WINGS&アイロミームproject(仮)
第十三章 『終幕と告白の遠渡歌』(後編)
「夏隣……」 ステージの裏で指揮を執っていた俺の前に現れたのは、フラフラな状態の夏隣だった。慌てて側に駆け寄ってきた欅さんの肩を借りながら、彼女はまるで病床に横たわる患者のようなか細い声で、 「いやぁ……ごめんね。 ちょっと手間取っちゃって……」 「いや、そんなことよりもっ! 大丈夫なのか、お前……?」 息を荒らげ、欅さんに全体重を預けるように寄りかかっている夏燐は、見るからに辛そうだった。虚ろな瞳を首ごと此方に向けながら、夏燐は細い声を絞り出す。 「……約束した通り、シキちゃんを連れてきた」   「連れて……え、でも、どこに……」 辺りを見回すも、件の志岐ひばりと思しき姿は見当たらない。俺が再び尋ねようとしたそのタイミングで、夏燐は制服のポケットから一枚のカードを取り出し、俺に突きつけた。 「これって、タロットカード……?」 手渡されたのは、甲冑を身に纏った不気味な骸骨の描かれたカード。手元には、『DEATH』といういかにも不吉な文字が刻まれている。 「死神のカードは……終了、あるいは再スタートを表してる。 この呪いの連鎖が続くかどうかは……翔登……アンタの決断次第、ってこと……」 「何で、お前がこれを……」 夏燐は、ふぅ……と深く息を吐いて俯いた。まるで、そうしないと意識を保つことが出来ないかのように。 「……ずっと、ここにいたんだよ」 「え……?」 「『時遠渡』は、つぐみ達五人の呪いが一ヵ所に揃った瞬間から、ずっと……その近くに居た人間に目をつけてた。 シキちゃんが、今のWINGSにやたら詳しかったり……翔登の前に時々現れたり……それもこれも全部……シキちゃんがアタシの目を通して観察してたからだったんだよ……」 「お前の目を、って…………まさか!?」 夏燐は、力なくニコッと笑い、 「……シキちゃんはずっと居たんだよ、私の中に」 「っ……」 言葉を失った。 脳の処理が追い付かなかった。 『聖唱姫の呪い』にかかった少女たちを呪い殺す『時遠渡』。その本体が、まさか、夏燐に寄り憑いていたなんて……。 以前、夏燐は電話で『『時遠渡』に勧誘された』と言っていた。……でも、違った。夏燐は初めから、『時遠渡』に……志岐ひばりに魅入られていたのだ。ずっと近くに居た筈なのに……どうして、今の今まで気づけなかったのだろう。そんな自責の念が、ゆっくりと翔登の焦燥を掻き立てた。 「いやぁ……実はもう限界っぽくてさ。 私はここで落ちるけど……ちゃんとバトンは繋いだからね。 …………後は頼んだよ、翔登」 「え、ちょ、夏燐……っ!」 まるで、フッと息を吐き出すかのように、彼女の最後の言葉は放たれた。 ガクン、と夏燐の頭が落ちる。欅さんの身体を引っ張るようにして、彼女の全身の筋肉が弛緩したのが分かった。 ……そして。 ……まるで、幽体離脱のような要領で。 ……夏燐の身体から抜け出てきたみたいにして、志岐ひばりは、俺の眼前に姿を現した。   「……ショウト、さん」   無垢な瞳。透き通るほど白い肌。 正体を知った上で彼女と相対するのは初めてだが、それでも、目の前にいるこの少女が"幽霊"で、"『時遠渡』の保持者"で、"志岐 ひばり"であるだなんて、にわかには信じられなかった。 「夏燐を頼む」と欅さんに告げながら、彼女を……志岐をじっと見下ろす。周りに居るスタッフ達は、俺のことを訝しげな様子で見つめていた。恐らく、彼らには志岐の姿が見えていないのだろう。だが、そんなことをいちいち周りの人たちに説明する余裕は、今の俺には無かった。 「……一つ、聞かせてくれ」 虚空に向かって語りかける。ステージ上に流れるWINGSの楽曲が、俺たちの声を遮っていないかと心配だったが、志岐がコクンと小さく頷く素振りを見せたことで、その心配は杞憂に終わった。 