もふる。
それは、アリスがウサギを愛するあまりに全身くまなく撫でまわすことを言う。
それは、主にウサギに対して行われるが、相手が獣人であっても同じである。
アリナの家に訪れたラティア第三王女。
そのあまりのかわいさに理性を失ったアリスは、甲冑を着た上から抱き着いたのだった。
そして、あちらこちらをモフモフしていくうち、甲冑が邪魔になったアリス。
無意識に、強固に装備されていた甲冑をいとも簡単に脱がして直接、もふっていた……
そして、数分後……
「はぁ。スッキリした……」
甲冑もきれいに脱がされ、アリスにもふられたラティア王女は、ビクッ! ビクッ! っと体を震わせて座り込んでいた……
「だ、大丈夫ですか? ラティア王女……」
「んんっ1 さ、さすがね。と、特別仕様の甲冑をいとも簡単に脱がせて……」
騎士の中でも右に出るものはいないというほどの腕を持つラティア王女でも、アリスのもふりには勝てていなかった……
「それにしても、あなたたち、よくアリス様に撫でまわされて平気だったわね……」
「いえ、私たちは……」
「あっ、そういえば、もふってない……」
野生の勘という形で、器用にアリスのもふりから回避されていた。
あいまいなラティアの予想だったが当たっていて、アリスが訪れアリティスがあのままアリスの胸に飛び込んでいたら、いろいろとまずいことになっていた……
しかし、ラティアがそれを指摘したことで、アリスがそれを思い出してしまった。
「もふっても……、いい?」
アリスにとって、もふもふが最優先で撫でることで癒されていた。
今にも、撫で繰り回したいアリスがじりじりと距離を詰めていく……
身の危険を感じるほどの気迫に、かえって逃げることができずに膠着してしまう……
「ア、アリス様? そ、その手は……」
「ちょ、ちょっとだけだから……」
もう少しで手が届くといったその瞬間……
「やめい!」
パシーン!
「人の親に、なにしてんだよ! もう!」
どう見てもうさ耳獣人のラビティア人とクラリティア人では、圧倒的な身長差が存在する。それを、長い耳を使うことで補って見せたアリス。
そして、何よりも物怖じしないアリナの姿に、親のアリティナとアリティス。そして、ラティアまでもが驚いていた……
「う、うそ。普通のラビティアの人なら……あの気迫に負けるのに……」
「えっ? そうかなぁ……」
不思議そうに首をかしげるアリナ。そして、つっこまれてまんざらでもないアリスという、奇妙な光景になっていた……
アリナは、クラリティアでアリスのペットになってからというもの、このもふりに慣れていたこともあり、物怖じすることなくツッコミを入れることができていた。
「さすがといったところかしら……」
アリスの気迫に、王女のラティアすら物怖じしていた。
同時に、ラティアは得心がいっていた……
「やはり、英雄級の騎士の使い手のご子息といったところね……」
「姫様。我々は、もう引退した身です。そんな、過去の栄光はたただの飾りです……」
「えっ? どういうこと?」
「あぁ、アリスにはいってなかったね。うちの両親。こう見えて騎士なのよ……」
「えぇぇっ!」
アリスを出迎えたアリナの両親は、よく田舎に住むおじさんやおばさんのような容姿で、父のアリティスはイケメンというよりも、ダンディーなタイプに近い。
そして、母親のアリティナは、端正な顔立ちとラビティア人としては手足が長い部類に入ることから、相当な美人であることが想像できた。
「じゃぁ、相当な手練れってこと?」
「ええ。そうよ、何せ伝説級なんていわれたほどだからね……」
「えぇっ。そんなに? す、すみませんでした。」
伝説級と聞いたアリスは、一気に申し訳なさそうな気分になってしまった。その証拠に……
「い、いや。頭を上げてください……」
「いえ、どうお詫びしたらいいのか……」
「いや、土下座をされても、こちらが困るので……」
「そ、それに、今は引退した身ですから……」
「そうなんですか……」
「だから、頭を上げてください……」
申し訳なくなったアリティスは、土下座の位置から立ち上がるために手を貸そうとするが、それがまずかった……
差し出された手を強引に引っ張ると……
「んん~。もふもふ~」
「うわっ!」
アリスが立ちひざになると、ちょうどアリティスを抱きしめるのにちょうどいい位置になったこともあり、引っ張られたアリティスはアリスの胸にダイブする形になってしまった……
もにょん。
「ちょっ。ア、アリスさま?!」
『おぅふ。ふかふか~』
アリスは全くと言っていいほどに実感はなかったが、抱擁されたアリティスはデレデレと鼻の下が伸びていた……
『あぁ、やばいなぁ。やわらかい。クラリティアの方とは、これほどやわらかいのか。それに、手足も長いし、出るところは出てるし。こんなのが日常……』
アリティスは、いろいろと想像を巡らせていた……
アリスのような美少女に、撫でられ愛されるのかと……
確かに、クラリティアにもウサギカフェなるものもあった。
そこでは、確かに飼われているウサギをモフモフできるカフェもあり、美少女も来店するが、当然。おっさんもおばさんも来店する。
アリティスも、そのことは知っていたが、都合の悪いことは忘れるもので、自分に良いように解釈を繰り広げていた……
『や、やわらけぇ~』
ハッ!
