卒業式は、無事に執り行われた。
『時遠渡(ジ・エンド)』は、あの一件で完全に消滅したのだろう。もし、災厄が止まってなかったら……なんて心配も少ししていたのだが、それは、五人がちゃんと卒業証書を受け取れたことで杞憂に終わった。『聖唱姫の呪い』が生まれてからの40年間で、彼女たちは……初めて"五人全員が死なずにすむ"という結果を成し遂げられたのだった。
「改めまして……ご卒業おめでとうございます、先輩っ！」
最後のHRを終えて教室を出たところで、生徒会書記の山栄田 敦生くんに声をかけられた。
「ありがとう。 それと、敦生くんの在校生代表スピーチ、良かったよ」
「本当ですかっ？ えへへ、嬉しいです……！」
二人で話していると、同じく教室から出てきた夏燐、江助がやってきた。夏燐は、つい昨日まで熱にうなされて重篤状態だったというのに、今ではすっかりケロッとしている。二人は、俺と目が合うと、ニッと笑みを返してこちらに近づいてきた。
「ところで、さ……敦生くんの『業奉糸(ゴーフォーイット)』はどうなったんだ？」
江助が尋ねると、敦生くんはちょっと視線を落とし、自身の掌を見つめた。
「……分かりません。 あれ以来、ミサンガは作ってませんから」
「そっか……でも、敦生くんのそれは"亜種的な呪い"って言われてるらしいし、他のと違って自然消滅するのかもね」
能天気に笑う夏燐に釣られて、皆もクスッと笑みをこぼした。
……そう。敦生くんのは、特殊なのだ。
「……俺の『浄歌聖唱(ジョーカー・セッション)』は、まだ発動していない。 それに、死を免れたってだけで、つぐみ達五人の呪いはまだ残ってる……」
「翔登……」
呪いの副作用……いわゆる"災厄"と呼ばれていた事態は、無事回避できた。
しかし、彼女らにかかっていた呪いそのものは消えていなかった。感情の伝播、相手を圧倒する弁論力、心拍数の操作、天からの声との通信、存在感の操作……彼女らはまだ、日常を逸した力に苛まれたままなのだ。
「……」
これから、皆はどうなるのだろう？ あの力を抱えたまま、今後ずっと生活をしていかなければならなくなるというのだろうか……。
そんな……そんなの……！
━━━━ポンッ。
……と、俺の両肩に手が置かれた。顔を上げると、俺の両サイドに立っていた夏燐と江助が、俺の顔を覗き込みながら笑顔を浮かべていた。
「だーいじょうぶだって。 ほら、つぐみ達も言ってたっしょ？ 『もう呪いの力を制御することも出来るようになってるし、最初の頃みたいに呪いで苦しむようなことは無いから大丈夫だ』ってさ」
「それにさ、皆"災厄"を逃れて今ちゃんと生きてるんだぞ？ それだけで充分ハッピーエンドじゃんか。 翔登が責任感じる必要なんて無いし、むしろ胸張っていいんだよ！」
「夏燐、江助……」
二人の言葉で、俺の心は軽くなった。
……いや、二人のおかげだけじゃない。今朝方、つぐみ達に同じことを話した際にも、俺はそう励まされたのだ。
……五人は、もう呪いの力をある程度制御できるようになっている。だから、彼女たちならきっと、今後うまくその力に折り合いをつけてやっていけることだろう。そういう意味では、きっと心配はない筈だ。
…………でも。
「……でも、俺はやっぱり━━━━」
「あー、はいはい。 みなまで言わなくても分かってるっての。
……ちゃんとケジメつけたいんでしょ？」
ビックリして顔を上げると、夏燐はニヤニヤと笑みを浮かべながら俺の方を見ていた。そして、それは江助も同じだった。
……なるほど。どうやら二人には、俺の考えていることなど全てお見通しらしい。
「えっと……どういうことですか？」
「あー……ほら、翔登の『浄歌聖唱』はまだ温存してあるだろ？ だからこう……せっかく呪いを解く力があるのに、それを使わないままだと勿体ない！ みたいな……。 助ける為の力があるなら、ちゃんと助けたい！ みたいな……そんな感じだよな？」
「フワッとしてるな……まぁ、間違ってはないけど」
江助の説明で、敦生くんもようやく納得したらしかった。
