アリスはラティアに、改めてお願いされていた。
それは、アリスにしかできないことで、アリス以外には務まりそうにはなかった……
「それは……『抱擁』です。」
「ほ、ほうよう?」
「えぇ。私にやったように、疲れた兵士の相談役になってほしいのです」
相談役という役職に、アリスは自分にできるのかどうか不安になってくる。でも、考え方次第では、アリスにとってはご褒美に他ならなかった……
「もふり放題……」
「そこで、アリスさん。」
「えっ? なんですか?ラティア王女」
「不埒なもふりは禁止ですからね!」
「えぇっ。そんなぁ~」
「それに、私のことは『ラティア』いいですからね」
「いいんでしょうか、王女を呼び捨てにしちゃって……」
「いいのよ、この私が言うのだから……」
自分の大好きなもふりが、封印される形になったアリスだった。
それからのアリス達はというと、王都に行くための支度を始めた。王都に行くのはラティアとアリナ。そして、アリスの三人だった。
「アリナのよそ行きの格好。かわいい……」
「いいから、あんまり見ないで! もう……」
「仲がいいのですね。お二人は……」
アリナの格好は、動きやすさを重視した革を使った服で、どこかボーイッシュな印象を受ける格好だった。
ラティアのその言葉に、二人が正反対の答えを返した。
「はい!」
「いいえ。」
「えぇっ。アリナぁ~」
「あぁ、分かったから……。もう……」
「ふふふっ。」
アリスとアリナのやり取りを見ていたラティアは、クスクスと笑い出した。
「ほんと、お二人を見てると飽きませんね……」
「そうですか? へへっ。」
「いや、褒められてないから……」
それから、アリス達はアリナの家族に見送られながら、王都へと続く街道を歩いていくことになった。
「ラティア。馬車とかに乗ってきてないんですか?」
「来るときは乗ってきたけど、帰しちゃった」
「あ、そうなんですか……」
しばらく歩くと、集落を抜け開けた街道へとつながった。遠くまで続く道は、これからのアリスの歩む道を思わせるような、道が続いていた……
「えっと、ラティア。王都までは、どれくらいあるんですか?」
「えっと、大体。1日って言ったところでしょうか」
「えっ? 1日……」
「途中の山岳地域には、クラリティアとのゲートが閉じてからというもの、山賊が出るようになってしまって、警備を連れていないと…」
「あぁ、なるほど……」
『姫様。せめて、残しておいて~』
アリスはそう切実に思ったが、苦も無く歩くアリナとラティアを見ていると、こっちが申し訳ないような感じになってしまう……
ラビティア人はクラリティア人とは異なり歩くことが多く、クラリティア市内のよう路面電車などが張り巡らされているわけではない。
主な移動方法としては、馬車や馬がメインで、クラリティアのような電気システムは王都にしか存在しなかった。
それに、クラリティア人と違いラビティア人は、自分たちが楽をするために使うのではなく、貨物向けの商人用と近距離の上流階級用にしか利用されていなかった。
『ラティアって、歩くのが得なのかな? 騎士って言ってたし…』
クラリティア人も歩きはするが、長距離を歩くというわけではない。長距離の移動と言ったら、車か電車が主流である。
一方のラビティアはというと、長距離移動にも馬車や馬。平民レベルになると馬も使わず、自身の足で歩くのが普通になっている。
ラティアも同様で、騎士甲冑を着て重いはずなのに、軽快に歩みを進めている。そして、一般の兵士とは違い、腰にはフリルの着いたスカートが風になびいていた。
「この辺の人って、歩くのが普通なんですね」
「あぁ、そうだろうな。私はこう見えて、一応の騎士だからな。足には自信があるんだ!」
「へ、へぇ~」
騎士の甲冑の腰のフリルから足の装備に至る太もも部分には、しっかりと女の子らしい肌色の部分があった。
騎士というお堅い職業ということもあり、リボンが付いたりなどおしゃれがところどころにあしらわれていた。
かといって、バキバキというほどでもなく、程よく女の子らしい曲線が出ていた。
「確かに……」
「あひゃっ!」
「あんたは、何触ってんのよ。もう1」
ペシッ!
