顔にやわらかな感触を感じた後、気絶した司は、妙な夢を見ていた。
それは、念願でもあった立花が司の顔の上に座っている夢だった。
匂いフェチの司にとって、これほどうれしいものはない。
それが、好意を持っている女の子の匂いなら、なおさらである。
『これが、立花さんの香り……』
司は常々、こう思っていた……
“匂いはあくまでもその人を象徴するもので、決して。変態などではない”
匂い一つで、その人の体調かがわかることもある。そんな中、司もその分野に興味を持ち始めた……
そして、転入式のあの事件である。会場に響き渡るほどの盛大な号砲に、司は興味をそそられた。
それは、いつしか興味から恋心に代わり、立花個人への好意へと変わっていっていた……
「あれ? ここは……」
見慣れない天井に、周囲をきょろきょろとすると、ベッド脇では私服に着替えた立花がすやすやと寝息を立てていた……
手を握った状態で眠っている立花は、起きる様子がなかった……
『寝てる。今日は、つかれただろうから……』
『それにしても。かわいい寝顔……』
ゆっくりと寝返りを打ち、立花の方を向くとすやすやと眠る立花の寝顔が眺められる位置になった。
そんなかわいい笑顔を横目に、自分に起きたことを振り返って、とんでもないことになってたのを思い出した……
「確か、プールサイドで……あっ…」
司がプールサイドに行こうとしたタイミングで、立花が足を滑らせたこと。そして、顔を上げた司の顔面に立花のお尻が乗っかっていたことを……
『まてまて、あの顔に感じたやわらかな感触って……』
気絶する直前。司の意識の中では、顔に感じるふわふわとした感触。そして、あの香りが、特別な関係の男女がするソレの香りだったことに気が付いた。
「のぉぉぉぉぉ~~」
そして、司は自分の姿が水着ではなく、私服に代わっていることに気が付いた。
普通なら、スタッフが着替えてくれたと考えるのだろうが……
『服が……まさか? 立花さんが?』
と、そんなことを考えてしまう司。
実際、そんなことはあり得ないと思ってはいたものの、横ですやすやと気持ちよく眠る立花の姿を見ていると、思わず考えてしまう司。
そんなことを考えていると、施設のスタッフが顔を出した。
「あら、起きたのね。あら? もう一人の子は帰ったのかしら……」
「えっ? もう一人って……遥香さん?」
確かに、そこには遥香の姿がなかった。彼女も疲れていたのだろう、先に帰宅したのか、姿が見えなかった。
「さすが、彼女さんね」
「へっ?」
「だって、彼女さんでしょ? その子……」
司は、立花に対して好意を持っていた。ただ、それが立花からしてみれば迷惑に感じてしまうことも容易に想像できる。
まして、匂いに興味を持ってしまったことで、いろいろと恥ずかしい思いをさせていたこともあった。
でも、スタッフに『彼氏』と説明しているということは、たとえ場を繕うための言葉としてもうれしかった。
「あ、は、はい。」
「ほんと、できた彼女さんよね。手放しちゃだめだからね」
「は、はい。」
たとえ、この場を繕うための“偽り”だったとしても、これほどうれしく思うこともなかった。
「彼女さんが起きたら、お礼言ってあげてね。それじゃぁ。私は、これで……」
「はい、ありがとうございました」
スタッフが帰った後、手を握ったまますやすやと眠る立花を見ると、気絶している間に、いろいろとあったことが想像できた……
『ありがと。立花さん……』
起きてからあらためて言ってもいいが、今の気持ちをすやすやと寝息を立てる立花の耳元でささやいた。
「んんん……」
夢見心地でから返事を返す立花がほほえましく見えた司だった。
それから、数分後……
「んん。あ、起きたの?」
「おはよ。立花さん。」
思わず握っていたのだろう司の手を、立花は慌てて離す。それと同時に、そう返事をするかおろおろしてしまう立花。
「え、えっと。これはね。えっと……」
おろおろとするその姿は、普段の凛とすることの多い立花とは違い、乙女のかわいらしさが出ていた。そして……
「ありがとう。立花さん」
「えっ。あ、う、うん」
二人の間に流れたほほえましい空気は、二人の心の距離を少しだけ縮めた感じがしたのだった……