WINGS&アイロミームproject(仮)
第十一章 『勝負と共闘の流星歌』(後編)
  「━━━━ありがとー! 『夢への鼓動で飛び立とう!』でした!」 一曲を歌い終えたつぐみ達三人に、拍手と声援が浴びせられる。秘密兵器の準備が整うまでの時間を、三人は見事に稼いでくれた。後は、俺たちにとっても"賭け"だ。 「……ねぇ、本当にやるの? マジで」 「当たり前だろ! 今更止めるとかナシだからなー!」 「大丈夫だよ。 あんだけ秘密特訓も積み重ねて来たじゃないか」 ヒソヒソと舞台袖で励まし合う。その間、つぐみ達はフリートークで何とか場を繋いでくれていた。彼女たちには、まだ次の指示を出していない。秘策は、観客にとってもつぐみ達にとっても"サプライズ"なのだ。   「……よし、行くぞ!」 ガッ! とステージへの階段を踏みしめた俺を先頭に、江助、夏燐が続く。……いや、俺たちはもう、ステージに立った瞬間から変わるのだ。ここからは、もうWINGSだけのステージではない。 「━━━━ちょ~っと待ったァー!!」 「そのケーキ屋さんが…………って、え? ちょ、え、何!? 翔ちゃん!?」 「今の俺は"翔ちゃん"じゃねえ。 ……俺は黒き一迅の風! 人呼んで"SHO"だッ!」 「いや、じゃあ"翔ちゃん"のままで良いじゃん……」 「そして俺は、コウ!」 「えと……お、俺は! 篠……樫野リンダだッ!」   「「「三人合わせて~……『ASH』ッ!」」」   ドォォォン……! という効果音を脳内で再生しながら、三人でポーズを決める。しかしながら、観客たちもつぐみ達も、突然の出来事に頭の処理が追い付いていない様子でポカンとしていた。こうなると、流石の俺たちも恥ずかしい。折角カッコいい黒のジャケットとか見繕って三人分用意して来たのに……。   「ってな訳で、こっからはASHの楽曲披露タイムだぜー!」 が、江助だけは……いや、コウだけは、この微妙な空気を全く気にしていないらしく、マイペースに場を仕切り始めた。コウの発言で、ようやく我に返ったつぐみ達が、俺たちに詰め寄る。 「な、何なのこれ!? いつの間に仕込んでたの!?」   「もしかして、これが秘策~……?」 「が、楽曲ってことは、一曲歌うって事ですよね!? だだだだ大丈夫なんですか!?」 「はいはい心配すんなって。 こっからはアタs……リンダ様達に任せときな!」 「……プフッ」 「お~? 今ちょっと笑ったねぇSHOちゃ~ん? 何か文句あんのかな~?」   「いだだだだっ! や、やめっ、悪かった! 悪かったって!」 と、そんなコントみたいなやり取りを続けていると、観客席の方からも、ワハハハッと明るい笑い声がちらほら聞こえてきた。結果的に、掴みが成功したと見て良いのだろうか? 「……とりあえず、こっからはASHが一曲披露するから、皆は一度下がって、舞が戻るのを待っててくれ」 小声で、つぐみ達にそう伝える。三人は顔を見合わせると、意を決したかのようにパッとステージの方へと向き直って、 「ふぅ~ん? それじゃあASHさんたちの実力、とくと見せて貰おうじゃないの!」 「三人とも、頑張ってね~♪」 「ステージは、一旦お任せしますね……!」 ステージ裏へと捌けていく三人を見送ってから、俺たちはそれぞれ所定の位置につく。目配せをし、準備が整ったのを確認して、後ろに合図を出した。 ……ここからは、ASHのステージだ! 『~~♪』 シンセサイザーっぽいサウンドが流れ出す。おぉ……という観客の声を背中で感じながら、俺たち三人はバッと振り向き、練習してきたダンスを披露した。舞の振り付けには劣るものの、しっかりと練習を積み重ねてきたロックダンス。……うん、息はピッタリだ。 「Break your chain! 目の前続いてる、平坦なコースは~、飽き飽きするぐらい退屈さ~♪」 「To be lost! 