「WINGSを……『聖唱姫の呪い』を持った少女たちのことを、今でも恨んでいるのか?」 志岐は、ゆっくりと首を左右に振り、 「……私は概念。 終焉をもたらすプログラムだけが残された、憐れな自動人形(オートマター)です。 私の中の感情など、とうに忘却の彼方へと葬り去られました」 「そうか……」 重い沈黙。俺が目を伏せていると、今度は志岐の方から俺に問いを投げてきた。 「……私を、浄化するつもりですか?」 「ああ」 「……残念ですが、それは不可能です。 巨大な歯車の如き機構とである私の呪いは、歯を一本折った程度では止まらない。 貴方のちっぽけな力では、舞台上の展開を止められは━━━━」 「━━━━だから、お前に思い出させる」 「……え?」 初めて、彼女の表情が変わったのを見た気がした。「思い出させる」という俺の放った言葉に対し、志岐は、明らかに意表を突かれたかのような様子を見せていた。 「お前がかつて、WINGSに対して抱いていた感情をもう一度呼び起こす! たとえそれが、"呪い"だとしても……その奥底にあった筈の"憧れ"も、一緒に思い出させる! その為に、俺たちはライブを決行したんだ!」 「……無謀です」 俺の主張を一蹴する志岐だったが、しかし、その言葉尻には動揺が見られた。 「私が……そんなことで醜悪な白鳥の子から転身できるとでも? 今まで、呪いという感情だけを軸に存在してきた私が、今更WINGSのライブを見たとしても……それはただ憎悪を助長させるだけ。 そんなことに、何の意味が……」 「いいや、俺たちは諦めないっ!」   キッパリとそう告げて、俺は、志岐の手を取った。幽霊だから触れられないかも……と少し心配だったが、果してそんなことはなく、彼女の細い手首は俺の手にすっぽりと覆われた。 「何の、つもりですか……っ!」 「アンタはもう、病弱でも何でもない。 なら、ステージに立つことだってできる筈だ」   彼女の腕は、氷のように冷たかった。ズンズンと、ステージに繋がる扉の方へ向かっていく俺に対し、志岐は必死の抵抗を見せた。 「離して、下さい! 私は、そんなこと望んでなんか……!」 「……本当に?」 ピタッと、扉の前で立ち止まって振り返る。 「本当に、アンタの中にあったのは"呪い"だけだったのか? 皆と一緒にステージに立ちたかったって、そう思ってたんじゃないのか……?」 「っ……」 俺が手を離しても、彼女は俯きながらそこに立ったまま、逃げようとはしなかった。「感情なんてもう無い」と言い切ってはいたが、まだ葛藤が行われるほどの心の動きはあるらしい。 「……まぁ、俺は当事者じゃないから分からないけどさ。 でも、手助けはできる。 アンタが心の内に秘めていた感情は何だったのか……それを、ステージからの景色で思い出して貰えたらな、って思ったんだ」 「そんなことをして……一体、ショウトさん達に何のメリットが……」 「あぁもういーから! とにかく、立ってみろよ、ステージに。 そうすれば……あとはアイツらが教えてくれるから」 「アイツらが、って……きゃっ!?」 彼女に問い質される前に、俺はステージ裏の扉を開け放っていた。と同時に、グッと掴んだ志岐の腕を引っ張って、そのままステージの方へと歩かせた。 カッ! と、ステージ上の目映い光がシャワーのように降り注ぐ。ちょうど曲と曲の間だったらしく、観客らは、何だ何だ? と開かれたドアの方に注目していた。 一方で、観客らと同じようにドアの方を振り返ったつぐみ達は、しかし、ビックリしているような様子でもなく、むしろ待ってましたと言わんばかりに、満を持した笑顔で志岐の登場を出迎えた。一番驚いていたのは、志岐だった。 「どう、して…………」 「やっと来た。 待ってましたよ、志岐センパイ」 優しく微笑み、手を差し伸べるつぐみ。