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クロスクオリア
2019年12月6日 12:12
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『CROSS・HEART』Story.5 月下の賭け 5-8

「――キヨ、鳥にしては静かな子だね」
 フレイアは両肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せながら言う。
「鳥ってもっと鳴くイメージだったからさ。それともそういうのって小鳥だけなのかな。カラスってあんなもの?」
イズムは小さく「ああ、」と漏らすと、少しだけ言いづらそうにゆっくりと口を開く。
「キヨ、本来の姿だと声が出ないんです」
 ハールは元々知っていたのだろう。何も言わない。
「だから一度も鳴かなかったんだ」
「フレイアさんは、気付いていらっしゃったんですね」
「うん。そういう理由だとは……思わなかったけど。それも生まれつきなの?」
「違う、と思います。本人が言ってましたから。昔、急に出なくなったって」
「……病気か何かなの?」
「いえ、多分精神的なものでしょうね」
 丁度その時、キヨが奥から姿を現した。その手には人数分に切り分けられたタルトが乗ったトレーがある。
「キヨ、タルト持ってきました! イズムさま、人数分ありそうですよ。どうせですから、みんなで食べましょうっ! みんなで!」
 声が妙に弾んでいるのと皆でという部分が強調されていた辺り、“イズムの作ったモノが食べたい”という欲望が見え隠れしている。あまりに分かり易くて、思わず笑いが込み上げる面々だった。
 キヨは慣れた手つきで皿に取り分けると、自身も食べ始める。満面の笑みである。
「何かお前ら似てるな」
「ふお?」
 その正面の席で幸せそうな表情の模範であるかのような顔をして頬張っていたリセは、隣のハールに目を遣る。
「キヨと?」
「お前」
「そうなの?……って、あれ、ハール甘いもの食べてる?」
 先刻の発言はどこへやら、いたって普通にフォークを口へ運んでいる。リセの質問に、彼は一旦食べる手を止めた。
「『モノによる』からコイツのは食えんの」
「ふーん、仲良しだねぇ」
 にっこりと笑って、フレイア。
「さぁどうでしょう?」
 イズムは自らの食べ終わった皿と、既に完食していたキヨの分の皿を重ねながら言った。
「さて、どうせ今日は家に泊まっていくつもりだったんでしょう? お風呂、お貸ししますよ」
「わ、イズム君ありがとぉっ! リセ、一緒に入る?」
「ふおぉっ……!?」
「あは、可愛いなぁー……冗談だったけど本当に入ろっか!」
「もう、からかわないでよ……!」
 じゃれあう二人を微笑みながら横目で見つつ、イズムは皿を片付ける為に席を立った。ハールが座っている後ろを通ろうとし――
「……イズム、後で話」
 小さく、彼にしか聞こえないように呟く声がした。
「……わかってます」
 誰にも気付かれること無く短い会話を交す。そして何事も無かったかのように、時間は過ぎていった。




「ねぇねぇ、キヨは仕え魔なんだよね?」
「そうですよー」
 ――――夜。フレイアはキヨのベッドの端に座り、その隣でごろんと寝転ぶ彼女に言った。彼女を挟んで反対側にはリセがうつ伏せに寝、両肘を立てて頬杖をついている。就寝前の歓談というやつだ。
「仕えるって、普段何してるの? 炊事洗濯とか?」
「うーん……それらしいことはしたことないです」
「え、一度も?」
「一度も。家事は当番制ですし、お店の仕事も二人で分担してますし、重いものはいつも持ってくれますし」
 仕え魔に一人部屋というのも、もしかすると珍しいのかもしれない。一般的に仕え魔がどの程度の待遇をされるものなのか二人には分からないが、彼女はそのなかでも相当人間に近く――否、同等に扱われている部類なのだろうと知れた。
「優しいイズムさまは好きですけど、たまには命令してほしいです」
 キヨは腕を持ち上げると、枕を取って抱え込んだ。従者としては贅沢な悩みだ。
 しかしこのような平穏な日々を送っているならば、わざわざ何かをさせる必要がないのも頷ける。狩人として魔物と戦うことでもあれば、主人の魔法の効果の増幅ということも含めその補助役も務まるのだろうが。
「どういう経緯で仕え魔になったの? やっぱり魔法の関係?」
「いえいえ、イズムさまは仕え魔の補強なんか要らないですよー」
