WINGS&アイロミームproject(仮)
第八章 『壊乱と論争の業奉歌』(前編)
じわじわと暑くなり始めた五月の頭。 まだ朝の七時だというのに、アイドル研究部の部室はガヤガヤと騒がしかった。 「いよいよ、今日だね……!」 「この日の為に、詩葉ちゃん、いっぱい準備してきたもんね~」 「ま、舞さんの抱演美(ダークエンヴィ)で、結果が分かったりとかはしないんですか?」    「いや、天からの声を便利な未来予知みたいに使おうとするのやめて」 机を囲みながら、ワクワクした様子で談笑するつぐみ、音色、舞、絵美里、夏燐の五人。俺━━━秋内 翔登も、彼女らを一歩離れた所から見守っている。……が、そこには、WINGSのメンバーである筈の一人……稲垣 詩葉の姿が欠けていた。   「結果が貼り出されるのって、何時だっけ?」 「八時ちょうど。 ちなみに、私とつぐみはその後すぐソフト部の朝練ね」 「うぅ……大会近いからしょうがないよね。 皆、私の分までガッキーの勝利者演説聞いといてよ!」 「まだ決まった訳じゃないっての……」 そう、今日は生徒会選挙の開票日。我らが真面目代表、稲垣候補が、生徒会長になるか否かが決まる大事な日なのだ。 詩葉は、この日の為に毎日頑張っていた。アイドル研究部にもちゃんと顔を出しながら、選挙活動にも毎日励んでいたのだ。勿論、選挙ポスターの作成とか、校内演説での機材運びとか、俺たちも出来る限りのサポートをした。だからこそ、この生徒会選挙は俺たちにとっても大切なものであり、皆で挑んだ選挙といっても過言ではない程の重要なイベントなのだ。 「ガッキー、聖子さんの意志を継ぐんだって言って、張り切ってたもんね……!」 「きっと勝てるよ! 私たちも、con brioになってお手伝いしたし!」 詩葉は今、開票が行われる中庭に待機している。彼女の他にもう一人いた候補者と二人で、勝利演説に備えてスタンバイをしているのだ。無論、演説をすることになるのはどちらか片方だけなのだが。 「あードキドキする……! ねぇ、もうそろそろ行かない?」 「まだ早いだろ。 それに、江助がまだ来てないし」   そう、開票前に皆で部室に集まろう、と声をかけた筈なのに、まだ江助の姿が見えないのだ。アイツ、まさか寝坊したんじゃないだろうな……。そう思って、電話でもかけてみようとしたその時だった。 ━━━ガラガラッ!! 「はぁっ、はぁっ……!」 「遅いよ、江助氏。 どこほっつき歩いてたの?」   扉を開け、勢いよく部室に飛び込んできた江助は、かなり息切れしているようだった。遅れたらマズいからと、走って来たのだろうか? 「はぁ、はぁっ……皆、聞いてくれ! 大変なんだ!」 「何かあったの……?」 顎から滴る汗を拭いながら、江助はコクリと頷いた。 「……俺の手を見ててくれ」   「手? ……わぁ、素敵なミサンガですね! 江助さんが作ったんですか?」 江助の右腕には、やたらカラフルなミサンガが付けられている。あんなの前から付けてたっけ……? 「あぁ、そうそう! こないだ友達から貰ってさ…………ってそうじゃなくて!」 軽いノリツッコミを決めてから、江助は再度右手を前へと突きだした。皆の視線が江助の掌に集まる中、江助はムムム……と固く目を瞑って何かを念じていた。 「あのー、これに何の意味が━━━」 「━━━ハァッ!!」 「うわっぷ!? ぐわっ!」 ブシャアアアッ! と、江助の手から勢いよく水が噴射された。江助の目の前に居た俺は、訳も分からないまま、モロ顔面に水を喰らって倒れる。 「きゃっ!? 冷たっ!」 「ひゃあっ! な、何ですか今の!?」 「うぅ~……ビショビショだよぉ……」 俺の後ろに居たつぐみ達も、江助が出した水を喰らってしまったようだ。 