里音書房
第12話 遭遇と出会いは危機一髪?
 よく晴れた休日、学園の近くにあるモールには、司の姿があった。その日。司が朝起きると、普段は仕事でいないことが多い母親の弥生(やよい)が司を出迎えた。  料理に関して、司もすることが多かったがほとんどは弥生が作り置きしていた。そのため、司は両親と出会うことが稀になってしまっていた。  そんな母親が休みの時は、おもに料理を作ることが多いが、基本的に研究の反動で自室にこもりがちになる。母親が休日の時には、司が朝食を担当することが多いが、この日は別だった。 「かぁさん?」 「あぁ。おはよう」 「どうしたの、普段なら自分の部屋で、ぐっすりなのに……」 「そんな、わたしをだめな親だと思ってる?」 「思ってる」 「えぇっ。だって、普段研究づくめで、眠れていなかったりするもの。家に来た時くらい、じっくり寝たいでしょ?」 「まぁ。わからなくはないけど……」  司の家系は、研究者一家である。祖父が一代で名を成した有名研究者で、その道の第一人者。数々の歴史書になお残していることでも有名。その影響で、司の両親も研究者となり、基本的に自宅に平日いるのは、司だけだった。  休日になると、両親のどちらかが帰宅することになっている。ただ、そのほとんどが母親の弥生が帰宅する。というのも、外せない研究があるらしく、司の父は基本的に研究所からは出なくなっていた。  そして、週末になると帰宅する弥生が、白衣以外の身の回りの洗濯物をもって帰宅する。 「今日も作り置き?」 「今日『も』って、って何よ。もう。」  司の母、弥生の得意料理として「作り置き」がある。日持ちする料理をあらかじめある程度の量を作っておいて、食べるときにレンチンをすればいいだけの状態にしておく。そうすることで、司が細かい料理をしなくても済むようになっている。  実際、司も母親の作り置きには助かっている。下ごしらえは済んでいることもあり、調理と言っても、小分けにして味付けを変えるだけで毎日食べても飽きなくて済む。時には揚げてみたり、炒めてみたりと多種多様な料理に化けることができる。 「あ、そうそう。そこにあるメモ、見て」 「これ?」  リビングのテーブルにあるノートの切れ端に書かれたメモを手に取った司は、メモに目を通すとそこには、買い物メモが書かれていた。 「これ、買い物?」 「うん。買ってきて」 「えっ?今?」 「作り置きに必要だから、買ってきて。暇でしょ?」 「それは、暇だけどさ……」 「お願い。行ってきて」 「わかったよ」 「ありがと。それじゃぁ。はい」 「なにこれ」  司がメモを手に出発しようとすると、弥生が司の手にもう一つものを持たせた。それは…… 「おこずかい」 「いや、子供かっ!」 「子供だよ。私にとっては、かわいい息子だもの……」 「うぐっ。痛いところを突く……」  満面の笑みで、かわいい息子と普通に言い放つ母親。司の中では、微妙な恥ずかしさがこみあげてくる…… 「いらない?」 「……」 「いる」 「だと思った……」  こういうことに関しては、さすが『親』といった感じである。息子の性格を知っている上での行動は、母親の風格すら醸し出す。 「そういえば……」 「なに、これから行くんだけど……」 「立花さんと会ったんだって?」 「えっ!かあさんがどうして、それを?」  立花の家系は、この地域では結構有名な家系である。葛葉家といえば、ファッションの一大ブランドを作った創業家の一族で、エリート校出身の父親と、お嬢様校出身の美男美女が結婚したことでも有名である。  父親は家具ブランドを人気メーカーへと急成長させた立役者。一方の母親はお嬢様校出身でありながら、ファッションセンスがずば抜けていたこともあり、自身のブランドを立ち上げ人気ブランドへとのし上がっていた。  そんな両親の一人娘が立花で、司の転入先の彩萌学園の生徒代表を務めるほどになっていた。あとから知った司も驚いたほどで、より興味を増した司だった。  しかし、司の家系は研究者の家系。ファッションも、家具ブランドも一切関係のないジャンルに位置している。