その様子を見ていた観客たちは、口々に呟く。「つぐみちゃん、一体誰と話してるんだ……?」と。   「……私は、呪いの化身。 零浄化と、後継者の目にしか映らないはずの存在。 それなのに、どうして……」 動揺した声で尋ねる志岐。それに対し、しばらく間を空けてから、つぐみは笑顔で答えた。 「んーと、何て言うんだろう……? 私たちも今、呪いの力を借りてるんです。 40年前のWINGS……志岐センパイのお友達の力を」   「だから、志岐先輩の声も聞こえるんですよ~♪」 ニコッと笑う音色。ナイスアシスト……! 実は、今さっきつぐみが言っていたことは、全くの嘘だ。この場で志岐の姿と声を認識できる人物は俺しか居ない。すなわち、俺がステージ裏からホワイトボードとかジェスチャーとかを駆使して、つぐみ達に志岐の言葉を伝えているのである。 何と間抜けな作戦……と自分でも思うが、それでも皆協力してくれた。というか、俺のことを全面的に信用してくれてないと、こんな作戦成り立つ筈がない。それもこれも全部、彼女に……志岐にWINGSの素晴らしさを感じて貰うための演出なのだ。 「志岐先輩のこと、校長先生や夏燐さんから聞きました。 それで、その……私たちで協力して、志岐先輩をステージに立たせてあげられないかな、って考えたんです!」 「貴女を浄化して、災厄を止めることは簡単かもしれない。 けど、それじゃ貴女の思いは報われない。 天からの……いや、貴女の声をちゃんと聞き届けてあげるのが、私たちの役目」 「今日のライブは、そのためのものでもあるんです。 私たちメンバーだけがWINGSなのではなく、私たちを支える想い、その一つひとつがWINGSを作っている。 ……それに気づいてもらうために」 「あ、あぁ……」 そっと、つぐみが手を伸ばす。見えない、感じられない相手へと差し出したその手は、今確かに、その想いの行く先に佇む彼女によって掴まれた。それが、志岐の意思表示だと、俺は確信した。 「一緒に歌いましょう、志岐センパイ。 アイドルって、とっても楽しくて気持ちよくって……幸せな気持ちになれるんですよ♪」 パッと、ステージ上の照明が切り替わる。俺はすかさず、裏にいる工藤さんや山栄田姉弟らに合図を送った。 つぐみの手をとったまま、ステージの上でオロオロとする志岐。しかし、次の曲のイントロが流れた瞬間、彼女はハッとしたように顔を上げた。……やはり、この曲のことは知っていてくれてたみたいだ。 『それじゃあ、次の曲に移ります。 この曲は、WINGSが五人揃った時に作った初めての曲で……私たちにとっても、思い出深い曲です。 それでは聴いて下さい。 『Try my wings』』 五人がそれぞれステージの各位置に立つ。しかし、それはいつものような五人用のフォーメーションではなかった。 つぐみの隣。そこには、あたかも六人目のメンバーが居るかのように、ポツンとスペースが空けられている。観客らは、そのスペースを不自然に思っているかもしれない。 ……しかし、俺にはちゃんと見えていた。 五人と一緒に、緊張しながらも真っ直ぐにステージに立つ、志岐のその背中が。 『Dear my sky~…… 手を伸ばす先に~ある~♪  遥か~ 彼方まで~、広がる未来~♪』 『『今は~ まだ欠けた羽だ~けど~♪ いつか~ 辿り着ける~と信じて~♪』』 志岐の動きは、ぎこちないながらも、しっかり五人と息が合っていた。見えていない筈なのに、まるで彼女たちにはお互いがハッキリと見えているのではないかと、ステージ裏から見守る俺にはそう映っていた。 『『論理も 安らぎも~越え~♪ 魂抱き 伝う縁~♪』』 『『惑う~ 聖なる~ 恋~へ~と~……♪』』 『羽を~ 広げて翔び立つ~!♪』 『『『『『『Fly high! 空へ! この想~いを届けて~♪ 口をつぐみ、秘めてた~ 言葉の音色、奏で~♪』』』』』』    『『『『『『高く! 