一寸先は闇、ぐらいが丁度いい~、もがきながら進め~♪」 アップテンポな曲調が、俺たち三人や、観客たちのテンションを次第に高揚させていく。つぐみ達がステージで感じてきたのであろうワクワクを、俺たち三人は今、身を持って体感していた。 「キ~ラキ~ラ目映~い光は、俺ら~にゃ似合わ~な~い~♪」 「ユ~ラユ~ラ彷徨~い歩く、灰~被りのstray dogs~!♪」 ドン! とステージを踏み鳴らし、ステップを踏む。おぉ……! という観客の声と重なって、曲はサビに入った。 「「「唸れ! 厭世猜疑と、怨念の咆~哮~over tone!♪ 本能呼び~覚ます紅蓮の轟音! breakdown! breakdown!」」」 「「「首輪繋がれた 利口な犬なんかじゃない! 裁ち切~れ自分の牙で! さあ! Let's burn your heart~!♪」」」 ワアアァァ!! と、観声が上がる。WINGSの時ほどではないが、こうして場が盛り上がっているというだけでも充分嬉しかった。放課後、つぐみ達に見つからないようひっそり練習してきた甲斐があったというものだ。 「ギ~ラギ~ラ眩し~い光は~、こ~の場~じゃ不釣り~合~い~♪」 「フ~ラフ~ラ当ても~な~く行く、灰ま~みれの~stray dogs~!!♪」 一瞬止むBGMと共に、三人揃ってターン。からの、背を向け手を高く掲げる。 よし、決まった……! 「「「唸れ! 厭世猜疑と、怨念の咆~哮~over tone!♪ 本能呼び~覚ます、紅蓮の轟音! breakdown! breakdown!」」」 「「「運命定~められた、従順な飼い犬じゃない! 裁ち切~れ自分の牙で~! さあ! Let's burn your heart~!♪」」」 手拍子の音が自然と観客から沸いてくる。その音が大きくなるに連れて、俺たちのボルテージも高まっていった。なんて言うか……最高の気分だ!   「「「掴み取~れ自分の手で! さあ! Let's burn your heart!♪」」」 最後の部分を歌い終え、三人並んでポーズを決める。音が鳴り止んだ刹那、客席からは大きな拍手と、黄色い声援が飛び交った。 やりきった……という感覚が全身に走り、思わず笑みが漏れる。夏……じゃなくて、リンダやコウも同じ気持ちらしかった。顔を見合せた俺たちは、ニカッと爽やかな笑みを浮かべつつ、高らかにハイタッチの音を響かせるのだった。 ~~~ 「ど、どうしよう……三人とも超カッコいいんだけど……」 「あれって、WINGSの新曲にしようと思ってて、私がボツにしちゃった音源だよね~? 翔登くん達、再利用してくれたんだ~♪」 「凄い……凄いですよこれは! ひょっとしたら、ミラアイにも出場できたんじゃ……!」 控えスペースからステージの様子を窺いながら、つぐみ達は三者三様で感動を露にしていた。ちなみに、曲を流したりライトの色を変えたりといった裏方作業は、冬美や桃子、明菜らが分担して執り行っている。 更に…… 「ったく……次ああいうことやる時は、ちゃんと生徒会に許可取りなさいよね!」 「で、でも……それだとサプライズじゃなくなっちゃうし……」 「ウフフ♪ 男子たちにあんな風にアピールされちゃ、貴女たちも気が気じゃないわよねぇ? ……どう? 秋内君たちを見て、胸とか疼いちゃったりしてない?」 「なっ、そ、そんな事考えてないですからっ!!」 たまたま暇だったという山栄田姉弟と、顧問の錦野先生が、裏方の手伝いを急遽買って出てくれていた。それ以外にも、桃子が助っ人に呼んで来たというソフト部の部員や、手の空いている生徒会役員なども来てくれている。人手不足を心配していたステージ裏は、今やもう、手が余るほど充実していた。 そこへ…… 「はぁ……。 やっと戻って来たと思えば……一体何なの、この状況?」 「詩葉さん!」 テントの幕をくぐって、詩葉が姿を現す。その瞬間、ステージ脇に居たつぐみ達三人は、すぐさま詩葉の元へと駆け寄った。 「がっくんは!?」 