そんな母親から、立花の名前が出たのだから、当然。司も驚く。 「いや、ね。研究所に、立花さんのお母さんが来られて……」 「えっ?」  母親が説明するには、こういうことだった。  立花の母親は、観覧車での一件ののち司に興味を示したらしく、旦那や自分のつてを使って司の両親の研究所を特定したらしかった。その行動力にも驚きだったが、ここからがもっと驚きだった。  母親に言った内容では、司の事を詳しく聞かせてほしいということだった。いきなり来て息子の話を、と言われたところで、弥生が素直に話すわけがないことは目に見えていた。しかし、どうしても知りたかったのか、しばらく居座っていたらしいが何とか帰宅したとのことだった。 「そ、そうなんだ……」 「あたしも、いきなり聞かれてもね。困っちゃうよ」 「確かに、じゃぁ。行ってくる」 「よろしくね」  そして、モールへとやってきた司は、メモを見ながら品物の並ぶ棚を探して歩く。あれやこれやと、メモにある品物をカゴに入れていく。そして、カゴに入れる品物も残り少なくなったころ、司の目に留まったのは立花に似ている人がいたことだった。 『あれ?立花さん?じゃないよね?』  あまりにも似ているその人は、立花と瓜二つであるものの、どこか雰囲気が違っていた。厳密に『どこ』という違いは見つけられないものの、漂っている雰囲気が普段接している立花とは全く異なっていた。  服も、高校生が着るような服ではなく、大人の女性が羽織るような高級な服を羽織っていた。モデル体型のその人は、まさしく立花が大人になったらこうなるのでは?と思ってしまうほどの、美貌を持ち合わせていた。  司のそんな視線に気が付いたのか、相手の方から司に近寄ってきた。それに驚いた司は、慌てて視線を外すも、時すでに遅かった。 「どうかしました?」 「い、いえ。あまりにも、知り合いに似ていたもので。思わず見てしまっていました」 「そんなに似てたの?私、いいおばさんよ?誰と間違えたのかしら……」 「えっと、それは、同級生の子で……」  そんな話をしていた司。一方の彩花はというと、全く違うことを考えていた…… 『あれ?この子……うちの子と一緒に遊園地に……あっ!』 『司くんだ!』  すでに気が付かれているとは全く知らない司は、先ほどの説明を続けていた。 「立花さんって言うんですけど、その人ににてて……」 『やっぱり、司くんね。この子が……』 「へぇ。そんな若い子に、こんなおばさんが?」 「いえ。その子が大人になったら、こんなきれいな人になるのかなぁ~って」 「あら、上手ね。」  お世辞という意味で使ったわけではなかったが、相手に対して好印象になったようで胸をなでおろす司。一方で、相手の方はというと知的好奇心のスイッチが入り始めていた。 『まずは、怪しまれないようにしないと……』 『うちの子とどこまで行ってるのか、気になるわ』  すでに相手をしている子が、司であることをに気が付いた彩花。ここから、どう司から聞き出そうかと、画策していた。  そして、彩花は一つの答えにたどり着いた。ふたりは、ほぼ一緒にレジでの会計を終え、買い物をした商品をバッグや買い物袋へと入れていく。そして、司がモールを出ようとしたときに、彩花が声をかけた。 「ねぇ、あなた。ちょっと待って」 「えっ。まだ、なにか」  司にとって、じっと凝視してしまったこともあり、早くこの場を離れたかった。しかし、相手の女性がそうはさせてくれなかった。そして、彩花も、早々に司を帰すわけにはいかない事情があった。 『このまま、帰しちゃったら、うちの子とのどんな付き合いをしているのか分からなくなるわ……』 「ちょっと、お茶に付き合ってくれない?」 「えっ。いいんですか?私で……」 「いいから、来て」 「あっ、ちょっ」  半ば強引に連れ出した彩花は、近くにあるカフェに腰をおろす。女性に連れてこられたということで『怒られる』ものだと思っていた司にとっては、強引に振りほどくこともできた。しかし、転倒させてケガでもさせようものなら、それこそ色々と終ってしまう。 