オープンを数週間後に控え、アリスは店で提供する予定の料理に考えを巡らせていた……
というのも、クラリティアでは主に人向けの食事でよかったが、ここでは、ラビティア人向けにしなければいけないというのもあった。
当然、刺激物はアウトな上、アリスには平気でも、アリナには無理だったりするものがたくさんある。そのため、料理をいちから考える必要があった。
「王都で買えるので作れば、大丈夫じゃない?」
「ラフィアもそう思う?」
「まあね。王都で扱ってるもので、食べ合わせが悪いのなんて、そうそうないから……」
「そうなのね……」
アリスは首をかしげながらも、レシピを考えていた。
そして、ある程度レシピをひらめいたのか、アリスは買い出しに出かける。いつものように、買い物バッグを持ち買い物に出かける。
「アリス。あたしも……」
「大丈夫よ、アリナ。この前に行ってもらったし……」
「ん。わかった……」
それから、アリスは王都の中央市場に向け、買い物へと出かけた。
一方の店に残ったアリナの手元には、歌劇団のチラシを手に取っていた。そこには、王都歌劇団が巡業が終わり、王都に帰ってきてるとのことだった……
「本当に似てる……。アリスに……」
そのチラシには歌劇団のトップのルナティアが表紙を飾っていた。多少なりとも、化粧していたものの、アリスに瓜二つだった。
「ねぇ。ラフィア……」
「ん? なに? アリナ……」
「これ、ほんと。そっくりだね。」
「ほんとよ。二人並んでもわからないかもしれないわね……」
「だねぇ~」
アリスが開店準備をしている途中の店内では、いつもと変わらずの他愛のない会話が続けられていた。一方、店が接する大通りでは、今日も人の行き来が激しかった。
その中に、ひときは目立つ端正な顔立ちと手足の長さ。モデルのような容姿をしたラビティア人が人に紛れて歩いていた。
そのラビティア人は、自分のポスターを横目に、目的地を探しながら歩いていた。そんな彼女の様子を、周囲の人も次第に気づき始めていたが、うまく溶け込めていたようだった……
「あれ? あれって……ルナティアさま?……」
「いやぁ、まさか。こんなところにいるわけがないでしょ。」
「そうよね。」
「それに、似てる人がいるって聞いたこともあるし……」
「確かに、きっとそっちよね?」
ルナティアと呼ばれていた彼女が、劇団を抜け出してきた理由があった。
それは、興行で地方を回っているときのこと。次の興行先が王都になり、王都での流行や情勢を調べてきたスタッフの一人が、仕入れてきた情報がキッカケだった。
それは、王都でルナティアに似ている子が目撃されていたとのことだった。それは、興行に来たお客も、同じようなことを言っていたのだった。
「はぁ? あたし、その日。舞台に立ってたじゃん!」
「でもね、お客の中で、見たって人いたのよ。」
「えぇっ?」
「なんでもね、瓜二つで驚いたみたいよ。」
「そんなに?!」
王都からの知らせとともに、お客から聞いたことを整理し、メイク兼マネージャーのリリアは整理しながらもルナティアに伝えていた……
「なんでもね、今は閉店してるらしいんだけど、バーの裏庭で王都の騎士のケンカを仲裁したらしくて……」
「はぁ? あたし、そんな腕っぷし強くないわよ?」
「それは、わかってるんだけどさ……あなた、男役やるでしょ?」
「まぁね。役回りだし……」
「その影響かしら、その子もあなたに似ててカッコよかったらしいのよ……」
「へ、へぇ~」
リリアからのまた聞きだったが、自分い似ているとはいえ、そこまでの腕っぷしの強さに、自分と同じ性別なのか疑問が浮かぶほどだった。
マネージャーのリリアは、その子が目撃されている箇所を地図に印を入れていた。そこは、確かに昔バーとして営業していた店があった場所だった……
「その子が目撃されてるのって、ちょうどこの辺なのよ……」
「この辺って……、まんま大通りじゃん。」
「でしょ? こんな大通りで見かけることが多いってことは、よほど似てるのよ。その子」
「はは。もしくは、よっぽど度胸がすわってるかのどっちかね。」
「だね。あ、そうそう。こんなのも……」
リリアが差し出したのは、ファン活動の一環として作られていたであろう、薄い本だった。ファン活動の一環として頭にあったリリアだったが、そのモデルがあまりにもルナティアに似ていたのだった……
「えっ……えっ?!」
「まぁ、そうなるよね……」
「こ、これ……あたし?!」
「いや、架空のキャラ。ということにはなってるけど……」
「いや、これ。どう見てもあたし……うあぁ……」
とてつもない薄い本を、ペラペラとめくるルナティア。