「……説得はした。 舞さんは、必ず帰ってくるわ。 だから……もう少しだけ待って欲しい」 「……うん。 私たち、舞ちゃんのこと信じてるからね~。 でも……」 チラ、とステージ側に視線を向ける音色。臨時で場を繋いでくれているASHだったが、その曲ももう終わってしまった。これ以上時間を引き伸ばすことは、出来ない。皆が、不安そうに眉をひそめた。 ━━━━しかし、 「━━━━心配は無用。 私は……岳都 舞は、此処に居る」 詩葉の後方。テントの端から聞こえてきたその声で、皆の不安は打ち砕かれた。舞は、額に汗を浮かべ、肩で息をしながらそこに立っていた。「舞さんッ……!!」 今度は、つぐみ達三人だけでなく、スタッフを含めた皆が駆け寄った。皆に取り囲まれるような形で視線を受ける中、舞は静かに深く頭を下げる。 「……私の身勝手な行動で、WINGSだけじゃなく、翔登Pや観客、裏方の皆にまで迷惑をかけてしまった。 ……だから、ごめんなさい」   沈黙が、舞の周囲を包む。きゅっと固く握られた両の手が、彼女の真剣な思いを物語っていた。 ……しかし、そんな彼女の力んだ心は、音色の温かい抱擁によって解きほぐされる。 「……大丈夫。 私たち、ちゃんと舞ちゃんのこと信じてたから」   音色の言葉に続くようにして、絵美里らも、 「何があったかは……えと、また後で聞かせて下さい!」   「そうだね。 今は、がっくんが戻ってきてくれた事だけで充分っ!」 「皆……」 舞の視界が、目頭に篭る熱とともに歪む。けれど、まだその時ではない。舞は、指の側で目蓋を擦ってから、パッと前に向き直った。 「ありがと。 もう、平気だから」 「えぇ。 それじゃあ━━━━」 「━━━━ふぅー。 一仕事終えたって感じだなー!」 「いいから! とりあえず早く着替えさせてマジで! 落ち着かないったらありゃしない!!」 大歓声を背に受けながら、翔登ら三人がステージ裏へと降りてきた。ちょうど、ステージに赴こうとしていた舞たち五人と、翔登たちとがバッタリ対峙する。翔登は、偶然並び立っていた五人をそれぞれ目で追って、   「ステージは充分あっためといた。 ……こっからは、正真正銘"WINGS"のライブだ」 こく、と頷く五人。皆、準備は出来ているようだった。 「先輩! WINGSの曲準備出来ましたよー!」 パソコンと向き合っていた桃子から声が上がる。それが、図らずも登壇の号令となった。 「それじゃあ、行こっか」   音色、絵美里、詩葉、つぐみ……皆が順にステージへと向かう。と、舞がすれ違いざまに、ヒョコッと翔登の方へ振り返った。 「……ありがと。 後は任せて」 「……勿論だ、頼んだぞ」 示し合わせたかのように、二人は手を真横に掲げ、ハイタッチを交わす。それは、翔登にとっては、バトンタッチの合図。舞にとっては、"もう大丈夫"の合図だった。言葉を交わさずとも通じ合う皆の絆に裏打たれ、舞は、輝かしいステージへと昇り立つ。『舞華』としてではなく、『WINGS』として━━━━。 ~~~ 「さぁ始めよ~ 僕ら~ いつまでだって、ねぇ~ 夢を、追いかけて♪ 未来を~掴む、その手はきっと、あ~なたと~♪」 五人がステージに立って並んだ瞬間から流れ出すピアノのイントロ。それに合わせて、つぐみの透き通るような声が響く。 おぉ……と観客のリアクションが引き付けられ、そして、呼応するかのように、曲もドンッ、と盛り上がっていった。 「「い~つか交わ~した 小さ~な約束を~ 僕は今も ま~だ覚えている~ん~だ~よ~♪」」 「「あ~どけない眼差し~に秘め~た~♪ 頑張れって思いが~ 僕を動~か~す~の~♪」」 「「胸の~奥 果てし~な~く~♪  続く~景~色見たい~んだよ~……♪」」 「「夢の~音 響く~心~♪  貴方に託さ~れた~希望~……♪」」   舞を中心に据えて、逆V字型のフォーメーションへと変わる五人。