空へ! 舞い~上がってゆく~微~笑み 凛として~……!♪』』』』』』 『どこまで行け~るか~♪』 『どれだけ飛べ~るか~♪』 『『『『『『羽ば~たけ! Tr~y m~y wi~ngs!!♪』』』』』』 五人の……いや、六人のハーモニーが、ステージいっぱいに響き渡る。最初は戸惑っていた観客も、いざ曲が始まると、そんなことは気にならないぞと言わんばかりに盛り上がっていた。その声援は、きっと届いていることだろう。40年以上の時間の中で、ステージに立つ夢を胸に秘め続けていた一人の少女に。 「━━━━ひばりっ!!」 その時だった。 観客席の奥の奥、閉めきっていた筈の体育館入り口から、その太い声は響き渡った。 ザワつく観客たち。さすがのつぐみ達も歌を一時中断し、その声の主の方へと目をやった。 「校長、先生……」 引く波のように左右に別れていく観客らの間をゆっくりと歩き、校長はこちらへと向かってきた。その目は真っ直ぐにステージへと向けられており、その視線は……志岐のことをじっと捉えているように見えた。 「真彦、くん…………」 「……まさか、本当に君がここに居たとは…………」 ……いや、思い込みなんかじゃない。校長には、志岐の姿がハッキリと視えている。原理は分からないけれど、どうやら校長は志岐のことを認識できているらしい。 「ハァッ、ハァッ……よかった~、間に合ったみたいだな」 「江助……!」 ステージ裏にいた俺のもとに、息を切らした江助が駆け寄ってくる。松本、錦野先生らと共に、しっかりと任務を……校長を連れて戻ってきてくれたという訳だ。 「……私は」 静寂に包まれる会場で、そっと校長が口を開く。 「私は……君に何と声をかけるべきなのか、分からない。 40年前……私は君が病弱だったという事実を知らず、無責任にも君をアイドル活動に率いれようとした。 そして、君の悩みに最後まで気づけなかった。 ……今こうして、君がステージに立っているのは、君を見殺しにした私への当て付けなんだろう?」 校長の言葉は、ほとんど独白のように細く響いた。対して、彼の言葉を真正面から受け取った志岐は、ゆっくりとステージのギリギリ前まで歩いていき、 「……40年前から、貴方の視界は自責と主観の靄に遮られ続けている。 私は、今まさにその靄をくぐり抜けた山頂の景色へと至る所だったというのに」 「……相変わらず、君の言葉は難解で分からないな。 それは一体……」   ━━━━その時だった。 意図してか否か、校長と志岐が、ほとんど同時にお互いの方へ向かって手を伸ばした。 二人が手を取り合い、校長が、その手を掴みながらステージへとよじ登ったその瞬間。パァッ……と、志岐の身体が次第に光を帯び始めた。まるで、アニメでよくある"聖なる光"みたいな、神々しい光に包まれながら、志岐は言った。 「……昔からずっと、空気が読めない男の子のままですね、と言ったんですよ。 私……もう少しWINGSの皆さんと一緒に歌って踊っていたかったのに」 「……そうか。 それは悪かった。 ……だがそれ以前に私は、君が"歌って踊りたい"という願望を口にしてくれたことが、とても嬉しい」 一体何が起こったんだ……? と、目を凝らしてステージを注視する。それでも、志岐が光を纏ったということ以外、彼女に変化はない。 ……むしろ、変化は彼女の周りにいた人間に起こっていた。 「あ、あれ……もしかして、あそこに立ってる子が志岐 ひばりか……!?」 トントンと、忙しなく肩を叩きながら江助が尋ねる。え……? と言って振り向こうとした時、江助と同じように目を丸くしてステージ中央を見つめるつぐみ達の姿が目に入った。 (もしかして……さっきの光で皆にも志岐の姿が見えるようになったのか……!?) つぐみ達だけじゃない。