閑話　あーちゃんの秘密③

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閑話　あーちゃんの秘密③

――御使い現れ刻が動く。選ばれし者は剣を抜き国と、姫を護るだろう

　いた！　あそこだ！
　異国の服を着た変わった帽子の女の子。今まさにオークの餌食になろうとしてる。あれ？　この子は⋯⋯ 、いや今はとにかく。

「貴方のもとに届けよ光――」

　言葉が自然に口をつく。エクスカリバー、君の仕業かな。僅かな澱みもなく、体の中を魔力が巡る。念じると、右手の中に鋭利な魔力が光り渦まき、一点に集中した。

「我は誓う――」

　掌からエクスカリバーが天へ向かい、神々しく、その全貌を現す。

「聖光の祝福！」（ホーリーブレス）

　柄を握り、一気に振り抜く！
　火柱にも似た黄金色の光が放たれ、オークの腕を天高く斬り飛ばした！　エクスカリバーは十分に初動の役目を果たすと同時に、僕にその潜在能力をまざまざと見せつけてくれた。体が武者震いをする。
　すごい、これなら⋯⋯。次の呪文も頭にイメージとして浮かんできた。

「何人も侵す事能わず、何人も触れる事能わず、悠久の時を刻み――」

「其は―― 、真命捧ぐ聖域！！！！」（サンクチュアリ）

　女の子の周りに結界が張られ、目前に迫ったオークを弾き飛ばした。
　ぐあっ！　魔力が、根こそぎ持っていかれたっ！　体を覆う魔力がもう残ってない。気を抜けばエクスカリバーも消えそうだ。
　文字通りの地力で走り、片手を失って怒りに目を血走らせているオークを標的にする。ここからはもう流れに身を任せて動かすしかない。
　極度に神経を昂らせ、殺す為の最適解をなぞって行く。足の腱を切り裂き、傾ぐオークの体に合わせて頸へと剣を宛がった。

　はぁ、はぁ。

　緊張の糸が切れた時には、オークが地に背中をつけて動かなくなっていた。弾き飛んだもう一匹は、視界の端で逃げていくのが見える。正直、逃げてくれて助かった。もうエクスカリバーを維持できそうにない。オークの結晶を拾わなきゃ⋯⋯、終わった。女の子は？

「遅くなって⋯⋯、ごめんなさい。お怪我は⋯⋯、ありませんか？」

　アワワッ。いきなり抱きつかれたっ！　ちょま、ち、近い！　けど、震えて、泣いてる？　そっか。そうだよね、怖かったよね。かわいそうに。もう、大丈夫ですよ。

　女の子がまだ泣き終わらない。ごめんね。ゆっくり泣いて、と言いたいところだけど、この湿原は危ないから早く離れないといけないんだ。今僕、ろくに戦えそうにないから余計にね。

「立てますか？」

　聞いてみたら、女の子は腰が抜けて立てないと言う。リジェネレーションで良くなるかな？　見たところ怪我はないようだし。
　でも魔力が底をついてヘトヘトだから、簡単な魔術ですら発動まで時間がかかりそう。初対面の人の前ではカッコよく決めたいのが心情だけどね、仕方ないか。

「傷つき者に癒しあれ。憂いある者に安らぎあれ。リジェネレーション！」

　うわっ、また抱きついてきた！　なになになに！？　こんな魔術も怖いの！？
　残念ながら僕の生活範囲にはほとんど女の子はいない。護衛とか兵隊とか屈強な男達ばかり。当然、同年代の女の子になんて免疫があるわけがない。
　強く抱きしめられながら僕の頭は、甘い香りと胸にあたる柔らかい感触でいっぱいになって、完全にのぼせ上がっちゃったんだ。

　あぁ、本当にびっくりした。女の子って男とは別な生き物なんだね。柔らかすぎじゃない？
　女の子に肩を貸し、何とか歩き出す。急ごう。また魔物が出ないうちにランス達と合流しなきゃ。
　それにしても困ったな。この子、渡り人っぽい。魔術や魔術通貨EXCのことを全く知らないし、こんな服も帽子も髪型もカバンも見たことない。何しろこんな所に女の子が一人でいるなんて不自然過ぎるよ。本人は素性を意地でも隠したいみたいだね、バレバレだけど。
　エクシア・スコールズさんって言ったかな。貴族でもなさそうなのに家名を名乗るなんて。うん、絶対アルカディア大陸人じゃなさそう。

　⋯⋯渡り人、か。

　およそ１００年前、このアルカディア大陸に一人の男が降り立った。彼は大陸外から来た渡り人、別名『厄災の勇者』。歴史書によると、いつも棒付きキャンディを口の中で遊ばせてる、あどけない青年。でもその実態は非常に暴力的で、大陸の常識・モラルはまるで通用せず、歴史的遺産から農村まで見境なく破壊したらしい。
　暴力だけならまだ良かったかもしれない。アルカディア大陸にとって本当に厄介だったのは、彼が各地で広めた新しい思想の方だ。
　それまで魔物や厳しい自然から身を護り、団結して暮らしてきた大陸の人々。彼の「働いたら負け」「人は生まれながらにして不平等」といった属人的で身勝手な思想に触れて、少しずつ人の下に人を敷く者が出てきてしまった。そう、奴隷の始まりだ。
　奴隷は瞬く間に広がって、抗いようのない貧富の差を生んだ。それに比例して犯罪の急増、人種差別……。多くの諸問題に、未熟だった大陸諸国の足元は大いに揺らいだ。そして政情不安は、大陸戦争の十分すぎる火種になったんだ。
　現在の大陸中の文化的経済的発展は結局彼のおかげなんていう人もいるけど、それは富を得た者の言い分で、僕はそう思わない。光の裏でどれほどの血が流れたか。魔法具『隷属の首輪』は彼が作り出した物だと言われてる。トリスタンだって⋯⋯。

