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クロスクオリア
2019年4月26日 12:06
投稿カテゴリ : 記事

『CROSS・HEART』Story.4 小さな盗人(前編) 4-3

「見つかんないねぇ……」
 フレイアは辺りを見回しながら、どちらに言うでもなく呟く。
 大通りに着いた三人は、身を隠せそうな場所を覗いたり道行く人に尋ねたりとすぐに少年を捜し始めたのだが、一向にその姿は見付からない。
「うん……ごめんね」
 彼女の隣を歩くリセがぽつりと言う。その言葉に、フレイアは大きな蒼い瞳を向け、なぜ謝るのか尋ねた。するとリセは顔を上げて見つめ返す。
「だって……私のせいで先、進めないし」
 しょんぼりと肩を落とすリセ。帽子がないせいか、その姿はいつもより小さく見えた。
「……余計なこと、しちゃったね」
 苦笑してそう続けるものの、無理に口角を上げているのは手に取るようにしてわかった。フレイアから次の言葉は無い。止まる会話。
「……まあ、結果的には足止めだよな」
 まるで針で突かれたかのように、俯いていたリセの肩が微かに跳ねる。
「けど、お前の対応を“余計”っていう奴がいたとしたらどうかと思うけどな」
 俯き、銀の前髪で隠れていた瞳が見開かれる。
「それに、別に急ぐ旅でもねぇだろ? ……って、本人は急ぎたいか」
 ハールは途中で言葉を切り微苦笑する。だがリセは彼を見上げると、何度もかぶりをふった。
「う、ううん、大丈夫……!」
「まあまあ、こういうのも旅の醍醐味ってヤツだよ!」
 言うとフレイアはウインクする。
「そう、だね」
 胸に温かいものが広がる。そして同時に、申し訳無さ。共にいてくれるのが二人であったことに対する感謝が深いほど、それもまた濃いものになる。
(やっぱり、私も……)
 ――この人達のように。
 いや、そこにまだ届くことはなくとも、手を伸ばさなくては。こんな自分が、今彼らにできることといえば――
「……ありがとう」
 精一杯微笑む。苦いものは、混ざっていたが。
 こんな顔をし続けて、気をつかわせてはいけない。
「――とりあえず手分けするか。固まって行動してたら埒あかないしな」
 彼女の表情を見、頷くハール。勿論異議が出るはずもなく、ハールが集合するまでの時間と、発見しだい捕まえて今いる十字路に連れてくるという旨を告げた。
「――分かった、絶対返してもらう……っ」
「あのコ、結構すばしっこそうだったよねぇ……ちょっと頑張っちゃおうかな」
「大丈夫だとは思うけど、あんまり無理するなよ」
「うんっ」
「はいはいっ」
 そして、各自リセの帽子を取り返す為、違う道へと散っていった。



(早く、返してもらわなくちゃ……!)
 すれ違う人々の中で、この中に例の少年が混じっていないかとリセは周りに目を向ける。そうして注意を払いつつも、頭のなかでは“見つける”ということ以外の思考も泡のように浮かんでは消えていく。
(……人のものは盗っちゃいけないって知っていたはずだよね? 私だってそのくらいは覚えていたのに……)
 どうしてだろうか。悪いことだと、人が悲しむことだと解っていてしたのだから、それなりの理由があるはず――そう、思う。
(ひとり、は……)
 黙って見ていられなかった。自分は、独りでいたところを見つけてもらえた。もし、目覚めた時に彼に手を差し伸べてもらえていなかったとしたら、どんなに寂しかっただろうか。あの少年とて、状況は違うものの独りでいたことには変わりなかった。だったら、今度は自分が、と。もらったものを、誰かに返さねばと。そう思っただけだった。こんなかたちにするはずでは――――
「――……」
 無意識にペンダントを右手で強く握っていたことに気付き、ゆっくりと手をおろす。
「……どこに、いったのかな」
 今するべきは、悩むことではないだろう。呟いて彼が見付かる訳でもないのだが、気持ちを切り替えるために口にする。何とかして見つけ出さなくてはならない。あの帽子は数少ない過去についての手掛りになりうる物だし、携帯水晶だってついている。それに――――

『似合う?』

『……ああ』

リセは少しばかり足を早め、雑踏に溶けていった。



「ここも居ない……か」
 別の道を進んだハールは、少年が逃げ道に使ったような家と家の間の狭い路地を調べていた。もしかしたら、道に置かれている木箱やらの裏に隠れているのでは、という可能性も考えて捜していたのだが――
(そう簡単に見つかるワケ無いよな……)
 第一、もう自分の家に入ってしまっていては手の打ちようがない。別段大きい町ではないが一軒一軒尋ねて歩くというのは不可能に近いし、まだ町を逃げ回っているとしても――
(よりによってこの町ってのは……)
 この町『シリス』は、今は少なくなっているそうだが、昔から盗賊達がよく周辺に出没していたらしい。町の機能を統治する役所を守る為や、盗賊を簡単に逃がさないようにする為、町全体が迷路のような複雑な造りになっている。住人ならまだしも、慣れない人間が当てもなく人捜しをするのは困難である。さらに相手が町の地理を把握し、尚且つこちらが通れないような抜け道を通れるのだから、圧倒的に不利だった。
(……なんて考えたところで、結局捜し出すのには変わりないんだけどな)
 地道にいくか、と気を取り直して、次の路地を覗こうとした――――瞬間。
「きゃ……っ!?」
 その路地から少女が飛び出し、目の前で躓いたのだった。
「――っと」
 手を伸ばして支えると、腕に小さな重みがかかる。
「大丈夫か?」
「あ……」
 彼女は目を見開き、身体を支えている腕に目線を落とした後、自分より頭一つ分以上高いその人物を見上げた。一瞬きょとんとした顔をすると、かぁっと赤くなる。
「すすすすすみませんッ!? あ、も、もう大丈夫ですからッ……そ、その……!」
 ハールは少女から手を放す。彼女はずれた眼鏡をたどたどしく直すと、身体を真っ二つに折って何度も謝った。 
「すみません、本当にすみません! お、お怪我はありませんか!?」
「オレは大丈夫。挫いたりとかは?」
「わ、私は全然平気です」
「なら良かった」
 歳は十一、十二といったところか、少女は耳まで真っ赤に染めておどおどとしている。
「すみません……飛び出したりして。慌てていたもので」
 胸辺りまでの黒髪を三つ編みにした、何の変哲もない少女である。彼女はきっとこの町に住んでいるのだろう。少年を見たか、駄目元で訊いてみるか、と思った。
「本当に助かりました、ありがとうございました……あの、ところで……その、六歳ぐらいの男の子を見かけませんでしたか!? 茶色の髪で、生意気そうな顔をしてるんです……!」
 ハールは彼女の言葉に目を丸くする。それは、まさに今、自分が言おうとしていた台詞で――――
「それって、もしかしたら黒い目の――」
「知っているんですか!?」
 噛み付かんばかりの勢いでハールに詰め寄る少女。その迫力に少しばかりたじろぎつつも肯定すると、自分も彼を捜しているということを告げた。そして、仲間の帽子が盗られたからだ、ということも説明する。
 するとその瞬間、まるで音が聞こえるのではないこというほどはっきりと、そして急速に少女の血の気が引いた。
「あーッ! すみませんすみませんすみませんすみませんすみません! お、弟まで貴男にご迷惑を……!」
「――弟!?」
 目の前の、真面目そうな少女と先程の少年は、あまり似ているとは言えないのだが――大きな黒い瞳は、やっぱりどこか似ていて。どうやら世間は狭い、らしい。