里音書房
第15話 好きとおならは表裏一体?
「ぬおぅぅぅぅぅ!」  自分の部屋のベッドで、悶えている立花。というのも、自分のおなかの事についてだった。  弥生の診断を受けて以来、立花はそのことが頭から離れなかった…… 『好きだから反応してるって……』  弥生の診断は、こうだった…… 『私、司の母よ。おおっ、反応した……』 『あなた、うちの子。好きなんでしょ?』 『好きだから、おなかが反応するのよ。』  つまり、司を意識するあまりにおなかが反応してしまっているとのことだった。  立花には、その自覚があった。現に、自宅での発症は少なくなり、司の前では反対に活発になるという状況になっていた。 『どんだけ、私は司くんに嗅がせたいの?それじゃぁ、あたし……』 「変態じゃん!」 「のぉぉぉぉぉ!」  学園が休みということもあり、幸いか司と会うことは避けられそうだったが、それはそれで複雑な気持ちになる立花。 「とはいえ、勉強はしないと……」  学園主席とはいえ、勉強をおろそかにしては台無しである。授業の復習を1人でやってもいいが、さすがに煮詰まってしまうことも多い。 「遥香を……、うっ、ちょっと待って……」  遥香の事である。診断の話をしようものなら、普通に司を参加させようとするのが目に見えていた。  かといって、呼ばずに1人でやってもよかったが、それでは、復習を1人でやったのと同じである。 『い、言わなきゃいいのよ、言わなきゃ……』  そして…… 『なんで、こうなるの?』  立花の部屋の中には、しっかりと司の姿があった。  というのも、遥香に連絡を取り誘ったつもりだったが、遥香の『親友を連れて行っていいい?』との言葉に騙され、『うん。いいよ』と言ってしまっていた。  その結果。『親友』という名目で、司が一緒に来たという状況になっていた。 『どうして?こうなった! てか。キョロキョロしないで!』  司とて、男の子である。当然、気になっている女の子の部屋となれば、キョロキョロもする。 『いいにおいする。女の子の匂い……』  いつにもまして、敏感に反応する司の鼻。それは、立花のおなかとて同様だった。 きゅるるるるる! 『のぉぉぉぉぉ!』  意識しなくても、同じ環境にいるだけでも、立花のおなかは反応を始めていた。その様子を見た遥香はというと…… 『……ニヨニヨニヨ……』 『な、なによ、その反応は……』  遥香から小さくおられた手紙が来て、それを開くとそこにはこう書かれていた…… 「……弥生さんから聞いたわよ。好きだから反応するんでしょ?……」 「……あなたは、来ないようにしたつもりだろうけど、知ってたからねぇ~……」 「……なので、友達という口実で、連れてきました。てへっ……」 「ふん!」 クシャッ!  明らかに、意図的に司を誘っていた遥香だった…… 『遥香ぁ。あんた、何を考えてるのよ~もう……』  遥香にとってはとても楽しく、立花にとっては苦痛という名の微妙な感情の勉強かいが始まってしまった。 「お、お茶でも持ってくるね……」  いたたまれなくなった立花は、とりあえずこの場を離れることを最優先にすることにした。 「よろしく~」 「あっ、す、すみません」 「いいの。お客さんだからね……」  1階のリビングへと向かった立花。その様子をニヤニヤしながら、見送った遥香は立花がいないことをいいことに、立花の部屋の物色を始める。 「ちょっと、遥香さん?! 一体何を?」 「えっ?なにって、司くんは気にならない? 立花がどんなのをつけてるのか……」 「そ、それは……」  思春期男子にとって『女の子の部屋』はパワーワードのひとつである。  気になる子がどんなものをつけてるのか、気にならないほうがおかしいのである。  現に、司は事故とはいえ、立花の下着姿を目撃してしまっているということもあり、想像力が膨らむ…… 『立花さんの下着……』  考えてはいけないと、思えば思うほどに〝そのこと”で頭がいっぱいになってしまうのも、思春期の多感な時期特融の現象。 「えっ! 立花。いつの間にこんなものを?」  近くの衣装タンスを覗き込みながら独り言を言い始める遥香。その言葉ひとつひとつが、司の理性を刺激する。 「うわぁ~。