WINGS&アイロミームproject(仮)
第十一章 『勝負と共闘の流星歌』(前編)
  『━━━━君。 ……内君! 秋内君っ!』 ガンガンと、頭蓋そのものに声が響くような感覚。妙な浮遊感に包まれる中で目を開けると、そこには見知らぬ少女の姿があった。 「え……だ、誰……?」 『私だよ、和田 翼! ……って、そうか。 君と直接こうやってお話するのは、これが初めてだっけ』   そう言って、赤い髪の少女は笑う。俺は……秋内 翔登は、まだ意識がフワフワしていて、目の前の状況を正しく理解することができない。 『あのね、君に伝えたいことがあるの。 この前、櫻井ちゃんに言いそびれちゃったこと』 彼女の輪郭は、水彩画のようにぼやけていてよく見えなかった。ただ、その瞳の色だけはしっかりと赤と認識できた。そのルビーのような赤は、どこかつぐみに似ているような気がした。 『良い? 『聖唱姫の呪い』の副作用は、卒業式の前日に呪いにかかった人を殺させる、ってものだよね。  ……でも、冷静に考えてみて?』 まるで水中を移動するかのように、彼女は俺の周りをぐるりと一周する。   『惑聖恋(マッドセイレーン)を始めとした特異な力を授ける呪いは、その力そのものが苦しみを与えるもののはずだよね? なら……どうして呪いは、『特異な力を与える』のと『卒業式前日に殺す』のの二つの苦しみをもたらそうとするんだと思う?』 「え……?」 彼女の言葉が分からない訳ではない。ただ、覚束ない思考の海の中に投げ出されていた俺の脳は、その言葉が指し示す真意にまで辿り着くことは出来なかった。 『……零浄化(ゼロ・ジョーカー)の力が来てる……。 ……時間が無いから、結論だけ言うね?』 彼女は、人魚のようにスッと身体を翻して、俺の眼前に迫った。そして、一呼吸置いてから、真剣な眼差しでこう告げた。 『お願い……時遠渡(ジ・エンド)の呪いを止めて。 そうすれば、全て終わらせられるはずだから』 ~~~ 「━━━━はっ……!?」 バッと起き上がると、そこはもうさっきまでの異質な空間ではなくなっていた。辺りには、見慣れたアイドル研の部室の景色。どうやらうたた寝をしてしまっていたらしい。周りを見回しても、さっき話しかけてきた赤い髪の少女は見当たらなかった。 「『時遠渡(ジ・エンド)』……」 起き抜けの頭をポリポリと書きながら、唯一、記憶の中に留まっていた単語を反芻する。 あれは、ただの夢だったのだろうか。それとも……。   ━━━━コン、コン。 不意に、部室の扉がノックされる。鍵は開いてるぞー、と眠気混じりの声で翔登が言うと、扉ばガラガラ……と遠慮がちに開かれた。現れたのは、生徒会書記の一年生、山栄田 敦生(やまえだ あつき)くんだった。 「えっと、その……生徒会から、WINGSの皆さんに連絡があって……。 他の皆さんはもう集まってて、その……秋内先輩のこと呼んでこいって、お姉ちゃんに……」 あぁ、なるほど。道理で先に部室で待っててもなかなかメンバーが集まらない訳だ。敦生くんは、どうやら俺を呼びにわざわざ出向いてくれたらしい。 「分かった、すぐ行くよ」 軽く目を擦りながら立ち上がる。赤い髪の少女からの啓示は、この時にはもう既に、薄れかけてしまっていた。 ~~~ 「全員揃ったわね。 じゃあ連絡なんだけど……良い話と悪い話、どっちから聞きたい?」 生徒会室に俺が入って早々、会長である山栄田 莉乃(やまえだ りの)は、そんな不穏な会話の切り出しと共に俺たちを一瞥した。   「悪い知らせナシで良い知らせのみ、ってのは?」 「ダメよ。 両方とも重要な連絡事項なんだから」 八人全員で顔を見合わせる。こんなのは気分の問題だが、八人の気分を合わせるのはなかなか難しい。 「じゃあ、良い知らせからで」 「ちょ、舞、なに勝手にっ……!」 しばらく悩んでいると、舞が唐突に手を挙げて、俺たちの意向を勝手に決めてしまった。まぁ……あのまま悩んでいても仕方なかったし、これで良いか。 「……分かったわ。 じゃあ、良い知らせから」 そう言って、莉乃会長は鞄からスッと一枚の封筒を取り出した。黒い糸で封がされた茶色の封筒。