里音書房
第六話 幼い王女と資源
 サリティオの屋敷の大広間では、アリスとサリティオが情報交換をしていた。そこでは、アリスがクラリティア人であること、王都からの使者であることなど、多くの意見が交換されていた。  中でもアリスが注目したのは、ネザーラビティアの現在の王様が、幼い少女の王様ということだった。先代王の急逝により、即位することになったその少女は、当然のように王様がどんなことをしているのかすらの知識も皆無だった。  それでも、民のために精一杯。王様としての務めを果たしていたが、その多くが大臣などの役職の者が代理するようになっていた。世情に疎い王女ということもあり、うまく言いくるめられた王女は、自身の想いとは裏腹に、領地の貧富の差が激しくなってしまっていたのだった…… 「ねぇ。ギリアス。本当にこれでいいのかしら?」 「大丈夫ですって。」  大臣のひとり。ネザーギリアスは、騎士上がりの大臣で、主にネザーラビティアの防衛を担っていたが、ゲートの閉鎖やクラリティア人への依存が明るみになっていくたび、不信感が芽生えはじめ始めていた。  そんな中、長い間忠誠を誓っていた、前国王の急逝により、多くの大臣が城を去る中、最後まで残った苦労人。次期国王となるミリアスの補佐として、活動していくうち、思惑から外れたものを淘汰するようになっていった…… 『皆は、どうしてわかってくれないんだ。私がどんな思いで……』  頭の回転も速く、大臣の中でもずば抜けて賢かったギリアスは、大臣の中でも孤立を始め、ひとりで抱え込むようになっていた。そんな中、唯一の右腕となったのが、サティリオだった。  サティリオはどんどん孤立していくギリアスを見て、その危うさに危機感を抱きつつも、影ながら相談するようになっていた。  当時は、アリスもいなかった上にゲートが閉まった直後ということもあり、対外的にも内政的にも、困窮を極めていた。まして、メンテナンスをクラリティア人に依存していたこともあり、城内のハイテクシステムが軒並みダウンしてしまうという状態に陥っていた。  そのため、一手に引き受けていたギリアスは、飛び回る中で疲弊していき、独裁に近くなっていた。そんな中。ネザーラビティアを訪れたのが、ほかならぬアリスだった。 「そんなに国想いだったんですね……。ギリアスさん……」 「あぁ、抱え込みすぎなんだ、あいつは。自分ですべてやろうとして……壊れていくんだ……」  国想いすぎるが故に、壊れていく人は人種を問わない。それがラビティア人でもクラリティア人でも同じことだった。それまで友好関係を築いていた間柄でも、ちょっとした疑心暗鬼で、容易にその関係は壊れる。  クラリティアにいたころにも、カフェの評判が一気に下がったときは、まさにそんな感じだったアリス。 「疑心暗鬼が疑心暗鬼を呼ぶんだよね……」 「アリス様にも経験が……」 「えぇ。こっち、えっと。クラリティアにいたころ、妙な評判が広がっちゃって……。店も閑古鳥が鳴くほどまでに落ち込んで……」 「その店は……」 「いや、開店休業状態でしたよ。張り紙も張られましたが……」  つらい想いを経験していたアリス。そんな経験からアリスは、人を非難するのではなく、受け入れることにしていた。それは、アリスなりの芯が生まれたからだった。 「その人が行動するのには、その人なりの答えがあって。その想いがそういう行動をさせちゃってるんだって……」 「アリス様。苦労なされたんですね。」 「えぇ。まぁ。クラリティアにはこんな言葉があります。」 「なんでしょう……。その言葉とは……」 「人の口に戸は立てられぬが、悪い噂はすぐに広まると……」  神妙な面持ちをしながら、サティリオは聞き耳を立てていた。アリスの話す一言一言が、新鮮だったサティリオにとって、そのすべてが学びそのものだった。 「それに、悪い噂は、言葉通りの意味だけじゃないんです。」 「それは? 悪い噂は、すぐにでも違うことを証明した方が……」 「まぁ、普通はそうなんですが……。悪い噂も所詮、“うわさ”なんです。」 「ほう。」 「先ほど、人の口に戸は立てられないといったように、噂は消して消えるようなものではありません。」 「ですね。次から次へと尾ひれが引き、しまいに収集が付かなくなりますな。」 