里音書房
第10話 好意と大胆は似て非なるもの?
 体育倉庫でのアクシデントが立花の頭の中からは数日を経ても頭から離れずにいた。それもそのはず、あの時の立花は脱出して司を助けることを大前提としていたことで、おなかの事を忘れていたという訳ではなかったものの、気が付かれないようにおならをしていた。  しかし、立花がおならを解き放った時の条件が最悪だった。風を取り入れるための通風孔から体をよじらせて外に出る際に、どうにも引っかかってしまっていたおなかのふくらみをどうにかするために、おなかを解放することで何とかすり抜けていた。しかしそのすり抜けるタイミングで、司が立花の様子を頭を上げて確認していた。それも、立花の足の間から……  それを知らない立花は、あろうことか司の顔面に向かって解き放ってしまっていたのだった……  そして、ソレを受けた司だったが、不思議な気持ちになっていた。それは、思春期男子としてのソレの感情もあったが、それとは全く異なる勘定も司の中で浮かんでいた。 『そこまででもなかったんだよなぁ~』  確かに、司は立花のおならを顔面で感じてはいた。食べたものの影響を受けるはずのおならが、司が経験したものはそれとは全く異なっていたのだった。  それは、司が立花に対して特別な感情を抱いているから……ということは抜きにしても、研究者の孫としては興味をそそられるものがあった。  転入式の時以来の、あのアクシデントで2回目となった司は、より詳しく立花に聞きたいという想いが芽生え始めていたが、いざそれを立花にどう説明すればいいのか考えあぐねていた。 『正直なところ、直接……いやいや……それじゃ、ただの変態……』  司の頭の中では、立花のお尻の高さにしゃがみ込み、直接という図を想像してしまっていたが、さすがにそれをしてしまっては学園内どころか、社会的にも台無しになってしまうのが目に見えていた。  そう考えている間も、同じクラスの立花は先生の手伝いをしたり、クラスメイトの手伝いをしていたりと、せわしなく体を動かしていた。 『ずっと……見てる……』  立花も、あの時以来。司にどんな顔をしていいのかわからず、意識しないようにふるまってはいたが、先生の手伝いをしている時も、クラスメイトの手伝いをしている時も、立花は背中で司の視線を感じていた…… 『見てる……というより……視線の位置……あっ!』  最初は、スカートがめくれちゃってるのかと気にしたこともあったが、全くそういうことは無く、しっかりと身だしなみは整っていた時も司の視線は立花の後ろ姿を追いかけていた。 『ど、どうして。そんなに、私を見るの?やっぱり、あの事を……』  立花の頭の中では、今でもあの事が鮮明に焼き付いてしまっていた。あたかも、自分が嗅がせたような、自分が司の顔に押し当てて嗅がせて喜んでいるかのような変態的な妄想までプラスされてしまっていた。 『ほらっ。嗅いで、司くん……。司くんに嗅いでほしいの……って、私は何をいったい!考えてるのっ!』  好きという感情をこじらせた立花は、度重なるアクシデントの影響によって思考回路が斜め上への思考回路になってしまっていた。司の前にどんな顔をしていいのかわからない立花にとって、最悪の条件が揃ってしまう。それは、先生の手伝いが終わり教室へと戻った時だった。  いつものように、帰宅の準備を済ませていると教室の扉があく音がしてその方向を向いた立花は、一瞬。時間が止まった。司も忘れ物をしたのか、立花のいる教室へと戻ってきたのだった。  立花のおならについて興味を持ち出した司と、どんな顔をして接していいのかわからない立花がここに集合してしまっていた。それも、立花と司以外の生徒は放課後ということもあり教室へ戻ってくることなど皆無に近く、必然的に教室にふたりっきりという状況が発生してしまう。 「わ、忘れ物?」 「う、うん。ちょっとね。」 『あ、あたし。変な顔してない?大丈夫?』  両手で頬を確認した立花は、手早く手鏡を出すと変な顔になっていないかを確認すると、いたって普通の顔をしていた。立花と司の机は意外と近く、立花の机の斜め後ろが司の机だった。  スタスタと自分の机へ向かってくる司。自分の荷物をまとめる立花とじわりじわりと距離が近づいていく。そして、あろうことかこのタイミングで、立花のおなかが悲鳴を上げ始める…… ぎゅるるるるぅ! 『ちょっ!なんで!このタイミング!?』  条件反射的におなかを抑える形になる立花。そして、たまたま斜め後ろの自分の机へとたどり着いた司は、心配そうに立花へと駆け寄る。男性としては合格の行動でも、立花にとっては失格の行動に他ならなかった。  上半身を曲げて辛そうにしている立花の腰を司がさすると、治まるどころかかえって悪化し始めていた。それは、出してしまえと言わんばかりに刺激を強める。 『はぁっ!だめっ!さすったら、かえって……出ちゃう……』  そうとはつゆ知らずの司は、立花の腰をさすり続ける…… 「大丈夫?立花さん。保健室にでも……」  司としては、善意でやっていることだったが、立花にとってはいつ溢れてしまうか知れないふたりっきりのこの状況で、立花が考え出したことはひとつだった…… 『音を聞かれるわけにはいかない。だから……』  教室にふたりしかいないことを利用し、立花は大胆な行動をとることにした。それは、思い切って司に向いて耳をふさいでもらうことだった。ところが、手が滑って抱き合う形になってしまった立花は、ギリギリの力でしがみつくと司の耳にお願いをした。 「司くん。お願い……耳塞いでっ……」 「えっ?耳?」  抱き着く形で立花が司に対して懇願している姿を、幸いかふたりっきりなこともあり、だれにも目撃されずに済んでいた…… 「いいから、耳。ふさいで!」 「う、うん。分かった。」  司にとっては、何が何だか分からない状態だったが、立花にとっては好意を持った司に抱かれた状態で、一番恥ずかしいことをするのだから、顔から火が出そうなほどに恥ずかしかった。  腕にしがみつく形の立花は、ゆっくりとそして確実におしりの栓をゆるめていく、そして、女の子らしいかわいい音が静まり返った教室内で響く……  立花にとってはとても長く、数十分もの長い時間に感じていたが、司にとってはさほどの時間でもなかった。そして、しばらくの沈黙の後。立花にとって想定外の出来事が起こってしまう…… 「わすれもの~わすれもの~」 ガラガラガラ…… 「はぁ。何とか聞かれずに……」 「大丈夫?立花さん。」 「うん。何とかね。ありがとう。」 「あっ!」 「あっ!?」  立花の気まずさは、一気に頂点に達するような出来事が目の前にあった。それは、教室の入り口で、驚いた表情をして硬直している遥香の存在だった。それも、今にもほかの生徒や先生に言いふらしに行こうといわんばかりの表情をしていた…… 「あっ!おじゃまだったかな?」 「は、遥香っ!こ、これは……」 「い、いいのよ。別に……ふたりの時間だし、気にせず。ささ。続きを……」 「は、はるかぁ。ち、違うから」  抱き合った二人と居合わせてしまった遥香の、微妙な空気が流れた三人だった……
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