俺たちは、そのフォルムに見覚えがあった。皆が見つめる中、莉乃会長は封筒から静かに紙を取り出す。 「先月、貴方たちが行ってきた『ミラアイ』の二次予選。 その結果通知が届きました」 えっ……!? と八人全員の中からどよめきが起こる。なんで生徒会に結果が届いてるんだ? とか、色々疑問に思いはしたが、今はそんなことどうでも良い。俺たちが見たいのは、その結果だ。 「厳正なる審査の結果、WINGSは……」 ゴクリ、と唾を飲み込む。皆の視線が、莉乃会長の持つ一枚の紙へと注がれる。紙は、ゆっくりと反転しながら俺たちの方へと向けられ━━━━ 「━━━━見事合格よ。 WINGS、決勝大会進出、おめでとう」   「…………や」 力んでいた身体の筋肉がスッと軽くなる。はぁ……と息が押し出されるように吐き漏れる。呆気にとられたような脱力感が身体を縛り、そして、その次に訪れたのは、身体の芯からドクドクと沸き上がってくる興奮と、歓喜の叫びだった。 「「「「「ぃやったあああああ!!!!!」」」」」   八人全員で、手を取り合って喜び合った。 つぐみがソフト部を引退してから二週間後、間髪入れずに訪れたミラアイ二次予選の本番。つぐみは、今までの遅れを取り戻そうと真剣に練習に取り組んだ。他の皆もそうだ。誰がセンターでも大丈夫なくらい、皆必死に練習をこなしてきた。その成果が、今まさに『決勝進出』という四文字によって報われた。二次予選の会場を訪れた50組以上のグループ達の中で、WINGSが選ばれたのだ。 「やった……やったね皆ッ……!!」 「信じられないわ……なんだか夢を見ているみたい……!」 「こんなに夢想曲(トロイメライ)で輪舞曲(ロンド)な気持ち、初めてだよ~!」   「天からの声も、私たちを祝福してくれている。 私も、嬉しい」 「私たち……本当に、本当にあの『ミラアイ』のステージに立てるんですね……!」 歓喜に埋もれる俺たち。夢見心地でフワフワした思いに駆られながら喜びを共有し合っていると、「ンンッ」と莉乃会長が咳払いを挟んだ。 「アンタ達、喜ぶのはまだ早いわよ。 この通知はただの通過点……いや、スタートに過ぎない。 本番はミラアイの決勝戦なんだから、それまで気を抜いてちゃ駄目でしょう?」 厳しい目つきの会長に代わって、敦生くんがヒョコッ、と前に出る。 「それでも、決勝戦に進めたというだけでもビックニュースですから! 僕たちも、全力でサポートします。 聖歌高を挙げて、WINGSを応援させて下さいっ……!」 二人の言葉が、俺たちの気を引き締めると共に、自信とやる気を引き起こさせる。そうだ、ここまで来たからには、『ミラアイ』出場だけで満足していられない。ガイアをはじめとした数多のグループと肩を並べて、その中で、勝利を手にしたい……! 俺たちの目標は、また新たなステップへと進んだ。 「二人とも、ありがとう。 貴方たちの期待、皆の期待に応えられるよう、決勝の舞台で頑張るわ」 「はい、僕たちも応援してますっ!」 ニコッと笑い合う俺たち。そんな中、恐る恐るといった様子で、江助が小さく手を挙げた。 「あの……それで、悪い知らせってのは……?」 「あ……」 しまった……ミラアイの合格通知に浮かれてすっかり忘れていた。頬を緩ませていた皆の顔が僅かに翳る。莉乃会長は江助に対し、はぁ……とため息をつき、 「だから良い知らせは後にしておいた方が良いって言ったのに……」   「いや言ってなかったでしょーが」 夏燐のツッコミを無視しつつ、会長は小さく咳払いをして、椅子に座り直した。俺たちも、それぞれが最初に立っていた位置へササッと戻る。 「これは、まさに今日の朝知らされた事なんだけど……」 莉乃会長はそう言って、さっきと同じように、今度は別のプリントを俺たちの方に掲げて見せた。 「単刀直入に言うとね…………今年の学校祭では、体育館が使用できなくなるの」 「…………え?」 思考が固まった。思いがけない通告に、皆の表情が露骨に曇っていく。 「体育館が使えないって……それじゃ、学校祭のライブは……!?」 「というか、私たちだけじゃなくて、演劇部の方や吹奏楽部の方にも影響が出るんじゃ……!?」 