その日。王都は、センセーショナルな噂でもちきりだった。その情報元が王都の報道部が発行している紙面だったことが、その噂に拍車をかけていた。そんなことを全く知らないラヴィリオは、アリスの店に来る道中も注目の的だった。
『なんだ? 俺も、そんなに人気になったのか?』
そんなことを思いつつもラヴィリオは、今日も店の手伝いに顔を出した。すると、真っ赤になったアリナがラヴィリオに向かってきた。
「お前って、ひどいのな!!」
「なんだよ、急に……」
「これ!! これ見て!!」
テーブルに出した紙面には、一面ラヴィリオとアリナのことについて書かれていた。そこには……
“王都騎士団、ラヴィリオ様についに恋人か?! お相手は、田舎育ちの名家の生まれか?”
そんなセンセーショナルな題名とともに、こう続けられていた……
“ラヴィリオ様を射止めた人は、ラヴィリオ様を倒すほどの腕前!? そして、お相手はなんと!イリティア種の子孫とのウワサも!!
ラヴィティアでは、アリナの両親と同じ種のイリティアが高貴な種とされ、有名だった。特に、他の種族と違うのが背が小さいのにもかかわらず高スペックであることや、歴代の伝説級の英雄が二人ともイリティア種に起因していることが多かった。
そんなイリティア種との浮いた話に、王都の報道部が食いつかないはずがなかった。
ただ、アリナにとって、こういう風に大ライ的に取り上げられたのが、ラヴィリオの仕業だと思っていた。
「あんたなんでしょ?! あたしに負けたから!!」
「いや、そんなこと……してない。」
「ウソ! 本当はしてて、隠してるんでしょ!」
「そんなことない! 騎士の名に懸けて誓うよ!」
そんな二人のやり取りは、もう少しで開店準備の整う店の工房部分から、アリスとラフィアが駆け寄ってくるほどに激しいものだった。
「アリナちゃん。落ち着いて。王都の報道部でもさすがにそこまではしないわ。」
「でも……」
「それに、ラヴィリオが持って行ったのなら、もっと別の報道がされるもの。わかった?」
「う、うん……」
珍しく取り乱していたアリナだったが、ラフィアが説明したことで、理解してくれたようだった。
「本当に、無実なんだ。知らなかったし……」
「そんなに言うのなら、これからアリナちゃんが買い出しに行くから、しっかりと、守ってあげたら?」
「お、おう! それくらい、余裕さ!」
「えぇっ! いやだよ……」
嫌がるアリナに、アリスはこう諭した。
「ラヴィリオさんも、こういっているし、仲直りついでよ……」
「でも……」
「それに……」
「それに?」
アリスは、ちょっと間を開けて……
『もしもの時は、ラヴィリオさんをシバいていいから。』
アリスのその言葉に、先ほどまで嫌がっていたアリナが嘘のように、ちょっとだけ元気になったのだった。
そして、買い物に出発する二人。アリスとラフィアが見送るなか、アリナとラヴィリオの初めてのおつかいが始まった。
「ちょっと、近づかないでよ。」
「えぇっ。だって、そんなに離れてたら、警護している意味がない……」
街中を先導して歩くアリナは、あとから来るラヴィリオの数メートル先をグイグイと歩いていた。歩幅的にはラヴィリオの方があったが、歩くペースがアリナの方が速かったため、追いつけずにいた。
「さっきのことは、本当に知らなかったんだって……」
「ごめんって。謝るから。アリナちゃん……」
ぐいぐいと歩くアリナの背中に向けて話す、ラヴィリオのその会話は、全くアリナを止めることはできていなかったが、周囲の市民は普通に止まって物珍しそうに眺めていた……
「あれ。ラヴィリオ様よね?」
「えっ? あんな小っちゃい子が相手なの?」
「あ、でも。確かにイリティア族の方ね。髪もキレイ……」
「うわぁ。本当、よく見ると、お人形さんみたい……」
ラヴィリオがアリナを追いかけていく様は、まるでケンカ中のカップルの様相を呈していた。周囲の視線はやはり、その様子はカップルと勘違いされてるらしく……
「やっぱり、お付き合いしてるのかしら?」
「でも、ラヴィリオ様。痴話げんかかしら?」
「なんか……」
「……仲睦まじいカップル……」