ステージ裏にいた人や、観客たちまでもが皆、一斉にステージの中心へと目を向けている。そんな中、校長と志岐の二人は、外界から一線を画した"二人だけの世界"の中で、互いに見つめ合っていた。 「……簡単なことでした。 私は今まで、ステージに立てなかった自らの脆弱と後悔とを……選ばれなかった者としての悲嘆を、選ばれた者に向けることで昇華しようとばかりしていた。 ステージへの階段から引きずり下ろすのではなく、私自身がステージへの階段を登れば良かったのだと……これまでの私は、気づけずにいたんです」   「気づけなかった、か……。 それは……僕も同じさ」 ため息のように息を吐きながら、校長は言った。 「僕は……君にステージに立って欲しかった。 君の事情や周囲の意見、さらには君自身の配慮にすら目を向けないで……ただ、君に笑って欲しかっただけなんだ。  ……私は、君が好きだった」 「ええ。 ……貴方のその願いは、いつしか私の心を変えた。 私もステージに立ちたいと、そう思い続けて……いつしか、その思いは"呪い"へと変わってしまった。 その信念の奥底に秘めていた、本当の気持ちすら塗り固めてしまう程までに」 「あぁ、そうだな。 ……君に呪いを植え付けたのも、そして、その呪いを解く鍵を秘め続けていたのも……全部、私だったのだ」 そっと、校長が志岐の両肩に手を添えた。かつて少年だった彼の腕は、もう老いぼれて細くなってしまっている。その腕に、志岐の手が重なった。 皆が静かに見守る中で、二人の間から聞こえてきたのは━━━━ 「「We lo~ved singi~ng. We lo~ved smi~les♪  The power gives us co~urage. The voice brings everyone co~urage.♪」」 彼らが口ずさんだのは、そんな穏やかなメロディーだった。 曲も、拍子もない中で、二人の声はまるでゴスペルのように綺麗にシンクロしていた。他のどんな音も掻き消してしまうかのような崇高なそのハーモニーは、互いに見つめ合う二人の穏やかな笑顔の中で紡ぎ出されていく。 「「My God! please keep us singi~ng.♪ even if it beco~mes an eternal curse If the song holds everyone together~……♪ We'll keep singi~ng……!♪」」 ブワッと、全身を駆け巡った熱い感覚に、俺は思わず目を見開いていた。二人の奏でるその歌は、もはや、ただの歌ではなくなっていた。……いや、実際あれはただの歌とは違う。二人の間で高まっていくパワーのようなものが二人を……いや、志岐を包む光の勢いを強めていくのが分かる。 そうだ……やっぱり、あの歌は…………   「━━━━浄化、聖唱(ジョーカー・セッション)……」      「「But there's no endless so~ng!♪ We stand in a new stage by the e~nd!♪ If you're going to keep singing a song…… that's never going to endlessly♪ I'll take the curse at the e~nd……♪」」 ステージに向けられていた照明機器からの光は、もう既に意味を成さなくなっていた。半透明だった志岐の身体は、今はもう、星の放つ光のように神々しく、眩しく輝いていた。その光は、直視できないほどに煌々とその白さを増していく。そして、何故だか……その光を見る者全ての涙を誘っていた。 「Please don't stop singing……」 「Please don't refuse the ending……」   「「And this intangible curse becomes a song to save…… e~veryo~ne♪」」 歌の終わり。