「はい!」
「やぁ!」
体育の授業を行っている立花と遥香。そして司は、男女に分かれてスポーツをしていた。
男子はバスケ。女子はバレーとそれぞれグループに分かれて球技の模擬戦をしていた。立花と遥香は同じグループに分けられることが多かったが、この体育の授業に関しては、パワーバランスなのか立花と遥香は違うグループになっていた。
立花がコート上にいる時は遥香が休憩。遥香がコート上にいる場合は立花が休憩という状態になっていた。
一方の男子はというと、共学してからそこまで男子生徒が多くないということもあり、一応のグループ分けはあるものの、実質的にはヘルプ要因としての司のポジションだった。それに、司自身運動がそこまで得意という訳でもなかった……
そんなことから、休憩していることが多かったこともあり、遥香や立花と話すタイミングが多くあった。
「司さん。休憩?」
「あ。遥香さん。そっちも?」
「えぇ。わたしも、そこまで運動が得意という訳でもなくて……」
確かに、遥香は立花や他の生徒とは比べ、グラマー体形のため肩も凝ったり激しい運動をすると、胸が揺れてしまうために激しい運動はできなかった。
休憩が同じになったことで、気になっていた質問を司に投げかけてみた。
「どうして、そんな『匂い』に興味を持ったの?しかも、その……女の子の……」
「それは……引かないでくださいね。純粋な『興味』なので……」
『あぁ。そういう言い回しってことは……引く内容なのね……』
横並びに座った司と遥香は、恥ずかしがりながらも好きになった理由を話し始める。それは、純粋な興味のほかにもしっかりとした理由があった。
「最初は、純粋な興味だったんです。」
そうして始まった司の興味の話は両親が研究家であったことに起因していて、気軽に研究できる設備が近くにあったことで、より幼い司の好奇心を育てる環境が育っていた。
「『匂い』って、汗が水蒸気などに気化するときに、体の表面にある雑菌などの影響で匂いに代わるんですが。それが、体調によっても変わることを知って……」
「えっ?じゃぁ。風邪をひいたり、病気になったりすると、変わるの?」
「はい。実際。僕たち人より嗅覚の鋭い犬などは、その微妙なにおいの違うのを嗅ぎ分けているんです。」
「へぇ~」
「それは、人にもできるらしく、それならと思って興味を持ち始めたんです。そして、それは体から出るものすべてに、同じことが言えることに気が付いたんです。」
親の影響から研究熱心になった司は、その環境を存分に生かし貪欲に研究をし始めた。そして、司のもとである事件が起こってしまう……
「そんな特徴を見つけた矢先に、母親が倒れこんでしまったんです。」
「えっ。」
「はい。その変化に気が付けなかった自分を責めました。でも、病床の母はその事を許してくれました。」
それは、司が立花や遥香と出会う数年前。司が10歳になろうとしていたころの事だった。病魔に侵され入院することになった司の母は、病床の枕元で司が気が付いたことを褒めて、その興味を持った題材をそのまま続けることを勧めた。
『いい?司。それは、多くの人が気が付いていることでも、あなたしか見つけられないことがきっとあるはず。だから、諦めないでね。』
長く入院が続くことになった母は、司の研究を陰からサポートすること。そして、研究に自信を持つことを司に託したのでした。
「なるほど、だから。それで匂いに興味をもって研究してるのね……」
「はい。そして、匂いに関しては人の体調を知る目印のひとつであることも知った僕は、この学園に来て立花さんに出会うことで、より興味が増えたんです。」
「へぇ。」
ちょうど、ふたりの目の前では、立花のグループが得点を挙げ周囲の生徒が歓声を上げていた。運動も学力も万能な立花は、体育の授業に関してもプロの選手並みに動きまわることができることで、生徒の注目の的となっていた。その姿を見ながら、ふたりは会話を続ける。
「例えばさぁ。あの立花の汗も、いずれは匂いに代わるってこと?」
「はい。ほとんどは体温を下げるために使われますが、その際に立花さん独特の香りに変化するんです。」
「へぇ。じゃぁ。わたしの汗も……」
「はい。遥香さんらしい匂いがしていますよ……」
「えっ!やだっ!」
「あっ!そんな、汗臭いという訳ではないですよ?」
