里音書房
第十二話 ネザーラビティアの復興と王都への出発
 方針が決まってからのアリスの行動は早かった。ガイアスには炭鉱で掘るものを指示し、ギリアスは市場の準備。サリティスは貴族のまとめ役を買って出てもらっていた。 「サリティスさん、お願いしますね。」 「アリス様。その点はお任せください。スラム街の住人を率先して雇うんですね。」 「はい、しかも、利益率はスラム街の住人の方が多めで……」 「で、我々は名を売り、スラム街の住人は人足を提供すると。」 「えぇ、その方がスラム街の人たちとの格差を少なくする、キッカケになりますから。」 「わかりました。」 「あっ、それと……」  アリスは、さらに言葉を付け加えた。 「これは、未来の話ですが、スラム街の人が収入を上げ、スラムを脱したい場合。率先して土地を譲ってあげてくださいね。」 「土地を明け渡すのでしょうか……それでは……」 「えぇ、ほかの貴族の方は、いい顔をしないでしょう。なので……」  アリスはより詳しく説明するためにサリティスのそばへ行く。アリスが順序立てて説明し始める。 「ほう、賃貸というのですな。」 「えぇ、家や土地を一定の額で貸し付ける。そして、一定の上限を用意できるのであれば、その土地を売り渡す。ということです。」 「それでは、我々の資産が……」 「えぇ。貴族の方にとってみれば痛手にはなります。ただ、これには利点があります。」 「ほう、それは……」  手段を飲ませるためには、利点の説明は外せない。 「街として発展させるのです。」 「街? いや、街はネザーラビティアが……」 「えぇ、ここは重要ですし、ここが大元でありここが資本になります。」 「では、なぜ街を作る必要が……ここにあればすべて済むではないですか。」 「ごもっともな意見ですが、それでは、もったいないのです。」  アリスにはネザーラビティアのさらに未来が見えていた。それは、ここを主要都市として、地方に波及していく未来が…… 「地方に街を作ることで、メインのここから物資を送りそっちで物流の流れを作るのです。」 「ほう。」 「そうすると、そのエリアでの購買意欲が高まり、ということは、労働で得る対価を欲するための人足が増えることになります。」 「そうすれば、そのエリアも勝手に発展すると……」 「そういうことです。定期的に道を外さないように見てあげればいいだけですから。」  文化水準の低い、このネザーラビティアでは、この方法は画期的すぎる。資本主義から社会主義へと抜本的な改革になるため、多くの困難が待ち受けているのは必至だった。  だが、サリティスは、そうそう簡単にへこたれる人物ではない。ルナティアに変装していたアリスを一発で見抜いたり、交渉術も長けている印象を持っていたアリスは、全権をサリティスにゆだねることにした。  続けてアリスはギリアスに、ネザーラビティアの市場の準備に入ってもらう。  せっかくガイアスに採掘と加工をしてもらったとしても、取引する場所がないのでは、元もこうもない。  そのため、ギリアスにはネザーラビティアの市場を構築してもらう形になる。市場といってもネザーラビティアを中心とした、物流網の構築で、最初の取引先は王都が担うことになる、というのも…… 「最初の取引先は王都になりますわ。ギリアス様。」 「えっ?! ラフィア様? いらしていたんですか?」 「えぇ、ラフィアは私たちと一緒に冒険してましたからねっ。王女だけど……」 「アリス様。それは、言いっこなしですよ。もう。」  国王の反対を押し切って、アリスと一緒に来ていたラフィア。道中、炭鉱での一件やアリス単独で動こうとしたときに猛反対したりと、なんだかんだで波乱万丈な日常を送っていた。  ネザーラビティアに入ってからは、第二王女がそこまでズカズカと動くわけにはいかないため、アリナとともにサリティスの邸宅で待機していた。 「ギリアス様。王都代表として、私が押印しますわ。いいですわね、ミリアナ様」 「えぇ。