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クロスクオリア
2019年12月20日 12:07
投稿カテゴリ : 記事

『CROSS・HEART』Story.5 月下の賭け 5-10


 ――――身体の上からシーツが落ちる感覚で目が覚めた。
 寝返りを打った際に落ちてしまったらしいことを、リセは眠気で朦朧とする頭で悟る。薄ら寒さに身を起こせば、自分とフレイアの間で寝ていたキヨの姿がなかった。店で出す料理の仕込みでもしているのだろうか。
 窓の外を見ると、空は未だ暗かった。ほのかに瑠璃が黒に差す程度の時間で、星が輝いているのが見える。夜明け前だった。あと少し寝ていられるだろう。彼女は静かに身を横たえた。
「――……イズム君だから、か」
 シーツを引っ張り上げて再び身を覆い、呟く。自身にはそう言われるほどの何かがあるだろうか。ここにいる自分が、自分である所以が。それにしてはあまりにも、『リセ』としてこの世に存在している時間が短すぎる。
「……私は、誰なんだろう」
 自分は、過去のリセではない。なら、ここにいるリセは一体――――
 その思考はほんの一瞬のことで、意識は再び深い眠りへと溶けていった。普段表立つことはないが、微睡に揺れていたからこそ自然と表層に現れた本音だったのかもしれない。
 睡に沈みゆく感覚のなか、扉の外で、誰かが話している声が聞こえたような気がした。


 翌朝。昨日まで雨に叩かれていた窓はうって変わって明るく、その冷たい雫の変わりに降り注ぐ陽光を透かし、朝の光をリセ達がいる部屋へと導いていた。
「リセー、朝から贅沢しちゃったねー」
「ねー! 美味しいモノ食べられるってしあわせだね……」
 そんな中、二人は今朝の朝食の話に花を咲かせている。普段食べる機会の多い保存食とは比べ物にならない。ちなみにメニューは、パンとポタージュという質素なものだったが、何せイズムが作ったものである。
「こんなに美味しい料理、もう食べられないと思うと、ちょっとさみしいなぁ……」
 柄にも無く、少し眉尻を下げてフレイアは言った。よほど残念なのだろうか。それに、リセは、はて、と首を傾げる。
「また今度来た時に作ってもらえばいいじゃない?」
「あっ、そうだよ……ね」
 あはは、と笑うフレイア。そして、そうだよねー、今から楽しみだなー、と続けた。リセは彼女の様子に何処か違和感を覚えながらも、さして気には留めなかった。
「そろそろ出るぞ」
 座っていたハールが立ち上がり、椅子を引いた。リセとフレイアもそれに続く。が、その二人に声を掛けたというよりも、何となく、二階へと続く階段の方に向けられていたような気がした。
 そして――――……。
「“忘れ物”ですよ? ハール」
  ゆっくりと階段を降りてくる音がした。その音が大きくなっていくにつれて、声の主が姿を現していく。
「……オレはそのまま、忘れて行っちまいたかったんだけどな?」
 声の主――イズムは、にっこりと微笑んだ。
「それはご愁傷様です」
 複雑な表情を浮かべるハールと、何が何だか分からないリセとフレイア。イズムは、そんな三人に歩み寄った。
「昨晩の事を忘れる程、記憶力悪くないので」
 何故か不機嫌そうに見えるハールは、横目でイズムを見遣る。
 その視線の先に気付いたイズムは、薄く笑って、自らが纏っている服に目を落とした。
「こっちの方の服を着るのは、久し振りですね……」
「ね、イズム君、それ……どうしたの?」
 リセも彼の服を不思議そうに見つめる。
 その服は、昨日着ていた物とは全くと言っていいほどに雰囲気が違っていた。
 黒に近い濃紺に長い裾、彼の黒色の髪と瞳も手伝って、その空気は静邃さすら感じさせるものがあり、どこと無く聖職者を思わせた。
「何か、ホント『魔導士』ってカンジするねっ、似合ってるー」
 そしてフレイアは、「魔導士ってカンジ、じゃなくて、魔導士かっ」と明るく笑った。
「そうですか? ありがとうございます」
「でも、何で急にまた?」
 しかし彼女もそれは疑問に思ったようで、首を傾げて訊く。まさか、もろに『魔導士』のままで、店を開ける訳でもないだろうに。
「あれ、ハールから聞いてません?」
 そして彼は、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「――僕も、今日から同行することになりました。よろしくお願いしますね」
「ふおっ!?」
「イズム君が!?」
 驚きで目を見張ったまま、リセは理由を問う。
「何で……」
 すると彼はハールを横目で見ると、
「まぁ……イロイロと?」
 勿論それで二人には通じるはずもなく、結局彼女らにとって、それは答えになっていなかった。その代わりに、イズムは代替の答えを用意する。
「何だか――」
 それは、微笑。穏やかで、温順そうで、何処までも優しい――――
「貴方達だけでは、不安ですから」

 『形』だけの。

 ――リセに、目を向ける。
 何が『不安』で、
 ――ハールに、目を向ける。
 ――誰が『心配』なのかは、口にしなかった。