「いたっ。アリナ、い、いや。つい……」
「『つい』って……何してんのよ。こんなのが飼い主だと思うと恥ずかしいわ1」
そんなやり取りがありつつ、王都へ向けて歩みを進める三人。
しばらく歩くと、標高が次第に高くなり山へと登っている形になってくる街道。普段から歩いてはいるアリスだったが、さすがにつらくなってくる。
そんな三人の姿を崖の上から、にやにやしながら眺めるものがいた……
「兄貴。あれ、見てくだせえ」
「ん? なんだぁ?」
「あれですよ。ほら、あの三人組」
「おやっ。これはこれは、女三人ずれでここを通るとは、度胸が据わってるなぁ~」
「兄貴、真ん中の女。とびっきり美人ですぜ!」
「ん? おおっ! これは、じょうものじゃねぇか。変わった耳が付いてるが、上物には違いねぇ~」
「見たことのねぇ種族ですが、長い手足とあの小顔だったら、高く売れますぜ! 兄貴」
「だなぁ。やるか」
そんなことともつゆ知らず、アリスたち三人は峠道を進んでいた……
「ラティア。疲れた……」
「もう少しですから、この峠道を上ると、見晴らしが一気によくなりますよ」
「はぁ、あんたは店の中と買い物だけだからなぁ~」
「それに……」
「えっ? なに。アリナ……」
鼻で笑いながら近寄ったアリナは、へばったアリスの横腹をつまんだ。
ぷにっ。
「あひゃっ!」
「ほら、この辺。ぽちゃったんじゃないのか?」
「ちょ、ちょっとまってよ! あははははは。アリナ。くすぐったいって……」
「ほらほら、ここかぁ~この辺かぁ~うりうりうり~」
「あ、アリナぁ。やめっ。ふ、ははははは。」
「二人とも、その辺に……はっ!」
シュン!
バシッ!
じゃれあってる二人の元に、弓矢が勢いよく飛んできたところを、ラティアがうまく剣ではじき返した。
「えっ! 弓?!」
「誰ですか! 顔を出しなさい!」
ラティアの声に、街道脇の茂みから顔を出したのは、弓と剣を携えた山賊だった。
その姿は、ラティアやアリナと違い、短髪で手足が長いラビティア人だった。
「あなたたち、その長い手足とその身のこなしは、レキティア人ね」
「おっ。うちらを見分けた慧眼といい、その甲冑と言い、王女のラティアといったところか?」
「め、名答よ。あたしたち三人しかいないから、襲ってきたんでしょう?」
退治して緊張するラティアに対し、アリスは全く違うことを考えていた……
『うわぁ。モフモフだけど……やわらかそうじゃない……』
アリスは基本的にモフモフが好きだった。しかし、目の前にいる山賊のようないかにもおっさんみたいなラビティア人とはもふりたくなかった……
「なぁ、そこの嬢ちゃん。俺らといいことしねぇか?」
「そうやって、あなた方は、若い女性たちをさらっているんですね」
「えっ? そうなの? ラティア? あっ……」
それまでの会話の流れの癖で、ラティアをラティア王女と呼んでしまったことで、山賊に王女であることが知られてしまった……
「おうおう、王女様も一緒に売れば、いい金になりますぜ。」
「だな、やっちまうか」
一歩ずつ山賊がアリス達の元へ近寄っていく……
「なに、取って食おうってわけじゃないんだ。ちょっぴり、おとなしく来てくれればいいんだ」
「兄貴。こっちの女。のっぽですが、結構な美人ですぜ。うぅ~、肌も透き通るようだぜ。」
平和なクラリティアにいたアリスにとって、小さいラビティア人とはいえ、怖いものは怖い。それは、ほかのラビティア人からしたら大きく見えるが、それでも身動きすら取れない。
最初は、二人しかいなかった山賊も、ぞろぞろと後をついて出てきていた。騎士のラティアなら、この数はものの数分もかからない。
しかし、今はアリスとアリナを護衛している状況ということで、おいそれと動くわけにはいかなかった……
そんなことをしている間に、アリスたちの周囲を山賊が囲んでしまった……
「アリスさん。私が守るから……」
「で、でも。この数……」
「大丈夫。これでも、騎士だから……」
ラティアもいつ来てもいいように、臨戦態勢を取る。そして……
「いくぞ!」
「おぉ~」
やられるかと思った、次の瞬間……
パシュ!
