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クロスクオリア
2020年11月13日 12:07
投稿カテゴリ : 記事

『CROSS・HEART』Story.7 古の殺戮者 7-18


 あの場所に止まったままで『あれ』を狙うなら、今の自分の力量では恐らくあと数歩分届かない。そう、だから少しでも標的に近付く為にこうするのだ。もうすぐ足場が途切れる。顔を上げ、見据える『目標物』。

 ――――できるだけ、やってみる。できることをする。

 そう言いながらも、守りたいと願う者たちにすら、疑心を持ってしまうほどに自分の心は弱かった。

 瞬時に魔力を顕現する。

(――私は、弱い)

 だからこそ、何度も思ってきた。

(……守りたい)

 自分を、みんなを。
 セシルの願いも。

 魔力の炎が光を増す。

 ――――今、そのために。

(……――強くなりたい!!)

 彼女の右手から溢れ、零れ落ちる光。足元の岩はあと何歩分残っているだろうか、きっと、もう――――直前、思い切り踏み切った。
「……っ、たあぁあぁぁッッ!!」
 ほんの僅かでも前へ。たとえそこに道がなくとも。駆け登ってきた勢いを利用し、リセは大きく跳躍した。今までに感じたことのない浮遊感。風が全身を撫でた。魔法を放つ準備をし――――

 ――振りかぶった瞬間。

「――――なッ……!?」
 突如、その真っ赤な双眸と目が合う。口角から覗く尖った牙。唯一の突破口を塞ぐかのように広げられた、絶望色の骨張った両翼。目の前に滑り込んできた大蝙蝠は嘲笑うかの如く甲高く鳴いた。ここで手中の魔法を使ってしまったら、もう一度顕現させる時間は無い。身体中を冷たさが這った。
(――――イズム君……!!)

      †

 ピキ、と、硝子が罅割れるかのような音が耳に届いた。
「――――ッ!」
 自らの魔力が放つ光の強さに目を開けているのも精一杯だ。それほど全力の防御魔法が、限界に近づいている。まるで手の平から槍を押し込まれているかのような感覚。呼吸すら痛みに直結した。
「あと、少しッ……、持ってください……!」
 ほんの一瞬でも気を抜けばすべてが終わる。痛みを覚悟で口に出す。なおも響く破砕音。音のする感覚が短くなっていく。誰かが硝子を踏み鳴らしているようだ。光の壁に僅かながらも亀裂が入ったのをその目の端に捉えた。それは瞬く間に広がっていき、湾曲した光る蒼に白い線が走っていく。
「…………!」
 魔力を補整に回すが、破損の方が速く修復が追いつかない。不意に半透明な防壁の向こうに一点の赤い光が見て取れた。そしてそれは老竜の口元から漏れ出ている。あの沈んだ赤には見覚えがあった。それもそのはずで見たばかり、いや、受けそうになったばかりのものだ。先程はあれだけだったから防ぎ切れたものの、これ以上、防御魔法に負担が掛かったら――――
(リセさん……!)

      †

 裂けたように大きく開かれた口から、鋭く尖った双牙が覗く。このまま魔物に突っ込むならばその牙が身体の何処か、腕や肩、もしくは顔――に突き刺さるのは間違いない。怪我をするのは構わないが、問題はそれによる痛みや衝撃で手中の魔法が維持できなくなるのではないかということだ。いくら強く願おうと顕現が持続する保証はない。まだ魔力の制御が不完全ゆえ、一瞬でも意識が逸れてしまえば終わりだ。眼前に迫る魔物。この手のなかにある魔法で一度倒し、再び登るか――――
「…………っ!」 
 眼下に、赤い光。まだ小さいもののそれが示すものを理解した瞬間、迷いは消えた。

「――――どいてッ!」

 鈍く照る赤が、決断の時を告げる。
 ――――チャンスは一度。

 覚悟を決め、そのまま振り切ろうと――――

「……ッ!?」

 大蝙蝠の腹部に、一本の矢。

 それは瞬時に絶命し、矢の重さも相俟って重力に逆らうことなく落ちていく。今まで翼に覆われていた視界が開ける。すかさず頭上に手を振り翳した。
 顕現、維持、問題無し。共に歩むこの先の道を斬り開くように――願いを重ね、魔力を導く。
 
「……っ、当たれ――ッ!!」

 振り下ろした瞬間、魔力は曲線を描く刃として編まれると弾かれるように闇を走り出した。森のなかであの魔物を刺し穿った歪な白いそれは、今、白銀の三日月となって光を散らしながら空を切る。そして『目標物』――――

 ――幾本かの『鍾乳石』の根元を絶った。

 岩が砕ける音。
 
 一瞬の空白。

 ――のち、まるで大きな肉塊に巨大な剣でも突き刺さしたかのような不快な音と、耳を劈く大音声が洞窟内に響き渡った。それに伴いイズムの防御魔法にかかる負担が消える。その意味を瞬時に理解するとほぼ反射で光の帯を紡ぎ出し、地面からやや上に数本ずつそれを交差させたものを彼女の着地地点辺りに張る――――と、同時にリセがその上へと腰から落下してきた。受け身も何もあったものではないが、イズムによって創られた光の網の御陰で全くの無傷である。洞窟を崩れさせるのではないかと錯覚する鳴き声は、まるで燃え尽きる瞬間の火のように大きさを増す。二人は思わず耳を塞ぎ、目を瞑った。暫くの間そうしていたが、やがてそれも力尽きたかのように余韻を残して消える。瞼を開けた、その先には――……

コメント

杏仁 華澄 3年前
手動で投稿しているので時間的にお風呂からの投稿が多いです