ザァァァァァァァァァァァ!!!!
外ではけたたましい音を立てて、雨が降っていた……
窓の外を見ている司の後ろでは、遥香と立花が気を紛らわせるためか互いに勉強を見あっていた。
『あれ……前もこんなことがあったような……』
司は立花の家で教えたときも同じような転天候になり、自宅に帰ることができなくなった司は、一晩。立花と一緒に過ごすことになっていた……
『今日もなんて……まさかな……』
司のそんな心配は、妙にかなってしまうもので、雨は一向に止む気配がないどころか激しくなる一方だった。
「やみそうにないわね……」
「そうだね。どうしよう……」
「えっ? 泊まっていったらいいじゃん」
「えっ!」
「えっ?」
司が驚くのは、納得していた遥香だったが、なぜか立花も驚いていた。
「なんで、立花も驚くのよ。」
「いや、だって……」
立花の頭の中では、以前にあった司と泊まったことを思い出して、モヤモヤと考えてしまう……
「あっ。そういえば、立花。前にそんなこともあったね」
「そうよ、それがあるから……」
「なに、思い出しちゃった?」
「それは……」
思い出していないといえば、嘘になる。
あの時、母の差し金で妙なスイッチの入った立花は、入浴中の司のところへと乗り込んだり、同じ部屋で寝たりといろいろなことがあった……
『き、期待してる……とかそういうわけじゃ……』
そう考えつつ、努めて平静をよそおうとしていた立花だったが、遥香にはお見通しだった……
『立花。前は、いろいろあったみたいだから。今回はより進展してもらわないと……』
そんな考えと思惑が、二人の間で交錯していた。
「ふふっ」
「ふふふふふっ」
不敵な笑いを繰り広げる二人に、不思議な感じを抱いた司だった……
「ちょっと、休憩しようか。ちょうど、雨で帰れないことが分かったんだし……」
「そ、それもそうね。」
「司くんは、ここで待っててね。」
遥香はそう言い残すと、リビングに飲み物を取りに部屋を出ていった。部屋には立花と司が残される形で、立花の部屋で勉強会をしたときと同じ状況になっていた……
立花の隣に座る形になった、司。二人の間には、微妙な空気が流れる。外では、相変わらずの豪雨が続いていた……
二人の間に広がる沈黙に、いたたまれなくなった二人は、どちらともなく会話を切り出そうとする……
「あの……」
「あの。立花さ……」
二人とも同じタイミングで会話を始めようとした瞬間……
ピカッ!
ゴロゴロゴロ!
「きゃぁぁぁぁぁ!」
よりにもよって、立花の向いている司の後ろに窓があることで、カミナリがダイレクトに立花を刺激してしまった……
そして、条件反射的に司に隠れようと、前のめりになる立花。当然、司はそれを受け止める。
「大丈夫? 立花さん。あ、そういえば、立花さんは……」
「えぇ。そうよ、カミナリ怖いの……」
「そうだったね……」
司の腕の中で震えている立花は、守ってあげたくなるほどに小さく、恐怖でおびえていた……
その姿を扉を少しだけ開けた遥香が見守っていた……
「遥香さん! これは、深いわけが……」
「いや、いいのよ。どうせ、立花の方から飛び込んできたんでしょ?」
「は、はい。でも、よくわかりましたね?」
「よくわかったも何にも……立花がカミナリ苦手なのを知ってるし……」
立花と遥香は幼馴染ということもあり、いろいろと知っていることが多かった。好きなものから、嫌いなもの。ほくろの位置や数まで知っていた……
司が目撃された遥香に言い訳をしている間も、立花は司にしがみついたままで、離れようとはしなかった……
「ちょっ、立花さん?」
「も、もうちょっと……」
「も、もうちょっと?!」
そんな立花のめったに見ない姿に、遥香は驚く表情をした後でにゃっとした顔に変わっていった……
「なに、立花。そんなに司くんとくっつきたかったの?」
「!!!!」
カミナリが鳴り驚いた瞬間に抱き着いた立花。耳も同時にふさいでいたこともあり、遥香がそこにいるとは思っていなかった……
「遥香!? 何でいるのよ!」
「なんでって、戻ってきたら、抱き着いてるんだもの……」
「いつから?」
「ん?」
「いつから? って聞いてるの!」
「『いつから?』もなにも、カミナリが鳴った直後にはいたわよ」
「…………」
慌てて司から離れた立花は、事情を説明しようとあたふたし始める……
「こ、これはね……」
「落ち着いて、何年付き合ってると思ってるの? カミナリが嫌いなことくらい知ってるわよ。」
「それは、そうよね……」
「それに……」
「それに?」
それまでのあきれ顔の遥香から、一気にニヤッとした表情に変わり……
「カミナリに怖がるのに乗じて、司くんに抱き着こうとしてたことくらい……」
「!!!!」
「!!!!」
にやにやと楽しそうに語る遥香は、勉強の苦行からの解放感と、立花の楽しい状況を拝めたことで、よりイキイキしていた……
「はるかぁ!!!!」
二人のやり取りは、すでにおなじみになっていた。司も二人のやり取りを見ていて、自然と笑顔が漏れてしまう……
「ほら、司くんもにやにやしちゃってるし……」
「えっ? あっ! 司くんまで……もう……」
「いや、こ、これは……」
「いいの。慌ててる立花は、かわいいでしょ?」
横に来て耳元でささやく遥香の言葉は、的を射ていた……
『た、確かにそうだけど……』
遥香に指摘され、ぐうの音も出なく膨れる姿は、確かにかわいい姿に他ならなかった……
それから、三人で食事をとった後。お風呂に入ることになった司だったが……
『今日は、来ないよなぁ……』
以前に、立花の家に泊まった時は、立花が水着を着て乱入してきていた。そのことを思い起こす似たような状況。しかも、今回は遥香の家ということもあり、遥香までが乱入してきそうな感覚になる……
