王都ラビティアから旅立ち、数日。行商人の風体をしたアリスたちは、深くかぶったフードを少し開け、周囲を眺める。
馬車の上から眺める景色は、王都から離れるにつれ、建物が少なくなっていき見晴らしがよくなっていく。
「アリス様、そんなに身を乗り出すと、危ないですよ?」
「大丈夫よ、ラフィア」
心地よい風が流れているのは、王都とは変わりなかったが、ネザーラビティアに向かうほどに閑散としていく。農地も少なく、待ちゆく人すらすれ違わない。
「この辺って、農地が少ないよね。ラフィア」
「えぇ。ネザーラビティアは農地というより、地下資源が豊富ですからね。」
「地下資源というと、石炭とか?」
「えぇ。その他にも石油なども存在しますよ。」
「へぇ~」
ラフィアの説明の元、ネザーラビティアのことを知っていくアリス。一緒に同行しているアリナは、馬車の手綱<たずな>を握りながら、首をかしげていた。
「ねぇ、アリス。」
「どうしたの、アリナ。何か見つけた?」
「いや、そういうわけじゃないんだけど、石油があるのなら、どうして馬車なの?」
「あ、そうよね。石油があるんなら、ガソリンがあってもいいものだけど……」
石油を精錬することで作られるガソリン。主に燃料として使われ車の動力として使われる。それは、クラリティアと同じだった。
「あぁ、それなら、私の幼いころにはあったみたいですが。」
「ということは、今は……」
「はい。ネザーラビティアは、油田も多く、一大産地だったのですが、ある日。供給されなくなったのです。」
「何かあったの?」
「えぇ。資源の奪い合いが始まったんです。」
クラリティアとのゲートが閉じた直後、不安に駆られた住人達は、こぞって奪い合いを始めた。
最初こそ、小さな騒動だったが、次第に暴動へとつながり奪い合いを始めた住人は、さらに最悪な状況へと陥った。
クラリティアに依存率が高かったネザーラビティアは、こっちに残ったクラリティア人を囲い込み、どこへも行かせないように縛り付けた。そうすることで、利権を独占する方向へと舵を切ったのだった……
「そんなことが……」
「はい。そして、幽閉に近い環境で管理されていたクラリティア人は、当然。病気を患い、急逝していったのです。」
「これを聞いて、アリス様は……、クラリティア人のアリス様はどうします? 嫌いますか? ラビティア人を……」
アリスと同じクラリティア人が、幽閉され軟禁され、死んでいった過去を知ったアリス。
「それでも……」
「えっ?」
「それでも、私は、仲良くやっていけると思ってる。」
「アリス様」
「それに、ケンカしたくて、ケンカしてる人は少ないと思うし……」
アリスの素直な返答に、馬車の手綱を取っていたアリナも、笑顔になった。そしてラフィアの心にもほんのりと、あたたかな気持ちになる。
『あぁ。本当に、アリス様でよかった……』
そんな話をしながら、アリスたちはネザーラビティアの中央都市の手前の街へと到着した。一応、街道沿いということもあり、それなりの人はいたが、それでも王都よりは閑散としていた。
それでも、王都との交流があるこの街は、物資が潤沢にそろっているようだった。
「あら、珍しいね。王都からのお客なんて。」
「そうですか?」
「そうさ、街道沿いが物騒になってからはね、めっきり来客も減ってさ。」
「そうだったんですね。」
「うちの店はまだいい方さ、もっと中央都市に近い方になると、盗賊団が出るからねぇ。」
饒舌に話す店主は、いろいろと街のことを話してくれた。
なんでも、炭鉱などの地下資源に恵まれたこの土地は、溢れた石油が汚染してしまい、作物は育たない荒れた土地になっていた。
そこに、クラリティアの加工する技術が伝えられ、それまで厄介者でしかなかった石油が、一転して取引のできる価値のあるものに変貌した。
精錬した液体は、人々の生活を潤わせる潤滑油となり、盛んに人の交流も増えてきた。そして、生活水準が右肩上がりに充実していった。