初めて会うけど、結構。気さくな方なのね。」 「はい。ミリアナ様が形式ばった挨拶が苦手と伺ったので、アリス様から。」 「ええっ。ま、まぁ。その通りだけど……」  場の悪そうな顔をしつつ、恥ずかしそうにしたミリアナだった。  ラフィアは調印の書類を持つと、王都へと足を向ける。王都に書類を届け、王都との交易の調整の役目を担うために王都へと向かう。そのラフィラにアリスは伝言を言い伝える。 『ラフィラ、調整が終わって戻ってくるとき、歌劇団も連れてきて。』 『どうしてです?』 『戻ってくる頃には、結構出来上がってると思うし、盛大に祝わないとね。』 『わかりました。アリス様』  ネザーラビティアの復興への足掛かりはすべて整った。  ガイアスからは順調に、宝石が納品される。そこでアリスたちも驚いたが…… 「ガイアスって、手先器用なのね。ラフィラス。」 「えぇ。そうですよ。手癖は悪いですが……」  そういうと、ラフィラスは腰をもぞもぞさせる。その様子を見たアリスは、容易に何があったか想像ができた。 「またやられたの?」 「は、はい。」  ガイアスを炭鉱に送り、折り返しで品物を持ってくる任務だったラフィラス。どうやらねちっこく触られたようで、もぞもぞと腰を動かしていた。 「大丈夫だった? ガイアス。ねちっこく触るから……」 「それなら、大丈夫でした。何せラフィナさんがそばにいましたし。」 「あぁ。じゃぁ」 「えぇ。」  それは、ラフィラスがアリスのいる城へと戻るとき…… 「なっ!?」 「これで、ラフィラスともお別れかぁ……」 「それを、おしりを触りながら言うことですかっ!」  ラフィラスが制裁しようかと思ったその時。 『ここは私が……。ラフィラス様は出発していただいて……』 『お願いします。』  ラフィラスのお尻を触っていたガイアスの後ろには、すでに嫁のラフィナが構えていて…… 「あなた。ちょっといいかしら。」 「ギクッ!!」 「では、ラフィラス様。お願いしますね。」 「はい。」 「えっ。あっ。ま、またなーラフィラス……」  そして、ガイアスが後ろへと連れ込まれた後…… 「ギャース!!!!」  お約束の制裁を受けていたのだった。 「とまぁ、こんなことがありまして。」 「まぁ、ラフィナさんがいるから、大丈夫か。」  第一弾となるガイアスからの品は、実にデザインもよよく、おしゃれなアクセサリーが小さな小箱に入って送られてきていた。その小さな小箱の一つ一つに、見事なデザインのアクセサリーが入っているものだから…… 「ね、ねぇ。ギリアス……一個くらい……」 「ダメですよ。これは商品なんですから。」 「ええっ。そんなぁ。」  がっかりするミリアナに、アリスはひと気は大きな箱を見つけ、そこにはこう書かれていた。 ‘ミリアナ様へ。王女ですから、これくらいの品をつけてもらわないと困ります。 ガイアス’ 『ガイアスったら、粋なことを……』  アリスはミリアナにその小箱を手渡すすると、みるみるうちに目を輝かせていた。それは、身に着けてもいい宝石を始めてもらった少女そのものだった。  それからのギリアスの行動は、さすがといった感じだった。スラム街の住人を雇用したサリティスと見事に連携し、あっという間に市場を作り上げた。地下資源の豊富なネザーラビティアのため、アクセサリーだけでなく、産生された鉱石を使い立派な武器・防具なども市場に並ぶようになった。  スラム街の住人達も、最初こそ抵抗があったようだが、ミリアナの号令のもと、順調に収益を上げていた。  それから数か月。ネザーラビティアは前とは全然違う、発展した街へと生まれ変わっていた。ネザーラビティアの発展は、周辺の小さな街を作るまで発展し、スラム街はもう影もなくあれほど荒んでいたスラム街の住人達は各々が手に職をつけていた。  そして、交易の正式な書類を携えたラフィアは、王都歌劇団を同行させてネザーラビティアへと来ていた。