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異世界サイコロ旅行
2018年11月10日 10:32
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第九投 立つ鳥跡を濁しすぎ

第八投 召しませエクセリアピザ < 前

第九投 立つ鳥跡を濁しすぎ


 ガシャーーーーーン!!

 広場が水を打ったように静まり返って、再び観客の視線がステージに注がれた。

「ふ、ふざけるな! 俺が負けるわけがねぇ! この女、イカサマしやがった!」

 バルドは積み上がった皿を床に叩きつけて割りまくり、棄権したダーニのテーブルまでひっくり返す。もう! 破片が飛んで来て危ないよ!

「てめぇ、食ってねえだろ。食えるわけねぇんだから、あのピザは」

 バルドがシエラちゃんへとにじり寄る。シエラちゃんは椅子に座ったまま、ただただ震えていた。助けなきゃ! ねぇスヴェンさん、ブルーノさん! ⋯⋯あれ? ブルーノさんどこ行った?

「そこまでだ!」

 あーちゃん!! ステージ裏からあーちゃんが現れ、手首、足首を縄で縛られたウェイター二人をバルドの前に突き出した!

§

 怒ってもせいぜい仔犬レベルだったあーちゃんが、青白い炎に包まれている様に見えた。 

「燃えてる⋯⋯、あーちゃん」

「へぇ、えくすこたん見えるんだ。さすが聖剣に選ばれし君」

「え?」

「あの子は温かく見守ってやってちょうだい。トラウマは自力で克服するのがベストだけど、できないなら抱えて生きりゃいいし。まぁ、お人形やってるより俺はこっちの姫さんの方が好きだな」

 はぁ、⋯⋯何のこと? 爪楊枝みたいなのシーシーして、スヴェンさんはこんな状況でも随分のん気。そして、満足げに笑ってる。

「貴様だな⋯⋯、ダーニとシエラのピザに毒を仕込むようこの二人に指示したのは。証言は取った。言い逃れはできないぞ」

「知らねぇよ。俺じゃねぇ」

「ステージのウェイターは全員パパ・エクセリアの教育を受けた従業員だ。すり替えるならもう少し品のいい仲間を選べ!」

 銀髪を炎に揺らめかせながらあーちゃんが一歩進むとバルドが後ずさる。完全に気圧されてるくせに、シエラちゃんに目を向けるとニヤリと油ぎった唇を上げた。
 逃げて! シエラちゃん!
 遅かった。席を立って逃げるシエラちゃんは襟足を掴まれ、振り上げられ、あーちゃんへ投げつけられた。

 ドッ

 重いものが落ちた時の嫌な音。恐る恐る目を開けると、私の隣にいたはずのブルーノさんがあーちゃんの前に立ち、シエラちゃんをその胸にしっかり抱き止めてた! あぁ、ブルーノさん!

「どけっ、ブルーノ! もう許さない! こいつは僕が⋯⋯!!」

 ブルーノさんは無言で首を横に振り、鋭利な眼差しと手で荒ぶるあーちゃんを制した。すごい気迫、怖いくらいだよ。あーちゃんの逆立った銀髪がだんだんと落ち着いてくるのが分かる。

「お怪我はないか? シエラ嬢」

 打って変わって、なんて包容力のある声⋯⋯。ブルーノさんはシエラちゃんをゆっくり降ろすと、瞳を見つめながら柔らかく髪を撫でて整えてあげた。観客席のお姉様方の目がハートになって、はぁぁん、とピンクのため息がもれる。これは惚れるぅ⋯⋯。
 シエラちゃんがブルーノさんにペコリとして、ステージ裏の係の人たちに保護されると、会場中の空気がホッとした。どうか具合悪くなりませんように⋯⋯。

「バルドよ。今日は私も含め、全国民が建国記念日を心から祝っている。本来なら建国祭に泥を塗ってただで済ませるものではないが、貴様の汚い血は降らせたくない。今一度チャンスをやる。貴様の好きな条件で私が勝負を受けてやろう。勝てば賞金も大会の倍出してやる。だが負けたら二度とここへは来るな」

「おもしれぇ。好きな条件って言ったな。それなら決闘だ。お前のそのムカつく顔を二度と見れないようにしてやる! フィジカルブースト使うまでもねぇ!」

 バルドはステージにペッと唾を吐き、倒れたテーブルの脚を折るとブンブン振り回してウォォォッと雄叫びを上げた。

「あいつ、マジくそ野郎だな。がんばれ、ブルーノ!」

 お前も頑張れよぉぉ! てゆーかアイツに十万EXC賭けてたじゃん。ジト目⋯⋯、っ痛! も~暴力反対! ガルルルゥ!

