学園襲来編16話 枝垂林の背中を見る八意単衣
周囲を観察する単衣は、違和感を覚える。
(どこだ。どこに違和感を感じた)
単衣はもう一度辺りを凝視する。そして、ノウンが投影した映像に注目した。
(この映像だ。この映像に違和感を感じる)
単衣は集中してその映像を見た。先程写真で見た男の子が、無機質な部屋で無邪気に戯れている。単衣はその子供をもう一度じっくり見る。目はくりくりしていて、口元に黒子がある。篠田によく似た、とても綺麗な顔。
(ん? 綺麗な顔?)
単衣は男の子をもう一度凝視した。
(ない。口元のニキビがない!)
それは決定的だった。現代の映像技術により、空間に投影される映像はかなり高精細で、ニキビが描画しきれていないなんてことはありえない。しかしこの映像がもしニキビが出来る前に作られたものなら、辻褄が合う。
「林! その映像はフェイクだ!」
単衣は叫んだ。
「奥寺! 合わせなさい!」
林が唐突にその名を叫んだ。すると廊下の方からその男が現れて、手に持ったアサルトライフルをハオに向けて乱射した。咄嗟にハオはそれを防御する。その間に林はノウンに肉薄した。
奥寺と林の咄嗟の連携。林の動きに対応するハオを奥寺が注意を引くことによって、林はノウンとの間合いを詰めることができた。
林は高速で抜刀し、ノウンを斬りつけ、そして納刀した。篠田に銃を突き付けていたノウンだったが、引き金を引くことができずに斬られてしまう。
「枝垂流・柊」
瞬間、ノウンの身体が切り裂かれ、その切り口から電気が漏れる。そしてノウンは倒れた。しかしノウンは電流を迸らせながらも、口を開く。
「希薄な愛によって育てられた者共、聞け」
瀕死であるはずのノウンの声は淡々としていた。
「おや、まだ話せますか」
林がそう言うと、刀をノウンの頭に向けた。
「ちょうど良いです。色々話してもらいましょうか」
「おい枝垂。もう一人がいない」
いつの間にかハオ・ユーはいなくなっていた。
「彼はどさくさに紛れて窓から逃げていきました」
当然のように林は全てを把握している。
「まあ、こいつの方が重要です。さあ、話しなさい」
林は切っ先を少し食い込ませた。肉の感触。しかし血は出ていない。
「科学の発展により、愛は損失を被っている」
ノウンは語り始める。
「損失ですか」
「そうだ。例えばテーブル一体型料理機といったふざけた代物。そこの、八意 単衣」
ノウンに呼ばれた単衣はぞくりとした。悪党に名前を知られていることが、こんなに不気味だとは思わなかった。
「枝垂の手料理を食べた貴様ならわかるだろう。自動的に調理されたものよりも、とても美味しかったはずだ」
知るはずがないプライベートまで知られており、単衣は戦慄した。
「かつて、おふくろの味、という言葉が存在した。それは確かに親の愛の一つの象徴だった。しかし、テーブル一体型料理機という代物が登場し人々はそれを使うようになると、その言葉は消失した」
ノウンのその言葉に林と単衣は思うところがあった。林が手料理を作って単衣がそれを食べる。もしかしたら、そこには愛があったのかも知れないと、二人は考えていた。
「今言ったことはほんの一例でしかない。だがわかっただろう。科学の発展によって、愛は間違いなく損失している。もはや現代における愛は、本能による行為でしか証明できないのだ」
「それであなたはどうしたいのですか」
林が尋ねた。
「科学水準を21世紀の頃まで下げるのだ。その為に一度、世界は破滅してもらう」
今まで不明だったハゼスの目的が明らかになった瞬間だった。
「ふふ。そうですか、そうですか」
林は笑う。
「世界は破滅してもらう。なるほど、なるほど」
林は刀を鞘に納めた。もはやノウンに抵抗の意思がないことは明らかだった。
「奥寺。彼を連行してください」
「無駄だ」
ノウンが言った。
「私の意識は既にネットを介してとあるサーバーに保存された。そしてこの後、この脳は完全に初期化され、一切の情報は入手できなくなる」
それはつまり今後もノウンによる攻撃があることを示唆していた。
「なら、今から言うことも保存しておきなさい」
林はハゼスに向く。
「単衣がいるこの世界です。破滅などさせません」
林は再び抜刀して、切っ先をノウンに向けた。
「私の愛に、あなたは勝てますか」
それは林の挑戦的な挑発。そして彼女の決意表明。ノウンはその言葉を聞いて盛大に笑った。
「今の言葉、保存したぞ。枝垂。貴様らの希薄な愛に、我を止められるか」
彼に迸っていた電流の勢いが弱まる。
「試してみると良い」
その言葉を最後に、ノウンだったアンドロイドの機能が完全に停止した。
「さて奈々。魔獣の状況は」
――弟切とB部隊のおかげで今のところ被害はなし。上空の魔法陣もドローンが制圧して消滅させたから、あとは残った魔獣を全滅させるだけ。
「了解」
林は通信を切った。
「単衣、荒木。二人は避難してください。奥寺。行きますよ!」
「林! 待って」
単衣は林を呼び止めた。
「林。僕も一緒に……」
僕も一緒に戦う。しかし単衣はその言葉を呑み込んだ。単衣は悔しさで手を思い切り握りしめる。
(林。君の隣に立ちたいよ……)
単衣は必至に言葉にすることを抑える。
「単衣。先程は助かりました」
林が振り返って言った。その顔は子供をあやすような、とても穏やかな笑顔。
「目が見えない私では、切り抜けられない危機でした。単衣。あなただから出来たのですよ」
林はそう言いながら単衣に近づくと。そっと抱きしめた。小学生のような小さな身体が、単衣を優しく包み込む。
「あなたの働きは充分です。あとは私たちに任せてください」
そう言い残すと、林と奥寺は教室の窓から外に出て行った。単衣は悲しそうにそれを見つめる。
「甘ったれるな、単衣」
終始見届けていた涼が言った。
「俺もお前も、強さが足りねえ」
単衣は涼を見た。幼馴染だからわかる。彼も悔しくて堪らないのだ。学園で指折りのイケメンが、口を食いしばって、眉間に皺を寄せて、握りこぶしを震わせている。
「あいつらの隣に立つなんて、まだまだ早い。いくぞ」
涼は教室を出た。珍しく気が合うなと思いながら、単衣は涼の後を追った。