『この図。なんか、まずいよなぁ』  大人の女性に手を引かれ、強引に連れまわされる姿は、滑稽だった。高校生ともなれば、それなりに大人な容姿も備わってきている。そんな男子が、大人の女性に引っ張りまわされているのだから、周囲の注目を浴びる。  そんな司が連れてこられたのは、隔離施設でも、閉鎖空間でもなく、近くにあったカフェだった。オープン型カフェテラスに連れてこられた司は、どうしていいのかわからずにいると、その女性は自己紹介を始めた。 「初めまして、葛葉彩花よ」 「えっ、えっ」  葛葉という名字には、司もすぐに気が付いた。立花の名字な上に、似ているとなれば、必然的に答えが見えていた。 「もしかして……」 「ん?」 『あれ?立花さんの母親かと思ったけど、親戚かな?』 「い、いえ。なんでも……」  立花と司は、遊園地デートで彩花とニアミスをしていたが、立花が司から離れたタイミングで彩花と接触していたこともあり、司に顔がバレてはいなかった。そんなこともあり、彩花のほうが一方的に司の事を知っている状態だった。  そんな司も、彩花の様子を見て立花の容姿を重ねてしまう……、立花が大人になったらこうなるのかな?と想像する。 『大人になったら、タイトスカートで網タイツとか履いたりして……』  そんな大人になった立花の様子を想像すると、思わず、にやにやとほほが緩んでしまう。学園のアイドルということだけでも魅力満点。そんな立花が、大人になり学生ではなかなかすることのない香水や、アクセサリーをすればその魅力は、何倍にも増す。 「ほ~」 「クスッ」  何やら想像して物思いにふけっている司を見た彩花は、ちょっかいを出してみたいという感情が芽生え始めた。それと、彩花の娘。立花との関係がどこまで進展しているのかが気になっていた。 『ほんと、思春期の男の子ね。うちの立花とどこまでいってるのかしら……』 『まずは、これで試してみようかしら……』  彩花は、ある程度の恋愛知識を持っている。手のつなぎ方ひとつで、どのくらいの恋愛ステージなのかを特定できる。例えば、単純な指を絡めるつなぎ方。恋人つなぎと呼ばれる方法でも、手首までねじりが入った場合は、より親密な関係。  そのほかにも、指先だけで軽く握るというかわいらしい握り方など、色々な手のつなぎ方で恋愛のステージが分かれる。 「ちょっといいかしら…」 「はい。なんでしょうか」 「はい」 「えっ?」 「私の手を握ってみて」  これは、彩花の司へ向けてのテストだった。ここで、恋人つなぎや指同士をひっかけてつなぐ、ひっかけつなぎ。あまつさえ、手首つなぎなんてしようものなら、彩花の中での司のポジションが、一気に要注意へと急上昇する。  その手のつなぎ方を、初対面の人に普通にできるのであれば、それはもうチャラいとしか思えなかった。  そんなことをまったく知らない司は、ごく普通に手をつないで見せる。初対面の女性の手をしっかりとつなぐのも気が引けた司は、指先をひっかけるように手を取る。この行為が彩花の中では、見方が異なっていた。 「へ、へぇ。そうつなぐんだね……」 「はい。こんな感じにつなぎます」  握り方を確認した彩花は、自分の中での司の立ち位置を少しだけ、注意に引き上げた。というのも…… 『ひっかけてつなぐとか……、そんなに、進展してるの?ふたりは……』 『いや、カップルつなぎじゃなかったし、そこまで付き合うとまでは、いっていないのかも……』 『これは、色々と質問しないと……』  それから、彩花の質問攻めが始まる。正式に付き合っているのか?に始まり、マメに連絡を取りあっているのかや、連絡するときには存在をにおわせているのかなど、根掘り葉掘り司を質問攻めにしていた。 「どうして、そんなに僕と立花さんについて聞くんですか?」 「それは……」 「それは?」  言えるはずもなかった、彩花の純粋な興味で根掘り葉掘り質問していたということ。そして、娘の立花にふさわしい男の子なのかどうかを確かめたかった。 「あなたは!」  