二人は誰に促される訳でもなく、互いにそっと顔を寄せ合ってキスをした。不思議と、誰もそれを不快な顔で見る者は居なかった。志岐の身体を纏っていた光は、彼女の輪郭すらをも飽和させて揺らめいている。とても、長い時間のように感じた。 まるで40年という時間をその一瞬に内包しようとするかのように、二人はギュッと身体を寄せ合い、長い口づけを交わしていた。そして、それが終わると、二人は名残惜しそうな様子で互いに一歩下がった。 ……それが、最後だった。 「━━━━っ……!」 志岐が、校長に何か言っている。しかしその声は、轟々と響き渡る大きな力のうねりによって掻き消されてしまった。 光が、更に輝きを増していく。 光が、志岐の全体を包み込んで、その姿を見えなくさせていく。 ……そして。 校長がその光をそっと撫でた時。 ━━━━パアァッ……! という音と共に、光は幾枚もの白い光の羽となって弾けた。 「っ……」 その場にいた全員が、その様子を固唾を飲んで見守っていた。しかし、その時にはもう、誰も志岐 ひばりの姿を見留められないでいた。 ……彼女は、光と共に消えたのだろうと、皆がそう確信していた。 「━━━━彼女らの歌声は、その場に居た者全員の心を震わせた。 彼女らのパフォーマンスは、見ていた人みんなの胸を熱くした」 静寂に包まれた舞台。最初に口を開いたのは、校長だった。語り手のような口調で彼は続ける。 「……そう、彼女らは『伝説』として語り継がれるに値する存在だった。 だからこそ、誰もが彼女たちの卒業を拒んだ。……『WINGS』は永遠に不滅だと、皆そう願ったのだ」 校長は、さっきまで志岐が立っていた場所をずっと見つめていた。煌々と降り注ぐ光の羽が、校長の頬を伝う涙をキラキラと照らし出している。 「……WINGSは、"呪い"として不滅の存在になったのだと、私はそう思っていた。 唯一、WINGSのことを恨んでいた彼女からの……WINGSや私自身への報いなのだと、そう思っていた。 ……けれど、違ったんだな」 その声は、涙で震えていた。 40年という時間の中で、誰よりも大きな呪いに苛まれていた校長は……いや、滝沢少年は、WINGSと居た頃ときっと同じであろう笑顔で、 「━━━━ありがとう……君たちの想いが、バッドエンドのまま止まっていた時間を動かしてくれた。 正しい終幕を引き直してくれた。 ……本当に、ありがとうっ!」 それは、ともすれば一風変わった雰囲気の中で行われる全校朝礼のようにも見える風景。全校生徒と、そして、五人のアイドルに見守られながら、校長は高らかにそう声を挙げた。 拍手は、どこからともなく沸き起こった。パチパチ……パチパチ……と波のように広がっていくその音は、まさに校長と志岐らに向けて贈られる祝福と賛辞であった。中には、笑顔を浮かべる生徒や涙を溢している生徒もいる。 ……皆、事情なんて一部しか知らないだろうに。そう思う俺ですら、人知れず涙を溢していた。 ゆっくりと、客席に向かってお辞儀をした校長が、くるりと振り返りステージ裏へと歩いてくる。拍手は、いつまでもいつまでも校長の背中へ贈られた。宙を漂っていた最後の白い羽が、そんな校長に吸い寄せられるかのようにして、ピタッとその肩に止まる。校長がそっと笑顔を浮かべた瞬間、羽は光の粒となって弾けた。……けれど、残留した光は、彼の側を纏うようにしながら、決して離れたりはしなかった。 ~~~ 「……『時遠渡』の攻略法、いつから知っていたの?」 バックヤードに入ってくる校長を迎えようとした矢先、背後からそう声をかけられた。振り向くとそこには、校長を連れてきてくれた錦野先生と松本さん、そしてライブを見に来ていた早見先輩の姿があった。 ……皆、『聖唱姫の呪い』に翻弄されてきた者たちだ。 「……『時遠渡』のことは、校長の話とか先代のWINGSのお告げとかで知ったけど、後のことは何も。 ……全部、成り行き任せでやっただけですよ」 「偶然って言葉で片付けるには、出来過ぎな展開って感じもしますけどねぇ~。 ま、結果オーライなんで私は別にいいんですけど」 江助の腕にべったりとくっ付きながら、松本は言った。江助も、松本と一緒にホッとしたような笑みを浮かべている。 「『時遠渡』、なぁ……。 ひょっとしたら、今までに『聖唱姫の呪い』が出た代にも、あの子は出て来とったんかもしれへんね。 錦野先生は、『時遠渡』の呪いのことは知らんかったんですか?」 「そうねぇ……流石の私でもノーマークだったわ。 ただ……」 薄く笑みを溢しつつ、錦野先生はステージの方にチラリと目をやった。その目線の先には、先ほどステージ上で壮大なドラマを巻き起こしてくれた人物の姿があった。 「『零浄化』の出所については……何となく察しがついていたんですよ? 滝沢校長」 「……私も、全てを知っていた訳ではないさ」 ゆっくりと階段を降りてやって来た校長は、穏やかな笑みでそう言った。 『零浄化』。 志岐はかつて、俺に宿るこの力を"異質なもの"と言っていた。確かに『零浄化』は他の呪いとは違い、かつて死んだ誰かの怨恨とか、そういった力によるものではなかった。それが、ずっと気になっていたのだ。 ……でも、今日やっとその答えが分かった。『零浄化』は……呪いの力を浄化する力を持つこの呪いは……"呪い"なんかじゃなかったんだ。 「40年前……プロデューサーとしてWINGSを支えてきた校長先生は、彼女らの死を嘆き、『聖唱姫の呪い』が生まれたことを悲しみ……そして、同時に願った。 「この残酷な呪いを断ち切って欲しい」と。 そして、その強い祈りこそが━━━━」   「━━━━『零浄化』という救済の力を産み出した、か……」 開いた掌にじっと視線を落とし、校長は呟く。 「しかし、まさかその力が私自身にまだ宿っていたとはな。 だが、お陰で『時遠渡』を……いや、ひばりを無事に浄化してやることが出来た」 そう言って、校長は俺の肩にポン、と手を置いた。   「改めてありがとう、秋内翔登君。 君こそ、40年の忌まわしき呪いに終止符を打ってくれた救世主だ。 ……君の勇姿はきっと、『聖唱姫の呪い』に見舞われた全ての者にとって救いとなるだろう」 校長の言葉と同時に、その場にいた全ての人たちが、俺の方を見て微笑んだ。早見先輩、錦野先生、校長、江助、松本、工藤さん、欅さん、山栄田会長、敦生くん。夏燐……は、今この場には居ないけど。でも、皆が俺のことを見てくれていた。 なんとなく、むず痒い感じがして頬を掻く。……救世主なんて、買い被りすぎだ。この大団円をもたらしたのは、アイドル研究部全員の尽力のおかげであり、校長先生のおかげでもある。そして、何より━━━━ 「……まだ終わってませんよ」 え……? と皆が揃って首を傾げた。そう……呪いは終わっても、俺たちの物語はまだ終わってはいない。何故なら…… 「WINGSのラストライブは、まだ始まったばっかですからっ!」 ~~~ 観客たちに事情を説明する時間は、まるで朗読劇のような様相を呈していた。呪いのことに詳しい絵美里と、こうした場での喋りに慣れている詩葉とが主に説明を担当した。皆、すぐに理解を示してくれた。 『えと、そんな訳で! 『時遠渡』は……ううん、志岐センパイはちゃんと浄化されました。 だから、私たちが死ぬことは多分きっと無いと思うので、安心して下さい!』 『つぐみちゃん。 そこで『多分きっと』とか言っちゃうと、皆不安になっちゃうんじゃないかなぁ……?』 『大丈夫。 私たち、しぶといから』 『そ、そうですよね! 私たち、今まで色んな危機を乗り越えてきましたから!』 