俺には、呪いを浄化する力がある。なら、その力を使わない手はない。例え、本人たちが大丈夫だと言っていたとしても……この手で助けられることがまだあるのだとしたら、せめて最後に、それを行使したいのだ。
「……分かってると思うけど、敢えて言うよ？」
俺の前に出た夏燐が、腰に手を当てながら言う。
「翔登のその力で救える人は一人だけ。 命を見捨てる、ってほどの大事じゃあなくなったにしても、誰か一人を選ぶ覚悟はちゃんと持っといて貰わなきゃ困るのよ。 その点は大丈夫なわけ？」
審問官のような、夏燐の問いかけが胸に刺さる。しかし、俺はもう決めていた。
「大丈夫だ。 ちゃんと覚悟してる」
「そっか……じゃあ心配ないね」
夏燐の顔つきが、真剣なものから、ホッとしたような緩やかなものへと変わる。俺は、そんな夏燐に言葉をかけようとして、でも、止めた。そんなことをしたらきっと、俺の……いや、俺たちの覚悟は揺らいでしまう。
「……五人はホームルームが終わった途端、それぞれ思い出深い場所に行くって言って教室出てっちゃったよ。
つぐみと音色、絵美里の三人は、向こうの棟に行ったんじゃないかな。 んで、詩葉と舞はまだこの棟に居ると思う。
……さ、後は翔登の好きにしな」
「……ありがとな、二人とも」
ニッと笑う二人に、背を向ける。
向かうべき場所は、もう決まっていた。
意を決し、俺は━━━━
～～～
オカルト研究部の部室。その前に立って、俺は小さく深呼吸をした。この部室は、ともすれば俺が二番目に多く訪れた部室かもしれない。窓から射す春の陽気を背に受けながら、俺はなんとなく懐かしい気分に浸っていた。
（ここで、出会ったんだよな……）
初めて、この場所を訪れた日のことを思い出す。あの日は確か、江助と夏燐も一緒だった。その翌日には、一人でここを訪れたりもした。どちらの時も、ドアを勢いよく開け放って、中に居た彼女をビックリさせてたっけ……と、俺はその時の様子を思い出してクスッと笑みを溢した。
コン、コン……と、今度はちゃんとノックをしてからドアに手をかけた。ドアの向こうは暗く、相変わらず静かだった。廊下を照らす日の光がぼんやりと室内を照らすよりも早く、俺は彼女の姿を見つけた。彼女の……櫻井 絵美里の瞳が、眼鏡越しにキラリと光を反射しつつ、真っ直ぐに俺の方へと向けられていたからだ。
「翔登、さん……」
「……聞きたいことがあってさ。 お前のことを探してた」
絵美里は、最初に出会った時と同じように、魔女に扮した帽子とマントを身に付けていた。彼女の表情は、俺の来訪に驚いているようにも見えたし、既に俺が来ることを予想していたようにも見えた。半分ほど開いたままになったドアから射し込む光が、お腹の下あたりでギュッと握られている彼女の両手を照らしていた。
「聞きたいこと、ですか……。 えっと、もしかして都市伝説のこととか、ですか？ それとも、アイドルグループへの勧誘、とか……」
絵美里に似合わない、そんなユーモア溢れた返しに思わず笑ってしまう。絵美里も、最初は俺の様子を窺うような姿勢だったが、俺が笑ったのを見て、ホッとしたように表情を緩めていた。
「都市伝説でも、アイドルの勧誘でもないよ。 ……俺が聞きたいのは、その……絵美里の気持ちだ」
「私、の……」
ピクッ、と絵美里の肩が震えた。彼女が唾を飲み込む音が聞こえてきそうな程、室内は静寂だった。
「絵美里には、WINGSを結成するよりも前から世話になってたよな。 絵美里がWINGSに加入したのは一番最後だったけど……でも、絵美里に助けられたこととか、絵美里と一緒に活動してきたこととかは、俺の中で鮮明に思い描ける。 いつの間にか、絵美里の存在は俺の中で特別になってたんだ」
『聖唱姫の呪い』のことを教えてくれたのは、絵美里だった。
つぐみの呪いや、詩葉の呪いについて教えてくれたのも、絵美里だった。
自身にかかっていた呪いの力で、WINGSに降りかかる"災厄"を止めようと最初に行動を起こしたのも、絵美里。
『零浄化(ゼロ・ジョーカー)』の力を持つ俺の迷いに訴えかけ、俺の決意を漲らせてくれたのも、絵美里。