ステージいっぱいに広がりながら、五人はまるで空にアーチをかけるように手を天へと掲げた。 「「「「「飛び出した~♪ 空は♪ 青く澄んで~て~ まるで 夢みたい♪ 押された~背中 ずっと見守って~いてね~~♪」」」」」   「「「「「手伸ばせば~♪ 届く♪ だから掴・む・よ~♪ 未来♪ 僕らは夢を~♪ 信じ~てるか~ら~♪ 飛び~立~とう~!♪」」」」」 サビに入った時点での盛り上がりは、悔しいが、ASHとは比べ物にならない程だった。観客一人ひとりに笑顔が宿り、それによって、つぐみ達五人も笑顔になる。あぁ……これが"アイドル"のステージなんだと、改めて感じる。五人揃ったその背中は、ステージに立つ者としての覚悟と決意に満ちていて……すごく、格好良いと思った。 「天に伸ばす~ 羽は~ 君がいな~い~と~ きっと、開かない……♪」 「でもね大~丈夫 いつまでだって 僕らは~……♪」     「「「「「羽ばたけ! 心は 色鮮やかで~ まるで、虹みたい~♪ 繋いだ~ 手と手ずっと離さずに~いてね~~♪♪」」」」」 「「「「「君とならば~ 届く だから掴・む・よ~! 夢を きっと叶え~るんだ~♪ 信じ~てる~か~ら~ 飛び~立~とう~~!!♪   紡ぐよ~ 未来、ま~で~~……♪♪」」」」」 優しい声音が、曲と共に吸い込まれていくかのようにフェードアウトする。ゆっくりとした動きのまま、五人がステージ中央に揃ってポーズを決めると、観客席の方から、拍手と歓声がじわじわと沸き起こってきた。中庭は、もうWINGSの色一色になっていた。   『キミト、ミライト』。 この日の為に用意してきた新曲。ライブの一発目に披露することは叶わなかったが、それでも初披露は大成功と言って良いだろう。ステージの裏から五人を見守りつつ、スタッフの俺たちは満足げに頷き微笑んでいた。 「皆ありがとぉー! 新曲、『キミト、ミライト』でしたー!」   観客から拍手が贈られる。つぐみ達は、満足そうに手を振りながらそれに応えていた。その間、俺たちは次の曲の準備に取り掛かった。 「いやぁー……さっきは突然謎の新ユニットが乱入してきちゃう、なんてハプニングもあったけど、何とか持ち直せて良かった良かったー!」 「いや、あれはどう考えても仕込み……」 「おおおおっとがっく~ん! そこから先はNGワードだからね~!」 アハハハッ、と観客から笑い声が漏れる。その間に、俺たちの指示を受けた松本が、『曲準備OK』のカンペを出しに行った。つぐみ達は、適当なところでトークを切り上げて、次の曲の準備に入る。 「さて、それじゃあ気を取り直して、次の曲に━━━━」 「━━━━ちょ~~~っとWAAAAAAAAIT~~~!!!」 つぐみの声を遮ったのは、客席の方から聞こえてきた叫び声だった。観客と、つぐみ達と、そして裏方の俺たちもがビックリながら声の方に意識を向ける。パイプ椅子の列の中央にある通路スペースをズンズンと進んで此方に向かってくるのは、厚手のジャンパーに身を包んだ怪しい二人組だった。よく見ると、後ろから続く方の人は、先頭を歩く人の止めようとジャンパーの裾を引っ張っているようにも見える。 「あ、あのぉ……すみません、今から次の曲に入るので……」 絵美里がやんわりと声をかけるものの、ジャンパー二人組は止まらない。遂には、生徒会のスタッフを押し退けてステージ上へと登ってきてしまった。 「も~ぉカンニン袋のtea potが収まりまセ~ン! 私、やっぱりWINGSの皆サンと一緒に歌いたいデ~ス!♪」 「ちょっと、貴方何を…………って、まさか!?」 独特な口調のジャンパー女は、そこでニヤリと口角を上げた。そして、ステージ裏で見守る俺たちの視界を遮るかのように、バサッ! とジャンパーを後方へと脱ぎ捨てたのだ。音色が、目を丸くしながら声を上げた。 「キ、キャリーさん……!?」 ジャンパーが床に落ちる音は、観客たちのどよめきによって掻き消される。