　『厄災の勇者』以降、度々、渡り人は現れた。中には良い人もいたみたいだけど、アルカディア大陸諸国にとって彼らはもう腫れものでしかないから国外追放が暗黙のルール。追放された渡り人は、ドラゴンの狩場たるここ、グレートアルカディア周辺に流れ着く。そこに十六年前、エクシア王国が建国された訳だけど、そういえば建国者のサトシ・ヤマモトも渡り人だったなんて言われてるっけ⋯⋯。

　おっと、女の子がよろめいた。あぁ、ごめん。考え事しすぎちゃったね。

――選ばれし者は剣を抜き国と、姫を護るだろう

　う～ん、どう解釈しよう。この子は渡り人だけど姫⋯⋯でいいのかな。
　たしかにエクスカリバーを抜いて意識戻ったらすぐ、この子がオークに襲われてるのが見えたんだよね。厄災の姫、なんていう風に全然見えないし危険な雰囲気も感じないんだけど、油断大敵かな。ちょっとブルーノやスヴェン達にも相談してみよう。でも待てよ？　あのとき⋯⋯。

「描かせて！！」

　突拍子もない女の子の言葉が、僕の思考をぶった切った。

　僕、何やってるんだろう⋯⋯。
　湿原を背景に次々とポーズを決め、彼女のスケッチのモデルをしてる。小さい頃、お姉様のお絵描きごっこによく付き合わされた成果を、なぜここでいかんなく発揮してるのか。
　エクシアさんはなんで突然僕を描いてるの？　まぁオークの襲撃地点からは多少離れたけどね、この辺が危険地帯であることは変わらないんだよ？　彼女の迫力に押されて断り切れずに次々ポーズをとる僕も悪いんだけど、はは。
　さっきオークに襲われたばかりだし、知らない僕に魔術かけられるのも怖がってたのに、絵を描こうとする意欲はどこから湧いたんだろう。尋常じゃないな。

　⋯⋯尋常じゃない？

　そうか！　エクシアさんはエクスカリバーを抜いて気絶した瞬間、夢に出てきた子じゃないか！　トリスタンの亡霊をスケッチしてた子。この服、この帽子、そして何より絵に対する執着、間違いない。この子はまさにエクスカリバーが僕に見せてくれた子⋯⋯。やっぱり僕が護るべきお姫様なんだ！

　⋯⋯顔が赤くなった気がする。バレないよう咄嗟に両手で両頬を包んで隠した。
　他国からの暗殺を回避するために、物心ついた時には姫の格好をさせられていた僕が、王子様の役目を担うことになるなんて⋯⋯。この気持ちはどうしたらいいの？

　カリバー君のニャーという鳴き声に我に返った。エクシアさんがスケッチブックを閉じて立ち上がり、顔を上げる。
　はっきり目が合うと、ドクンと一つ、体が揺れるほど心臓が大きく波打った。彼女から目が離せない⋯⋯。どうしたんだろう、金縛りみたいだ。
　僕と彼女の間を風が吹き抜け、色とりどりの花びらが空に舞った。彼女は顔にかかった黄色い髪を耳にかけ直すと、蒼い瞳に僕を映したまま、頬を染めて照れ笑いした。

　き、綺麗だ…。

　お姫様が僕とカリバー君の方へ歩いてくる。ど、ど、どうしよう。落ち着こうにも、僕はすっかり深呼吸の仕方を忘れてしまった。

「うわーん！　ありがとーっ！　終わったよー、たくさん描けたー！　うっうっう…」

　へ？
　瞬きする度に、彼女の大きな目からポタポタと水晶の様に丸い涙がこぼれ落ちる。なに？　どうして泣いてるの？
　僕はあっけに取られた。女の子ってよく知らないけど、こんなに感情の起伏が激しいものなの？　オークに襲われて泣いて、身の上話であたふたして、急に真剣に描いたと思ったら最後はうれし涙？　感情の引き出しが僕の倍以上あるみたい。ははは、面白いよ。それに女の子って、可愛いんだな。

　僕は純粋に彼女の絵を見たくなった。彼女の目には僕が、この世界がどんな風に映るんだろう。
　トリスタンと僕が望む未来、彼女が絵に描いてくれたら嬉しいな。いや、描きたくなるような未来を作ろう。そのために今日、僕はエクスカリバーを抜いたんだ。

　僕は恥ずかしがる彼女を横目に、スケッチブックに手を伸ばした。

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