「……そうね、私も今頭を抱えているところなの。 どうやって説明をしたもんか、ってね」 会長の隣で、敦生くんもしゅんとした顔をする。詩葉も驚いた表情をしているし、これは生徒会にとっても寝耳に水の話だったのだろう。 にしても、一体どうして体育館が……? 「体育館、どこか壊れちゃったとか? 何とかして、ステージを使えるようにする方法はないの?」 つぐみがそう提案するが、会長は首を横に振った。 「設備が壊れたとか、工事をするからとか、そういう理由じゃないの。  実はね、今年の学校祭は━━━━」   「━━━━彼女たちが、スペシャルゲストとして参加をしてくれることになったんだよ」 えっ……!? と皆が一斉に振り返る。聞き覚えのある、その嗄れた男の声が聞こえた入り口側の方を見ると、そこには意外な人物たちが立っていた。 「校長、先生……?」 「やぁ、こんにちは」 滝沢校長。その名の通り、この学校のトップとも言うべき存在である彼は、柔和な笑みをこちらに向けていた。彼の両隣には、見知らぬ二人の少女が立っている。 「えっと、校長の隣に居るのは一体……」 「「あああああぁぁぁっ!!?」」 食い気味に叫んだのは、つぐみと絵美里の二人だった。驚愕というよりはむしろ、興奮に近い。そんな声を挙げながら、二人は校長の隣の少女らに近づいていく。 「な、な、何でコバルト流星群(スターズ)の二人がここに……!?」 「ほ、本物……ですよね!? もしかして、夢……!?」 完全にテンションMAXな二人に対し、少女のうちの一人……ボーイッシュな青っぽい色の髪の子が近づき 「嘘でも夢でもないよ。 僕は……板橋優菜(いたばし ゆうな)は、ちゃんと君たちの側に居る」 「「キャーッ!!♪」」 「な、何だ……? 何がどうなってるんだ……?」 一人たじろぐ俺の肩を、誰かがチョンチョンとつついた。音色だ。 「翔登くん、あの二人のこと知らないの?」   「あぁ……音色は知ってるのか?」 「うん、テレビで見たことあるよ~。 あの二人は━━━━」 と、音色が説明しかけた所で、ボーイッシュな方の子とは逆側に立っていた、ライムグリーンの髪色の女の子が意気揚々と俺の眼前に迫ってきた。 「ハーイnice guy!♪ 私たちのコト見るの初めてナノ?」   「え、あぁ、まぁ……」 「だったら、これが"イチゴイチエイ"ネー♪ 私はキャロライン・P・テイラー。 『キャリー』って呼んでくだサーイ♪」 「キャリー。 ……それを言うなら『一期一会』だよ」 「んもー、ユーナは細かいヨー!」 つぐみと絵美里のあのテンション、そして、音色の「テレビで見たことがある」という発言。以上から察するに、この『コバルト流星群(スターズ)』とか言う二人組は、恐らくガイアと同じように、プロの世界で活躍するアイドルユニットか何かなのだろう。アイドル研究部の部長をやっておきながら、昨今のアイドル事情に疎いという不甲斐なさ。俺は、早速二人と握手を交わしているつぐみ達を見て微妙そうな表情を浮かべていた。 「ふむ、彼女たちのことを知っているのなら話が早いな。 実は、プロで活躍をしている彼女たち……コバルト流星群(スターズ)、と言ったかな? ……彼女たちが、今年の学校祭の"特別ゲスト"として、ライブをしてくれることになったんだ」   「マ、マジっすか!!?」 今度は江助が叫んだ。江助も、この二人のことは知っているらしい。 「あぁ。 事務所に依頼をしたところ、快く引き受けてくれてね。 ひいては、彼女たちにウチの体育館でライブをして貰うことになる訳だが……音響機材やライト等、色々な機材を搬入する必要があるだろう? そうなると、学校祭の数日前から本番までの間、体育館は実質使用不可能ということになってしまうんだ。 君たちや他の文化部の生徒諸君には申し訳ないんだが……今回は、クラスの活動の方に専念して貰いたい」 「そんな……理不尽ですっ!」 真っ先に抗議したのは詩葉だった。 「会長は、体育館の使用が出来ないということについて、今朝知らされたと言っていました。 しかし、本来ならそれは、企画の段階で我々生徒にも通達が行われて然るべきものです。 