つぐみや、他の皆も驚きを隠せない様子だった。 「貴女……もう体育館でのライブが始まってる筈じゃ……!?」 「んー、そうなんだケドー……WINGSのライブを偵察に来てたら、私もだんだんexciteしちゃったんデース!♪」 「……僕が何度言っても聞かなくてね。 挙げ句、僕やマネージャーの制止を振り切ってステージに上がる始末だ。 ……本当に、キャリーには振り回されてばかりだよ」 そう言って、キャリーについてきていたもう一人の女がジャンパーを脱いだ。予想通り、そこに立っていたのは板橋 優菜だった。観客の中から、黄色い悲鳴が轟く。 「ねぇねぇ! さっきステージに出てた、RINDAって子はどこに行ったの? 私、彼にご挨拶したいワァ~……♪」 「あ、あのっ! そんな事より、体育館のライブは……」 「え? あぁ……」 キャリーは、顎に手を置いて一瞬考えるような素振りを見せると、 「でも、私は今WINGSさんと一緒に歌いたいノ! ほら、"ゼンマイ削げ"デース!」 「それを言うなら、"善は急げ"だろ。 ……まぁ見ての通り、キャリーは一度言い出したら聞かない質なんだ。 体育館に機材をセッティングしてくれたスタッフたちには、後で謝らないといけないね……」 呆れたように呟く優菜。……というか、二人はインカムマイクも装備していないというのに、普通に喋れている。裏にいる俺たちにもちゃんと声が聞こえてる、って事はつまり、声量とか、声の通し方みたいなのがしっかりしているという事だろう。これがプロのアイドルとの差か……なんて、玄人じみた感想を抱いてしまう。でも、今はそれどころじゃない。 「……岳都君」 と、優菜が唐突に舞の名を呼んだ。彼女は、いつかの日のように岳都と真正面から向き合うと、そのまま真剣な目つきで、じっと彼女を見下ろす。 「客席から君たちのパフォーマンスを見ていた。 初めは、軽い偵察のつもりだったんだけど……僕たちのライブが始まる時間になっても、一向にその場を離れられなかった。 キャリーも……僕自身もね」   「……」 舞は、ピクリとも動かない。ただじっと、優菜の言葉に耳を傾けていた。 「5年前のステージを思い出したよ。 あの圧倒的な実力、技術、盛り上がり……そして、あのキラキラした感じ。 ……やっぱり悔しいよ。 でも、僕の心の中では……何故か悔しさよりも、感動の方が勝っているんだ」   「……貴女は、『舞華を越えてみせる』と、そう言ってた」 舞は淡々としながらも、優菜から決して目を逸らさずに答えた。 「でも、今の私は舞華じゃない。 WINGSの一員。 だから、貴女も過去の私じゃなくて、今の私を追いかけて欲しい。 舞華じゃなくて……WINGSを」 そっと、舞が手を差し出す。仲直りしようって事か……? と、最初はそう思ったけど、どうやら違うようだ。優菜は、差し述べられた手をじっと見つめながら、やがて、ふぅ……と息をつき、 「やれやれ……僕は舞華のことを毛嫌いしていた筈だったのに。 ……認めるよ、岳都君。 君は……いや、君たちWINGSは、僕のライバルだ」   パシッ……! と、軽快な音が響き、握手が交わされる。二人の表情は清々しいものだった。観客たちから、二人の新たなスタートに対し賛辞の拍手が贈られる。無論俺たちも、彼女たちに向けて心からの拍手を贈っていた。 「……でも、勘違いはするなよ。 僕はただライバルとして君たちを認めただけで、敗北を認めた訳じゃない。 ……この決着は、ミラアイで必ずつけてみせる」 「YE~S! ミラアイのstageで、正々ドンドン闘いまショ~♪」 顔を見合わせ、微笑む舞たち。そんな彼女らの様子を裏から眺めていると、トントン……と誰かに肩を叩かれた。欅さんだった。 「あのぉ……今、コバルト流星群のマネージャーさんが来てですね。 これ……流して欲しいって」 そう言って欅さんが差し出したのは、コバルト流星群の楽曲の音源が入ったCDだった。