そんな願望は、いとも簡単に奥さんのアリティナに制裁を受けるアリティスだった……
「ア、アリティナ? こ、これはな……あぁぁぁぁ~」
アリティナに奥に引っ張って行かれたアリティスは、ボコッ!っという音とともに一瞬、静かになったのだった……
その後、アリスは席に戻りラティナに気になっていたことを質問する。
「えっと、どうして、どうして私が連れてこられたんですか?」
「ええっと。それはね……」
ラティアの横に座ったアリティスの頭には、しっかりとアリティナから制裁されたこぶがデカデカとついていた……
そのこぶに気を取られつつも、ラティアは説明を始めた……
「このことは、約100年ほど前のクラリティアとのゲートが閉じたときにさかのぼります……」
「その当時の私たちラビティア人は、クラリティアから得られる恩恵を存分に得ていて、ラビティアも大いに栄えていました……」
「しかし、クラリティアとのゲートは何者かによって閉じられてしまったのです。」
「反抗勢力の仕業や、私たち王家が仕組んだことだという人も多くいました。」
「時間をかけた調査により、王家に反感を抱く勢力によって、ゲートが閉じられたことがわかり、その反抗勢力は淘汰されたのですが……」
「ですが……」
「今度は、内乱が起こったのです……」
ラティアは、淡々と。それでいて、しっかりと語っていった……
「アリス様。知っていますか?」
「えっ?」
「便利なシステムに慣れ、それが普通になっていくと、それが脅かされそうになることで不安になるんです……」
「技術をクラリティアに依存する形になっていた私たちは、その多くが、輸入に頼っていたことがより深刻さを増す結果になりました……」
「姫様! それは……」
アリティスは一応、ラビティアの騎士を務めたこともあることから、姫様が頭を下げるというのは、王家を卑下することに値するために、静止する必要があった……
しかし……
「いいんだ、アリティス。すべて打ち明けなければ、本当にお呼びした理由を伝えた。ということにはならない……」
「そ、そうですか……姫様がそういうのなら……」
そういい、ラティアは説明を続ける……
「我々の国にも、採掘する施設は当然。あった。しかし、その所有権をめぐって争いを始めたのだ……」
「醜いだろ……。アリス様からすれば、これほど愛くるしい容姿をしているが、その実。私は、いや。私たちは争わずにはいられないのだ……」
「その証拠に……ほら……」
「ひ、姫様!」
「いいのだ。止めないでくれ……」
「!!!!」
ラティアが見せたものとは、その愛くるしい耳の裏側が刀傷なのかごっそりと毛がなくなり、肌がむき出しになっていた……
「もう少し、回避が遅ければこの程度の怪我ではすまなかっただろう……」
「こんな、私たちのために、力を貸してくれないか? アリス様……」
ラティアのその小さな体で、どれだけの戦地を潜り抜けてきたのか、アリスには想像だにできない。
クラリティアも戦時下にあったこともあるが、そこまで激しくはならなかった……
そんなこともあり、ほぼ戦争とは無縁の中で生きてきたアリスにとって、見た目ではわからない傷が多く秘められていることに驚いた。
アリスは、ごく自然にラティアを抱き寄せる。
「王女。大変だったんですね……」
「我々は、よく。さみしいと死んでしまうといわれていたが……」
「よく、争いで亡くなるものもいるんだ。でも……」
「このあたたかさは、かけがえのないものかもしれない……」
ラティアは、騎士ということもあり、つよく、強くあるために気を張り続けていた……
それは、王女として当たり前で、それでいて褒めてもらえるというものでもない。
そのことが、王女をより一層。騎士としてあるべき姿を維持するために、心が疲弊しきっていた……
「王女!」
「へっ?!」
戦地では、孤高の王女として恐れられたこともあったラティア王女。
同士と慕った仲間の死ですら、涙一つ流さなかった王女は『孤高』の名にふさわしかった。
しかし、それと同時に親民からは、冷徹な王女と呼ばれるようになってしまっていた……
「あれ? お、おかしいな。もう、枯れ失せたと思ったんだが……」
アリスに抱きしめられている王女は、それまでの緊張から解放されたのかその瞳からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた……
「も、もう。気を休めても、いいのだろうか……」
「ここにいるときくらい、休んでもいいと思います。王女。」
「そ、そう……だよな……」
それからしばらくは『王女』の肩書から解き放たれた、ひとりのラティナとしての彼女が、アリスの腕の中で涙を流していた……
それまで、涙一つ出なかったラティア王女。アリスの腕の中で思いっきり泣いたラティアは、アリスから離れると、もう。王女としての風格が戻っていた……
しかし、その王女の風格は、泣く前のピンと張りつめた王女とは全く異なったゆとりを持った王女になっていた。
「ありがとう。心が休まった。やはり、アリス様を呼んでよかった……」
「アリスさんを呼んで正解だったようですね。」
「うむ。この癒しの能力は、なかなかだ……」
顔を見合わせてラティアとアリティナは、改めてアリスにお願いをする……
「我々に、その『癒し』の力を貸してくれ!」
「えっ? 癒し?」
「あぁ。我々がアリス様を呼んだのには、それが理由なんだ……」
ラビティアに連れてこられたアリスが、ラビティアでできることとは?
それは、剣をとって戦うことでも、戦地に行き負傷者を癒すということでもなかったのだった……