里音書房
第13話 遭遇と出会いはハラハラドキドキ?
 その日、立花は見慣れない研究所へと足を運んでいた……  母親に言われてやってきたその場所は、診療所という名目で紹介されたのとはまったく違う、生理物理学研究所だった。 「生理・物理学研究所?診療所じゃないの?」 「うちのかあさん。なぜここに、私を来させたの?」  数時間前。立花の母、彩花はこんなことを言っていた。 「あなたの、特殊な体質のために診療所へ行ってほしいんだけど……」 「えぇっ。今までの病院じゃないの?」 「それがね、新たに紹介してもらったのよ。立花も、好きな司くんの前でおならしたくないでしょ?」 「うぐっ。それは……」  すでに、一度だけしてしまっていた。それも、“前で”とか生やさしいものではなく、直接おならを嗅がせてしまっていた。立花にとっては、消しても消しきれない想い出となってしまっていたこの事件は、黒歴史として心の奥底にしまっておくと決めた立花だった。 「だからね。ここ行ってきて。」 「ここは?」 「診療所よ」 「診療所?」  彩花から渡された紙には、明らかに診療所とは言い難い名前がつづられていた。そして、紙を手に取った彩花はにやにやしながら、立花の様子を見ていた。 『明らかに、怪しい……。でも…』  彩花の顔は、“行って”と懇願するような眼で立花を見つめていた。立花としては、明らかに何かしらの意図が含まれている彩花の行動に、疑問を持つが彩花のこの表情を見ると、どうしても断れなくなってしまう…… 「わかったわよ、いけばいいんでしょ?行けば」 「わーい」  そうして、立花が訪れたのが診療所という名の生理物理学研究所だった…… 「明らかに、ここ。研究所よね。私みたいな、一般人が入ってもいいの?」  真っ白に塗られた外壁と、無機質なコンクリートで作られたその建物は、診療所の暖かい感じではなく、消毒の匂いや病院といった具合の独特の香りを放っている。 「かぁさん。まさか……」  無機質な研究所の姿に、立花は思わずよからぬことを考えてしまう。研究者からすれば、特殊体質の研究対象がいれば、のどから手が出るほど欲しいというのが容易に想像できる……  そんなことを考えて研究所の入り口をうろうろしていると、中から白衣を着た人が現れた。その容姿こそ、研究者の風貌をしていたが、髪は手入れされなくて久しいようなぼさぼさの髪。白衣の内側の私服は、いかにも数日続けて着ているような色味になっていた。 「あれ?こんなところに学生が?今日、なんかあったっけ?」 「えっと……」 「あ、ちょっとまって、確認してみるから……」  ポケットからスマートフォンを取り出すと、中にいるスタッフに連絡を取り始める。その言葉の節々には、立花が警戒してしまいそうな言葉が紛れ込んでいた…… 「……研究?あぁ、あれね。対象……」 『えっ!研究対象……。私、実験台?』  見る機会の少ない研究所の建物と、会話の節々から聞こえる“研究”と“対象”という言葉に、どうしても身の危険を感じてしまう立花……  電話を終えたのか、出迎えた研究者の人は及び腰になっている立花を呼び止める。 「ちょっと、君」 「は、はい」 「着いてきてくれる?」 「えっと、私は……」 「大丈夫。取って食ったりしないから……」 「えっ……」  わさわさと手を動かす姿は、いかにも怪しさ満点で感情がどうこうというより、体が拒絶していた。そんなやり取りをしていると、後ろからもうひとりの女性の研究者が現れた。 「あんたは!何をしてるのよっ!」 ガコッ! 「あうっ!」  後から来た女性は立花に対して親切で、丁寧に施設内を案内してくれた。  立花の訪れた研究所は、生理物理学研究所という大それた名前ではあるものの、やることはそこまで最新の研究という訳ではないらしく、事件などの分析や解析などを主に行っていた。 「彩花さんの娘さんよね?」 「えっ、は、はい」 「いつも息子がお世話になってるわね」 「えっ?」 「改めて自己紹介するわ。私が弥生。それで、あの最初にあなたを出迎えたのが、まことね」 「は、はぁ。」  立花を出迎えた男性の方の研究者は、司が大きくなったような容姿をしていたが、そこまで司を意識して凝視しているわけではない立花にとって、ただの変態にしか見えていなかった。  大きな建物の最上階。弥生・まこと研究所というプラカードが掲げられた部屋へと案内された立花の目に飛び込んできたのは、普段通っている病院の比ではないほどの設備が揃っていた。 「改めて、自己紹介するわね。私が弥生で、そっちが…」 「パートナーのまことだ。よろしくな、立花さん」 「は、はぁ。ん?パートナー?」 「えぇ。この彼とは、公私ともにパートナーなのよ」 「そうさ、よろしくな」 「気軽に肩を組まない!」 「ふごっ!」  肩を組んだまことの脇腹に、弥生が小気味よい肘鉄を食らわせている姿を見ると、息の合った二人のように立花には見えていた。 