なるほど、そういう事なら…… 「……皆! 今から曲目変更できるか? 音源はこれなんだけど、ステージの五人にもカンペで伝えて欲しい。 五人とも、コバルトの楽曲だったら知ってる筈だし、ぶっつけだけど多少なら躍りとかも合わせられると思う」 「無茶言うね~。 ま、キャリーさんがああ言ってるんだし、アタシ達がお膳立てしてあげなきゃか」 「おっしゃー! 裏方の腕の見せ所だな、任せとけ!」 俺の一声で、その場に居た全員が各々の役割を果たすために動き出した。 ……嬉しかった。皆で心を一つにして、一つのことを成し遂げようとするこの感覚を、俺はアイドル研究部を作る前まではずっと忘れてしまっていたような気がした。 とにかく、これでいける。学校祭のステージを最高のものにするための準備が整いつつあった。カンペを抱えた松本が、テントを後にする。その際、音源の確認をする江助にウィンクをするのを彼女は忘れなかった。動作確認の終わった予備のインカムを、山栄田姉弟が工藤さんに手渡す。その間、欅さんはマネージャーさんからのお願い等をひたすらメモにまとめてくれていた。 「準備オーケーみたいよ♪」という錦野先生の声が響く。裏手からステージ上の様子を見ていた夏燐が、俺にグーサインを出したのが最後だった。 ……全ての準備が整ったのだ。 「よ~し……! それじゃあここからは、コバルト流星群の二人と一緒に、ライブ盛り上げていくよ~♪」 「All light! 第二ショーの始まりデ~ス♪」 「皆、最後までついて来てくれるかい?」 ワアアアァァ!! と、歓声が上がる。騒ぎを聞いた一般参加者も、チラホラと体育館からやって来ているらしかった。中庭には、前にガイアが現れた時と同じぐらいの人混みが出来ていた。 「行きますヨー♪ コバルト流星群のデビューsingle! 『サテライト』!」   「交・信・開・始……」「授かる未知なるsignalは!」 「送・信・完・了……」「新たな未来切り開くray!」 「解・明・ス・ル……」「魅せてよ明日へのそのmessage!」 「ツ・ナ・ゲ・ル……」「届け! 最高の僕らのstage!」 「「繋いで~い~く 紡~ぐ 言葉~の 電~波♪ 波打つ模様~のra~y line♪ 明日への 希望 かけるsa~te~llite~♪」」 ~♪ 「飛・び・交う一筋の光 誰かの願い~を~♪ 乗せて 相・対・性理論の宇・宙(そら)を駆け抜~けて~♪」 「僕ら旅の途中 煌めき行く 星越え祈るんだ~♪ 高い場・所・目掛けてbright! 奏でるわ彼~方~♪」   「「「疼く胸が 呼んでいるよglory star~♪ 果てな~く続く海原の向~こう~♪」」」 「「「一緒に行こうdeeply stage~♪  幻想(マボロシ)じゃ~な~い 導くよride my way~!♪」」」   「「ときめく~鼓~動♪ 眩し~く 光~る 恒星~の~♪ 軌道に馳~せ here we~ go~!♪ 紡~ぐ手 モールス 光♪」」 「「そ~の 先に~ある 未来~は い~つ~か♪ 僕らを包~むSpectre♪ 目映く変わって~ゆ~く~♪」」 「「「「「「「いつか いつか たどり着くよ planet blue sky lane♪ どうか どうか 目覚め させてよ 無限の 星のsa~te~llite~♪」」」」」」」   ~~~ 「━━━━じゃあ、貴女はリンダのお姉さんなのね!! 確かに、目とか髪の色とかそっくりネー♪ ……ねぇねぇ、リンダの連絡先とか教えてくれないっ?」 「なっ!? いやぁ……それはちょっと本人に聞いてみないとかなぁー、みたいな……」 大盛況に終わった学校祭ライブ。その終幕後、俺たちはステージ裏の開けたスペースで簡単な閉会式をしていた。コバルト流星群とのコラボも、詩葉と舞による『WINGS・チームnoir(ノワール)』のミニステージも、上手くいった。何も悔いはない。