「えぇ。火消しに回ったとしても、それが関の山です。なら、最小限の訂正をして、それ以降はほっておくんです。」 「えっ? なにもしないで?」 「えぇ。」  サティリオにとっては、意外過ぎる答えだった。悪い噂をほおっておくというのは、考えていなかった。それは、貴族であるサティリオにはそんな選択肢がなかった。 「例えば、サティリオさんに根も葉もないうわさが立ったとします。サティリオさんならどうします?」 「それはもう、火消しにやっきになりますよ。」 「えぇ。それが普通ですよね。そんな中でも本当の意味での味方というのは、この時にわかります。」 「えっ? 本当の味方?」 「えぇ。すべてが悪い噂を信じるわけではないんです。人の中には、本当に真実はどうなのかと確かめる人もいます。」 「その人が……」 「えぇ。その人が多くいれば、噂は自然と立ち消えになります。」  アリスはサリティオにもわかるように、事細かく説明する。それをサティリオは、スポンジのように吸収していった…… 「最初は辛いかもしれません。何せ、悪い噂なのですから。でも、時間がたつにつれて、噂の煙は自然と収まります。」 「しかし、その煙を消そうとやっきになると、さらにその煙は大きくなり、次第に収集が付かなくなるんです。」 「それが、今までの我々と……」 「えぇ。やっきになればなるほど、当初の煙は盛大に巻き起こるようになります。」  アリスの説明に、うなずくようにまじめに聞いていたサティリオは、何かにメモを取っているようだった。それから、サティリオとアリスは王城へ向けて歩みを進める。そして、一緒に来ていたラフィリアとアリナ。ラフィラスは邸宅に残ることになった。 「アリス様。ひとりで大丈夫ですか?」 「ラフィリア。心配しないで……アリナも。」 「べ、別に……」  心配という言葉を素直に表現するラフィリアと、素直に表現するのが恥ずかしいアリスの、可愛らしい一面が垣間見れたアリスだった。 「ラフィリアと旧交を温めたら? ラフィア。」 「それは、そうですが……」  ラフィリアは女性騎士として仕えていたころも、そこまでスキンシップが多かったというわけではなかったが、数年ぶりに盗賊の護衛としての再会ということもあり、ふたりの間にはアリスでもわかる溝が生まれていた。  そんな溝も、この時間を使えば容易に埋めることは可能。そんな想いを抱きつつ、アリスはサティリオと一緒に屋敷を後にする。 「アリス様、良き報告をお待ちしています。」 「えぇ。任せて。」  それから、アリスたちは王城へと向かう道すがら、これからの方針を話し合っていた。それは、地下資源に優れたネザーラビティアの、未来についてだった…… 「お屋敷に行く途中で、炭坑があったのですが……」 「ええっ。あそこをいらしたんですか? 盗賊がいたでしょうに、大丈夫でしたか?」 「ええぇ。改心してもらいました。」 「ええっ。」  炭坑であった出来事を、かいつまんで説明すると、サティリオは驚いた表情をしていた。確かに、腕っぷしがいいというわけでもないアリス。面と向かって相手して入れば、もちろん勝ち目はない。  それを知識を与えることで、“盗賊”という仕事をせずに済むようにするのだから、サティリオは感心しきっていた。 「これで、あそこを根城にしていた盗賊たちも、食い扶持を自分たちで稼げますからね。」 「確かに、平和的な解決ですな。」 「えぇ。私の中では、率先してケンカをしたがる人はいないと感じているので……」 「ほぉ~」  そんな話をしつつも、アリスたちを乗せた馬車は王城の入り口へと到着する。そこは、立派な建物が建っていた。そして、立派な門扉には必要最小限の衛兵で守られていた。アリスたちの乗った馬車が止まると、何事かと衛兵が様子を見に来る。 「こんなところに、何事だ。」  そんな衛兵の声に驚きつつも、サティリオが先だって顔を出す。 「アリス様。ここは……それと、一応。付け耳も……」 「えぇ。お願いします。」  衛兵たちは、サティリオが顔を出すと、一応に驚いた様子で対応していた。衛兵にとっては、上司にあたる大臣のギリアスに近い貴族のため、気負う衛兵すらいるほどだった。 「サティリオ様。