里音書房
第2話 天才と変態は紙一重?
 それは、運命的な出会いだった……  転入予定の始業式に参加していた近衛司(このえつかさ)は、生徒の一番端っこではあったものの、一番前の席で生徒代表のスピーチを聞いていた。 「生徒代表の葛葉立花さん。」  すらりと伸びた長い手足と、肩まで伸びた整えられた髪はモデルのようなスタイルで、学園のアイドルを体現しているような容姿で、成績優秀者だけに与えられる制服のアレンジがなされていて、そのことでより彼女の魅力を引き立てていた。 『……綺麗な人だなぁ~……』  指先から足先まで整えられたその姿は、まさに代表にふさわしい装いをしていた。そんな彼女が…… ぶぉぉぉぉっ!  お辞儀と同時に打ちあがった始業式を祝う花火と奇妙な一致で、後方にいた生徒には気が付かれなかったのか、その後の司会の人によるフォローのおかげか、『そのこと』は秘密にされてごまかされてはいたが、司の耳にはしっかりと『その音』はしっかりと聞こえていた。 『……あのタイミングであの子が?……』  司にとって、立花ほどの美少女があのタイミングで『おなら』をすること自体驚きで、あっけにとられてしまっっていた。立花が“してしまった”ことを物語るかのように、席へ戻る道中の立花の表情は、耳まで真っ赤になっていた。  そして、このことが研究者譲りの司の好奇心欲を大いに刺激していた。 『あんなかわいい子が、あのタイミングでする?気になる……』  祖父の代からの研究家家系の司は、都会で財を成し両親の故郷でもある、三多根町で暮らすことになった司は彩萌学園へと編入することになっていた。  両親が有名なこともあり、彩萌学園の始業式で新入生代表のスピーチをする予定になっていた。 「それでは、新入生代表の、近衛司さん。お願いします。」 「はい。」  新入生代表として、司がスピーチすることになったのには理由があり、成績優秀者であることで選ばれていた。 「柔らかく暖かな風に舞う、桜と共にわたしたちは、彩萌学園の始業式を迎えることになりました。」  淡々と用意された内容を言葉に乗せて、スピーチしていく司の頭の中では、ついさっきの立花の内容が頭から離れずにいた。 『……あの子、この状況であれをしたんだよなぁ……よく……』 『……余計に気になる。先輩なのかな?……』  在校生代表ということは、成績も優秀で教師からの信頼もあついことは、司にも容易に想像できた。そんな司でも、一つだけわからないことがあった…… 『……なんであのタイミング?何か体調にあるのかな?……』  医学の知識も若干ある司は、立花のあのタイミングでの『おなら』についての、考察をしていた。思春期のお年頃の乙女として、おならというものを他人に聞かれてしまった場合、死んでしまいたいほどのメンタルのダメージを負ってしまう……  それを物語るように、壇上の司から見える立花の表情は、うつむいたままガックリと肩を落としていた。その後、新入生代表のスピーチが終わり、何事もなく校舎へと向かっていく生徒たち。  司はほかの新入生とは異なり、転入性という扱いのため教室へ行く前に、教師のもとを訪れることになっていた。 「ここが、職員室……」  職員室に入ると、そこにはなぜか両親の姿があった。何やら学園の講師と話をしているらしく、話し込んでいる姿があった。何やら、難しい話をしているらしく…… 「おう、司か。立派なスピーチだったな。」 「あ、ありがとう。父さんはどうして?」 「ここの教頭とは、同級生でな。それで、挨拶ぐらいはと。」 「そうなんだ。」 「それで、お前は、これから教室に?」 「うん。そうだけど……」 「どうやら、葛葉家の令嬢もいるらしいから、よろしく言っておいてくれ。」 「えっ?」 「『えっ?』って、お前。子供の頃の事。覚えてないのか?」 「えっ?」  司の近衛家と葛葉家は古くからの縁があり、両親の代からの付き合いがあった。そのため、幼少期には司も葛葉家の子息と出会っていたことがあったが、司はうっすらとしか覚えていなかった…… 「葛葉家って言っても、子供の頃だろ?だいぶ変わってるんじゃ?」 「まぁ、確かに『女の子』だからなぁ。それなりに成長はしてると想うが……」 「女の子?」 「そうだぞ。葛葉家のご子息は女の子だからな?まぁ。あの当時は、男の子勝りの遊びしかしてなかっただろうが……」  司の記憶では、よくかけっこや木に登ったりなど、男の子同士がするような遊びを一緒にしていたイメージが強かった。お互いに幼かったこともあり、男女の隔てなく互いが気さくに遊んでいた。 「それじゃ、教室に行くから……」 「おぉ。よろしくいっといてくれ。」 「うん。」  教室へ向かう道中。司は職員室での父との会話を思い出していた……どうやら、司が編入することになるクラスに葛葉家の令嬢がいるらしく、成績優秀者とのことだった。 『……もしかして……』  葛葉家の令嬢と聞いて、司はひとつの事が頭に引っかかっていた。司の前に生徒代表として登壇したあの可愛い子。立花の事が頭の中に引っかかっていた。