「あうっ!」
パシュ! パシュ!
「おうっ! あうっ!」
アリスの回りを取り囲んでいた山賊が、あっという間に気絶していく。何のことか全くわからなかったアリス。
しまいには、あれほどアリスの回りを取り囲んでいた山賊が、全員気絶してしまい周囲に山賊の気絶した山ができた。
「ど、どういうこと? ん? あれ。この武器は……」
「どうかしたんですか? ラティア」
ラティアが手にしていた武器は、独特の形状をしていて二つの石をひもでくくりつけたような独特の形をしていた……
「ラティア。なにしてんの? こんなところで……」
「その声は! ラフィア?」
「えっ? ラフィア?」
声のした方向に目をやると、木の上からひょっこりと顔を出したかと思うと、重力に任せて体をひるがえし三人の前に舞い降りた。
「よっと。その人がアリスさん?」
「そうよ。って、あんたこそ何してんのよ。ここで……」
「何してんのって、見回りしてたらラティアねぇが、囲まれてるんだもん。そりゃぁ、助けるでしょ」
さも当たり前のことをしたかのように振る舞うその少女は、身軽な動きやすい格好で、ぴっちりとした服を着用していた。
それでいて、女の子らしいフリルがところどころにあしらわれていた。
『あんな格好の子。クラリティアのくノ一かな?』
山賊たちを逃げないように縛りつけながら、その少女は王都に対して小さな小鳥を使い使いを出していた。
クラリティアにも世の中の悪を、一人の女の子が忍びとして懲らしめるバラエティーが存在する。ラフィアと名乗るその少女は、そんな格好をしていた。
「はじめまして、アリスさん。ボクはラフィア。よろしくね」
「は、初めまして……アリスです……」
差し出された手を握ったアリスは、素朴な疑問が湧いた。
『ボクって言ってるけど……男の子? 女の子?』
くノ一の格好をしているのだから、女の子の可能性は高いが、男の子でどうしてもその恰好をしなければいけないという、稀有な環境でそうしているのかと考えてしまう、アリス。
そして、たどり着いたのは、やはり……
ぐいっ!
「えっ!」
「ちょっ! アリス様? いったい何を?」
「女の子? それとも……」
「いや、ぼ、ボクは……あひゃん!」
アリスが無意識にやっていることとはいえ、器用にラフィアの体に絡みついたアリスの腕は、まるでタコの腕のように執拗にラフィアの体を確認する。
それは、純粋な興味で行っていることだったが、居合わせた二人からは目も当てられない代物になってしまっていた……
「あ、あんた。また!」
「あ、アリス様?!」
「ちょっと待って、もう少し……」
ごそごそと体をまさぐられ、力が抜け始めているラフィアだったが、身軽で冒険者としても活躍していることもあり、これくらい余裕で抜けれると動くが……
「あ、あれっ。出れない?!」
冒険者として海の魔物などを討伐したときは、これの比ではないほどに余裕で討伐していたラフィアにとって、イレギュラーすぎた……
アリスの行為そのものに敵意がないため、意図がつかめないラフィア。それに武器を使って脱出してもいいが、来賓のアリスに抱き着かれていることがより思考停止させる。
「や、やばいかも……お、おねぇ。助けて……」
その姿を見たラティアは、何かを察したのか……
「大丈夫よ、ラフィア。すぐ終わるから」
「えっ。なに、その不吉な笑みは……あひゃっ。」
そして、数分後……
アリスはラフィアが女の子であることを確認すると、スッキリとした表情をしていた。一方、ラフィアは先ほどまでの必死に抵抗した姿はどこへやら、体に力が入らなくなり座り込んでしまった。
「クラリティア人……怖い……」
足腰が立たない状態で座り込んだラフィアの、軽いトラウマになりかけていた。
「ね、ねぇさん。どうして、助けてくれなかったの?」
「それはね……」
「私もやられたもの……」
「ね、ねぇさん……」
遠くを眺めるラティアの顔を見たラフィアは、いろいろと察したのだった……