住人からそんな風に声がかかると、当然。アリナも仕方なく……
「わかったから! 静かにして!」
「だって、アリナちゃんが先に行くから……」
「あんたが、遅いからでしょ。もう。」
なんだかんだで、アリスの言いつけは守ろうとするアリナ。それでいて、ラヴィリオは自分がちやほやされているのが、まんざらでもないという。俗にいう、自己中な一面もあったのだった……
そんなすったもんだがありつつも、買い物を済ませ店から出ると、そこには王都の報道部の面々が待ち構えていた。どうやら、ラヴィリオとアリナが買い物をしている噂を聞きつけ、駆け付けたようだった。
商店から出てくる二人を目撃した報道部は、こぞって二人に群がった。
「アリナさんですか?」
「えっ?! は、はい。」
「報道部のものですが一つ、質問いいですか?」
「は、はい。」
アリナの了承を得たことで、胸をなでおろした報道部の担当者は、思い切った質問をアリナに投げかけた。
「ラヴィリオ様とお付き合いしてるのは、本当ですか?」
「ぶっ!!」
アリナはその質問に、思わず吹き出してしまった。当然、紙面になっていたことはわかってはいた。だが、ここまでストレートに聞かれるとは思ってもみなかった。
「アリナさんは高貴なイリティア種ということで。」
「は、はい。」
「お父様とか、お母さまは、有名な方なんですか?」
アリナはその質問に対し、秘密にしておくような理由も思い当たらなかったため、素直にいうことにした。ただ、これが絶妙に尾を引くことになった……
「えっと、アリティナとアリティスです……」
何の気なしに、公言したこの発言。アリナにとっては、普通に両親の名前を言っただけだったが、王都民からすれば英雄級の名前だった。当然……
「えぇぇぇぇぇぇぇ!11!」
周囲の集まっていた野次馬も、インタビューしていた報道部の人も、一斉に驚愕の声を上げていた。それもそうである、英雄級の子孫が目の前にいるうえ、それがラヴィリオの交際相手候補なのだから驚くのも当たり前である。
それを聞いた報道部は、ラヴィリオに話を振った。
「ラヴィリオ様。お相手が英雄のご子孫ということですが……」
その質問にラヴィリオは、鼻高々に饒舌に言い始めた。
「はい。最初、知ったときは驚いたんですけどね。もう、ひとめぼれでしたね。」
『なっ!!』
「やはりそうですか。実に可愛らしい方ですから……」
「はい。最初こそ、祖語がありましたが。もうこの通り……」
調子に乗ったラヴィリオは、アリナと肩を組む。その根も葉もない言葉の羅列に、イラっとしていたアリナは、アリスの言葉を思い出していた……
『はっ! そういえば……』
そう、アリスはこう言っていた……
『もしもの時は、シバいていいから……』
そのことを思い出した、アリナは調子に乗って肩を組んで鼻の下を伸ばしているラヴィリオと顔を合わせるついでに……
「ラヴィリオ……」
「なんだい? アリナ……ふごっ!!」
それは、見事な体が浮くような正拳突き。その衝撃の展開に、報道部も唖然としていたが、全く気にする様子のないアリナは……
「いつから、あんたの彼女になったのよ!! ふん!」
「ふがっ。い、いや。ここは、この場のノリで……ふぎゃっ!」
「なにが、この場のノリよ! 好き勝手言っちゃって!! ふん!!」
「あひゃっ!」
そのやり取りを見ていた報道部は、きょとんとしつつもアリナに質問をした。
「えっと、お二人は付き合って……」
「ません!!」
「そ、そうなんですか……」
それ以降。アリナとラヴィリオのうわさは立ち消えになったのだが……
「おぉぉぉぉぉ!!!!」
「どうしたの? ラヴィリオさん。あっ。これ……」
店の手伝いに来たラヴィリオが頭を抱え悶えているところに、アリスが行くと用意されていた掲示板に、王都報道部の最新刊が掲げられていた。その中に……
“ラヴィリオ様、尻に敷かれる! 公衆の面前で断られえた上に、足蹴にされ、まんざらでもない表情!”
そんなタイトルが躍っていたのだった。その紙面を見て悶えるラヴィリオの一方で、アリスは合点がいったような表情をしていたのだった……