“そういう”系統の本の存在は知っていたルナティアだったが、実際に手にしてみたのは初めてだった。
そのため、見ちゃいけない気持ちと、興味をそそられる気持ちがせめぎ合ってしまっていた……
『いやぁ。うわぁ。あたしが、いろいろしてるように見える……』
『うわぁ~』
パロディーとはいえ、自分に似たキャラが“そういうこと”をしているのだから、興味も湧く。それに、その本は俗にいうところの『百合本』というものだった。
「うあぁ……えぇっ……」
「ルナも、そういう本に興味があるのね。」
「えっ? えっ?! いや、これは。ちがっ……」
「いいのよ。あたしは……ルナが相手なら……」
「違うからぁ!! リリアも本気にしないの!!」
「むしろ、そういう話を……」
「いい加減にしなさい!! リリア!!」
そんなことがあったルナティアは、次第に王都に行ったときにその子に会ってみたくなったのだった。
その子が目撃されているところが多いスポットをよく見ると、ある一点を中心とした放射線状になっていた。つまり、その中心点が活動拠点の可能性が高かった。
『今度、行ってみようかしら……』
そして、王都での興行が始まる数日前。
練習の隙間を狙って、ルナティアは見事に抜け出すことができたのだった……
「ルナ?! どこ?!」
リリアの呼ぶ声を背中に感じながらも、ルナティアはその子に会ってみたい一心で、足を進めていた。
『少しくらいいいよね? あたしがいなくても……』
そんな思いが頭を駆け巡っていたルナティアは、とうとう目撃されていた情報の中心点へとたどり着いた。
『ここね。おそらく拠点なのは……』
『どんな子かしら? あたしのそっくりさんの正体は……』
この時のルナティアはこう思っていた、自分をマネして薄い本すら出したその子の溜飲を下げてやろうと。
ルナティアが訪れたそこは、オープンを数週間後に控えたアリスの店で、中では絶賛アリナたちやラフィアがアリスの帰りを待っていた。
それを全く知らないルナティアは、入り口の扉を開けると、アリナとラフィアが出迎える。
「アリス。お帰り~」
「アリス、帰ってきたのね。だいぶ早かったわね……」
ルナティアは自分のそっくりさんが“アリス”であることに気が付き、とりあえずアリスを演じることにした。幸いか、役回りのスキルが役に立っていた。
「あら? 買い物は?」
「えっ? 買い物?」
「まぁ、いいわ。とりあえず、店にあるもので料理するのね……」
『料理? ん?』
厨房に連れていかれたルナティアの目の前には、調理器具一式がそろえられていた。当然、ルナティアが料理ができるはずもなく困惑してしまっていたのだった……
『これ、どうするの?!』
一方…店でそんなことが起こっているとは全く知らないアリスは、買い物を続けていた。
「こんなのもあるんだ……」
露店で売られている商品は、クラリティアの種をもとにして作られているものが多く、アリスも見慣れた作物も多く売られていた。
そのため、アリスは店で料理を出すのにもレシピが考えやすいとまじまじと考え込んでいた。すると……
「お客さん。」
「えっ? はい?」
「あんた、ルナティア様に似てるなぁ。」
「えっ? ルナティア?」
「あぁ、これさ。」
「えっ。」
店の店主が指さしたポスターには、本当にアリスそっくりな人がメイクをし綺麗な衣装に身を包んでいた。
「本当ですね……」
そんな話をしていると、アリスの手を取った人がいた……
「ルナ!! ようやく見つけたわよ!! ほら、行くわよ!」
「えっ?!」
「おおっ? 嬢ちゃん。やっぱり、ルナ様だったのか……」
「いや、あたしはアリスで……」
アリスの手を取ったその人は、アリスが否定してもまったく取り合ってもらえなかった。そのうえ、いいように解釈を始めた。
「もう、ルナったら、真面目なんだから……」
「へっ?」
「演目がアリス・イン・ワンダーランドだから、その主役にもう入り込んでるのね。」
「いやっ、ちがっ…。というか、誰?」
アリスの手をグイグイと引っ張っていたその人は、手の小ささや背格好から、明らかに女性だったが、ちっとも名乗ろうとはしなかったが……
「ルナも、まじめねぇ~。マネージャーのリリアの名前まで忘れるなんて、あ、そういう役作り?」
「いや、ちがっ……」
戸惑うアリスをよそに、更衣室に着いた二人は、いそいそと準備を始める。そして……
「ほら着替えて……」
「いや、まっ……」
あっという間にアリスを着替えさせたスタッフは、いそいそと支度を始めると、次の瞬間にアリスは、ステージ上に立っていたのだった……
『えぇぇっ?!』
『演目そのものは、知ってるから……どうにか……』
そう考えながらも、ギリギリ演じ始めるアリスだった……