協議の余地もなく、いきなり『決定事項だから』といって押し付けるのは横暴すぎます!」 詩葉の強みは、誰に対しても物怖じせずに堂々と自分の意見が主張できることである。校長先生という最高権力者を前に、詩葉は俺たちが心の中で抱いていた思いを、ハッキリと代弁してくれた。 だが…… 「あぁ、そうだな。 以降は気をつけよう。 じゃあ山栄田君。 文化部や各クラスへの通知は頼んだよ」 言い淀むでも、逆上するでもなく、ただ受け流す。それが、校長の取った行動だった。 「え……」と呆気に取られる詩葉。俺たちも、あの詩葉が全く相手にされなかったのを見て驚いていた。詩葉の、他人を言い負かす『論理狩(ロンリー・ガール)』の力が効果を発揮した様子は全くない。呪いを打ち消す力である『零浄化(ゼロ・ジョーカー)』を持つ俺が側にいたことが原因なのかもしれないが、それにしても、詩葉が取りつく島もなかったのには驚いた。 校長は、俺たちに意識すら向けることなく、そのまま生徒会室を後にした。室内には、沈黙する俺たちと、コバルト流星群の二人が残されていた。 「oh……なんだか大変みたいデスネー……」   「い、いえいえ! これは私たちの学校の問題ですから! お二人は何も気にせず、存分にライブを行って下さいっ!」 絵美里がフォローを入れる。絵美里としては、このいざこざでコバルト流星群のライブが中止になってしまうことは避けたいのだろう。……多分、クラスの業務等に差し支えがなければ、すぐにライブを観に体育館へ行くに違いない。そして、それは恐らく絵美里だけじゃないだろうし……。 「……にしても、残念だ。 折角なら、君たちWINGSとも肩を並べる形でパフォーマンスをしたいと考えていたんだけどね」 「うーん、確かにそれは残念…………って」 つぐみの言葉が途中で切れる。俺たちも、さっきの板橋さんの発言に引っ掛かるものがあった。 「あ、あの……ももももしかして、私たちのこと知ってるんですか……?」 「勿論デース♪ ネットで話題沸騰中のアマチュアアイドルグループ、WINGS! 皆さんと逢えるのを楽しみにしてマシター!♪」 「え……えええええっ!!?」   ガイアの時もそうだったが、WINGSの名前って、こんなに広く知れ渡ってるのか!? 目を丸くする俺だったが、今回ばかりは、つぐみや絵美里らの方がより強い驚きを示していた。ただ、舞だけは相変わらずのポーカーフェイスだったが。 「アマチュアもプロも関係ありまセンヨ♪ 貴女たちと私たちは、共に"セッサカズマ"するrivalデース♪」 「それを言うなら『切磋琢磨』だろう。 ……まぁ、ライバルという言葉には十分頷けるけどね」 「……?」 どこか含みを持たせたような言い方だった。板橋さんは真っ直ぐ俺たちの方を向きながら、まるで何かを訴えかけるように、鋭く視線を突き刺してきた。   「でもまぁ、心配はしなくても大丈夫さ。 君たちも『ミラアイ』の決勝ステージに立つんだろう? ……なら、勝負はそれまでおあずけだ。 君たちと戦えることを、僕らも楽しみにしているからね」 「ご挨拶も終わったので、私たちは校長センセーの所に戻りますネー。 もし良かったら、私たちのlive、観に来て下さいネー♪」 そう言うと、二人は校長の後を追うようにして生徒会室を出ていった。嵐の後の静けさ、とはこの事だろうか。生徒会室に集められた直後と同じぐらいの沈黙に包まれながら、俺たちは互いに目配せをしていた。 学校祭まで、あと十日余り。WINGSにとって……俺たちにとって最後となる学校祭に、早くも暗雲が立ち込めていた。 ~~~ 「なるほど……強行手段って訳ですか」 バタン、と校長室の扉を閉じると同時に、薄暗い部屋の奥から錦野がそう声をかけた。滝沢は、声のする方へは目もくれず、椅子に腰かけてふぅ……と息をつく。 「探りを入れに来たか。 あるいは……本格的に私の邪魔をしに来たか」 「まさか。 一応貴方との協力関係はスッパリ終わらせましたけど、だからってリベンジポルノを仕掛けるような惨めな真似はしませんわ」 それに……と言葉を繋ぎ、錦野は校長の机を右手で撫でながら、その縁にお尻を半分乗せた。 