まだ衣替えは先だが、部室ということでブレザーを脱いでいた彼女たち。水でビショ濡れになったそのYシャツは、ピッタリとその体に張り付いて色を落とし……何というか、ものすごく目のやり場に困る状況に陥っていた。 「江助くーん? アンタは一体なーにがしたかったのかなー……?」 キレ気味の夏燐に首根っこを掴まれながらも、江助はなお興奮した様子で、  「いや、見ただろ今の! 手から水が出るようになったんだって!」 「何バカなこと言ってんの……。 どーせ袖の下に水鉄砲か何かでも仕込んでたんでしょ?」 「違うって! ほら!」 バッサバッサと服をはたいて、種も仕掛けもないことをアピールする江助。となると、今のは本当に……? 「昨日、顔洗ってる時に気づいたんだよ。 なぁ……これって例の呪いに関係あるヤツなのかな? それとも、本物の超能力?」 「手から水が出る呪いって何だよ……」 でも、もし江助の話が本当なら、これは呪いに関係ある現象である可能性は高い。もう少し詳しく江助の話を聞いてみたいところだが……いや、その前に一応言っておくべきか。 「あのー……皆さん?」 「ん? どうしたの、翔ちゃん?」 「いや、その……服が水に濡れて、ちょっと、よろしくない感じに……」 言われて、無言で視線を下げていくつぐみ達。数秒ほどの沈黙が場を包む。そして、皆でタイミングを揃えて面白いように顔を赤く染めていった。     「「「「きゃああああっ!!?」」」」 ガバッ! と咄嗟にしゃがんだり胸を覆ったりする面々。ただ指摘しただけなのに、ただならぬ罪悪感に襲われる。 「な、なんでぇ~っ!?」 「み、見られた……不覚っ……!」 「もももももっと早くに教えて下さい!!」 「いや、そう言われても……」   「いいから、こっち見るな馬鹿ぁ~!!」 つぐみが投げた選挙ポスターの筒が、俺と江助のおでこにクリーンヒットする。「がはっ!」というリアルな呻き声をあげて倒れる俺たちの横で、夏燐はため息をついていた。ちなみに、夏燐の服も水に濡れて透けているのだが、本人は全く気にしていない様子だった。女らしさのないヤツである。   「ったく……馬鹿ばっかなんだから」 言いながら、夏燐はふと部室の時計に目をやった。 「っと、そろそろ開票の時間じゃない?」 「うわ、マジか!?」 「わ、私たちは着替えてから行きますから、先に行って下さい! というか、部屋から出てください!!」 「そーゆう訳だから、先に行っといでー」   夏燐に半ば追い出されるような形で、部室の外へと追いやられる俺たち。ドアの前で正座しながらため息をつき、江助が一言、 「……水色率高かったな」 「お前後で殺されても知らねぇからな」 「ってか! 俺の超能力の話はどこいったんだよ! 皆もうちょっと興味持てよ!」 「はいはい分かった。 話は後で聞いてやるから。 今は詩葉のとこに行くのが先な」 ぐむむ……と不服そうな江助を尻目に、俺はトコトコと中庭へ駆けていく。開票の時間は、もうすぐだった。 ~~~ 「うわぁ……すげぇ人だかりだ」 中庭には、いつぞやのガイア騒動の時にも劣らないくらい、大勢の生徒が押し寄せていた。まぁ、そりゃそうか。生徒会選挙という一大イベントに、皆の関心が向かない筈がない。 ただ、あまりにも人が多すぎて、結果が書かれた掲示が全然見えない。 「これじゃどっちが勝ったか分からないな……。 ……ん?」 と、掲示板からかなり離れた位置に、簡易的な台が拵えてあるのが見えた。多分、勝利者演説の際に使われるものだろう。 その側にあるパイプ椅子に、ストレートヘアの女子が座っている。下を向いていて顔は見えないが、恐らく詩葉だろう。 「おーい、詩葉ー!」 台の裏手を回って、彼女の方へと駆け寄る。 