来賓室に通されたアリスは、その豪華さにたじろいでいた。
西洋風の豪華なつくりの王城は、国王の城といった形のデザインで、こういう場所になれていないアリスにとって、どうしていいかわからない状況になり始めていた。
「アリス様」
「は、はい。な、なんでしょう。王様……」
「そんなに、かしこまらんでください。アリス様は、国賓待遇なのですから」
「そんな、国賓待遇なんて。おそれおおい……」
「いえ。アリス様、あなたが来てくれたおかげで、王都も安泰になります」
「王女……」
王や王女は、アリスを呼んだ理由や内容。歴史までも説明してくれた。それは、表面的なものだけではなく、王都に深く根深いキズがあった。
「アリス様。ここまでの道中、王都の中はご覧になりましたか?」
「えぇ。活気があった印象を受けたんですが……」
「えぇ。それは、あくまでも“表向き”にはですが……」
「“表向き”……」
「えぇ。王都の主要街道は、王都の顔でもあります。」
「王都の中心にも、それなりの診療所はありますが、表立ってするわけにもいきません。」
「そのため、大掛かりな施設はもうけられないのが本音です」
かといって、アリスは医師の免許があるわけでもなく、診療といってもすることは限られる。
「そういわれても、私。医師の資格とかないですよ。せいぜいできても、相談相手になることで、癒してあげる程度……」
「それで、いいのです」
「えっ?」
「アリス様には、王都でカフェを経営しつつ、住人を癒すための診療所を営んでほしいのです」
アリスが王や王女からそんな話を聞いているとき、アリナたちはというと、王都巡りをしていた。
「アリナ、あっちに行ってから、どうしてたのよ」
「どうしてたっていっても、普通のウサギの姿になってた」
「えぇっ!」
「あっちだと、この姿になるわけにいかないからな」
「相変わらずよね、アリナは。ボーイッシュというか、男勝りというか……」
アリスといるときの多いアリナは、クラリティアでも気が強く好き嫌いが激しかった。こと、嫌いになったら、徹底的に嫌いになるという極端さも持ち合わせていた。
「そうかな? いつもこんな感じだけど……」
「でも、そんなアリナも好きだけどね」
そういって、ラフィアはアリナに抱き着こうとするが……
ひょい。
「あれ?」
ひょい。
「あれ?」
ラフィアの手からアリナ身をひるがえして、器用に交わしていた。潜入を得意とする騎士でもあったが、アリナはそれ以上だった。
「ラフィア。なまった?」
「えっ、なんで捕まえれないの?」
「そりゃぁ、アリスの相手してるから。これくらい……」
アリナはアリスと暮らすことで、自然と騎士以上の身軽さと回避する能力を手に入れていた。
アリナがあまりにも器用にかわすので、さすがのラフィアもあきらめた様子だった。
「ほら、ラフィア。じゃれてないで、何しに来たんだっけ」
「そうだった! 店の場所の下調べと購入だったね」
「まったく。それで、よく騎士が務まるよな……」
「いいの。公私は分けてるつもりだから」
「ほんとかなぁ……」
アリナとラフィアは、アリスがカフェを開業するための、候補地へとやってきた。そこは、王都の中央通りの一等地で、ほかの商人たちの間でも人気の立地だった。
下調べだけのつもりだったが、建物の中を見た二人はもう決めてしまった。
「ここなら、よさそう」
「いいんじゃない?」
アリナとラフィアが話しをしていると、権利書を持った商人が二人の元へとやってきた。
「これはこれは、王女様。この度は、何を……」
「あなたがここの責任者ね」
「えぇ。そうですが……」
「ここ、あたし。ラフィアと王の権限でここを買い取るわ。書類を貸しなさいな。」
「えぇっ!」
驚く家主をよそに、ラフィアは書類にサインをして、てきぱきと作業をしていく……
そして、懐から出したのはきれいに輝く金貨だった。
「そんな、もらい過ぎです。王女……」
「いいのよ、これくらいは……いらない?」
「そ、それは……」
家主と、金貨を渡す素振りをして、かわし。受け取ろうとする家主をまたかわす。という奇妙なやり取りが続いていた。
「ラフィア様。負けました……」
「ふふふっ。はい。」
家主とのやり取りを見ていたアリナは、あきれた表情をしながらラフィアに話しかけた。
「ラフィア。あんたも、大概ね……」
「そ、そう?」
家主から買い取った家というのは、もともとバーを経営していたらしく、バーカウンターから商品棚。扉を入った奥には調理場がそのまま残っていた。
「結構、残ってるのね。」
「えぇ。前の持ち主は、事業に失敗しましてね。一式を置いたまま、夜逃げ同然でいなくなったようです……」
「そうなの……」
「逃げた後の店舗というのは、どうにも売値が下がるので、手をこまねいていました。」
「しかし、今。王女が、十分すぎる代金をいただいたので、これでお任せできます。」
繁栄を極めている王都の中でも、貧富の差が激しく、こうして夜逃げまでする住人すらいる。
そのため、王都のところどころではこうした空き家や空き店舗が増え、問題化しつつあった。
王都の中央から離れると、スラム街も存在していることで、一気に治安も悪くなる。そのため、スラム街に近づくものすらいなかった。
「それで、王女様。ここにはどなたかがこられるんですか?」
「えぇ。クラリティア人がね。」
「そんな、ご冗談を。クラリティア人なんて、いるはずが……」
「そう思うなら、思っててもいいわ」
ラフィアの表情と、ラフィアと一緒に来た王都で見かけたことのないラビティア人を見た家主は、王女が言っていることが本当だということを悟った。
「ほ、本当なんですね。クラリティア人がここに……」
「そうよ、その通り。でも……」
「でも?」
「まだ、正式な発表が無いから、他言無用ね」
「は、はい」
家主にくぎを打ったラフィアは、部屋の中の掃除をアリナと一緒に始めた。家主は数日前に夜逃げしたとの話だったが、ラフィアたちが来るまでの数日間で、だいぶほこりがたまっていた。
「へっくしょん!」
「ほ、ほこりっぽい……」
「“王女”でも“掃除”はするんだね。ラフィア」
「そりゃぁ、そうよ。アリナ、あたしをなんだと思ってるの?」
「えっ? やんちゃしてる王女。」
「ひどっ。くもないか。まぁ、あってるけど……」
ラフィアとアリナは、アリスを交えないままで店の準備が着々と始まっていた。アリスのカフェのオープンまで、数十日。
着々と、オープンに目掛けて準備が次第に整っていくのだった。