『で、どうして、こんなことに?』
部屋の中央の小さなテーブルを挟み、立花と差し向いに座った司は、正座をしていた。
「いや、これには、深い理由があって……」
立花の衣装タンスを覗いてしまった挙句に、下着をつかんでしまい、あまつさえ倒れこんだ立花の胸を揉むという状況に陥った。
その結果が、正座で反省するという状況になっていた。
「司くんも男の子だってことよ。ねっ」
「は、はい……。すみませんでした……」
「も、もう。仕方ないわね……」
「よかったね。司くん……」
「はい……」
「『よかったね』じゃないわよ。遥香ぁ」
「ん?」
立花は、すでに分かっていた。司くんは悪くなく、真の悪役がそこにいることを……
「遥香なんでしょ? けしかけたの……」
「ん~。なんのことかなぁ~」
「とぼけない!口角が上がってるよ。全く……」
「だってぇ~」
あれやこれやと理由を並べ立てた遥香だったが『たのしいから』ということが、表情に表れていた……
遥香はたのしいこと優先で動くことを知っている立花。まさかの、展開に驚愕すら覚えていた……
それから、遅めの勉強会が始まる。
座り位置は、立花の向かいが遥香、立花の左隣が司という位置になった。どうしてかというと……
「まさか、私の苦手なものが得意だなんて……」
立花と司の苦手科目が器用にバッティングせずに、かみ合っていたことだった。
立花は数式が不得手、司は数式は得意だが文法が苦手という状況だった。
「だから、ここはこの公式を……」
「あぁ、なるほど……」
司が立花のノートを見てあげ、反対に……
「ここの文法はね……」
「あぁ、なるほど。そういうことか」
立花が司に勉強を教えていた……
『あたし……帰っていいよね?』
1人、ポツンと相手にされていない遥香。
遥香は、ある程度平均的にできてしまうこともあり、欠点があるという訳でもなかった。つまり……
『平均的にできるのも、良し悪しよね。こういう場合……』
互いに教え合い、補い合っている2人を見ていた遥香は、自分だけ仲間外れに感じてしまっていた。そして……
遥香2人きりにしたほうが、面白そうなことに気が付いてしまった……
『そうだ! 親に呼ばれたのを口実に……』
この場から離れる口実として、親から呼ばれるという安定の方法を使う。当然、そんな用事は全くない。
自分のスマートフォンを操作し、いかにも着信があったかのように振る舞う。
「もしもし~お父さん? うん。わかった~」
と、適当な受け答えをして、席を外す体のいい用事を作る。
「お父さんに呼ばれたから、あとは、ふたりでやってね~」
席を立とうとする遥香の後を追いかけ、司も席を立とうとする。確かに、女の子の部屋にこれ以上いても、どうしようもないというのもあった。
帰り支度を始める司を静止するように、遥香が諭す……
「司くんは、残ってていいよ? 立花に教えてあげて……」
「えっ。あ、うん。でも、いいのかな……」
司も、女の子の部屋に男が入り浸るというのも、どうかと思う一面もあった。ただ……
「もう少し、教えてくれると……」
立花がこう言ったことで、司の気持ちが変わる形になった。
「じ、じゃぁ。もう少し……」
そんな姿を見て遥香は……
『そうそう、それでいいのよ、立花』
娘の成長を見守る母親のような心境になっている遥香だった……
自分の身支度を済ませた遥香は、立花の部屋を出るとスマホを取り出し、天気予報をチェックする……
「ん~。これから、雨?どうしようかなぁ~」
「まぁ、近くに車に来てもらえばいいか……」
遥香もそれなりのお嬢様で、執事やメイドはいないものの父親が車関係の仕事をしていることもあり、車での送迎が可能な環境だった。
近くに迎えに来てもらった遥香は、その車内でこんなことを思っていた……
『まぁ。大丈夫よね? よほど激しく降らなきゃ……』
そんな心配という安定のフラグを立てた遥香の予想通り、立花の自宅周辺はゲリラ豪雨に見舞われていた……
ザァァァァァ!