「翔登、くん…………」 「悪い、色々あって遅れちまった。 それで、結果は━━━━」    どうだった? ……そう聞こうとした俺は、ゆっくりと上げられた詩葉の顔を見て、言葉を失った。 ━━━━彼女は、瞳を虚ろに曇らせながら、静かに涙を浮かべていたのだ。 詩葉の頬には、何本もの涙の筋が跡になって残っている。しかし、目を腫らしたりとか、声を上げて悔しがったりとか、そういった様子は見受けられない。ただ、彼女の瞳から漏れ出る絶望の色だけが、俺へと流れ込んでいた。 「詩葉……? 一体何が……」 「━━━おい! 翔登、大変だ!」 背後から江助の声がしたので、振り返る。江助は、苦い顔で俺にスマホの画面を突きつけた。 「稲垣さんの獲得票数が、106票。 それで、対立候補の山栄田(やまえだ)さんの票数が、483票。 …………稲垣さんの大敗、だ……」 「嘘、だろ……」 掲示の前まで行って撮影してきてくれたのであろう、江助のスマホに収められた結果の写真。それをかじりつくように見つめながらも、俺は、その数字の差が一向に信じられなかった。WINGSで培ってきた知名度や、今まで生徒会で積み上げてきた実績。詩葉はそれを持っている。だから……正直言うと、俺は今回詩葉が絶対に勝つと思っていた。 しかし、その期待は思いがけない形で裏切られ、俺の目の前につきつけられた。 「どうして、こんな……」 横目でチラリと詩葉を見る。彼女は、相変わらずぼんやりと地面を見つめたまま動かなかった。 「おーい、翔ちゃーん!」 と、遅れてやってきたつぐみ達が、俺と詩葉を見つけて駆け寄ってくる。皆、結果を確認してきたのだろう。その表情は、どこかぎこちなく感じられた。 「ねぇ、あの票数……」 「……一体、何が起きたっての?」   「俺にも分からない。 ただ……」 言葉を濁しながら、詩葉の方へ目をやる。皆も、釣られる形で詩葉の方を向き、そして、俯いた。 ……が、意を決したつぐみが、恐る恐る詩葉の方へと近づいていき、 「……ね、ねぇガッキー。 その━━━」 「━━━えー、それでは只今より、生徒会選挙にて当選されました、山栄田 莉乃(やまえだ りの)さんによる勝利者演説を行います」 つぐみの声は、ノイズ交じりのアナウンスによって掻き消された。中庭に出ていた生徒たちの視線が、一斉に台の方へと向けられる。その先……台の上に悠然と立っていた一人の女子生徒は、皆の注目が集まったのを確認してから、ゆっくりと口を開いた。 . 「こんにちは、山栄田 莉乃です! 皆さんの清き一票のおかげで、無事、生徒会長に就任することができました。 本当にありがとうございます!」 オレンジ色の髪を両サイドで束にした彼女は、キリッとした目を光らせながらハキハキと挨拶をしていた。なんというか……前任の早見会長とは対称的な雰囲気だな。 「アタシがこうして壇上に立てているのも、弟の敦生(あつき)のサポートや、私を信じて付いてきてくれた皆さんのおかげです!」 ワアアァァ! と、歓声が上がる。手を高らかに上げて壇上の彼女を讃える生徒たち。彼らの腕にはそれぞれ、見覚えのあるミサンガがついていた。   「……なぁ、江助。 お前のそのミサンガってさ、アイツが支持者に配ってたヤツなんじゃね?」 「げっ……マジ?」 やらかした……みたいな顔で自分の手首に視線を落とす江助が、なんだか気の毒だった。まぁ、友達から貰ったって言ってたし、江助にも悪気はないんだから、責める必要は無いだろう。   「私は、この聖歌高をよりよくしていく為に全力を尽くします!」 と、山栄田が演説をしている最中、彼女の姿を台の後ろからこっそりと見守っている少年が目に留まった。 銀色のちょっと長い髪から、気弱そうに蒼い瞳を覗かせている。