「お前ごときに剣は抜かん。私はこれで充分だ」

 ウェイターさんが使ってたトレー? そんなものじゃ盾にもならないよ。大丈夫かなぁ、ブルーノさん⋯⋯

「ナメてんじゃねぇぇ! 賞金は俺のものだぁぁ!!」

 その巨体からは想像もつかないスピードでバルドは距離を詰め、テーブルの脚を盛大にぶん回す。あれが当たったらひとたまりもない!

「ふん。そろそろ昼寝の時間だ」

 ブルーノさんはバルドがテーブルの脚を振り下ろす寸前、トレーを手元で空に向けた。本日は晴天、建国祭日和。大会のためによく磨かれた銀のトレーは、傾きかけた陽光を鋭く反射してバルドの目を射抜いた!

「ぐわぁぁぁぁぁ!」

 目を潰されたバルドは膝を付くと、今度は落ちてる皿やテーブルの破片を手あたり次第、そこら中に投げ散らしまくった。もう広場は大混乱! 私も頭を守ってうずくまるしか。もーー! バルドいい加減にして!
 即行ブルーノさんがバルドへ回し蹴りを食らわし、弧を描くようにして仰向けに倒れたバルドの喉を、ブーツでグリッと踏みつけた!

「次は容赦なく踏み込む。永久に喋れなくなる前に、この国を出て行け!」

 一瞬、広場に沈黙が落ちた。一呼吸おくとすぐに黄色い歓声と大拍手に包まれ、ステージには称賛の銀貨金貨、カリバー君ぬいぐるみが大量に投げ込まれた。客席からはバルドに向かって『帰れ!』コール。ついにバルドはほうほうの体で逃げ去って行った!

「ふぅ、危なかった。さすが色男はやることが違うねぇ」

 やれやれ、という風情で額の汗を拭ってるこのツンツン頭は、本当にあーちゃんとブルーノさんの仲間なのかな。いいかげん私も呆れてきたよ。ジト目するのも疲れました。
 そんなことお構いなしにスヴェンさんは鼻歌混じりに、両手いっぱいに持った角材やら皿の破片を地面にガシャガシャ落とし始めた。これ、ステージから飛んできたやつだ。そういえばこの人、いつの間に私の目の前に立って⋯⋯。

「さーて、えくすこたん。俺らもステージ行こうか。あ、転ぶなよ。怪我すっから」

 気が付けば、私達が座る貴賓席の周りは、ステージに近いだけあって大量の尖った破片だらけ。私、無傷なのって奇跡なんじゃ⋯⋯、スヴェンさん。
 アーシャ様、ブルーノ様コールが止まない。ステージへ向かう途中、飛び交う金貨やカリバー君ぬいぐるみに混じって、本物のカリバー君がスヴェンさんに飛びついた。顔をスリスリして甘えてる。だよね、カリバー君なら知ってるよね。スヴェンさんだって凄いよね! 私は心の中でスヴェンコールを送ってあげた。

§

「あー畜生~、今月どうやって生活していくかなぁ~」

 しれっとステージに落ちている金貨銀貨を懐に入れようとするカッコよかった人。ブルーノさんにスパーンと引っぱたかれた。

「まったくお前は。計画性というものを知らないのか」

「うるせー、これでも立派に今まで生きてきたんだ!」

 ステージを片付けながら聞こえてくるのは、今月の生活費を全て突っ込んでスッカラカンになった男の愚痴。ちょっとでも尊敬した私がバカでした。

「いいか、勝負には必ず勝て。一度の負けが死につながる。勝つのに必要な努力を怠るな。事前にあらゆる情報を集め分析しろ。私は最初からシエラ嬢が勝つと信ずるに足る情報を得ていたから200万EXCを昨日の内に賭けておいた。もっと賭けても良かったのだが、余り大金をかけてもオッズが下がるのでな。このくらいがリスクに対する最大利益が見込めると踏んだ。ふむ、予想通りだ」

 本物のギャンブラーがここにいたーーっ! 真面目にギャンブルしてたんだこの人。あーちゃんのさらに10倍かけてるよっ!