誰に見せるつもりで買ったの? こんなの……」  遥香にとっては、他意のない一言でも、司にとっては大いに意味があることばだった。 『立花さん。そんな派手なのを? いやいや、想像してどうするんだ……』  そんな司の考えを知ってか知らでか、遥香はなお探索を続ける……。そして、悪魔のささやきをする…… 「ねぇねぇ。司くんも気になるでしょ? 立花の下着。ほら、おいでって……」  司の後ろにある衣装タンス。そこでゴソゴソしている遥香からの呼び声は、司の理性のタガをちょっとずつ刺激していく…… 『……ちょっとだけなら。それに、戻ってくる前に、席に戻れば……』  そんな思いすら浮かんでくる。  そんなことが部屋で繰り広げられている事とは全く知らない立花は、リビングで必死におなかと格闘していた…… 『あぁ。もう。なんで、遥香は司くんを連れて来るかなぁ~』  遥香と司のためにお茶とお茶菓子を用意しながら、立花はそんなことをモヤモヤと考えていた…… 『別に、連れてこないで。とは言わないけどさ、どうして、このタイミングなのさ……』  好きだからおなかが反応することを弥生に言われ、その直後に自分の部屋に司が来るという展開……  考えただけでも、おなかが反応する立花。  その都度、トイレに行き済ませるという状態が続いていた…… 「まったく、遥香はもう、昔からそう……」  ぶつぶつと立花は準備をしながら思いだしていた。  幼稚園の頃に最初に始まったおなかの現象は、すぐに収まる。かと思いきや、それからずっと悩まされることになった。  それは、同じ幼稚園に通っていた遥香の格好のいじり対象だった。  唯一、表立っていじることは無かったこともあり、他の園児に知られることは無かった。 「ほんと、遥香は、どうしてこう……」  準備を済ませた立花は、ほっぺを膨らませつつ自分の部屋へと向かっていた。  お盆の上にはお茶菓子とポット、かわいらしいカップが3組乗せられていた。  そして、自室の前に立つと、なぜか遥香が出迎えた。 「あっ、おかえり~」 「えっ!」 「司くん、おまた……せ? !?」  お盆を遥香に渡した立花は、司の姿に絶句していた。  というのも、遥香の誘惑に負けた司は『少しだけ……』と、立花の衣装タンスを覗いてしまっていた。  しかも、その手には例の『黒いレース』が握られていた…… 「あ、あの。司くん。それ……」 「り、立花さん。こ、これには、深いわけがあって……」 「ど、どんな訳があるというのですか!? そ、その。わ、わたしの下着を握りしめて……」  頬を高揚させて、ずんずんと司の元へと進む立花は、鬼気迫るものがあった。  当然、自分の欲に負けた司はたじろぎ、後ろにのけぞりつつ下がる。しかし、2人とも足がおろそかだった…… つるっ!  立花と司の足元には、遥香や司が持ってきた勉強道具があり、それに足を取られる形になった。  ある意味、器用に2人同時に足を滑らせたことで足が絡み合い、司が下で立花が上という状況を作り出した。 どし~ん! 「まぁ。立花ったら、大胆!」 カシャ!  スマホを取り出した遥香は、2人の様子を撮影していた。  当の立花と司は、自分たちの置かれた状況をいまいち理解できていなかった。 『あ、あたし。転んで……。痛く……ない? えっ!』 「いたたっ、腰打った……」  ほぼ同時に気が付いた2人は、状況に困惑する。それもそのはず、司の右手には黒のレースが握られたまま……  司の左手は、立花を支えようとした手が滑ったのか、胸を受け止めていた。  司の左手に伝わる確かな体温とやわらかさ。そして…… ぷにっ。 「んっ!」  思わず抑えている手を動かしてしまう司。  他意はないが、こういう時。どうしていいかわからなくなるのも事実である。  それを示すかのように、必然的に立花と司の顔が近づく…… 「んっっっ!!!!」  先ほどにもまして立花の頬が高揚したのを見た司は、次の瞬間。 バチーン!  強烈な立花の右フックのビンタが、司の顔を直撃したのだった……  立花にとっては、とんでもなく恥ずかしい勉強会が幕を開けようとしていた……
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