『CROSS・HEART』Story.7 古の殺戮者 7-11
「な……に、コイツ……」
辿り着いたのは開けた場所であった。
「ちょーっと予想より……」
長い尾を巻き、
「ヤバそう、かな……?」
あまりの想定外に、無意識に乾く笑い。“それ”は巨体を重たそうに揺らすが、うたた寝をするように伏せた姿勢は崩さずに白濁とした眸を四人へ向けた。
「……ヤバいどころじゃねぇだろ。おい、これって――」
「……ヤバいどころじゃねぇだろ。おい、これって――」
ハールは何かを理解しながらも、確認するようにイズムへと目を遣る。
「ええ、信じたくないですが――“初代”ってやつですね……!」
「初代……?」
リセは彼の言葉を反芻しそのまま呟く。だが単語の意味を――いや、単語が指す意味を理解することは出来ず、彼女もまたイズムを見遣った。
「イズム君、初代って……って言うか、これ――」
「イズム君、初代って……って言うか、これ――」
そしてそのまま視線を“それ”へ向けた。突き立てる刃物は一切の意味を失うであろう、巨石と見紛う胴。老大樹の幹を思わせる四肢と、暴力を体現したかの如き鋭利な爪。長い首の先に伸びるは、歪に黒く捻れた角を生やす頭部。
「竜、ですよ。ただし――魔物ですが」
その躰を包む幾千もの鱗の鎧が、光苔の明かりを映して鈍く光る。だがそれは所々が剥げたり罅が走っていたりと万全の状態ではないようだった。背に翼も見てとれるが、飛べず、風を起こすことも不可能と一目で判断出来るほどに大きな穴が空いている。
「……魔物!? これ、が……!?」
驚きで消えそうになる声を絞り出し問う。リセは今まで対峙してきた魔物を思い起こすが、通常の動物では有り得ない特徴を備えていたり異常に攻撃的ではあったりはしたものの、ここまで普段目にする生き物とかけ離れているものはいなかった。
「魔獣である竜を原型とした魔物です。魔物は一般的な動物だけが型ではないんですよ。生物なら何だってできるんです。魔獣だろうが人間だろうが――」
そういえば以前ハールから聞いた歴史の話に、戦場に倒れていた兵士、既に骸となった魔物までもを再び魔物化させるという部分があった。死んでいようと一度なっていようとできるのだから、生きた魔獣くらい魔物にできるだろう。今まで動物が原型の魔物としか遭遇しなかったため、すっかり失念していた。
「この魔物は力が強過ぎたため、百年戦争初期に製造が中止されたはずなんです。そして文献によるとですが、原型とされたのは雄のみ」
「それって……」
「ええ、他と違って子孫を残すことはできなかった。魔物にこんな言い方をするのも何ですが――絶滅したんですよ」
「……これは二百年前の百年戦争で造られた魔物そのもの、なんだな」
「そういうことになります」
竜が自らの前脚に乗せていた頭部を上げれば、ぎしり、と僅かに鱗が軋んだ。
「それって……」
「ええ、他と違って子孫を残すことはできなかった。
「……これは二百年前の百年戦争で造られた魔物そのもの、
「そういうことになります」
竜が自らの前脚に乗せていた頭部を上げれば、ぎしり、
「たしか竜って冬眠するんだっけー? それが魔物になって変化した感じかな。手酷くやられてこの洞窟に逃げ込んで、冬眠に近い状態で二百年過ごしたと。そして最近になって、ようやく眠りから覚めた……って、眠り姫にしたって眠りすぎじゃない? あ、雄だから王子様かな」
動揺が治まったのか、それとも抑えるためかいつもの調子でフレイアは言う。おどけているものの、状況の把握とそれに至る経緯の予想としては的確であった。
「この王子様にアタシたちみたいに誘き寄せられた人間っていうのが……帰って来なかった狩人、なんだろうね」
「誘き寄せって……あっ」
両手で口を抑えるリセ。なぜ帽子が奪い去られたのかを理解した瞬間、血の気が引いた。――今までの魔物とは、違う。大きさや強さといったものだけではない。根本的に、違う。人間の気配がしたから襲う。人間が目の前にいたから襲う。そういった単純なものではない。時を重ねて“薄まった”、それではない。
「……本来、魔物が殺傷衝動の対象にするのは連合軍側だった種族です。それに向けられた“兵器”ですから。今は時を経てただの狂暴な動物や魔獣のようなものになっていますが、彼は初代だったがゆえに兵器としての血が濃かった。二百年経った今でも、その『作られた理由』に忠実に従ったのでしょうね」
「眠りから覚めたはいいものの、王子様の躰は古傷に加え年月を重ねすぎて動くことが容易ではなくなってしまいました。そこで――
」
金具の古びた扉が開閉している音。――に、よく似た鳴き聲。いつの間にかキィキィといった高く耳障りなそれと、翼がはためく音が幾重にも反響していた。
「忠実な家来を使いましたって? 笑えねぇな」
「竜は魔獣の中でもかなり上位種ですから……まあ、下位の魔物が従わないはずないですよね」
「見事にハメられちゃった……ってワケか。でも見た感じ、相当のご老体だね。多分……」
一つ溜め息をつき、頭をくしゃりとやるフレイア。しかしその蒼い視線は地に落ちることなどなく、竜の顔へ向けられた。
「目も見えてないんじゃない」
彼の眸は濁った白一色で、瞳孔らしきものが伺えない。老衰か、暗闇の中で時を過ごしすぎ退化したか、といったところだろう。
彼の眸は濁った白一色で、瞳孔らしきものが伺えない。老衰か、
「いくら初代とはいえ全盛期とは程遠いってことか。で、こいつらが甲斐甲斐しく世話焼いてると」
方々から刺さる敵意、殺意。ハールは周りを見回すことすらしない。その必要がないほどに、囲まれているのは明確であった。今まで狩人たちが帰ってこなかった理由が今なら解る。逃げる逃げないの話ではない――――“逃げられなかった”のだ。
「……洞窟に元から生息していたとは思えない種類も混じってますね。大元潰さない限り延々集まってきますよ、これ」
方々から刺さる敵意、殺意。
「……
「どっちにしろここで潰さなけりゃ被害者が出続けるんだろ」
「おっとー、それは正義の美少女的に見過ごせないな? ……リセ、いける?」
四人はそれぞれの得物を出現させる、或いは、出現させる用意をする。そして、岩の指揮官のしわがれた咆哮。闇を震わせるその一声が、始まりの合図だった。
「……大丈夫!」
――目覚めたのなら疾く殺せ。殺すべき者がいないのならば、地の果てまででも追い駆けよ。
――駆ける脚が潰れたならば、その眼を以て探し出せ。
――探す眼が濁ったならば、手駒の命で誘き出せ。
――『古の殺戮者』は、唯一にして原初の理由を成し果たす。
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