第一投 はじまりのサイコロ
第零投 自己紹介とわたしの家族 < 前
第一投 はじまりのサイコロ
休日のバスターミナルの隅っこ。首からぶら下げたペンダント時計を見る。
「8時前か。早く着けて良かった♪」
この時計、なんとお父さんの形見だよ。スケッチ旅始めた頃、お母さんがくれたの。時刻合わせいらないくらいすっごく精確だから、ちゃんとこれで時間を守りなさいって。
結局守れてないから「ぶーちゃんに真珠あげちゃった」ってむくれてた。ぶーちゃんて⋯⋯こういうところが可愛いんだよ、お母さんは。
サイコロを手の中でコロコロ転がしながら精神統一をする。本命は『2』、つまり茨城県大洗町。何度も候補地に入れてるギャルパン聖地に、私はまだ足を踏み入れたことがない。だってサイコロ任せだから!
「今日こそギャルパン! 行くよ! 『2』!!」
空高くサイコロを放り投げる。私の投げ方は、回転をかけずに頭上高く投げたらあとは自然に任せるタイプ。サイコロが太陽と重なって眩しい、へ、へ、ヘックショイ!
カツン! コロコロコロ⋯⋯。
のゎ! どこ!? どこになった!? 目は⋯⋯
「だーっ! 『6』かーっ! また外れた、大洗!」
ガッッカリです。港町・大洗はギャルパンだけでなく、美味しい海鮮をお母さんにお土産にできるいいところなのに。
「ルールはルールだからね、従いますよ。えーっと 『6』ね?⋯⋯ん? 『6』?」
スケッチブックを確認したときにはもう始まっちゃった! 足元に、辺り一面を照らす魔法陣! 目が、目がぁぁぁ、あああ~!
「う、うわあぁぁ! ちょっ! えぇぇ!?」
飲み込まれる! そう思った瞬間、『6の目:お父さん』が書き変わった。
『異世界(アルカディア)』に。
『サイコロふったら異世界来ちゃった!?』
by せーじゅ様
――コォーン、コォーン
ぼんやりする⋯⋯、私は立ってるの? 倒れてるの? 昇ってるの? 落ちてるの⋯⋯? 上手く身動きできない。これきっと夢だ。夢の中っていつもこんな感じだもん。
誰かこっち来る。少年⋯⋯?
ふがっ!
なに!? 人の口の中にいきなり⋯⋯、ペロペロキャンディ!? 苦い! 不味い! 中途半端に甘い! やめて!
はぁ、はぁ。ぎゃーっ、信じられない! 信じられない! 髪にキャンディ付けたぁ! うぅ、よだれとキャンディで私の自慢の髪型が⋯⋯ガビガビになっちゃうよぉ。
⋯⋯何がおかしいのさ。今の爆笑するとこ? 子供でも人にやって良いこと悪いことあるんだよ。いくら温厚な私でも君のいたずらは許せない! とりあえずお前のくわえてるペロペロキャンディ取って、謝らんかぁぁぁい!
――コォーン、コォーン
心地いい不思議な音。教会の鐘の音みたい。霧雨かな? 水滴が肌に纏わりつく。
ペロペロキャンディをむしり取ってやろうと伸ばした手は、少年へではなく空へ向かっていた。そう。私は今、草原に仰向けになって倒れてる。
伸ばした手をそっと少し引っ込めたら、高い青空が見えた。
髪がべとついてる。夢⋯⋯じゃなかったんだ? あの少年は誰だったんだろう。学校のいじわる男子みたいな⋯⋯。でもあぁ、ほらもう顔忘れちゃった。とりあえずベタベタを利用してワックスみたいに髪を整えた。だって仕方ないじゃん?