本日はどんな御用で、お見えに?」 「あぁ。ギリアスに用事があってな。アポは取ってないんだが……」 「はい、ギリアス様なら執務の最中かと……えっと、そちらの方は。ずいぶん綺麗な方ですが……」 「あぁ、この方を姫様とギリアスに会わせたくてな。」 「そうでしたか……。ささ、どうぞ……」 「ありがとうございます」  サティリオの後ろのついて歩いていたアリス。その背中を見た衛兵たちは、ひそひそと噂を始める。 『なぁなぁ。誰かに似てねぇ? あのおつきの人……』 『なんだっけなぁ~にしても……美人だ』  そんなひそひそ話が聞こえたのか、アリスは振り返り軽く会釈をする。すると、衛兵たちはデレっとした表情になっていた。 「サティリオさんって、結構知られてる人なんですね。」 「あぁ、一応。ギリアスとは旧友だし、あいつらの上司だろうからな。」 「なるほど……」  それからサティリオは、勝手知った城内をいつものように歩く。その間も、出会う兵士は、一応に敬礼をされていたサティリオ。すれ違う兵士の中には、歌劇団の知識があるものは、アリスをルナティアと勘違いしている兵士すらいた。 「ここだな。ギリアスの部屋は……アリス様は、私が呼ぶまで待ってくれないか。ギリアスに話をしてみるから。」 「えぇ。お待ちしてます。」  廊下で待っているアリスは、通りすがる衛兵たちに会釈をしながら、サティリオの呼び声を待った。一方の中ではというと、突然の訪問に困惑したギリアスが、執務の合間を見ながら会話をしていた。 「なんだ、サティリオ。こんな忙しいときに、何の用だ?」 「ギリアス。相変わらず忙しそうだなぁ。」 「当たり前だろ、盗賊が公正して社会生活を始めたとか、それまであれほど危なかった街道が一気に平和になってるとか……もう。何が何だか……」  事の次第をすべて知ってるサティリオは、ニヤニヤとしながらもいたずらにギリアスにいう。その辺は旧友の仲ということもあり、和気あいあいとした会話になる 「ネザーラビティアの財政も一手に担ってるからなぁ~お前は……」 「何を言いたい。俺が無理をしているとでも?」 「あぁ、お前は昔から、抱え込みすぎなんだ。少しは、相談してくれてもいいのに……」 「そんなの頼れるか。一介の貴族に財務に介入させたら、他の大臣がやっかむだろ。そんなの、お前も知ってるだろう……」 「それはなぁ。」  ニヤニヤと含みを持たせながらギリアスと話をするサティリオ。当然その様子に気が付くギリアスは…… 「なんだよ、何か情報あるんだろ? お前がそんな顔をするときは、たいてい情報を持ってるときだからなぁ。」 「どうしようかな?」 「いいから教えろ。サティリオ」 「はいはい。それじゃぁ、呼んでくる」 「は? 誰か連れてきたのか?」 「あぁ、今回の盗賊の一件の張本人さ……」 「ほう? 呼んでもらおうか、その張本人とやらを。」  サティリオは扉に向かって声をかけるとアリスを呼ぶ。その声を聞いたアリスは、ゆっくりと扉を開けて中に入る。意外ともいえる女性の登場に、ギリアスは困惑する。 「は? ルナティア様? どうしてルナティア様が?」 「あぁ。そっか、お前って、ルナティアのファンだったな。この人は……まぁ、お前の思っているルナティアじゃなくて。な。」 「はい。アリスです。ギリアス様。お初にお目にかかります。」  スカートを横に広げ、上品に挨拶をすると、ギリアスも同じように挨拶を返す。 「アリス様か、これは失礼した。何しろ業務が立て込んでいて、お出迎えできずに……」 「いえ。結構です。そのお気持ちだけで、十分です。」  アリスの身のこなしを見たギリアスは、そんじょそこらのお嬢様では、こうはいかないと思い始めていた。 『どこのお嬢様だ? サティリオ。どこからか連れ出してきたんじゃないだろうな?』 『身なりも整ってるし、この人が盗賊と関係が? まさかぁ~』  そんな考えを巡らせていたギリアスの前で、アリスは自己紹介を続ける。 「えっと、私は。クラリティア人です。」 「は? そんな。だって耳も……」 「あぁ、これは……」  そう言ってアリスは、自分の耳を見せる。それは、ラビティア人にはあるはずのない“クラリティア人”の耳そのものだった。 「これで信じてもらえますか?」 