彼の手にはバインダーが握られており、その腕には生徒会の腕章がつけられている。あの瞳の色……もしかしてあの子が、山栄田がさっき言ってた、弟の敦生(あつき)くんなのだろうか。姉とは正反対で、随分大人しそうな子に見える。背丈からして、恐らく一年生だろう。 「その為にも、私はこの学校に蔓延る"悪"を……生徒たちを苦しめ、その生活を脅かす『呪い』を、打ち払っていきたいと考えています!」 はいはい、また大それたことを………… …………って、え? 今……あいつ、『呪い』って言った? 目をパチクリさせながら、山栄田を見上げる。……いや、流石に偶然か。きっと、何かの比喩として"呪い"という言葉を使っただけだろう。どうも最近、"呪い"という言葉に敏感になりすぎている。いかんいかん、今は余計な事を考えないようにしないと………… 「皆さんも苦しめられている筈です。 今、聖歌高を騒がせている━━━『聖唱姫の呪い』に!」 「……な…………」 何だって!? と、俺たちが叫ぶよりも先に、生徒たちの歓声が響き渡った。   何だ……何がどうなってるんだ!? 何で……皆が『聖唱姫の呪い』のことを知っているんだ!?   「し、翔ちゃん! 今の……!」 「あの人、今、『聖唱姫の呪い』って……!」 「これは……一体どういう事……?」 メンバーも、『聖唱姫の呪い』というワードが出て来て異変に気づいたらしい。   「いや、俺にもさっぱり……」 すると、群衆の中から一人の女子生徒が叫ぶのが聞こえた。 「私、話しかけた相手が悲観的になっちゃう呪いにかかっちゃったみたいなの! 何とかしてよ、会長!」 彼女の声を皮切りに、他の生徒たちも次々に異常な現象を訴え始める。 「お、俺も! 怒りと悲しみがごっちゃになる事があって……!」 「自分も、目の前でいきなり火がボワッ! て燃えあがったりして……」 なんだ……一体何が起こっているんだ? 生徒らが訴える現象は、確かに『聖唱姫の呪い』にありそうなものばかりだ。でも、そもそも呪いは俺の零浄化(ゼロ・ジョーカー)を含めても、6種類しか存在しない筈。これって、どういう……? 「お、お姉ちゃん……」 と、山栄田の弟が壇上に上り、姉に何やらヒソヒソと耳打ちをする。それから、姉の莉乃は大きくコホンと咳払いをして、生徒らの声を静めた。 「静かにしなさい! ……皆さんの訴えを聞く限り、それは間違いなく『聖唱姫の呪い』によるものでしょう。 人を悲観的にさせる呪い……『脳廃時(ノスタルジー)』。 怒りと悲しみの感情を混同させ、周囲から孤立させる呪い……『哀乱怒(アイランド)』。 そして、酸素を操って発火現象を引き起こす呪い……『起発火(オキシ・ハッカー)』。 ……どれも、この学校に伝わる『聖唱姫の呪い』の一種です」 「え、絵美里……!」 聞いたことのない呪いの名が次々と挙げられる。俺は、呪いに一番詳しい絵美里さんに確認を取ろうとした。が、当の本人も目を白黒させながら首を振って、 「わ、私にも分かりませんっ! 聖歌高の白書や伝記は何度も読んでますけど、そんな名前の呪いは……」   どういう事だ……? 生徒たちの出鱈目か? それとも、絵美里さんすら知らないような別の呪いが存在したというのか? 考えても答えは出るはずもなく、俺たちはただ、目の前で起きている混乱に翻弄されていた。 「……ちょっとアンタ」 誰かが俺を呼ぶ。けど、今は一々構ってられる状況じゃない。というか、用があるなら"アンタ"じゃなくてちゃんと名前で…… ……って、あれ? WINGSのメンバーで、俺のことを『アンタ』って呼ぶような奴、居たっけ……? 「アンタよアンタ! 聞こえてないの?」 「え……えっ? 俺!?」 俺を呼ぶ声は、壇上から聞こえてきたものだった。その時初めて、俺は山栄田 莉乃に呼ばれていたことに気づく。 