司の父も似たようなことを言っていた…… 『で、その令嬢っていうのは、どんな子?』 『えっ?気が付かなかったか?お前の前に登壇した子だよ。』  そんなことを思い出しながら教室へ向かっている司は、教室へと一歩入ったところで、父のあの言葉を思い出した…… 『お前の前に登壇した子……』 『……それって……』 「あ!あなたは!」 「あっ。やっぱり……君は……」  始業式以来の再会を果たすことになった司と立花は、互いに驚きつつも、担任に促されるままに立花の隣の席へと移動することになった。  そして、一通りのホームルームの後、改めて挨拶することになった。 「わたしは、葛葉立花。よろしく。」 「こちらこそ、僕は、近衛司。よろしく。」  この自己紹介が、今後のふたりが切っても切り離せない関係になる最初の出会いだった。当然、ふたりはそんなことになるとはこと時は微塵にも想っていなかった。  クラスでの自己紹介が終わると、司の席はちょうど空いていた立花の隣の席になった。 「始業式以来だね。よろしく……」 「し、始業式。そ、そうね。よろしく……」 「???」  戸惑った印象を受けた司は、疑問には想ったものの、そこまで気にすることでもなかったこともあり、彩萌学園での最初のホームルームがあっさりと終った。  一時限目は、自習になっていて、その時間を利用して、立花が司を連れて学園内を案内することになった。 「よろしく、立花さん。」 「こちらこそ。そういえば、近衛家って、結構有名だけど、あの近衛家?」 「そうですよ。」 「なるほどねぇ。この学園には普通に親の都合で?」 「まぁ。そんな感じです。」  学園の案内のための移動中も、そんな会話をしていると、今度は、立花のほうから司に聞きたいことがある様子だった。 「それで、つかさくんは、何か聞きたいことある?」 「それじゃぁ……」  立花から質問はある?と聞かれた司は、思い切って『あの事』を聞いてみることにする…… 「う~ん」 「なんでもいいわよ。なんでも……」 「じゃぁ。どうしてあのタイミングで『おなら』が?」 「!!!!」  周囲の空気が一気に凍り付いたのがわかるほどに、沈黙が周囲を包み込んだ……そして、周囲の生徒は、口々に噂を始める…… 『あれって、立花さまのあれなの?』 『そんな馬鹿なことありますか?きっと何かの勘違いよ!』 『そうよね……きっと何かの間違いよね……それに、そんなに聞こえなかったし……』  その状況にいたたまれなくなった立花は、司を連れて屋上まで駆け足で上った。それは、もう。ほかの講師が呼び止めても気に留めずにまっしぐらに向かった。 「立花さん。先生呼んでたけど?」 「いいの!後で行くから!それに、あの事は今後一切、他言しないで!いい?」  思春期の乙女である前に、学園のアイドルで成績優秀者で代表も務めた立花が、壇上でおならをしたとなれば、赤っ恥を通り越して、学園をやめたくなってしまうというもの。  先ほどの廊下での話だけで、よほどのダメージを負った立花は、今後どうなるのか気が気ではなかった。それに、知られた相手が、新入生の首席で、転入生の司であることも恥ずかしい気持ちを助長していた。 『新入生のしかも主席で転入生におならの事がバレるとか……もう……』  始業式の前の段階から、立花のクラスでは名前こそ伝わらなかったものの、司の噂が立ち始めていた…… 「……ねぇねぇ。今日の始業式で代表をやる子って、あの科学者の孫らしいよ……」 「えっ!あの科学者の?有名どころじゃない。どうしてこの学園に?」 「なんでも、この学園に知り合いがいるらしいわよ。」 「この学園であの方と知り合いとなれば、おそらく……立花様よね?」  そんな噂話をされていたが、当の立花は転入することになる生徒の事を全く知らなかった…… 「立花ぁ。知ってるの?その生徒の事。」 「知らないわよ。知ってたとしても、幼い頃だし……」  そうして、出会ってしまったクラスと始業式のあの時間。そして、屋上に司を連れ出した立花は、きつく他言しないようにくぎを打つ。 「いい?わかった?他言しないでよ!」 「わ、わかった……。でも……」 「でも、なによ!」 「ひとつお願いしていいかな?」 「ん?なによ?。この際、聞いてあげる……」 「あの……さ。」 「なに?もったいつけなくていいから……」  一歩後ろに引っ込んだ立ち位置になった司、少し離れる形になった立花。それはまるで恋愛の『告白』のようでもあり、その言葉は、天をも貫く欲望にまみれた返答だった。 「あの!立花さん。あなたの『おなら』、嗅がせてください!」  司のその告白は、屋上に響き渡った。当の本人は思考停止という状態になってしまっていた……その様子を興味津々で見る人が屋上へ向かう階段の踊り場で聞き耳を立てていた…… 「なになに。楽しいことになってるじゃない……」  あっけにとられる立花と、興味が最優先の司。そして、楽しいこと優先の遥香の奇妙な日常が始まります。
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