 当の仕え魔が言うのだから、事実なのだろう。先刻のハールの発言も併せ、かなりの魔力と技術を有する魔導士らしい。彼女は枕を腹の上に乗せながら言葉を続けた。
「キヨが死にそうだったからです」
 事も無げに言う彼女に、二人は目を見開く。
「仕え魔になると生命力も強くなりますから、イズムさまはキヨを生かすために仕え魔にしたんです」
 普段は人間に限りなく近くあるものの、根本的な考え方はやはり違うのか、その語調からは人間よりも生死を当然のものとして受け入れているように感じられた。
「キヨどこに行っても出てけってされて、いつも追い回されてたんですけど、その時はいつもよりいっぱい引っ掻かれたり突っつかれちゃって。もう痛くて痛くて動けなくって。これは死んじゃうなーって思ったんです」
 まるで、転んで擦りむいてしまいましたーとでも言っているような口調で話す。
 カラス達は縄張り意識が強く、外部者が自らの領地へ足を踏み入れるのを嫌い、仲間と共にそれを即刻追い出そうとする。キヨはどこの仲間にも入れてもらえず、何処かに逃げれば其所を追われ、逃げた場所でも追い出される……ということがずっと繰り返されたそうだ。カラスは知能が高くそれ故に彼らの世界でも、集団生活では時折起こる“それ”――いわゆる“いじめ”があるらしい。
 ――そして、黒のなかの小さな白は、その対象だった。
「ひどい……」
 呟くリセ。しかしキヨはただ、抱えた枕をぽんぽんと叩く。
「うーん、でも当然だと思います。人間とか魔族とかじゃない動物や魔物のなかでは、弱い者は死んでも仕方ないです」
 そう言い、キヨは苦笑した。
「何で痛いことされるのかなぁってずっと思ってたんですけど、ここに連れてきてもらって鏡を見て初めて気付きました。これは殺されてもしょうがないなあって思いました」
「私、キヨの気も知らずに『キレイ』なんて……」
「リセさんはキヨを誉めてくれただけです。だからリセさんは、なにも気に病む必要はないです」
 キヨは、まるで瞼の奥にあるものを見ようとするようにゆっくりと目を閉じる。
「……あの服、昔イズムさまが買ってくれたんですよ。キヨがこれがいいって言ったから。長い袖がひらひらして翼みたいだなぁって。キヨがもってなかった黒い翼」
今彼女は寝間着の白いワンピースを着ているが、あの黒い衣服でイズムの元へと小走りで向かうときのその袂は、ぱたぱたと揺れる翼のように見えなくもない。
「本も、イズムさまがくれました。文字もお料理も、ぜんぶイズムさまが教えてくれました」
 キヨは目を開けると机の横に置かれた本棚を見遣る。そのなかには沢山の本が収まっていた。書架を見ると持ち主の人物像が垣間見られると言うが、小さな子供が読むような絵本から図鑑、詩集、流行りの小説まで様々な種類が並べられており、一見すると部屋の主の年齢が分からない。幼子から年頃の少女までの年月が、同時に小さな書棚のなかに流れているような気がした。
「イズムさまが助けてくれなかったら、キヨは死んでました。だからキヨは一度死んだのと同じです」
 キヨは微笑むと身を起こし、フレイアの方へ顔を向けた。
「……えぇと、だからキヨは、キヨがイズムさまの仕え魔でいたいから、イズムさまの仕え魔なんです。前は死にそうだったからだけど、今は、そういうことです」
 そして、答えになってましたか、と首を傾げた。フレイアは頷く。話の内容は色々な方向に飛びがちではあったが、十分すぎるほどに伝わった。
「……何でそんなにイズム君が好きなの?」
 質問をしてから今更何を訊いているのかと自分自身思ったのか、一瞬驚いた表情をするフレイア。
「イズムさまだからです!」
 そしてそれとほぼ同時にキヨは即答した。
「……いいな、そういうの」
 リセはフレイアの声色に微かな揺れを感じ、そちらに目を向ける。しかし彼女にはいつもの快活な笑みが浮かんでいるだけだった。
「……キヨ知ってます。あのときイズムさまが倒れていたキヨを一度通り過ぎて行ったこと。でも、戻ってきてくれたんです。イズムさまは、お優しい方です」
 そう言ってキヨは再びベッドに身を横たえた。
 キヨがイズムを心から慕っているのは勿論、その逆も然りなのは明白だった。不思議な関係だ。友人とも恋人とも、おそらく家族や単なる主従とも違う。名前のない関係とも呼ぶべきか。本人たちにしか解らないような、本人すら解っていないのか。寧ろ、“解る必要すらない”のだろう。
「キヨがこのこと知ってるの、イズムさまには秘密ですよ」
 キヨはまるで面白い計画を思いついた子供のような、楽しくて仕方がないという笑みで人差し指を唇に当てた。