『それとこれとは話が別だと思うのだけれど……まぁいいわ』 クスッと、観客の誰かが笑いを溢したのを皮切りに、そこに居た人たちが皆笑い出した。それは、幸せを象徴するかのような優しい笑みの輪。アイドルがもたらす笑顔とは、まさにこういうものを指すのだろう……と、ステージ上で一緒に微笑み合いながら、五人はそんな事を考えていた。 『……よし! それじゃあ気を取り直していくよっ!』 つぐみのその一声で、会場はまた一気にライブムードへと変化した。 呪いによる災厄は免れた。しかし、これがWINGSにとってのラストライブであることに変わりはない。 (でも……だからこそ……!) つぐみ達は皆、涙で潤った瞳をクシャッとさせて、笑顔を浮かべていた。この学校とのお別れを……さよならを、悲しみの色でなく幸せの色で染めるために。エンディングを、ハッピーエンドにするために。 『それでは、聴いて下さい!  ━━━━『満天 fly high 未来』っ!』 そうしてWINGSは、最後の空を翔るために、羽ばたいた。       『僕らの~ 未来はほら、満天の輝き~♪』 『満ちてる~『希望の~♪』光に~溢れて~る~♪』   『キミ~の 描~く 夢~はどんな~  色に染~まる~? 未知数ねwonder line~!♪』 『"好き"~で 世~界 創~りた~いんだ~! 胸の~奥 疼~く光のま~まに~♪』 『弱音抱えて~……歩み~を止めな~いで~』 『走れば~いい~! 自分の可能~性~! 無限大~~!♪』 『『『『『(無限大! 絶対! 夢は壮大!)』』』』』 『『『僕らの~ 明日は今 こ~の手の中に~♪』』』 『『輝ける夢 抱~いて fl~y high~!♪』』 『『『『『飛~ぶんだ~!♪ 目指す~先は満天の輝き~♪』』』』』 『『『満ちてる~『『(希望に~)』』光~に手伸ばし~て~!♪』』』 つぐみの歌声は、そこにいた観客たち全員の心を震わせた。 詩葉の書いた歌詞は、夢に向かう思いの強さを、確かに皆へと伝えた。 音色の奏でたメロディーは、その明るさで皆の心を昂らせた。舞の振り付けは、見る者全てをワクワクさせ、楽しませた。 絵美里の浮かべる笑顔は、そこに居た全ての人たちを笑顔にした。 (すごい……) ……ステージ裏で見守る俺は、確信していた。 WINGSは━━━━間違いなく"伝説"の存在であると! 『『キミ~の 選~ぶ 明日~はど~んな ことが待ってる~? ワクワク止ま~んな~いっ!♪』』 『『自由~ 描~き 進~みた~いんだ~ 信じら~れる~ 熱~い光とと~もに~♪』』 『『不安な夜は~…… イメージしてみ~るの~♪ 走りだ~した、自分の~理想形~! Imaginary~!!♪』』 『『『『『(Imaginary! 世界! 走れ全開!)』』』』』     『『『僕らは~ 願いをそう、自らの手~で~♪』』』 『『叶えら~れ~る~力を~ 秘め~てる~!♪』』 『『『行くんだ~! 未知の~先は~、暗いかもだけど~ 必ず~『『(先には~)』』光が~待~ってい~る~!♪』』』 『ぼ~くらの~ 未来~は今 こ~の手の中~に~……♪』   『『輝け~る夢抱~いて~ fl~y high~!♪』』 『『『飛~ぶんだ~!♪ 目~指す~先は 満天の輝き~ 満ちてる~『『(希望に~)』』光に~手~伸ばし~て~♪』』』 『『『『『僕らは~ 願い~をそう 自らの手~で~♪』』』』』 『『叶えら~れ~る~力を 秘め~てる~!♪』』   『『『『『行~くんだ~!♪ 未知の~先は 暗いかもだけど~♪ 必ず~『『(先には~)』』光が~待~ってい~る♪』』』』』   『『『『『夢描~いて♪ み~ん~な~で~行~こ~う♪ 掴みと~れ♪ 満~天 fly high 未来~……!!♪』』』』』 ……………………… ………… ……    END
ギフト
0