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クロスクオリア
2018年11月16日 13:25
投稿カテゴリ : 記事

『CROSS・HEART』Story.1 白の狂気 1-2

「え、と……とにかく……すみませんでした!」
 目の前にちょこんと正座する彼女は、長い髪が地面に垂れるのも憚らず、がばっと頭を下げた。
「えーと……?」
 ひたすらペコペコと頭を下げ続ける彼女に、彼は訳が解らず頭上に疑問符を浮かべる。
「オレ、謝らなきゃならないようなことされたっけ……?」
 身に覚えの無い謝罪に、思わず苦笑が漏れる。
「しました!」
 即答すると少し俯き、様子を窺うように、正面に正座する彼――何となく少女につられてしてしまった――を上目で見遣る。
「せっかく気をつかっていただいたのに……突然睨みつけるし泣き出すしで困らせてしまって申し訳ないです。その……」
 俯いていた顔をさらに下げる。前髪で表情が隠れた。
「……いくら記憶がなくて、混乱していたとはいえ」

 そう、『記憶が無い』。

 ――彼女が落ち着いてから話を聞いたところ、今までのことを何も思い出せないのだそうだ。
 ひとまず、ここが『セレスティア』のリィースメィル大陸、リネリス王国内のとある森の中だということを話して、もう一度本当に何も覚えていないのかということを確認したところ、「嘘なんて言いません!」と再度涙目になられ、また泣かれてはかなわないと、慌てて「信じる、信じるから!」などと言い、今に至る。
「ここは大陸の南東に位置してるどこにでもあるような普通の森で、女が好き好んで一人で来るような場所じゃないんだけどな……来た理由とか、何も分からない?」
「ごめんなさい……」
「いや、謝らなくていいけど……」
 ――記憶喪失。
 俄には信じられない話だが、今までの様子から嘘をついているとは思えないし、仮に嘘だったとしても、彼女には何の利点もない。と、すると――
(やっぱり本当な訳か)
 明らかに「怒ってます?」と訊いている瞳。この様子を見れば、嘘でないことは明白であった。
「さっきのなら、別に気にしてねぇよ」
「本当ですか?」
「オレも、嘘はつかない」
 彼のその言葉に彼女は安心したようで、にこりと笑った。しかし、すぐに表情は沈む。
「これから、どうしよう……」
 確かに、名前や出身が分からなければ身元も調べようがない。彼はしばし思案する。
「あ、」
「何ですか!?」
 彼女はぱっと顔を上げ、何か思いついたらしい彼の方へと目を向ける。
「――もしかしたら記憶、戻せるかもしれない」
「本当ですか!?」
 思考は思ったよりずっと早く、彼女が今一番欲しかったであろうその言葉へ行き着いた。
「心当たりはある、けど――」
 ――……だが、彼はそこで考えを中断させる、何かに引っかかった。『中断させる何か』すなわち、『違和感』、または『矛盾点』とでも 呼ぶべきか。こんな偶然が、あるものだろうか。記憶喪失の少女が、森で倒れていた。そして、まるであつらえたかのように、その森の中に『心当たり』の者達が住んでいる。『偶然』にしては、出来過ぎていないだろうか。仕組まれた偶然は、もはやそれではない。まさか、この状況は――……?
 だが、今は自分の思い過ごしかもしれないことをいつまでも考えている場合ではない。まず、例えそうだったとしても否であったとしても、できる行動は一つだった。
 ここまで関わったら、もう少しだけ関わっておくことにする。
 改めて、視線を合わせて。
「一緒に、行こうか?」
「え……っ」
 一瞬、彼女の瞳に影が過ぎった。躊躇うように目を逸らす。しかし、彼は当然の反応だと心中で思った。出会って間もない人間に行動を共にして欲しいと言われても、悩むに決まっている。
 彼女は逸らした視線を手元に遣ったり、また彼に向けようとして止めたりといったことを少しの間繰り返していた。
「……っ」
 が、突然顔を上げた。金の瞳はまっすぐに彼を見つめ、ぎゅっと引き結んでいた唇を開くと息を吸う。そして、

「――信じていいですかっ!」

「え、」
 ――無論、信用してくれそうだということに対しての驚きではない。していいかと是非を問われるとは全く予想していなかったが故にである。
「えっ、ダメですか……!」
「あ、いや、駄目じゃない……」
 こちらの驚きに、驚きの反応で返す少女。慌てて訂正しつつ「まさかそんな返答をされるとは思わなかった」という言葉を飲み込む。……少し、変わった子だ。
 信用に値するか否かを本人に訊くとは、何とも本末転倒なことである。口先だけなら胸中がどうであろうといくらでも取り繕えるではないか。彼女なりに疑い悩んでいたようだが、これでは意味がない。
(なんか調子狂う……)
 考えていると、ふいに白い手が彼の手を取った。
「よかった……。よろしく、お願いします」
 視線を上げれば、彼女の顔には笑みが浮かんでいた。心からの純粋な笑みだと、一目でわかった。
 ――そしてその笑顔一つで、彼女の性格の大部分を垣間見たような気がした。
(……気がするだけだろうな)
 考えを打ち切ると、彼女に立ち上がれるか訊く。少女は、ゆっくりと立ち上がった。そして、小首を傾げ、薄桃の唇を開いた。
「名前……教えてくれますか……?」
 傾げたせいで、不思議なプラチナの髪が陽光に煌めき、二色の光が揺れる。 
 そう言えば、まだ名乗っていなかった。そのことに今更気付き、内心で苦笑する。 普通は一番先にしておくべきことだろうに。
「オレは――」
 自分の名前を人に教えるのが久し振りすぎて、思い至らなかった。  

「ハール・フィリックス」


コメント

ミルキークイーン 5年前
3156 EXC
この森で出会う事が必然だったのかな。
杏仁 華澄 5年前
コメントありがとうございます☺️
彼の過去の全体像が明らかになるのは恐らくかなり後半になると思いますが、意味深なことはちょこちょこ小出しにしていきたいと思います!
juri 5年前
888 EXC
記憶喪失の彼女だけでなく、男の子も自分の名前をすぐ言えないなんて。どんな人生を歩んできたのかなと気になりますね。過去編とかあるかな〜チラッチラッ。
vavavavava 5年前
888 EXC
👍
5年前
2000 EXC
いいですね!
杏仁 華澄 5年前
閲覧ありがとうございます!
投稿のストックは一年分以上あるかと思いますが、完結の目処は立っておりません。ゆるりとお付き合いいただければ嬉しいです。