トントントン
トントントン
キッチンに移動したルナティアは、精いっぱい“アリス”を演じていた……
それでも、できる限りのことはできていた。
『こ、これでいいのよね……』
精いっぱい、自分に似ているアリスという子がやりそうなことをしていたルナティアだったが……
『さすがに……これは……』
ルナティアに限らず、ラビティア人にとっては、火は最大の苦手項目のひとつで、使えるラビティア人もいるが、慣れないと髪を焼いてしまうラビティア人が多くいる。特に、ルナティアは、まさにソレだった……
『昔、お母さんの手伝いでやったけど……』
子供の頃のルナティアは、よく母親の手伝いをしていたが、料理の手伝いをすることも多く、慣れていないルナティアがコンロで髪の毛を少し焼いたことがあった。それ以来、コンロが苦手になっていた。
そんな姿に、アリナやラフィアは、当然のように不信に思っていた……
『えっ? アリス様が火を怖がってる?』
『アリス……えっ? もしかして……』
アリナとラフィアは、火を前に挙動不審になってしまっているアリスを見て顔を見合わせると、意見が一致した。
『アリス様じゃない?!』
『アリスじゃない。』
意見がうまくかみ合ったアリナとラフィアは、身長の大きいラフィアが、本当にアリスなのかを確認するために……
「そ~っと……」
ぎゅっ!
「あひゃっ!」
「あっ! やっぱり、本物だ……」
ラフィアがつかんだ耳は、アリスならあり得ないほどしっかり生えてていた。一方の本物のアリスなら、ただ固定しているだけなので、スッと取れてくる。
しかし、目の前にいるアリスに似た子の耳は、取れないどころか、ふわふわで温かさを保っていた。
つまり、アリナたちの目の前にいるのは、いつものアリスではなくアリスに似た別の人ということが分かった二人。そして…・…
「あなた、まさか……ルナ?」
「ご、ごめんなさい!! ラフィア様!! 嘘をつくつもりはなかったんです……」
ラフィアに向かって深々と頭を下げたルナティアに、アリナは近寄ってまじまじと眺めていた。
「ほんと、そっくり。スベスベした肌も……」
「えっ?」
ペタペタとさわりながら確認していたアリナは、興味津々の様子でルナティアの体を触っていた。
「えっ? ちょっと?」
「ほんと、細い腰まで瓜二つ。耳は……本物だけど。」
「あっ。ちょっ……」
「ら、ラフィア様。この子は……」
戸惑うルナティアをほほえましい表情で見ていたラフィアは、アリナがどういうこなのか改めて説明した。
「えっと、この子はね。イリティア種なのよ。」
「ええっ?! あの伝説の英雄の?」
「ええ。ちなみに、その子。ご子息よ…」
「ええっ?!」
ルナティアにしがみついているアリナは、離そうとしても離れそうになかった。そして、さらに驚く内容がルナティアに告げられた。
「それで、あなたの耳を触ったとき…」
「はい。『本物』とか言ってましたよね。ラビティア人なので、本物も偽物もないと思うんですが……」
「それなんだけど、あなたにそっくりな、アリス様なんだけど……」
「『なんだけど』?」
「クラリティア人なのよ……」
しばらくの沈黙の後、ルナティアはコロコロと表情を変えて、全く信じていない様子だった……
「そんな、まさか……」
「クラリティア人って、いつの時代ですか……」
「…………」
「まさか……。ほんとに?」
「ね。アリナちゃん。」
アリスではないことを理解したアリナは、ルナティアから離れると、クラリティア人であることを示すかのように……
「えぇ。アリスはクラリティア人。幼少期に向こうに行って、最近。戻ってきたけどね…」
「ええっ?!」
「クラリティアでは、こっちよりゆっくり時間が流れているわ。」
「だから、アリナちゃんは、あなたより年上よ?」
「えぇぇぇぇぇぇっ?!」
それからのルナティアは、改めて事の次第を説明した。自分がその子のフリをしてまで、ここに来たのかを……
「マネージャーのリリアから話を聞いて、一目見てみようと……」
「ぎゃふんとでも言わせてやろうとでも、思ったんでしょうね。」
「うぅ~」
痛いところを突かれたルナティアは、ガックリと肩を落としていた。そして、アリナは一つのことに気が付く…
「じゃぁ、本物はどこい行ったの?」
「探してみないと。」
「うん。」
それから、ルナティア・ラフィア・アリナと手分けして、アリスのがどこにいるのかを探した。そして、ルナティアがもしかしてと思ってたどり着いたのは、自分の出るはずだった公演だった……
「ルナティアさん。見つかった?」
「ルナ。どう? って、なにを……あ」
「あれ、そうですよね?」
ステージ上には、メイクをしっかりと決めたアリスが、まさに演目『アリス・イン・ワンダーランド』を演じていた。
たどたどしいものの、それなりに仕上がっていたため、ギリギリ何とかなっていたのだった。しかし、常連のお客からは、当然のように……
「あれ? ルナティア様……不調かな?」
「だよなぁ、あんなところ。普通、間違わないしなぁ~」
ルナティアは看板女優で有名。当然ファンも多くいるため、微妙な違いに気が付く観客がいてもおかしくはなかった。
『でしょうね。本物は私だもの……』
頭を抱えるルナティアの横で、アリナはうっとりとした表情をしていた。
見慣れたアリスではなく、メイクをしっかりと決めたアリスの姿に、いつも以上にドキドキしてしまっていたのだった……
『なに、アリナちゃん。あのアリスが好き?』
『ちょっ!? ちがっ、くないけど……』
その日の公演も終盤になっていたこともあり、公演が終わるまで待ち、楽屋へ行くと、出迎えたリリアは当然……
「えぇっ?! ルナが二人?!」
『まぁ、そういう反応になるよね……』
公演が終わった楽屋で、二人のルナティアが遭遇するという、奇妙な状況はしばらく続きそうである。