「私が動かなくたって、あの子たちは自力で貴方の目論見を阻止してくれると思いますし。 ……貴方の凝り固まったチャチなプレイじゃ、私もう満足できないんですもの」 「……はぁ」 ため息を一つつくと、滝沢は椅子を半回転させて窓の方を向いた。光の一筋すら通らない、完全に閉めきられたブラインドを真っ直ぐに見つめる彼の瞳は、どこか寂しさを感じさせた。 「分かっている……私がいかに惨めなことをしているのかという事ぐらい」 滝沢は、机にあった小さい写真立てを手に取った。塔の絵が飾られたそれを、彼は親指でそっと撫でた。すると、写真立ての隙間から塔の絵が出てきて、その奥に別の写真が一枚現れ出た。錦野は、その写真に目を凝らそうとするが、暗くてよく見えない。見えるのはただ、滝沢の手に握られた塔の絵……いや、塔の絵柄があるカードのようなものだけだった。 「それでも……私はやらねばならないのだ。 悲劇を二度と繰り返さないために、な」 錦野は、怪訝そうな顔で滝沢を睨んだ。彼の言う悲劇とは、『聖唱姫の呪い』による災厄のことなのだろうか。 それとも━━━━ ~~~   「吹奏楽部と演劇部、合唱部、映画研究部……そこら辺の部活は、多目的室を使うってことになったわ。それ以外の文化部は、各々の部室で出し物をやることにしてくれるみたい。 ……それで、後はアンタ達だけってとこね」   「多目的室は、もう定員オーバーなんだよね……?」 「そう、ですね……。 最初から多目的室を使う予定だった部に加えて、体育館を使う予定だった部活やクラスが流れ込んで来た形ですから……もう、結構詰め詰めなんです……」 翌日の昼休み。俺たちは、山栄田姉弟を部室に呼んで、十人で作戦会議を行っていた。議題はもちろん、『体育館に代わるライブ会場の確保について』。今までずっと体育館のステージでしかライブをやってこなかった俺たちにとっては、体育館が使えないことは致命的すぎる問題であった。 「体育館と同じくらい広いスペース、か……。 皆、どこか思いつく場所とかあるか?」   そう問いかけてみるが、なかなか手が挙がらない。まぁ、そりゃそうだ。体育館以外に、ステージにお誂え向きな場所なんて━━━━ 「ないなら、作れば良い」 「え……?」 「だから、場所がないなら私たちで作れば良い。 例えば、野外ステージみたいな感じで」 手を挙げたのは、舞だった。思いがけない案に、皆がパッと目を見開く。 「なるほど……野外か! それなら遠慮なくスペース確保できて良いかもね」 「だったらさ、テニスコートなんてどう? そこそこ広さもあって、使いやすいと思うし!」 「あの、駐車場の一部をお借りしてステージを立てるというのはどうでしょうか……!」   「駄目よ、駐車場は保護者の方や来賓の方が利用するから。 ……でも、先生たちが普段使っている第二駐車場だったら、何とかなるかもしれないわね」 「はいはい! 俺は中庭が良いと思う! ほら、こないだガイアがパフォーマンスした時みたいな感じで!」 「学校の屋上はどうかな~? あそこも、結構広いと思うし」 ……驚いた。舞の発言を皮切りに、皆からどんどんとアイデアが溢れてくる。手詰まりかと思われた舞台が、だんだんとそのビジョンを明瞭にし始めていた。 「野外ね……色々案は出たけど、部長のアンタの意見はどうなの?」 莉乃会長が問う。今まで出た意見の中から選ぶとするなら━━━━    「中庭、が良いかなぁ……。 体育館と同じくらいの広さはあるだろうし、ステージ作りに必要な備品とかを運ぶのにも、都合が良いだろうからな」 「おぉ、俺の案採用された感じ? っしゃやったぜー♪」 チラ、と目で周囲を見渡してみる。皆は、特に不満そうな顔をすることなく頷いていた。……よし、場所は中庭で大丈夫そうだ。 「中庭って、他の部活のパフォーマンスやPTAの売店でも使われたりするわよね? 恐らく邪魔になるようなことはないでしょうけど……念のため、場所を移動してもらえないか交渉しましょうか」 「あ……それは僕がやりますっ! PTAと書道部、それから美術部の三つですね」   「学校祭の期間って、運動部の連中とかは基本暇してるだろうしね。 