝戦国リネリスが敗戦国グレムアラウドを支配するなど、そういった余裕は全く無かった。よって、領土や立場は変わらず、実質政治的に変化したことは無かった。



 ただ変わったのは、一部種族間の関係に深い溝ができたということである。
 勿論この大戦後、人間と魔族の関係は過去類を見ないほど険悪なものとなり、また、敵対関係にあったエルフも魔族との関係が悪くなった。


 そして、獣人は全種族から裏切り行為をしたとして、侮蔑の目でみられるようになった。
 完全的な差別である。真っ当な職へ就くことが困難になり、住む場所を追われる身となった。さらに、元より寿命が短いので、現在その数はかなり少なくなっている。
                        
 だが、一番の被害者は――……鬼族。平和を愛し、中立立場を貫いた彼らであったが、戦火に巻き込まれほぼ全滅に近い状態になってしまったのである。
 その原因は、エルフがリネリスに取り付けた「森を戦場としない」という約束が大きかった。森が戦場にならないということは、残るは――平原。鬼族が、住む地域である。武器を持たない彼らは、抵抗することすら敵わなかった。よって、今日の鬼族は『稀少種族』と呼ばれる程に少ない。故に、周りから好奇心や興味の目でみられることが多い。


 大戦の不満が政府に来ないようにする為、戦争の『悪役』として利用され、戦後の混乱の中、大量虐殺まで行われた獣人族。

 平穏を望んだが故、身を滅ぼす結果となり、戦争の『悲劇』としていいように国に扱われた鬼族。


 様々な爪痕だけを残して、聖暦二十九年、今から一八九年前、リィースメィル大陸第二次大戦は、幕を下ろした。実際に戦っていたのは三年間だったが、その悲しみ苦しみは百年分に相当する、そういった意味合いで、人々はこう呼んだ――……

 『百年戦争』、と。 

「……で、その時の生体兵器、何か繁殖できるらしくてな。戦争が終わってから勝手に増え始めたんだ。それが、今の魔物。ま、創られた時より殺傷本能は薄れてるみたいだから当時よりは危険じゃなねぇけど、危ないことには変わりない。だから、そいつらを駆逐するのが仕事の『狩人』(ハンター)って職業もある」
「……」
「死体を使った魔物も、まだほんの少し残っていて『既死魔物』(アンデッド)って呼ぶ。オレは出くわした事ねぇけど、何でも暗い処が好きなんだと。気味悪ィよな」
「…………」
「あー……日を跨いじまったけど、魔物の説明はだいたいこんなところ」
「……つまり……昨日私たちを囲んできた『魔物』っていうのは、その百年戦争の武器の残りなんだね?」
「え? あ、あぁ……」
 大まかな事柄は頭に入っているようだ。けして物覚えは悪くないようである。
「うん、よくわかった。歴史の説明までしてくれてどうもありがとう! ……それでね、昨日魔物に囲まれた後、」
「あー、いや、ほら……魔物の説明するなら、百年戦争の話は必須だろ? だったら聖戦の話もしなきゃ解りにくいしな」
「うん、わかりやすかった! ……それでね、昨夜って、」
「いい天気だな」
「そうだね! ……って、違う! 会話繋がってないよ!」
「……そうか?」
「そうだよ! って言うかさっきからずっと私が言おうとすると遮る!」
「…………」
「また黙る……」
 本日何度目かのだんまりを決め込むハール。
 惨劇から一夜明け。あの後、意識を手放した少女を抱えたまま現場から距離を取り夜を明かした。彼女はそのまま今日の朝まで眠り続け……というか昼まで眠り続け、今、太陽はもうすぐ空の一番高い場所まで昇ろうかという時刻である。
 少女は惨状を引き起こした際とその前後の記憶が抜け落ちているらしく、魔物に囲まれた時点までしか覚えがないようだった。目が覚めてから記憶にぽっかりと穴が空いている事を無視するなどできるはずもなく、こうしてハールに繰り返し問うているものの、彼は事実を誤魔化し続けている、という訳である。魔物の説明を含めた歴史概説も、今日に限ってはその手段の内の一つであった。
「ハール、ハールってば……!」
 最初はすべて話してしまおうかとも考えたのだが、彼女にはショックが大きすぎるように思えたので、結局告げていない。
「ねぇ、何があったの? 私、覚えてない……」
 軽く俯き、瞳に影を落とす少女。ただでさえ昨日目覚めてからの記憶しかないのに、その少ない時間のなかでもまたさらに抜け落ちた部分があるということは不安以外の何物でもない。
「何もなかった」
「何もなかったなら、こんなにはぐらかしたりしないよね」
 痛いところを突かれ、思わず閉口する。二度目の『記憶がない』という不安は、一度目に勝るとも劣らないものだろう。あまり強い主張をしなかった彼女が引き下がらないのだ、余程知りたいに違いない。
「……何か、あったんだね?」
 切実さが痛いほど滲み出ている表情に罪悪感が生まれる。だが、そんな状態の彼女にこれ以上負荷をかけるようなことを口にするなどできるはずもなかった。
「いや、その……」
 いい加減同じ会話を繰り返すのにも限界が近いと感じ始めていた。諦めて全部話すか、そう観念しかけた――その時、目の端に黒い物体が映った。
「……その話は、また後でな」

Comment

S♡L集団 6年前
5000 EXC
イラストも小説もいい感じヾ(≧▽≦)ノ
juri 6年前
888 EXC
中立を保っても被害に合うし、かといって参加すると消耗するし、勝っても国が疲弊するし。ホント、戦争っていいことないですなぁ。