雲の流れがすごく速い。しかも手が届きそうなほど低い。あの白さにふわっと誘われて横に流されそうになる。ん? 太陽の近くを静かに飛んでるのは⋯⋯鷲、より大きいね。首がちょっと長い。ドラゴン? まさかね。
ここ⋯⋯どこ? 私寝ちゃってたの? 起き上がらなくちゃ。ゆっくり⋯⋯あぁ、良かった。周りに誰もいなくて。
サイコロ投げてから記憶がないなぁ。何の目を出したんだっけ。大洗は出なかった。
「えっと。たしか『6』。異世界⋯⋯、アルカディア」
は? 異世界?
立ち上がってみたら私の360°、Fantasficの謎のトップイラストレーター、”Arthur(アーサー)”が描いた絵画のような湿原だった。
Fantasficのユーザーなら誰もが知っている不動の累計トップ。黎明期に数点の作品を残して忽然と消えた⋯⋯。そう、ほんとに、Arthurの作品を初めて見たときは衝撃を受けたの。だって本当にあの絵は誰にとっても異世界そのもので、人の想像力の向こう側の絵だったから。
景色を見回す私の首が、油の切れたロボットみたい。完全にひよってる。向こうの崖の滝、え? 滝壺ないの? エ、エンジェルフォール? じゃぁ、その奥の山脈どんだけ高いの? エンジェルフォールを見下ろしてるじゃん。
新緑の山々、シルクのごとく落ちる滝、水面に映える碧い空、春色の絵の具を撒いたような湿原、鼻をくすぐる草と花の甘い香り⋯⋯。全部全部、私が今まで感動してきた景色の美しさをはるかに超えてる。
Arthur。まるであのイラストの中に飛び込んできたみたい⋯⋯。
花が揺れ⋯⋯、うそ! ほんのり光る半透明のふわふわした⋯⋯、あれって妖精?
ひ、瞳がついていかない。どこを見ればいい? こんな宝石箱をひっくり返したような世界のどこを!?
“異世界”が現実味を帯びてくる。
どどど、どうしよう。出口は? 帰り道は!?
だいぶパニくって、近くに落ちていたリュックから、愛用のスケッチブックとペンを取り出した。
落ち着こ、一回落ち着こ。
しばらく我も忘れて、ここがどこかって事も考えずに、必死にペンを動かすしかなかった。
どのくらいスケッチブックに向かっていたかな? 集中すると時間を忘れるのは悪い癖ねー。
一息ついてスケッチブックから顔をあげると、あれだけいた妖精達の姿がない。なんでだろ。雨が降るのかな。
ビチャ。
雨? 違う、後ろ⋯⋯。
「ひっ」
目が合った。
⋯⋯オークさん? こんにちは。お、お、お邪魔してます。そこの沼を潜って来たの? 体中、泥に濡れた剛毛に覆われてるけど。
こ、来ないで。
背丈は優に私の倍以上。腕の太さは私の胴回りくらい。棍棒とか武器は持ってないけどそんなもの必要なさそうですね。体重は何トンかな。でも走って逃げ切れる気なんてこれっぽっちも湧いてこないよ。
下顎から上に向かって生える鋭い牙が2本。私、多分あれに喰われて死ぬの。
門限どころか命が⋯⋯。
喰われてすぐに死ねるならまだマシなのかな? こんな考えができるうちは、まだ余裕があるのかな。
ビチャ。
一匹だけじゃない! 少し離れた沼からまた這い上がってきた。
二匹のオークがゆっくりと、確実に、獲物を逃がさないように、二足歩行でジリジリと包囲網を狭めてくる。
そんな⋯⋯、もう⋯⋯。
お母さん⋯⋯、お母さん⋯⋯。
「ウオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!!」
息が止まる。
もうダメ。助かる可能性なんて欠片もない咆哮だ。体が一瞬で硬直して、耳の奥には激痛が走る。平衡感覚も無くなり、世界が揺れる。目からは涙が溢れて、瞬きすらできない。けれども、目が離せない。
結局オークさん的に私まであと一歩というところに来るまで、指一本動かせなかった。震える唇から、かろうじて魂が悲鳴を上げる。
「あ、あぁぁ、た、た、たす⋯⋯」
タスケテ⋯⋯。
次 > 第二投 天使がわたしに微笑んだ
Comment