「ブルーノ様! 哀れなこのスヴェンに今月の生活費をお恵みくだせぇ!」

「お前、プライドはないのか?」

「そのようなもので腹は膨れませぬ!」

 もう見ない聞かない。男前スヴェンさんは私の心で生きてればいい。それにしてもあーちゃん、元気ないなぁ。ブルーノさんもそう思うのか、黙々と片付けをするあーちゃんにそっと向き直った。

「⋯⋯ごめん、ブルーノ⋯⋯」

「⋯⋯」

「冷静になれなくて⋯⋯。シエラを助けてくれてありがとう」

 ブルーノさんは励ます様にあーちゃんの肩をポンポン叩くと、

「これは貸しです。さて、何割増しで返していただきましょうか。私は意外と高利ですよ」

 いたずらなウィンクであーちゃんの笑いを誘った。
 ズギュゥゥゥゥン! こ、これは⋯⋯、真面目な堅物人間かと思いきや⋯⋯。またあちこちからピンクのため息が聞こえてきた。

「そうそう。あの毒はただの下剤だそうですよ。即効性なので、試合中に症状が出ないならシエラ嬢はまず大丈夫でしょう。小細工を知ったうえでの、ラストスパート。見事でしたね。ピザを喉に詰まらせていた誰かさんとは大違いです

 スヴェンさんが「くっくっくっ」って思い出し笑いしてる。ゴメン私もちょっと笑っちゃった。テヘヘ☆ あーちゃんはそんな私らにぷくっとした顔を返してはきたけど、最後には笑って気を取り直し、観客席へ向かって心地よいソプラノボイスを届けた。

「会場のみなさん! ならず者は退散しました! 優勝者のシエラさんも無事です。少々ハプニングはありましたが、そろそろ昼の部最後のメインイベントが始まる頃合いです。建国祭を楽しみましょう!」

 みんなから拍手喝采を浴びるあーちゃん⋯⋯、こういうのは赤くならず堂々とこなすんだねぇ。じーっと眺める私の視線に気が付くと、あーちゃんはカッと赤くなった。え? どゆこと? 

「おねえちゃん、ちょっと騒がしかったけどそろそろ秘密のメインイベントが始まるよ。ふふふ、こっちに来て」 

 ワー、何ダロウ。オネエチャン、楽シミダナァ。17時えくすこぴょん降臨イベントがあるんだよね。ここのでっかい看板にも書いてあるのになぁ。あーちゃんは相変わらず嬉しそうに私に笑顔を向けた。

§

 片付けられたステージの上に、宝箱よろしく装飾が施された大きな箱が運び込まれた。大きさは貨物列車の荷台ぐらいで、かなり大き目。上部にアーチ状の取っ手があるけど、巨人が持つのかな。デカすぎて全貌が分からないけど籠のよう。
 次々と箱の中へお賽銭よろしく硬貨を投げ入れる人もいれば、箱に触れて『キィン』と金属音を響かせて帰る人もいる。あ、もしかしてEXCの投げ銭? 

 カァーン、カァーン、カァーン⋯⋯

 会場、いや、街中に響き渡る音。これが決まった時間に鳴るっていう魔力時計の鐘の音ね。予定通りだと17時ってことかな。 

「おねえちゃん、ちょっと気を付けて」

 何に? と、聞き返す間もなかった。ヒュッと風切り音が聴こえた途端、広場に吹き荒れる突風と轟音。大事な帽子が押さえる暇もなく飛ばされて、自分の叫び声も耳に届かない! あーちゃんにしがみついてなんとかこらえてるけど、暴風すぎるーっ!
 あれほど眩しかった石畳が影で覆われた。空から降りてくるのは鳥か? 飛行機か? 違う、ドラゴンだ!


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