「その耳は!! 本当にクラリティア人なのですね。あなたは。」 「はい。」  最初こそ疑心暗鬼だったギリアスも、クラリティア人の耳を見たことで、より信ぴょう性を増し信じるようになった。 「それで、そのクラリティ人のあなたが、どうしてここに?」 「それは、これを見ていただけるとわかります。」 「これは……なっ。王都からの親書。つまり、あなたは……」 「はい、使者としてこちらに来ています。」  動揺するギリアスは、立て続けにアリスに質問をする、それは、アリスが盗賊が改心した一件に関与しているということだったから…… 「先ほど、盗賊の改心についても関与されたとか……」 「えぇ。その通りですね。」 「それがほんとなら、あなたほどのきれいな方が、どのような手を使って、盗賊どもを改心させたというのです。まさか色仕掛けではあるまいし……」  ギリアスの疑問もうなずける。  容姿端麗の部類に入るアリスは、その容姿で盗賊を篭絡することもできる。篭絡したうえで、改心させるほど容易なものはない。  しかし、クラリティア人がそんなことをするわけがないと思っていたギリアスは、意外な言葉を耳にする。 「それなら、しっかりとメンテナンスの方法を教えたので、基本的にはラビティア人でも、扱えるようになったんです。」 「はぁ? それだけで?」 「えぇ。それだけです。幸いなことに、炭坑にはまだ資源が豊富に眠っていましたし、あとは採掘ができればいいだけだったので……」 「そんな? そんなあっさり……」  ギリアスはアリスの言葉を聞き、頭を抱えあっけにとられる。確かにクラリティア人ならではの改善方法だったが、ギリアスにとってはそれができずに、幾年も悩みこんでいた。ムリに制圧しても、かえって反勢力を助長してしまう。  それでいて、大臣としては、街道の盗賊に関してあれやこれやと手を打っては見たものの、ことごとく裏目に出てしまっていた。しかもギリアスがあれほど苦労した内容を、いとも簡単に、しかも平和的に解決して見せたのだから、立つ手がない。 「アリス様には、負けました……それで、どうしましょう。王女様へと後ろ盾をしましょう。」 「そういっていただけると助かります。」 「では、善は急げと言いますし、王女様へとご案内します。」  ギリアスに案内されながら、アリスとサティリオは、天井まであるほど大きな扉をゆっくりとあける。すると、そこにはとても小さな少女が玉座に座っていた。 『えっ。子供?』  アリスが驚くのも無理はなかった……  アリスの目の前には、アリナよりも小さく十歳に至るか至らないくらいの容姿をした、幼い王女が座っていた。小さな髪飾りを模したティアラは、より小顔感を引き立てていた。 「ミリアナ王女。こちらの方がクラリティアの……」 「アリスです。よろしくお願いします。陛下……」  片膝をつき、敬意を示す姿勢をとるアリスとサティリオ。その二人の元へとミリアスが歩いてくる。  ゆっくりと立ち上がった女王陛下だったが、それでも容姿が小さいのが際立ち、歩く姿は“トコトコ”という効果音がなりそうなくらいの可愛さだった。  アリスのそばに寄り添ったミリアナは、興味津々の表情でアリス頭に触れていた。耳を触ったり頭を撫でたりと、まさに王女とはいえ女の子であることには変わりなかった…… 『王女様? 来賓ですよ。』 「おっと、これは失礼しました。アリス様。その耳を見る限り、クラリティア人とは思えませんが……」 「えぇ。そちらの耳は、付け耳でしてこちらが……」 「おぉ~」  アリスが前髪を寄せて、本来の耳を出すと、ミリアナ王女は興奮して歓喜の声を上げていた。 「こちらが、本来の耳です。」 「まさに、その耳はクラリティア人の証……。であれば、サティリオ。ようやく……」 「えぇ、ようやくクラリティアの方に巡り合えましたね。王女様……」 「本当に……。ようやく……」  片膝をつきながらアリスは、少し顔を眺めると、ミリアナの表情は満面の笑みに大粒の涙を流していた。  王女と対面したアリスは、ミリアナの想いを遂げるために、尽力する。それは、幼い王女の切実な思いだった……
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