店内を見回しても、お客といえばアリスたちだけということもあり、店主は横の席に座り、昔話が止まらなかった。その店主も、久しぶりに来た客に親近感と同時に、娘を見るような優しい顔をしながら説明してくれていた。
「そこでさ、まさかのゲートが閉まったっていうじゃないか。それからさ、一気にきな臭くなったのは……」
「なるほど……」
「うちらはさ、クラリティアの人に、頼りっきりだったのがいけなかったのさ。今考えればね。」
「便利なシステム。楽になる生活。それに、うちらは甘えてしまったのさ。」
「それで、この有様さ。」
悲しそうな表情をしながらも、気丈に店主は説明していた。一通り話すとその店主は、アリスたちの表情をみて、一気に明るい表情に切り替わる。
「ごめんなさいね。こんな辛気臭い話をしてしまって。」
「いえ。貴重な話を聞かせてもらいました。」
「で、あんたたちは、どっちへ向かうんだい? まさか中央かい?」
「はい、そのつもりですが……」
「なら、きをつけた方がいいよ。途中の渓谷には盗賊が出るからね。」
「盗賊ですか。」
盗賊のことは、ラフィアも知っていたが、詳しくはあまり知らなかった。王都で聞く情報より、現地で聞く方がより実情を踏まえている。そのため、ここでは知らないフリをしたラフィア。
「そうさ、行商人が襲われているっていうから、注意したほうがいいよ。まぁ、そちらの子がいれば、大丈夫だろうけどさ……」
「えっ? あ、私ですか?」
「そうさ。こうして、お客の相手をしているとね、身なりでわかるものさ。」
「いくら、行商人の体をしていても、漂う空気まではごまかせないからね。」
「あはは。バレてしまいましたか……」
王族のラフィアのオーラは、接客業の店主には、見抜かれたようだった。食事を済ませたアリスたちは、ネザーラビティアの中央都市へと歩みを進めた。
そして、しばらく進むと、店主の話のように、渓谷を抜ける街道へとたどり着いた。すると、ラフィアはアリスとアリナに耳打ちをする。
『アリス様。アリナ様、気が付いてます?』
『えぇ。前の街からね』
『あそこまで気配を駄々洩れさせるのは、素人だな。』
伝説の英雄の子孫のアリナは、ついてきている人が、一般の人ではなく明らかに盗賊の類なことを見抜いていた。
今にも、突っかかりそうなアリナと、護衛として気を張っているラフィアに、アリスは提案した。
「アリナ、ラフィア。手を出しちゃだめ。」
「えっ? なんで!」
「そうよ、盗賊なんだし……」
「いや、ダメ。盗賊だからって、おいそれと手を出して下手に目立っちゃダメ。」
「じゃぁ、どうするの?」
アリスには考えがあった、自分から望んで盗賊をやっている輩なんて、そこまでいるとは思っていないアリス。そのため、盗賊をやるのにはそれなりの理由があり、理由はあることでとう盗賊をやめられないことをわかっていた。
『そこまで進んで、盗賊になるとは思えない……』
そんなアリスの考えを察したアリナは、ラフィアとともに、努めて利益で動く行商人を演じることにした。
「そうね。罰することは簡単だわ。でも、罰するだけでは、根本的な解決にはならないからね……」
そして、アリスたちの乗る馬車が渓谷に入ると、予想どおりにうしろからついてきていた輩が声をかけてきた……
「なぁ、どこまで行くんだい? おや、これまた美人そろいの行商人だねぇ」
「兄貴、俺はこのちっこいのを……」
ちっこいといわれたのが、よほどご立腹だったのか、アリナは突っかかりそうになっていたが、アリスはそれをギリギリ抑えていた。
『アリナ。待て!』
『だけど!! こいつ。あたしをちっちゃいって!!』
『わかるけど、今は、落ち着いて。』
『うぐっ。わかった……』
一方の輩のもう一人は、フードをかぶっていたにもかかわらず、アリスのスタイルを見抜いたようで、いやらしい目でアリスを見ていた。その姿に、愛想笑いをするしかできなかった。