そして、顔合わせという形で王城へと来たのだが…… 「本当にアリス様じゃなんですね?」 「本当ですよ。ミリアナ様。私は、ルナティアですって。」  ミリアナは、目の前にあいさつに来たルナティアを、アリスだと勘違いしていた。ルナティアの耳を引っ張ったり、尻尾をいじったりと、興味津々だったが、そのしっぽは付けしっぽでもなく本物だった。 「ほんとだ。」 「だから、先ほどからそういって……」  ルナティアが来ているということで、アリスがミリアナの元へとくると、そこには、ミリアナにいじくられているルナティアという図ができ上っていた。 「ミリアナ様? 何してるんですか?」 「あ、アリス? じゃぁ、やっぱり……」 「だから、先ほどから違うと……」  ひとしきり確認したミリアナは、あまりに瓜二つぶりに驚きながらも、アリスにお礼を言う。 「アリス様、ありがとうございました。ネザーラビティアの復興。」 「いえ。私はあくまでも‘方法’を教えたにすぎません。あとは、ネザーラビティアの人たちが自身で行ったことです。」  アリスの清々しい態度は、初めて出会ったころと何も変わっておらず、ミリアナも安心しきった様子だった。そして、終盤にはルナティアの祝いの祭りが開かれる。  盛大に開かれた歌劇団の公園は、盛大な賑わいとなり、その席にはサリティス一家も招かれた。そして、娘のサリアは、目の前のステージと横に座るアリスの二人の顔を見ながら、おろおろとしていた。 「る、ルナティアしゃまが、二人いる!!」 「あっちが本物よ。ふふっ」 「ん~」  精一杯首を傾げ理解しようとしていたサリアだった。  式典を終え、アリスたちは一応の結果を報告するために、ネザーラビティアに別れを告げる。  ネザーラビティアの現状を、王都のラビティオスへの報告も兼ねていたが、目の前のミリアナはどうしても悲しい顔をする。別れとなれば、一生会えないような気分にすらなる。 「大丈夫よ、定期的に遊びに来たらいいじゃない。」 「ちょっ、アリス様?!」 「だって、ここにいるラフィアも、一応王女なのよ?」 「ちょっ、アリス様!?」 「うん。」  ギリアスとラフィアを矢面に立たせ、よくも悪くも見本にすることで、ミリアナの糧となる話を続ける。 「今は、忙しくてそういう時期じゃないだろうけど、きっと安定するわ。」 「うん。」 「そうしたら、遊びに来たらいいじゃない。ギリアスも連れて。」 「そうする。」 「あ、でも、ガイアスを連れてくるときは注意してね。」  アリスはさりげなくガイアスの予防線を張ったのだった。  それから、アリスはサフィリナへと用事を頼む。それは、宝石を持ちロビティアへと行ってもらうことだった。  もともとロビティアのスパイとして、ネザーラビティアに来ていたサフィリナ。それがバレたサフィリナは、牢屋へと捕らわれていたが、それをアリスが仲間へと引き入れていた。 「本当にいいのか? アリス……俺。スパイだったんだぞ?」 「ええ。いいわ。もともとロビティアとのつながりも持ちたいとは思ってたし……」 「確かに、交流を持つのはいいことだけど……」 「それは……わかってる……」  アリスはロビティアをちょっとだけ警戒していた。  というのも、スパイを送ってまで地下資源に対する情報を欲していたということは、それなりに執着を持っていることが予想されていた。そんなロビティアに宝石をもって戻らせるのだから、それなりの警戒は必要にはなる。 「だから、かなり警戒してね。何かあったら、連絡をよこしてもいいから。その辺は……」 「えぇ。任せてください。」 「ギリアス……。いいやつだったんだな。お前。」 「だから、なれなれしい。それに、女がそんな態度をとるなっ。」 「ええっ、いいじゃねぇか。」  なんだかんだでサフィリナとギリアスが、少しずつ仲良しになっていたことに、胸をなでおろしたアリス。その様子をみて、アリスたちは一路歌劇団と一緒に、王都ラビティアへと、住人達に見送られながら旅立ったのだった。
ギフト
0