「それで、彩花さんから聞いたんだけど、おなかの調子を見てもらいたいんだって?」 「は、はい。どうにかなるんでしょうか?」 「それじゃぁ。こっちに来て、触診させて……」 「は、はい」  立花と弥生が白いカーテンで仕切られたところへ行くと、弥生が手際よく消毒を済ませると、いかにもそこにいるのが普通かのように鎮座するまことに気が付いた弥生が、体よくあしらう…… 「はいはい、あんたはどっか行ってて」 「ほい」  興味津々のまことをあしらった後、カーテンを閉めるのと、立花の前へと座り改めて問診や触診にかかる。おなかに当たる聴診器は、ひんやりとしてやはり微妙な気分になる立花。しかし、司との触れ合った時ほどには、おなかは反応しなかった。 「で、今は平気なの?」 「はい」 「でも、うちの子の時は敏感になるんでしょ?」 「うちの子?」 「言ってなかった?わたし、司の母よ?」 「ええっ!」 「おぉっ。反応した!」  立花はのおなかに当てていた聴診器は、弥生が司の母と知ったタイミグで立花のおなかは急激な反応を示していた。聴診器というのは、体内の微妙な音の変化を聞くものだが、この時の立花のおなかの反応は、どの反応よりも異常な音を発していた。 「なに、やっぱり、うちの子が好きなの?」 「へっ、な、なにを言ってるんですか?」 「ふふっ、おなかは正直ねぇ」  聴診器で確認していた弥生は、聴診器を首にかけると触診を始める。立花のスベスベしたおなかをポイントごとに押していく。その刺激は、立花のおなかをピンポイントで攻め立てる…… 「あ、あの。や、弥生さん……」 「いいのよ、出して」 「いや、そういう訳にも……」 「こっちは、医者だから、そういうのには慣れてるから平気よ?」 「こっちが気にするんです!」  そんな立花をしり目に、カーテンの外には聞きなれた声が聞こえてくる。その声は、今の状況で一番会いたくない人の声だった。 「かぁさん?」 「えっ?司くん?!」  最悪な状況で最悪な条件が揃う。現在の立花は、触診でおなかがまずい状態な上に、司の声の節々から、司は立花がこの場に来ていることを知らないようだった。そんな司に、弥生は、待っているように伝える。 「その辺に座って待ってて、今は手が離せないから……」 「そんなこと言って、また研究サボって寝てるんでしょ?」 「いや、そんなことないし、診察中だから、大人しく……」  明らかに、今の状態で立花と司が出くわすのは最悪である。今の立花は、上半身の服を脱ぎ下着の状態で触診されている状態なため、今カーテンを開ければ立花の下着が丸見えの状態になってしまう。  そんなこととは全く知らない司は、いつものようにズカズカと足を進めて声のするカーテンに手をかけて、ズカズカと入ってくる。 「あれ?寝てるんじゃないの?って、誰かいるの?」 「いいから、あっち行ってなさい」  座って差し向えで触診をしていた弥生と立花は、入ってきた司から身を隠すように弥生に抱かれる形で白衣と弥生の体でかろうじて隠れていた。 『やばいやばいやばい』  触診しやすいようにと思った立花は、上半身が下着のままだった。かろうじて弥生の体と白衣の中に隠れることで難を逃れていたが、いつバレてもおかしくない状況だった。 「いいから、外で待ってな。いま、その人を対応中だから……」 「だからその人って、どこ?」 『もう、どうしてこう、うちの家系の男子は鈍いのかしら……』 「……立花さん、顔だけ見せれる?……」 「……は、はい。何とか……」  胸に抱く形で立花を隠している弥生は、肩越しに司に状況を知らせることにする。しかし、このことがまずかった。 「司、わたしの肩のところを見て」 「えっ?えっ!」 「ど、どうも。司くん」  弥生の肩越しに立花を見た司は、驚きと共に色々と目のやり場に困ってしまう。弥生と立花にとっては“顔だけ”出したつもりが、司の位置からだと下着がばっちりと見えてしまっていた。 『はぁっ!みえっ!』 「あ、あの。立花さん。どうして、ここに?」 「弥生さんに見てもらおうって、うちの母が……」 「なるほど、それじゃぁ。外で待ってますね……」 「う、うん」  それまで、ズカズカとデリカシーの欠片もない司が、いとも簡単に引っ込んだことに弥生は、察してしまった。とりあえず、自分の着ていた白衣を立花に羽織わせて立ち上がると、司の方へと足を進める弥生。 「あんた、見た?」 「えっ?な、なにを?」 「みた?」 「黒いのなんて……あっ。」 「あんたね……」 ガン!  そんな2人の会話を薄いカーテン越しに聞いていた立花は、自分が顔だけひょっこりと出すつもりが、全部見えてしまっていたことに気が付いて顔から火が出そうな感覚になった。  そして、見てしまった司に弥生のゲンコツが飛んだのは言うまでもなかった。
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