「アンタ……確か、秋内翔登よね? WINGSの取りまとめ役の」 「取りまとめっていうか、プロデューサーなんだけど……。 てか、急になんなんだよ」 「調べたのよ。 この学校に伝わる不可思議な呪いの伝説について、ね。 ……それで、分かったの」   意味深に一呼吸置いてから、山栄田はズビシッ! と俺を指さして言った。 「『聖唱姫の呪い』は、かつてこの学校にいた伝説のアイドルグループ、WINGSのメンバーが次々と不慮の事故に遭って亡くなったのが始まりだった。 ……つまり、呪いの原因は"WINGSの存在"。 アンタ達だってことよっ!!」   「なっ……!?」 状況が飲み込めずに戸惑う俺たちをよそに、生徒たちからは拍手が沸き起こっていた。 俺たちの存在が、呪いの原因……? いや、そんな事は有り得ない。そもそも、呪いは6種類しか存在しない筈で、呪いに苦しめられているのはむしろつぐみ達の方なのだ。山栄田の言い分は、確かに筋が通っているかもしれない。だが、いきなり俺たちを呪いの元凶扱いするのは、あまりにも短絡的すぎる! 「ちょっと待て! いくら何でも……それは暴論すぎるだろ!」 「そ、そうです! 文献に情報があるというのは確かかもしれませんが、だからって私たちが直接事件と関わっているという確証は……」   「黙りなさいっ!」 ピシャリ、と強い口調で俺たちの抗議を一蹴してしまう山栄田。その圧に、悔しいながらも言い淀んでしまう。山栄田は、得意気な顔で演説を続けた。 「私は、呪いに苦しむ皆さんを助けたいと考えています! そう……私が達成すべきは、WINGSを解散させる事に他なりません!」   この時ばかりは、流石に生徒たちからもどよめきの声が上がった。「本当にWINGSが……?」「いや、でも胡散臭くないか?」など、皆半信半疑のようだ。 「……良いですか? これは、皆さんの生活を守るために為すべき事なんです!」 山栄田は、なおも自分の主張を曲げようとしない。 「WINGSというグループが存在し続ける以上、呪いの影響は強まるばかりです。 だからこそ、私たちが勇気を出してこの問題を━━━━」 「━━━━待って下さい」 鋭く、しかし強い響きを持ったその一言は、俺たちや生徒、山栄田を黙らせるには充分だった。しん、と静まり返る空気の中心で、彼女は……詩葉は、腰に手を当てながら言葉を発した。 「貴女の理論は、文献の記述と事実とを継ぎ接ぎにしただけの空論に過ぎません。 WINGSが生徒の皆さんの呪いを引き起こした? 具体的にはどうやって? それを裏づける証拠はあるんですか? ……これらの問題について、納得のいく解答をして頂きたいのですが」   詩葉の目には、まだうっすらと涙の跡が残っていた。だが、その目はもう悲しみに濡れた目ではない。生徒会副会長として今までやってきた詩葉の、ギラリと輝く眼光がそこにはあった。 「方法? 証拠? ……下らない。 さっきから言っているでしょう? 私自らが、この目で、聖歌高の資料を見たのよ! 敦生も証人だわ。 これ以上の証拠がどこにあるというの?」 「当事者自身の証言だけでは、何の説得力も無いでしょう。 それが貴女たちのでっち上げた嘘かもしれない、という疑念は晴れないままです」 「ならアンタは証明できるっていうの!? アンタ達WINGSが、この騒動に全く関与してないと!」   「"ない"ことを証明することほど難しいものはありません。 ……実際、今の私にはまだ情報が不足し過ぎていますから」 ……何というか、凄まじいマシンガントークの連鎖で思わず圧倒されてしまう。詩葉と山栄田は、バチバチと火花を散らしながら已然として睨み合っている。生徒会選挙はもう終わったというのに、ここからが本番ですと言わんばかりの熾烈さだ。 