「ほんとに~?」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、いいんだけどね。それで、どうしてその……『おなら』にたどり着いたの?」
「それは、特におならがという訳ではないんですが。」
「えっ?そうなの?」
司が実際におならに対して興味を持ったのは、つい最近のこと。そうあの始業式がキッカケだった。
立花にとっては、忘れてほしい出来事な上に記憶ごと消し去りたい過去でもあったが、同じ時間・同じ空間を共有した司は、立花の『おなら』が異様に大きかったことが気になっていた。
壇上から遠い生徒は、たまたま同じタイミングで上がった花火と重なり聞こえてはいなかったが、最前列にいた司にはしっかりと聞こえていた。そして、恥ずかしがりながら、壇上から降りた立花が席に戻るときに司はもうひとつの興味をそそられる内容に出会った。それは……
「匂いが『なかった』んです。」
「えっ?どういうこと?」
「僕もそれが疑問だったんです。ふつうなら、いくらか残り香があってもおかしくないのに、全くしなかったんですよ。」
「ものすごい薄くなってたとかじゃないの?」
「その可能性も考えました。でも、それにしてもにおわな過ぎだったんです。」
「それで、あんな告白になったのね……」
「は、はい。」
遥香は、司の興味を持った理由と環境を知ったことで、普通の男の子としては特殊過ぎて変態的な趣味を持ち合わせたのかがわかった気がした。そして、司の母の存在がその司の興味の後ろ支えになっていることだった。
「それで、司さんのお母さんは、もう……」
「それが……」
「やっぱり……」
「無事に退院して、今はピンピンしていますよ。」
「はぁ?」
「えっ?」
「いやいや。あの流れは……亡くなられたのかと……」
「えっ?死んだって言ってませんけど……」
司の興味を一生懸命に病床で支えた司の母親のけなげさを知った遥香は、てっきり病弱で退院することなくそのまま亡くなったものだと勘違いしてしまっていたのだった。
「はぁ。なんだぁ。心配して損した……」
「いや、心配もなにも、そもそも、死んだとは一言も……」
「そうだけどさ、あの流れは……はぁ。でも、やっぱり。立花の匂いのほうがいい?」
「ん?それは、そうですね。」
「ふ~ん。わかった。」
「???」
ちょうど休憩のタイミングが終わったのか、意味深な会話を残し遥香はコートへと戻っていく……それと入れ違いで立花が休憩に入るが、いまいちどう接していいのかわからない立花は、妙な距離を開けて司の隣に座る。
『ど、どうしてあの時……』
立花の中では、商業エリアの案内の前にあった、司の屋上での突然の告白について考えを巡られせていた。年頃の乙女の『おなら』という段階で、普通の男子でも聞いたことのない特殊中の特殊な趣味で、あの告白から立花の中で司は変態男子の仲間入りをしていた。
『女の子のその、おなら。嗅ぎたいとか。何考えてるの?あの時は、遥香のイタズラで、話を聞くどころじゃなかったし……』
『ま、まぁ。こんないろいろと考えていても、答えは出ないのはわかってる……何とかキッカケを……』
「あ、あの……」
「立花さん……」
「あっ!」
ちょうど同じタイミングで離し始める立花と司。ちょうど司も立花との離すキッカケを探していたこともあり、器用に話し始めがブッキングしてしまっていた。
「どうぞ、どうぞ……」
「いえ。そちらこそ、お先に……」
「いえいえ。立花さんが先に……」
「そう?ありがとう。」
それから、ふたりは他愛もない話を何とかつなげて、場を持たせていた。そして、立花はとうとう『あの事』を聞く……
「あ、あの。司さんは、どうして……」
「えっ?」
「どうして。その……」
「ん?」
「あ、あたしの……お。」
「お?」
意を決して、立花がおならの事を聞こうとしたその矢先、授業終了を担任が言い男女別で集合することになった。
「男子は、こっちにあつまって~」
「女子は、こっちね~」
『えっ!い、今!?今、聞こうとしてたのにっ!』
悔しいという表情には出さないものの、しぶしぶ立ち上がった立花は司に挨拶をして、集合場所へと集まる。その姿を見た司は不思議な感情が頭を巡っていた。
『立花さんは何を聞こうとしたんあろう?おならの事?まさかね。』
そんな事を考えつつ、司も男子の集合場所へと足を進める。そんなやり取りを経つつ、立花と司の関係が少しずつ動き始めたのだった。