しかし……
『考えすぎだよな……自意識過剰かな……』
当然、入ってくるはずもなく、着替えて部屋に戻ると二人ともパジャマに着替えを済ませていた。
以前の泊まりの時とはまた違った、二人ともかわいいデザインのパジャマになっていた。
「そのパジャマは……」
「あぁ。これ? 遥香のうちに泊まるときもあるから、お泊り用ね」
「へぇ。」
二人が並ぶと、遥香が姉で立花が妹のような印象すら受ける。すると、遥香はパジャマの上が何やらきつそうだった……
「どうしたんですか? 遥香さん……」
「いや。育ったのかな? ねぇ。司くん。どう思う?」
グイグイと近寄ってくる遥香は、見ようによっては、見えてしまいそうになる。それを、立花が黙ってみているはずもなく……
「ちょっと! 何してんのよ! 遥香……」
「いや、司くんに診てもらおうと……」
「何をしてんの……てか、それ。私の置きパジャマじゃん!」
「あぁ、それで……」
「どうりで、こっちのパジャマが、ぶかぶかだと思ったわ……」
確かに立花の着ているパジャマは、ゆとりが多めだった。普通の身体に合わせたパジャマであれば、そこまでのゆとりは生まれないが、今着ていたパジャマは首元から鎖骨が見えていた……
『鎖骨が……ってことは……』
「ん? 司くん?」
ぶかぶかに近いパジャマを着ようものなら、やはりいろいろと見えてしまう……
司と視線が合った立花は、司がどこを見ているかわからなかったため、その視線の先をなぞると……
「!!!!」
「つ、司くん!」
「あ、ご、ごめん。今のは、事故……」
バチーン!
肩口がはだけたパジャマになってしまった立花の胸元は、見事にはだけて肩紐とブラが少しだけ見えてしまった……
当然、事故とはいえ、見えてしまったことで司の頬には見事な手形が付いたのだった……
「あれは……不可抗力…」
「だから、ごめんって……」
あの後、不可抗力で見えてしまったことを理解した立花は、平謝りしていた。
扉越しに話す立花と司は、部屋の中で立花と遥香が着替えているということもあり、司は廊下で待っていることになった……
「まさか、あんなにはだけるとは、思ってなくて……」
「ちょっと、それ。あたしが太ってるとでも言いたいの?!」
「えぇっ。その主張の激しい二つのふくらみが、邪魔なのよ。もう。」
「えぇっ、立花だってあるじゃん……」
廊下に立たされる形の状態で、部屋の中では下着姿の二人が胸の大きさ比べを繰り広げていた……
『これ……生殺し……』
扉の向こう側では、下着姿の二人がどっちが大きいだの、感度がどうだのと会話が廊下にまで聞こえてきていた。
下着姿の二人がいるというだけでも、いろいろと煩悩を刺激してくるのに、胸のサイズを争いだすという、司にとっては苦行でしかなかった……
『いつまで……』
そんなことを思っていると……
「司くん。入ってきていいよ~」
遥香の呼ぶ声が聞こえた司は、やっとの思いで苦行から解放され、立花たちのいる部屋を隔てる扉を開ける……
「ちょっ! 司くんまっ……」
「えっ?」
司は、扉を途中まで開けたタイミングで、静止に来た立花と鉢合わせした。二人の着替えが終わったものだと思っていた司の目の前には、下着姿の立花と、にやにやしながら笑いをこらえている遥香の姿があった……
「え、えっと……」
こういう時の、視野というのはスローモーションに見えるもの。たとえ、一瞬しか見ていなくても、視野は条件反射的に見てうれしいところにズームインするもの……
しばらくの沈黙の後……
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ!!!!」
ばたん!
勢いよく閉めた扉の向こうで、司が謝る声が室内にも響いていた……
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」
それと同時に、立花の悲鳴もとどろいたのだった……
バチーン!
改めて着替えが終わった司が部屋の中に入ると、遥香の頬には見事なほどに立花の手形が付いていた。
「さ、寝よっか。」
頬をジンジンさせながら言う遥香は、滑稽で吹き出しそうになった司だったが、寝るということだったので、ほかの部屋に自分が移動するものだと思っていた……
「じゃぁ、どこか別の部屋に……」
「何を言ってるの? 司くん……」
「えっ?」
「司くんも、この部屋よ。」
「いや、それ、まずいんじゃ?」
「立花まで何を言ってるのよ。立花も一緒に寝たんでしょ?」
「うぐっ!」
確かに、司が立花の家に泊まった時は、立花の部屋に泊まる形になっていた。そして、翌日。寝ぼけた立花が司を抱き枕にしていたという事件があった。
「でも、あれは……」
「だったら、司くんも一緒でいいじゃん。それに……」
遥香の言われるがままに横になった三人は、司を真ん中に両端を遥香と立花が挟む形になっていた……
「いや、どうして。こうなった?」
「あ、あと。あたしも抱き枕愛用してるから……」
「いや、遥香さん。それ。シャレにならない……」
司の耳元でささやく遥香の声は、それだけで司はゾクッ!っとしてしまう。そして、なぜか立花も……
「ちゃ、ちゃんと、抱き枕になって。司くん……」
「い、いや。まって……て、もう寝てる?!」
「って、こっちも?!」
司を挟む形で、寝息を立てる二人は、司の腕を抱きしめたまま眠ってしまい、身動きが取れない状態だった。
「いや、どうするんだ。これ……」
二人の寝息は、司の耳を。二人の淡い匂いは、司の鼻を。二人のやわらかな感触は、司の両手越しに司の理性を刺激していた……
司は、理性を保てるのだろうか……