その力で思い悩む俺を支えたり、皆がバラバラになった時に俺を助けようと動いてくれたりしたのも、全部……絵美里だった。
俺は、幾度となく絵美里に支えられてきた。
彼女の優しさがあったから、彼女の勇気があったから……俺は、今まで呪いとアイドル活動という二つの大きなものに立ち向かってこれた。メンバーの一人としてだけじゃなく……彼女の存在そのものが、俺の勇気になっていたのだ。
そう。 俺はずっと、彼女のことが……。
……櫻井 絵美里のことが、好きだったのだ。
「……俺は、絵美里のことが……好きだ」
「っ……！」
素直な言葉で、そう告げた。
カッコつけたりとか、自分をよく見せようとか、そんな思いは不思議となかった。ただ、真っ直ぐにこの思いを伝えたい。ただ、それだけだったのだ。
「だから、お前の気持ちを……俺の今の言葉への、絵美里の気持ちを、聞きたい」
「……」
絵美里は、軽く俯いたまま黙っていた。鍔の大きな帽子のせいで、彼女が今どんな表情をしているのかは、今の俺には分からなかった。が、しばらくしてから、彼女は握られていた手を目にやって、ゴシゴシと擦るような動作をとった。そして、震えたか細い声で、
「……ずるいですよ。 私より先に、言っちゃうなんて……」
ぐすっ……と、鼻をすする音が聞こえた。彼女は、顔を見られるのが恥ずかしいのか、帽子の鍔をギュッと下に引き寄せた。
「……世話になっていただなんて、買い被りです。 だって、私のほうがもっと、翔登さんにたくさん助けられてきたんですから。 WINGSに入る時、災厄のことで頭を悩ませていた私を助けてくれたこと……私、ずっとずっと覚えてるんですよ？」
そして、漸く意を決したのか、絵美里が帽子を上げて顔を見せた。廊下から射す光が、彼女の目尻をキラリと輝かせていた。
「私、翔登さんが居てくれたから、変われたんです。 地味で、引っ込み思案で、オカルトオタクで陰気で、人を避けて生きてきた私のことを……翔登さんが、ワクワクするようなキラキラした世界に連れていってくれた。 私にとって翔登さんは……私の、勇気の源だったんですよ……！」
「絵美里……！」
俺の思考と、絵美里の思考とがシンクロしたかのような感覚だった。俺が、絵美里のことを自身の勇気だと思っていたように……絵美里も、俺のことを勇気の源と思ってくれていたのだ。それを知った瞬間、胸の奥がじわじわと熱くなるような、そんな感覚が沸き起こった。心の底から、笑顔を浮かべたくなる衝動を抑えられなかった。
「私の気持ちなんて、とっくの昔に決まってます。
私も、貴方のことが…………翔登さんのことが、大好きですっ……！」
輝くような笑顔が、そこにあった。
初めて会った時には怯えさせてしまった女の子を、俺は今、笑顔にさせている。勿論、その日から今日に至るまでには様々な軌跡があった訳だけど……でも、絵美里とこうして笑い合うことが、最後にこうして想い合うことができたことが、俺にとってはこの上なく嬉しかった。
春の陽気と静かな暗がりとが混ざり合う室内で、俺は、目の前で微笑む絵美里の笑顔を愛しく思っていた。
～～～
「━━━━それじゃあ、いくぞ」
不思議な文字が刻まれた円卓を挟み、二人で向かい合う。俺と絵美里の手には、同じ一枚の紙が握られていた。今しがた、俺がポケットから取り出して絵美里に渡したものだった。
『浄歌聖唱(ジョーカー・セッション)』。
先日のラストライブで、校長と志岐が歌っていた曲。そして、俺の中に宿る零浄化(ゼロ・ジョーカー)の力を元にして『聖唱姫の呪い』を浄化するための曲でもある。この歌の力で、絵美里にかかっている『縁伝者(エンデンジャー)』の呪いを解くことができるのだ。
呪いのことに詳しいだけあって、絵美里は俺が渡した紙を見てすぐに、それが『浄歌聖唱』の歌詞であることを理解してくれた。そして、彼女は自身の中で固まっていた意志を示すために、ゆっくり大きく頷いた。たった二人だけの聖なる儀式が、今、執り行われようとしていた。
「「We lo～ved singi～ng.