大事な娘に、司がふさわしいのかどうかを確かめようと悪戦苦闘したものの、そのことをそのまま司に打ち分けるわけにはいかないので、その場を繕おうと食い気味で立ち上がる彩花。 「あなたは、立花さんと、どのような……。あれ?」   半ば強引に立ち上がった彩花の視線が揺らぐ、娘の立花のためにあれやこれやと、普段の研究以上に思考回路を使ったことと、急激に立ち上がったことで立ち眩みを起こしていた。娘の立花の特殊体質と同様に、母親の彩花も貧血と表情に出やすいという特徴をすっかりと失念していた。  足元がふらついた彩花を支えようと、司も立ち上がり両腕を支える形で、彩花を受け止める。明らかに司のほうが年下で、彩花のほうが一回り以上も年上だった。しかし、彩花の大人にしては幼い容姿と、頭一つ司のほうが身長が高いこともありカップルに見えなくもなかった。  ごく自然に、支え合う二人の顔は近づいていき、息の届く距離に近づく……。 どさっ!  抱き合うふたりの背後では、見慣れた人が青ざめた表情をしながら、買い物のビニール袋を足元に落とし、絶句していた…… 「…………」 「あっ!」 「えっ?あ゛」  気まずいタイミングで見られてはいけない人に見られた彩花は、声にならない声をあげていた。司と出くわしたことに気を取られた彩花は、買い物の手伝いで立花をほかの場所へと行かせていたことを、すっかりと忘れていた…… 「あ、あのね。これには、深いわけが……」 「か・あ・さ・ん。何してるのかな!?」 「お母さん!?」 「司くん。ごめんね。うちの母が……。ほら、ちょっと来て!」 「だから、これには、深いわけが……」 「いいからっ!」 「あぁぁぁ。司くん、またね~」 「ほら、来る!あのね、このことは後でしっかりと説明するから……」 「は~い」  娘に引っ張られる彩花の姿は、どっちが親かわからないくらいで、お茶目な学生時代の性格のまま成長したような人だった。  ポツンと取り残された司は、自分の買ったものも持ち、自宅で待つ母親の弥生の元へと帰宅する。すると…… 「ただいま~」 「おかえり~。彩花さんと会ったの?」 「お母さんどうして、それを?」 「いやね、あなたが返ってくる数分前、来たのよ。ここに」 「着たの?」 「うん」  弥生がことの次第を説明すると、司が帰宅する数分前。平謝りする立花と横で深く頭を下げる彩花という構図が、司宅の玄関先で行われていた。 「うちの母が、司さんにやらかしたようで。本日はそのお詫びにやってきました」 「は、はぁ」  司が買い物先で何かあったことなど、この時の弥生が知るはずもなく、生返事を返す事しかできなかった。 「それで、うちの子が何かしちゃったんですか?」 「いえ。そういうことではなく、うちの母。彩花が色々とやってしまったようで……」 「は、はぁ。」 「ほんと。他意はないので、その旨を司さんに伝えてもらえませんか?」 「え、えぇ。それなら、もう少しすれば、帰ってくると思いますが……」 「いえ。さすがに、この状況で会うのは遠慮させてください」 「そうですか……」  という状況が、司の帰宅前に巻き起こっていた。 「何があったの?立花さんと……」 「いやね。いろいろ。いろいろだよ……」  司にとって、あの人が立花の母親であったことも驚きだったが、それ以上に立花が大人になった姿が、あたまの中から離れてはいなかった。そして、母親と娘で背格好も同じなため、疑似的な接触を想像してしまっていた。 『立花さんも大人になったら……』  思春期男子にとっての『大人の女性』ほど魅力満点なものはなく、妄想が広がってしまっていた。一方の立花と母親は、彩花が正座、立花が怒っているという、どっちが親かわからない状態に陥っていた。 「お・か・あ・さ・ん。どういうことかな?」 「こ、これはね。ふたりがどのくらい進展してるかなぁ~って……」 「はぁ?」 「えぇ~ん。うちの子がグレた~」 「いや、ぐれてないから……」  しばらく、立花と彩花の関係はややこしい状況に陥りそうだった……
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