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クロスクオリア
2018年11月23日 10:22
投稿カテゴリ : 記事

『CROSS・HEART』Story.1 白の狂気 1-3


 二人が歩き初めて数分後、彼女が口を開いた。
「あの、ハール……さん」
「……ハールでいい。敬語も無い方が、オレはいい」
 一歩前を歩くハールは振り返らずに答える。
「あ、はい……じゃない、うん、えっと……じゃあハール。今どこに向かってるの?」
「『記憶師』の所。この森に住んでるんだ、双子の記憶師が」
「キオクシ?」
 彼女は、はてと首を傾げる。
「あー、『記憶師』っていうのは――」
 今度は歩みを止めること無く振り返って答える。
「簡単に言えば、記憶を自在に操れる者のこと。人の記憶を消したり直したり創ったり……それを商売にしている奴らもいる。その双子もそれを生業にしてるな」
「すごい……そんなことできる人がいるんだ」
「数は少ないけどな。記憶師ってのはほぼ才能みたいなもんで、どんなに優秀な魔導士でも生まれ持った才能がなければなれないらしい。逆に記憶に関係ない魔法は一切使えなくても記憶師としては優等だったりな。現にあいつ等も仕事に使わないような魔法はまったくだし」
「へぇ……」
 期待と感嘆が混じった声が聞こえた。少しは彼女の不安を払拭できただろうか、とハールは思う。嘘を吐いてまで安心させたいとは思わないが、今の話は真実だ。若いながらも彼女たちの腕は確かであるし、このような事例も診たことがあるだろう。もしなくても対処するだけの知識はあるに違いない。この事実は、少女だけではなくハールの心持ちも軽くした。
 軽くした――――のも、束の間。
 無言。
「……」
「…………」
 重ねて、無言。
 記憶師の話をしてからその後、彼女は話し掛けてこなかった。以降、重い――少なくともハールにとっては――沈黙が二人の間を流れている。
(何か話すべき……なのか?)
 彼女と話す際には冷たく聞こえないように口調にも気を遣っている。自分にしては随分と頑張っていると思う。嫌いではないが、会話はあまり得意ではないのだ。
 そう、このような状況を打破するに最も有効だと思われる手段――『雑談』のようなものは、特に。
(何話せばいいんだよ……)
 普通は出身地や職業、好物など当たり障りない質問でどうにか凌げるのかもしれないが、何せ相手も自分のことが分からないのである。その上話し上手でもない彼には、あまりに酷な状況であった。
 彼自身静寂が苦痛に感じる質ではない。しかし相手もそうだとは限らないので、半ば諦めつつも話題を探す。
 ――そういえば少し前から、たまに一瞬だけ立ち止まって、すぐに追い掛けてくるような足音が聞こえる、ということが続いていた。足音の主は明らかであったが、理由は分からない。ハールは振り向くと、話の切り口として問いかけた。
「……さっきから何やってんだ?」
「えと、花を摘んでたの」
 彼女の手元を見ると、確かに数本の花が握られていた。
「……へぇ」
 再び降りる沈黙。
(……って、終わらせてどうする!)
 相槌を打つと、会話はそれきり途絶えた。今のは明らかに自分に原因がある。今度こそ、本格的に気まずい。他に話せるようなことはなかったかと、初めて彼女を目にしたときのことを思い出す。
 何か、何か――――

「髪、」

 口から出たのは、それだった。
「髪?」
「……すごいよな、それ。銀髪なのに光の加減で色が変わって見える」
 言われてきょとんとした顔をする少女。白い肩から流れ落ちる髪を右手で掬うと、目を見開いた。
「……わ、ほんとだっ」
「綺麗だよな」
「え?」
「え?」
 自分の髪色も気付いてなかったのか! という突っ込みは心のなかだけに留めておく。それはさておきどうしたものか。何だか焦ってとんでもない言葉を吐いてしまったような気がする。何か超見つめられてるし。現に「え?」とか言われたし。ついオウム返しをしてしまったのだが、そこで自分は失敗したことに気付いた。軟派な男だと思われたに違いない。正直恥ずかしい。
(最悪だ……)
 どうせ記憶師のところに送り届けるまでの付き合いであろうし、多少気まずい無言が続いたとて問題などなかったではないか。“とても”気まずい有言よりずっといい。らしくないことなんかするものじゃない。 ハールは恐る恐る少女の顔に視線を遣る。きっと、顔をしかめられ――……ていなかった。
 代わりに、少女の顔にふにゃりと気の抜けた笑みが浮かぶ。
「ハールの目も綺麗。森のいろ」

 ……別の意味で恥ずかしくなった。

コメント

ミルキークイーン 6年前
3156 EXC
記憶師とかファンタジードストライクでいいですね!
え?
え?
juri 6年前
888 EXC
絶賛、応援中です!