『CROSS・HEART』Story.1 白の狂気 1-6
※流血表現があります。苦手な方はご注意ください※
光が、弾けた。
続いて鈍い音と、甲高い魔物の悲鳴。
その白い輝きが魔物へと恐ろしい速さで向かい、樹へと叩き付けたのだった。赤黒い跡を残して樹からずるずると崩れ落ちる魔物。濁った眸にもはや生気は無く、口角には赤い泡が溢れ、ぽたぽたと血液が滴り落ちる。
「な……ッ!?」
目の前で、たった今斬り損ねた魔物の辿った思わぬ末路に目を見開く。その「光が発せられた」……いや、その「光を発した」のは――――
「……嘘、だろ」
少女は細く白い指先を魔物に向かって綺麗に伸ばし、未だ光の余韻が残るその手に再び輝きを創り出す。
「……ふ、……ふふっ……」
歪められた、口元。可憐な唇から紡がれるは、狂喜の笑い。
「ふふふふ……っ!」
細められた、瞳。輝く金色の双眸に宿るは、狂気の光。
「――――死ね」
純白の光を纏った右手を、優雅な動きで空に流す。すると放たれた光芒は鎌鼬の如く魔物を斬り裂いた。それは魔物達に断末魔の悲鳴さえ、上げることを許さぬ速さ。
煌めく風に煽られ、頭に飾った花冠がはらりと地に落ちた。
舞い散る血の華。その花弁を恍惚と見つめ、足元の花冠には気を留めること無くその上を通り、数歩進む。
「残り、は……」
彼女は何気ない、どこまでも自然な動作で光を走らせた。
あの無邪気な少女とは思えぬ凄艶な目付きに晒された残党が凍りつく。生命の危機を、野性の本能が告げる。しかし、彼等は動かなかった。
――否、動けなかった。
身体を彼女の目の届かない何処か遠くに運んでくれる四本の足が、無かった。先刻の斬撃で、胴体から下が刎ねられていたのである。
地面に倒れ伏し、哀れとしか形容のしようがないその姿に、少女は容赦ない残虐な行為を下す。
白光を操って数頭の魔物を宙に吊し上げると、輝きで形成した刄で少しずつ、少しずつ痛め付けてゆく。
少しずつ、少しずつ。
殺さないように。一秒でも、苦しみを味わわせるように。
少しずつ、少しずつ。
滴る血の一滴一滴を愉しむように。
優美に動くしなやかな白い腕。
悦びに輝く黄金の瞳。
背筋が凍りつく程に妖艶な表情。
光の粒子を乗せる風に翻る純白の衣服。
絢爛豪華な血の花弁を纏い、殺戮の舞いを踊る姿は、芸術品と言わざるを得ない完全なる『美』――……。
ただ。
それで片付けられる事態ではない。行われているのは、『殺し』なのだから。それも、身を守る為ではなく、快楽を得る為の。
嘘だと、言って欲しい。悪夢なら、今すぐ覚めろ。目の前の現実を、誰か消し去ってくれ――――
「……ッ、――」
思わず目を覆いたくなる惨劇に、立ち尽すハール。
これは一体、どういった事だ?
花冠を渡してきた少女。話を聞かせて欲しいと見つめてきた少女。自分が説明している最中、懸命に理解しようと唸っていた少女。
あの少女は何処へいった――!?
耳障りな魔物の悲鳴。吐き気さえ込み上げてくる惨状を引き起こしている目の前の人間とあの少女が同一人物だとは信じられない。何かの間違いではないだろうか。そうであってほしい。
(これは、魔法……だよな!?)
しかし願いも虚しく、状況が変わることは無かった。どう見ても、これは『攻撃魔法』。彼女が魔法を使えるのは、分かった。そう言われれば、服も魔導士らしいといえばらしい――――
(って、そんな悠長なこと考えている場合じゃねぇだろ!)
とにかく止めさせなければ。いくら何でも、これはやりすぎだ――
制止を呼び掛けようとする、が。
「――――……」
自分は呼ぶべき彼女の名を、知らない。
そうこうしている内に、魔物の悲痛な聲は途切れた。ぐったりと白眼を剥き、もはや傷だらけの『かつて生きていた物体』は魔法を解かれ、最後の一頭が地面に落とされる。
「もう、終わり……?」
まだ熱っぽさの残る声で、そう呟く。そして、振り返る。向けられた瞳は、先程魔物に向けられていたものと同じものだった。
「……ッ!?」
口元に浮かぶ、妖しい笑み。心臓が掴まれたかのような衝撃。これは、もしや――
「次は――『コレ』……?」
ぞくりとするほど艶のあるその表情に思わず見惚れてしまいそうになるが――
(――マジかよ!?)
そんな余裕など、微塵もない。
再び、少女の右手に純白の微細な光が収束する。
この距離であんな攻撃を受けたら、確実にこの世に別れを告げることになる。応戦? そんなこと出来ない。逃げる? 逃げ切れるわけない。押さえ込む? その間に魔法が飛んでくる事受け合い――……
(あーもうどうすりゃいいんだよ!?)
一連の選択肢を一瞬で考え、全て却下する。
その間にも少女の手は伸び、そして――……
ビクッ、
――突如、少女の動きが固まった。光球は霧散し、瞳の熱は急速に冷める。
「え……?」
「――――……」
とさり、と、重みが身体にかかる。彼女の身体から力が抜け、咄嗟に差し出したハールの腕に収まった。閉じた瞼、今は妖艶さの欠片もない桜色の唇には、微笑も浮かんでいない。
「……え…………おい?」
「……すー……」
「……寝て、る……?」
安心しきった寝顔は、先程の事態が嘘であるかのような幼さがある。突然の豹変ぶりに、ハールは驚きを通り越して何と言っていいやら分からない。
(何、だったんだ……今の……?)
夢だったと思いたいが、辺りに広がる血の臭いと無惨な魔物の骸が夢ではないという現実を突き付けていた。たった数分間の出来事だったはず。それなのに、恐ろしく長い時間に感じた。
自分の腕の中にいる、髪に不思議な光を宿す少女に視線を落とす。
――どうやら、自分は『大変なモノ』を拾ってしまったらしい。
ハールの不安と混乱をよそに、少女は彼の腕の中で小さな寝息を立てている。
(どうするよ、これ……)
――踏み付けられ解けた花冠だけが、地に静かに横たわり、二人を見つめていた。
コメント
内容が内容なのでちょっとインパクトのあることができたらなと思いまして!
今回で一話終了です。次話より新しいキャラクターも出て参りますので、お付き合いいただけたら嬉しいです(*´ー`*)