ソフト部の子たち呼んで、ステージの設営手伝ってもらおっか」 「プログラムを作ったり、宣伝したり、曲の準備もしたり……な、なんだか物凄く忙しくなりそうな気がします……」 「じゃあ、中庭の使用許可申請の手続きとかは、アタシに任せておいて。 アンタらは、ステージ作りと自分たちのパフォーマンス完成させることだけを考えていればいいから」 「莉乃ちゃん……ありがとう! すっごく助かるよ!」 皆が盛り上がるのを見て、俺はなんだか嬉しいような安心するような、そんな心地がした。絵美里の言っていた通り、野外でライブをするとなれば、その分やらなければならない事も増えて忙しくなる。そのはずなのに、皆の目はやる気に満ち溢れていた。皆凄いな……と、俺は心の中でそう思っていた。なんか、これでこそ"学校祭"って感じがするような、そんな気分だ。……これなら、ステージを諦めずに済むかもしれない! そんな風に思って、期待に胸が高鳴った。 「……あ。 そういえばさ、コバルト流星群のパフォーマンスって、何時から何時までなんだっけ?」 ふと思い出したように尋ねると、敦生くんがポケットから手帳を取り出してパラパラと捲り始めた。 「えっと……学校祭の日の午後だそうです。 といっても、だいたい15時から16時までの間だけみたいですけど」 「学校祭の終わりが16時で、そこから撤収作業が始まるんだったよね~。 ってことは、コバルト流星群のライブは学校祭のフィナーレになるんだね」 音色が呟いた隣で、江助があからさまにため息をついた。 「なんか、悪意感じる配置だよな……。 そんなの、その時間は皆こぞって体育館に集まるに決まってんじゃん」 江助の言う通りだ。プロのアイドルユニットがライブをするとなれば、皆が体育館へ詰めかけるに決まっている。 となると、その時間はほとんど他の活動やら出し物やらも機能しなくなる訳で。実質、学校祭の終わりが一時間繰り上げられたようなものだ。 「どうする、翔ちゃん……? コバルト流星群のライブと被らないように、午前中スタートとかにする?」 つぐみの問いかけで、俺はようやく、それがWINGSのライブにも影響するのだと気づいた。少しでも観客を集めたいならば、コバルト流星群のライブと俺たちのライブとが被らないように調整しなければならない。折角ライブが開催できたとしても、人が集まらなければ意味がないのだから。 「そうだな。 じゃあ、ライブは学校祭が始まってすぐぐらいの時間に……」 「━━━━いや。 午後にすべき」 またしても、皆の視線が舞の方へと注がれた。えっ……? と皆が呆気に取られる中、舞は毅然とした態度で、 「私たちWINGSにも、影響力はある。 時間をずらせば、余計に学校祭が機能しなくなるかもしれない。 ……なら、いっそのことコバルト流星群と同じ時間にライブをやった方が、客足を分散できる」 「ちょ、ちょっと待って! あのコバルト流星群と、真正面からやり合おうっていうの!?」 舞は、ただコクンと頷いただけだった。しかし俺は、その瞳に確固たる意志が秘められているように感じた。……きっと、何か理由がある。舞が、このライブに情熱を注ごうとしている理由が……。 「そもそも、ここであの二人に勝てないようじゃ、ミラアイで良い結果なんて残せない。 この程度で物怖じしてるようじゃ、ガイアの足元にも及ばない」 「な、なんだか今日の舞ちゃん、ちょっとピリっとしてるね~……」 音色が心配するも、舞はお構い無しだった。……というか、舞の言葉はどれも的を射ているため、俺たちは反論する余地さえ無かった。あの詩葉ですら黙り込んでしまう状況の中、つぐみが心を決めたかのように顔をバッと上げる。 「がっくんの言う通りだね……。 折角コバルト流星群が来てくれてるのに、何もしないなんて勿体ない。 むしろ、私も勝負してみたい! 私たちが今までに積み上げてきたことがどれだけ通用するのか、ここで試してみようよ!」   舞の厳しめの言葉が、つぐみによってポジティブな言葉に変換される。それによって、他メンバーの表情も少しばかり明るくなった。 「確かにそうね……ここで怖じ気づいていては始まらないもの」 「コバルト流星群のライブが見れなくなっちゃうのは、ちょっと残念ですけど……。 ……で、でも! 私もどうせなら戦いたいです!」 「やりたいことは、全部やりたいもんね~。 私も、悔いの残らないライブにしたいなって思うし♪」 不安ムードから一変、皆の瞳にやる気の炎が滾り始めた。ステージすらなかった最初の状況から、コバルト流星群と戦おうという方向にまで話が動くことになるなんて……。やはり、WINGSの皆が内に秘めているポテンシャルは、俺でも計り知れないもののようだ。 「よし、それじゃあ俺たちのライブも、コバルト流星群と同じ時間帯の開催にしよう! そんで、コバルト流星群を負かすぐらいの熱気を、中庭の特設ステージで沸かせようぜ!」 「よーしっ! そのためにまずはステージ準備、頑張るぞー!」 「「「「「おーっ!!」」」」」 「━━━━あ、私はちょっと外せない用事があるんで。 これにて失敬」 「……は?」 掛け声もあげて、皆のノリが高まってきたというところでの出来事。俺たちが呼び止める隙すら与えずに、舞はそそくさと部室を去ってしまった。 ポカンとしながら、それを見送る俺たち。部室に、何とも言えない空気が漂う。 「舞さん……一体どうしちゃったの?」 「さあ……?」 首を傾げる俺たち。果たして、アイドル研のステージ設営プロジェクトは、上手くいくのだろうか……? ~~~   ━━━━なんて、当初は少し心配していた俺だったが、どうやらそれは杞憂に終わりそうだった。 学校祭まで、あと三日。昼からの授業時間が全て学校祭準備に宛がわれ、各クラス、および部活動があくせくと準備に励んでいた。本当は、クラスの展示の準備に協力するべきところなのだが、クラスメイトの厚意で、「WINGSのステージの方を優先してくれて良い」と言われた為、俺たちアイドル研究部の部員たちは、ステージ作りをはじめとした準備のみに集中することになった。そのお蔭か、備品集めや建築なども順調で、ステージに立った際の楽曲練習も滞りなく進めることが出来ていた。 今日も、皆が『ステージ組』『曲練習組』『小道具&宣伝組』の三班に分かれて、それぞれで作業をしている。「人数は足りそうだから、翔ちゃんはクラスの方手伝ってあげて!」と言われ、今の俺はフリー。しかしながら、クラスの中でも特に居場所がないため、どっか手伝いにでも行くか……と、こうしてブラブラ校舎を出歩いているのである。 「さて、これからどうすっかな……」   チラリ、と辺りを見ると、そこかしこで他学年の生徒たちが飾り付け等の準備に勤しんでいる。ただ、意外なことに、そこから窓越しに中庭を見下ろしてみると、他クラスと同じぐらい……いや、それ以上にステージは完成に近づいているのだ。すなわち、あそこでせっせと観客席のロープを張っているつぐみ、夏燐、欅さんを中心としたソフト部部員だけで、あの場は充分回っているという事である。『小道具&宣伝組』も、恐らくはそんな感じ。……要するに、俺がわざわざ手伝わなきゃいけない場所なんてない訳で。 「……とりあえず、屋上の様子見に行くか」 はぁ……と小さなため息を吐き、俺はとぼとぼと屋上で楽曲の練習をしているメンバー達の元へと向かうのだった。 ~~~ 「━━━━5、6、7、8! ……あーもう! 本ッ当下手くそですね! ちゃんとタイミング合わせて下さい!」 「ご、ごめんなさぁ~いっ……!」 「はぁっ、はぁっ……す、少し休憩させて……!」 屋上の扉を開いた俺は、予想外すぎる光景に思わず絶句した。汗ビッショリになりながら、背中合わせにへたり込んでいるのは、詩葉と絵美里。そして、その二人の前に立って大声で指示を飛ばすのは…… 「いや、ちょ、なんで松本さんが此処に!?」 「ん? あぁ……誰かと思えば、ツンツン頭先輩じゃないですか」 もう悪態を隠そうとすらしないで、彼女は……松本 明菜は俺を一瞥すると、ため息をついた。 「江助先輩に頼まれて、しょーがなくコイツらのダンス見てあげてるんです。 何か文句でもあるんですか?」 「いや、二人ともヘトヘトなんだが……」 俺の前で、いつもの威勢を完全に失うほど疲れてしまっている詩葉が、肩で息をしながら立ち上がり、   「いつもは……夏燐さんが、ダンスを見てくれるの……だけれど……はぁ、はぁ……彼女は今、ステージ製作の方を、やってくれているから……。 