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クロスクオリア
2020年3月6日 12:34
投稿カテゴリ : 記事

『CROSS・HEART』Story.6 星宿の地図 6-5

 大分夜が深まり、剣の手入れを終えたハールがそろそろ寝るかと思い始めていた頃、不意に部屋のドアが鳴った。誰だろうかと内心首を傾げる。同室のイズムは今この部屋にはいないが、彼はわざわざノックなんてしないと思うし、宿の主が来るとは考えにくい。リセかフレイアのどちらかであろうが、訪ねてくる理由も無いように思えた。
「はい?」
「あ、私。リセ」
 やはりリセだったようである。しかし彼女がこの部屋へ足を運ぶ理由は思い当たらない。
「入っていい?」
 返事をするとドアが開き、いつもの服装のリセが立っていた。まだ寝ないのだろうか。彼女は部屋の中を見回すと、彼に言った。
「ハール、イズム君……何処にいるか知らない?」
「イズム?」
 意外な言葉が発せられた事に驚き、彼に何か用だろうかと考えながら答える。
「……あいつなら、多分一階にいるんじゃねぇかな」
「そっか、ありがと。……あとね、もしよかったら今夜の間――――」
「え? まぁ、貸すのは構わねぇけど……」
「ありがとう」
 ハールは机の上に置きっぱなしにしてあったものをリセに渡す。彼女はそれを丸めて右手に持ち、おやすみなさーい、と一言残すと静かにドアを閉めた。
「……?」
 頭上に疑問符を浮かべ、首を傾げる。リセが貸して欲しいと言ったものとイズムがどう関係あるのだろうか。
「…………寝るか」
 考えても仕方がない。いくら旅路を共にしているとはいえ、彼女には彼女の時間が、自分の知らない部分があるのは当然のことだ。
(……誰だってそんなもんだろ)
 そう心のなかで呟き、机上のランプに手を伸ばす。そして、黒々とした影を躍らせる橙黄色の光を消した。



 階段を下ると、靴底が一階の床をきしりと鳴らした。二階もそうであったが、廊下は明かりが消されていて少々気味が悪い。少しでも早くこの暗闇の中一人でいるという状況を終わらせたかった。
(一階って言ってたけど……何処だろ)
 とはいえ、そこまで広い場所でもない。適当に見て回れば絶対に出会える広さである。先程夕食を食べたダイニングを横切り、キッチンを覗く。
「……イズム君?」
 暖かな光が灯されたそこに、捜していた後ろ姿があった。
「リセさん?」
 振り向き、彼は意外だという風に目を瞬かせる。
「あ、ごめんね、急に。びっくりした?」
「いえ、大丈夫ですよ。そういえば、さっきもこんな感じでしたね」
「ふふ、そうだったね」
 リセは静かにイズムに歩み寄り隣に立つと、手に持っていたそれを脇へ置いた。
「何してたの?」
 すると、イズムは台の端に置いてある鍋を目で示す。
「明日の朝食は今晩の残りのシチューになるんですけど……思い返してみると、具が少なくなっていたな、と。それで足していたんです」
「そうなんだ……料理、好きなんだね」
「ええ……まあ」
 イズムからは、曖昧な笑みと答えが返ってくる。
「好きにならざるを得なかった、と言いますか」
 一瞬だけ目を細め、そう言う。だが、それはすぐに微笑に変わった。
「……さて、大方終わりましたし、そろそろ寝ましょうか」
 ランプを取り、消そうとしながらイズム。
「ふあっ、まだダメ……!」
「え?」
 リセはその手を止めようと、慌てて彼のそれに自らのものを重ねた。
「……あっごめん!」
 何か熱いものにでも触れたかのような勢いでぱっと両手を胸まで上げる。行き場のなくなったその手は、ゆっくりと降ろされた。イズムはその様子に、くすりと笑う。
「……もしかして、暗いの怖いですか?」
「う、そういう……訳、じゃ………」
「じゃあ消しても――」
「あー! ダメっ、怖いからやだ!」
 必死になって、再度消そうとした手を止める。するとイズムはもう特に消そうともせず、くすくすと笑った。
「……イズム君いじわるだ」
 イズムは未だに少し微笑を残しながら、ランプの灯りのせいでそう見えるのか、仄かに頬を赤らめるリセを見遣った。
「すみません、つい……」
「イズム君、優しいのに時々意地悪っぽい……」
 微かに頬を膨らませて、目線を外すリセ。
「そうですか?」
 彼女が素直過ぎる反応をするものだから、つい悪ふざけをしてしまった。あまりからかっても悪いので、話題を変えることにする。
「そういえば、どうしたんですか? こんな夜中に」
「あっ、そう、それなんだけど……ちょっと、お願いがあって」
「僕にですか?」
 “お願い”とはまた予想外の言葉が出てきたものだ。彼女は言いあぐねているようで、目を彼の方へ向けたり、ランプの方へ向けたりと落ち着かない。 
「うん、あの……ね……」
 両手を組んだり解いたり、手を下ろそうとして止めたり。そんなことが暫く繰り返される。
 しかしついに意を決したのか、躊躇いを振り切るように顔を上げた。

「……ち、地図の読み方、教えてくださいっ!」

「……地図?」
 またもや意外な言葉である。突然出てきた場に見合わぬ単語に、不思議そうな顔をしてしまったかもしれない。
「あの、私、旅してるのに地図の読み方がまだよく分からなくて……でも、今更訊くのも……」
 恐らく今の台詞は『誰に』訊くかという部分が省略されていたのだろう。そういうことなら、断る理由もない。だが――――
(……いえ、変に気まずくなりたくないですし)
 迷いは一瞬のことで、すぐに掻き消えた。
「……いいですよ。じゃあ、向こうで座ってしましょうか。地図は持ってますか?」
「ありがとう! うん、ハールから借りてきたよ!」
 リセは台の端へ置いておいたもの――丸めた地図を持ち上げると、嬉しそうに開いて見せた。そして二人は夕飯を食べたテーブルにそれを広げ、ランプをその横に置くと並んで座る。

コメント

杏仁 華澄 5年前
十年近く前の話ですが、「イズム君の料理は“モテる男の料理”って感じだけどハールだと“自炊”って感じ」という友人の言葉にいまだにふふっとなります。
イメージの差。