『えっ! なにこれ!どうするの?』
遥香が帰った後に、雲行きが怪しくなったこともあり、司を送るためにいろいろとしている間。見る見るうちに天気が悪くなり、司が帰ろうとすることには、帰ることそのものが危険な状況に陥っていた……
ざーざー振りの天気を玄関先で眺める2人は、とりあえず中へと避難する……
『……どうしよう、全く止みそうにない……』
リビングに移動した2人は、とりあえず、今の状況を確認する。
「ど、どうしようっか……」
「困りましたね……」
天気予報を確認しても、しばらく止みそうにないことが伝えられていた。あちらこちらでは、雷の音も聞こえる……
そんなさなか、立花のおなかの雷も発生していた。
『ちょっと! 今は、落ち着いて!』
必死に意識しないようにと、場を濁そうとする立花だったが、スマホに入った連絡でどうしようもない状況に陥る……
プルルルル
「ん? えっ! うそっ!」
「どうしたんですか?」
立花のスマホには、今の状況をさらに窮地に陥らせる情報がつづられていた。その内容は……
『今日は、帰れません。お父さんも同じなので、1人で食べて寝るのよ~』
司が家に来ている事を親にも知らせていないということもあり、自宅で1人でいることを心配した母からのメールだった。ただ……
『今は、司くんと一緒にいるのよね。あっ! おなかが……』
このメールで、気が付いてはいけないところに立花は気が付いてしまった。このことに気が付くと、症状が出てしまうから……
『……今。というより、これから……2人っきり……』
『はうっ!』
メールを見て絶句している立花を心配したのか、司は立花の隣に移動して立花の手元のスマホを覗き込む……
「あちゃぁ。来ないみたいですね……」
不意に近づかれた形になった立花は、司を思いっきり意識してしまう。その反動は、おなかへと帰って来た!
『のぉぉぉぉ!』
『この至近距離で、出すとか、色々……』
『おわる!』
前に学園でやってしまったのは、そこに顔があるなど知る由もなかった立花。そして、事態はさらに悪化する……
ダン!
その音と共に、部屋中が真っ暗になる。
見えていたからこそ、意識してしまっていた立花にとっては、何とか堪えることができる状況が出来上がった。しかし……
「えっ!停電?」
「うわっ!停電か? 真っ暗で何も……」
この時、幸いなことに2人が離れた位置に座っていなかったこともあり、足をぶつけたりといったケガを負わずに済んでいた。
今の状況を確認しようと、お互いが手を伸ばし合う。
「つ、司くん。そこにいるよね?」
「い、いるよ。立花さんの声を近くに感じるし……」
互いに手を伸ばし合っていたが、微妙に空を切っていた……
そして、司の手は微妙にピンポイントで立花をとらえる。
「見つけた!立花さん!」
「んっ。つ、司くん……」
司がたどり着いたのは、立花のほっぺだった。
司の大きなてが立花の頬をとらえていた。その確かな司の体温に安心するとともに、それまでおとなしかったおなかが、また活動を始める。
『だめっ!今は!』
手の届く範囲。つまり、立花と司は『そういう距離』にいるという証でもあった。
ただ、幸いなことに真っ暗なこともあり、たとえ出したとしても、気づかれない確率のほうが高かった。
立花の中では、せめぎあいがおこっていた……
『選択肢1:暗いうちに出してしまう?』
『選択肢2:明るくなってから、トイレに駆け込む』
そんな選択肢が、立花の考えに浮かんでいた。そして……
『見えないうちに、少しでも解放して……』
立花の姿を確認するかのように、司の両手は立花の体の状況を確認する。
その手は、やさしく立花の体を撫でる。そのことが、より立花のおなかを刺激していた……
『やばい! で……』
少しだけ解放しようと、立花は司に気が付かれないようにしていく……しかし……
都合はうまくいかないものである……
少しずつ解放しようとしたタイミングで、リビングが明るくなる。
本来なら、通電して喜ぶべきことだったが、立花にとって、このタイミングで開通してほしくなかった……
そんな立花の考えは、時すでに遅かった……
ぷすぅぅぅ~
明らかに、台所とは異なる場所からのガス漏れのような音。しかも……
「立花さん。こんな近くに……」
「つ、司くん!?」
停電していたこともあり、立花と司の距離は、今にも息がかかるような距離にいた。
しかも、そのタイミングで立花は、解放してしまっていた……
見る見るうちに高揚する立花。いたたまれなくなり、慌ててトイレへと駆け込んだ。
『のぉぉぉぉぉ!』
頭を抱えて、声にならない声をあげた立花だった……
『いろいろと、終わった……』
2人っきりの自宅で、色々と失った立花だった……