代理で、松本さんが……来てくれているの……」 「……うん、分かったからとりあえず水飲んでこい」 夏燐の時もなかなかだったが、どうやら、松本の指導は夏燐以上にスパルタのようだ。 まぁ、松本は以前、俺たちアイドル研究部にあからさまな敵意を向けていた訳だし、こうして俺たちの活動に協力してくれているというのは素直にありがたい。これも、きっと江助のおかげだろう。……まぁ、俺の足元で魂が抜けたかのように倒れている絵美里の姿を見ると、ちょっと不憫ではあるが。 「……あれ? そういえば、練習って二人しか来てないのか?」 ふと思い出して尋ねる。確か、曲練習にはWINGSのうちの三人がローテーションしながら参加することになっていた筈だ。 「は? いや、最初から二人だったんですけど……?」 怪訝そうな顔で松本がそう答える。おかしい……つぐみ、音色、舞のいずれも、練習をサボるような輩じゃない筈だ。或いは、誰かがローテーションの順序を勘違いしているのだろうか……? 「……今日は、舞さんが一緒に練習に参加する予定だったと思います。 でも、お昼休みが終わってから見かけてないような……」 「舞さん、この間も"外せない用事があるから"って言ってどこかへ行ったわよね。 ……何かあったのかしら?」 少しずつ息を吹き返してきた二人が、舞について色々と憶測を語りだす。確かに、ここ最近の舞はどこか変というか……学校祭への熱意があるのか無いのか、よく分からない態度を示しながらフラフラしている印象だ。最初は、いつもの事だと思って気に留めなかったけど、ひょっとしたら何かあったのかもしれないな。……というか、俺自身が一番、ここの所舞の姿を見かけていないような気がする。 「……とにかく、舞を見つけないと話にならないか。 丁度手が空いてたし、俺がその辺探して━━━━」 と、その時だった。ガチャ、と屋上の扉が開く音がした。もしかして、舞が戻ってきたのだろうか……そう思って振り返った俺たちの予想は、思わぬ形で裏切られた。 「Wow! やっと見つけマシター♪ WINGSのeverybody!♪」 「こ、コバルト流星群っ!?」 絵美里が飛び上がる。俺や詩葉、松本も目を丸くしながら驚いていた。 「どうしてっ……まだ学校祭は先なのに……!?」 「仕事の合間を縫って、Rehearsalに来たんデース♪ そ・れ・にぃ……ユーナがど~しても来たいって言うから~♪」 「キャリー! 余計な事を言わなくて良いから!」 声を張る優菜に構わず、キャリーは俺たちの方に近づきながら、キョロキョロとしきりに俺たちの周りを見回しだす。 「あら? あの紫髪の……ガクートちゃんは居ないの?」 「ガクート……もしかして、舞さんの事?」 「YES! ユーナは、舞ちゃんに会いに来たのよネー?」 「……誤解しないでくれるかな? 会いに来たのは事実だけど、別に友好的な付き合いによるものでは断じてないし……むしろ逆だ」 どういう事だ? 口ぶりからして、二人は舞のことを知っているみたいだけど……一体、彼女らと舞にどんな関係があるというのだろう? ……というか、そもそもアイツプロの世界に顔知れ渡りすぎだろ……。 「あのぉ……舞先輩とお二人って、ひょっとしてお知り合いなんですか?」 猫被りモードに戻った松本が問いかける。しかし、優菜はその質問にキッと強い睨みで以て応じた。一瞬、その凄みにビクッと肩が震えてしまう。 「彼女は……いや、彼女たちは、僕にとってのライバルなんだよ」 「え……?」 たった一言、優菜は重い声でそう回答した。キャリーが僅かに目を伏せる。"彼女たち"というその言葉で、俺は……いや、詩葉と絵美里も、ある一つの可能性に気づいてしまったようだった。 「中学時代、僕は大会で『舞華』に二度敗北している。 ……もう分かるだろう? 『舞華』は、僕にとって越えるべき壁……なのさ」 冷たい風が吹き抜ける。早見会長の一件でほどけたと思っていた、舞の過去のしがらみ。それが、また新たな因縁を紡ごうとしていた。  つづく
ギフト
0