どうしよう……止めた方が良いんだろうけど……。 「フン! 何よ、偉そうな口を聞いておいて、貴女も反論できないんじゃない。 選挙に負けたからって、ムキにならないでくれる?」 「っ……!」 まずい、そろそろ仲裁しないと……! そう思って手を伸ばしかけるが、その手は空を掻いて止まった。 ……何故かは分からない。ただ、信じてみようと思ったのだ。詩葉は、こんな事で自分を見失ったりしない。詩葉なら、上手くやってくれる筈だ……! 「……確かに、私は選挙に負けました。生徒会規則上、立候補者が出なかった副会長に私がなる事になります」 けど……と、詩葉はギュッと手を強く握りしめながら続けた。 「……だからこそ、私には学校を正しい方向に導かなければならないという責任がある! 会長が……早見先輩が守ってきたこの学校を、正していく義務があるっ!」 マイクを通していないにも関わらず、詩葉の声はよく通った。さっきまで泣き崩れていたのが嘘のようだ。詩葉の目には、決意という名の炎がたぎっているように見えた。 「……三日後」 「……何ですって?」 「三日後、生徒会によるWINGSの審議会を執り行うことを提案します! 私は副会長として……一メンバーとして、WINGSの弁護にあたります。それまでに情報を集めて、生徒の皆さんの間で起こっている混乱の原因も突き止めて……貴女を打ち負かしてみせます!」 生徒らからどよめきの声があがる。……というか、俺たちも皆ビックリしていた。 審議会……というもののシステムはよく分からない。多分、俺たちWINGSが"被告人"みたいな扱いになって、呪いの騒動に関して非があるのか否かが話し合われるのだろう。いわゆる、裁判みたいなものが俺の頭の中ではイメージされていた。 「……へぇ。 面白いじゃない」 宣戦布告を受けた山栄田は、口端をニヤリと上げて好戦的な笑みを浮かべた。 「良いわ。 生徒会規則に則り、明後日の放課後、WINGSの審議会を執り行います! アンタ達が勝てば、WINGSはそのまま存続。 でも、もし負けたらWINGSには即刻解散して貰うわ!」 「……構いません」 「マジかよ……」 なんだか、大変な事態になってきたな…… いつの間にやら、WINGSの存亡を賭けた戦いの約束が決められてしまった。この様子じゃ、詩葉は恐らく引き下がらないだろうし……これから俺たち、どうなってしまうのだろう……? 「━━━波乱とは、即ち地を固める雨。 ザアザアと降り注ぐ結晶の一粒一粒は、母なる空から生まれし生命に等しい」 「……へ?」 声は、突然俺の背後から聞こえてきた。謎に包まれた言葉の並びと、その透き通る声を、俺はかつて耳にした事があった。 バッ! と反射的に振り返る。俺の予想通り、そこにはいつかの白髪の女の子が立っていた。 「君は……」 「……気をつけて下さい、ショウトさん……」 俺からの質問には答えず、彼女は俺に警鐘を鳴らした。 「眠りから覚めた二つの異分子が、貴方へ引き寄せられている。 ……さしずめそれは、懐古的な"七不思議"のうちの二つ。 真の異分子、異端者(ジョーカー)である貴方へ課せられる運命こそが、この糸の紬……です……」 「相変わらず意味分からん……」 苦笑いするしか無い俺の目の前に、彼女はまたしても、タロットカードを一枚突き出した。   「これは……HIGH PRIESTESS……?」 「大アルカナの『女教皇』。 正位置が示すのは、静観、洞察、知性です。 外ではなく、内へ……論理狩(ロンリー・ガール)を好機へと導いて下さい」 「っ! やっぱり君は……」 横目で詩葉を見る。 詩葉にかかっている論理狩という呪い。白髪の女の子は、その呪いの名を知っていた。 ……やはり、彼女は何か知っているんだ。