『落ち着いて、私。純粋に調べたいだけ……』
そんな気持ちが決して表に出ないようにしたいアリスは、努めて行商人の娘を演じていた。
そして、アリスは一つのことを思い出した。そのことをきっかけに、この場を何とか進めるために切り出した……
「あの、一つ伺いたいのですが……」
「ん? 何だい? 美人のお嬢さん。」
「えっと、こちらに、クラリティアの方がいるとか……」
「えっ?!」
アリスの発言に、アリナとラフィアが同じような反応を示し、困惑した表情をする。
『なっ、なにを考えてるの?! アリス。』
『そうよ、あなたがクラリティア人ってバレたら、なにをされるか……』
『大丈夫。この人たちは、なにもできないわ。』
『いいわ、賭けてみましょう』
そんなアリスの言葉に、輩たちは、顔を見合わせると、良い金ずるとでも思ったのか、アリスたちを案内しだした。
「あんたたち、クラリティア人に会いたいのかい?」
「え、えぇ。会えるんですか?」
「あぁ、それには、とりあえず、親方に顔を出してもらわないとな。」
「そうですよね。わたくしたち行商人ですので、やはり親方に顔向けした方がいいですよね?」
「おや、あんたは、物分かりがいいじゃないか。他の二人とは違って……」
確かに、アリナとラフィアは英雄の子孫と王女。そのため、イライラした感情がうまく隠し切れずに、駄々洩れになってしまっていた。
そして、近くに馬車を止めると、坑道を利用したアジトへと案内されるアリスたち。そこは、手掘りで作られた坑道で、アリの巣のように入り組んでいた。
アリスたちの前と後ろを先ほどの輩が挟み、逃げられないように位置取りをしていた。
「言っとくが、逃げようとは思うなよ。」
「そんな、行商人が逃げますか?」
「いやぁ、用心さ。あんたは大丈夫そうだが、他の二人がなぁ~」
「あぁ、この二人は、護衛も兼ねていますからね。」
「やっぱり、そうかい。あんたと違って、空気が違うのさ。」
「そうですよね。」
アリスたちはそんな他愛のない会話をしつつも、この坑道について聞いてみることにした。
「この坑道は、石炭か何かですか?」
「お、わかるかい? 今じゃ、盗賊なんてしてるけどさ、元は炭鉱夫なのさ。うちらは……」
「ところどころに炭鉱の名残がありますからね。」
「だろ。うちらでもメンテナンスはできるが、どうしても専門的なことは、親方に言わないとな。」
長い坑道をついて歩くアリスは、話をしながら、相手の過去をゆっくりと引き出していた。
「その親方は、クラリティアのことに詳しいんですか?」
「そりゃぁ、もちろん。クラリティアのことを聞いたら、この辺で右に出るものはいないさ」
「へぇ~そんなに……」
楽しそうに話す輩のひとりを、おだてるように話を続けるアリスを、不審に思ったもう一人が……
「おい! お前。」
「は、はい? なにか?」
「話し過ぎだ! もう少しおとなしく……」
思わずビクッと反応してしまうアリスだったが……
「こら、客人をおびえさせるなよ。お前は……」
「いや、だって。」
「すまねぇな。こいつ、警戒心が人一倍強くて……」
「いえ、いいんです。いろんな方がいるので。」
「そう言ってくれると助かるね。ほら、ついた。」
坑道の入り口から数十分。ようやくたどり着いたそこは、坑道の休憩所を改造したような場所で、ひときは広くなっていた。
その中央に、大きな椅子が用意されそこに、座ってる人物がいた。
「親方、お客人です。何でも、クラリティア人に会いたいとか……」
「ほう? クラリティア人。」
「は、はい。私はアリスと申します。そしてこの二人は私の護衛で……」
「アリスとやら」
「はい。何でしょう。」
椅子に座る親方は、ゆっくりと立ち上がると、アリスの姿をまじまじと眺めていた。そして……
「まずは、長旅で疲れただろう。ゆっくりしていくといい。」
「はい、ありがとうございます。」
こうして、アリスたちは、無事に盗賊のアジトへともぐりこんだのだった。