「リンダに恋しちゃいマシタ~♪」とか言うキャリーに詰め寄られてタジタジになっている夏燐を除けば、皆が充足感に満ちた笑顔を浮かべていた。学校祭ライブが大成功だったという何よりの証だ。 「……すごく楽しかったよ、WINGSの皆」   はにかみながらそう答えたのは、優菜だった。学校祭前の、あの威圧するような怖い目付きはもうどこにもない。彼女は、柔和な笑みで以て皆の顔をぐるりと見回した。 「僕も今日、ようやく一歩前に進めた気がするよ。 あの大会の日から、やっと……」 「でもまだ終わりじゃない。 ……そうでしょ?」   「勿論さ。 君との……いや、WINGSとの決着は、ミラアイで必ずつける」 見つめ合う舞と優菜。二人の在り方は、きっとこうでなくてはならないのだろう。認めあって、高め合いながら進んでいく、正真正銘の"ライバル"。プロの世界に生きてきた二人にとっては、きっとこの関係こそが至福なのだと思う。そしてきっと……天国から見守っているであろう華さんも、それを喜んでいるはずだ。 「……天からの声さん、聞こえてますか?」 なんとなく、語りかけたい気分だった。舞を導いてくれたこと、舞を含めた皆をずっと見守っていてくれたこと。それらの事に、お礼を言いたくなったのだ。 「これから先、WINGSはもっと躍進していきますから。 ……だから、舞のことずっと見守っててあげて下さいね」 「っ……!?」 そう呟いたのと同時、舞の肩が大きく跳ねた。驚いて振り向くと、舞は何だか顔を赤らめた様子で、キッと俺の方を睨んでいた。 「……翔登P。 私の許可なく華ちゃんに話しかけないで」   「いや、いいだろ別に。 まぁ今までに話したことはないけど、でも……だからこそ、こうやってキッチリ感謝しとかないとな、と思ったんだよ」 「そっ、そういうの華ちゃん一番調子に乗るから……! うぐぐ……私にしかレスポンスが聞こえない分たちが悪い……!」 いつになく慌てている舞を見て、笑いが溢れる。これでこそ舞だと思った。彼女ほど、素敵な仲間に恵まれた人間は居ないだろう。天からの声や優菜、キャリー、そして俺たちWINGSとも……今後も良い関係で居て欲しいと願う。 「よーし! じゃあそろそろ時間も来ちゃうし、終わろっか!」 「Alright! これにて学校祭ライブ、The Endデース!♪」       「……………………え?」 刹那、俺の思考は電流のような衝撃を受けて停止した。 『The end』。キャリーが発した何てことのない言葉。しかしその言葉は、何か重要な意味を持っていた筈だと、俺の第六感がしきりにそう働きかけている気がした。 「……翔登君?」 「先輩? 急にどうしたんです?」   皆が俺の顔を覗き込む。事情を知らないコバルト流星群の二人も、不思議そうに首を傾げていた。そんな中でただ一人、俺は血の気が引いたような青い顔でわなわなと震えつつ、 「……そうだ、『時遠渡』(ジ・エンド)だ…………」 「え……?」 「『時遠渡』だよっ! 呪いを打ち消す鍵……その啓示を、俺は前に聞いてた! 思い出したんだよ!!」 血相を変えて叫ぶ俺を、皆はただ唖然としながら見つめていた。 陰が差す中庭の一角。つと舞い降りた天からのメッセージが、俺の頭の中で甦る。それは紛れもなく……これから先の未来に波乱を巻き起こすであろう啓示であったのだ。 ~~~ 「さぁ……tragedyの完成は目前ですよ、ショウトさん」 誰も居ない筈の、鍵のかかったアイドル研究部の部室。その中心に、彼女はポツリと佇んでいた。 彼女が天井に向かって掲げるのは、『DEATH』と書かれた不吉なカード。西日を受けて光るそのカードを、彼女は眩しそうに見上げていた。 「始めましょう……"最終章"(ジ・エンド)を。 終焉と……次の"役割なき主演役者"(phantom)の降誕を」  END
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