俺たちがまだ知り得ない、何かを…… 「━━━ちゃん。 翔ちゃん! どうしたの、ボーッとして?」 「えっ……?」 背後からつぐみに声をかけられ、俺は我に返った。 「いや、この子が何か、呪いについて知ってるみたいで……」   「この子? ……いや、誰も居ないじゃん」 「えっ?」 言われて、キョロキョロと辺りを見回す。が、さっきの女の子は忽然とその姿を消していた。本当に、影も形もなくなっていたのだ。 (彼女は、一体何者なんだ……?) 山栄田を睨みながら立つ詩葉の横で俺は、彼女が示した『女教皇』のカードのイメージに、暫くの間囚われていた。    ~~~ 「━━━ふぅん。 随分厄介な事になってるのね」 「……いや、他人事みたいに言ってるけど。 アンタは知らないのか? こうやって、呪いが大量に発生するみたいな現象」 「さぁ? 私は自分とその周りの事にしか興味無かったから。 そんな事件があったなんて知らないわ」 「あっそ……」   翌日。部室に集まった俺たちは、早速件の騒ぎについて話し合う事にした。 先日からアイドル研の顧問になった錦野先生にも、ダメ元で何か知っていないかと聞いてみた。……が、結果はこの通り。現状俺たちは、まだ何の手掛かりも掴めていないままだった。 「……やっぱ、俺の水鉄砲の力も、この騒ぎと関係あんのかな……?」 「多分、そう。 天からの声もそう睨んでいる」 そうだ……実際ここに一人、呪いの影響を受けていると思わしきヤツがいる。江助がどういう経緯で『手から水を出す』という力を手に入れたのか。それを調べれば、何か手掛かりが得られるかもしれない! 「なぁ、江助━━━」     ━━━コンコン。 俺が江助に声をかけようとしたタイミングで、誰かが部室の扉をノックする音が響いた。誰だろう? ノックするってことは、部員じゃないんだろうけど…… 「あ、あの……失礼します。 生徒会書記の……山栄田、です」 「「「「えっ……!?」」」」 皆で顔を見合わせた。書記ってことは、山栄田の弟の方か。……いやいや、弟とはいえ、敵対している筈の彼が何故ウチの部室に来てるんだ!? つぐみや江助たちも、突然の訪問者にオロオロしている様子だった。 「あ……えっと、入っても大丈夫だよ~」 「は、はい! 失礼します……」 音色の声かけで、ガラガラッと扉が開かれる。銀色の髪を揺らし、生徒会の腕章をはためかす男子生徒の姿がそこにあった。彼は、しきりにブレザーの裾をいじりながら、おずおずと部室に足を踏み入れた。 「あの……僕、その……」 「生徒会から何か連絡事項……ですか?」 「いえ、そうじゃなくて、その……」   「会長からの宣戦布告、みたいな……?」   「そうでもなくて、その……えっと……」 「あーもう焦れったい! 用事があるんならさっさと言う! 冷やかしに来ただけなら帰れっ!」 「ひっ……!?」 痺れを切らして夏燐が怒鳴った。すると彼は、ビクッ! と大きく身体を震わせ、じわじわと目から涙を溢れさせた。 「ちょ、かりりん! そんな怒鳴らなくたって良いじゃん! この子まだ一年生なんだし……」   泣く一歩手前の彼の背中をさすりながら、つぐみが彼を宥める。……いや、別に羨ましいとか思ってないし。全然。 「一年生っつってもさ~、もーちょっとシャキッとしなよ。 これじゃ姉貴と大違いじゃん」 「お前本当容赦ねぇよな……」 はぁ~、とイラついた様子でため息をつく夏燐は放っておいて、俺は彼に……敦生くんに話しかけた。 「それで、用事は何だったんだ?」 「は、はい……実は、その……皆さんにお願いがあって……」 ゴシゴシと袖で目を擦ってから、敦生くんは言った。 「お願いです……。 お姉ちゃんを……お姉ちゃんを止めて下さいっ……!」  つづく