We lo～ved smi～les♪
The power gives us co～urage.
The voice brings everyone co～urage.♪
My God! please keep us singi～ng.♪
even if it beco～mes an eternal curse
If the song holds everyone together～……♪
We'll keep singi～ng……！♪」」
何の合図もなく、互いの視線の動きと肩の動きだけで、二人は曲のテンポを合わせていた。歌は、静寂と薄暗さに包まれた室内を彩った。大量の本が、まるでコンサートの観客にのように二人を取り囲み、歌声を吸い込む。そこはもう、二人のための空間だった。
「「But there's no endless so～ng！♪
We stand in a new stage by the e～nd！♪
If you're going to keep singing a song…… that's never going to endlessly♪
I'll take the curse at the e～nd……♪」」
「Please don't stop singing……」
「Please don't refuse the ending……」
「「And this intangible curse becomes a song to save…… e～veryo～ne♪」」
二人で同時に歌い終えた、その瞬間だった。
グワッ！！ と、大きな衝撃が身体を駆け抜けたかと思うと、次第に自分の身体が熱くなるような感覚に襲われた。まるで、光が全身を駆け巡るかのような、そんな刹那的な感覚。それは俺の身体だけでなく、絵美里の身体にも走ったらしかった。
「っ！」
ビクッ！！ と、絵美里は一瞬両肩を震わせて踞った。咄嗟に、彼女の身体を支える。ギュッと俺の腕を掴みながら倒れまいとする彼女を、俺は懸命に支えていた。
「今の……もしかして、絵美里にかかってた『縁伝者』が浄化された……のか？」
今の光には、見覚えがあった。
かつて、絵美里がWINGSに加入することを決めた日。『縁伝者』の力を使って周りの人の記憶から消えていた絵美里が、その力を解除した時。あの時も確か、さっきみたいな強烈な光というか、衝撃が走ったような気がする。だからこそ、俺は今の光が、呪いが浄化されたことの証明なのではないかと思ったのだ。
「はい……そうみたい、です。 前みたいに呪いの力を引き出そうとしても、上手く出来ないみたいですから……」
「そっか。 ……あのさ」
言おうか言うまいか迷いつつ、結局俺は口を開いていた。キョトンとしながらこちらを見つめる絵美里に対し、俺は苦い顔を向け、
「今更だけど……絵美里は、『縁伝者』の力を手放しても良かったのか？ その……『縁伝者』の力はさ、上手く使いこなせれば、便利な使い方だって出来る訳だろ？ 気配を消したり、逆に注目を集めたり……だから……」
言葉に詰まりつつ、目下のちゃぶ台に視線を落としていると、クスクスという絵美里の笑い声が聞こえてきた。何で笑うんだよ、と拗ねながら尋ねると、絵美里は小さくごめんなさい、と口にした。それでもなお、彼女は嬉しそうな笑みを浮かべたまま、
「だって、翔登さんがそうして私の呪いのことをそんな風に心配してくれてたなんて、思ってなかったんですもん。
……大丈夫ですよ。 私、『浄歌聖唱』をやるよりも前から、その事はちゃんと覚悟を決めてましたから。 ……それに」
それに？ と俺が首を傾げるよりも前に、俺の視界が遮られた。
絵美里が、掴んでいた俺の腕をグッと引っ張って、そのまま俺に口づけをしたのだ。
「！？ んっ、ぷはっ……！ 待っ……絵美里……んっ……！」
「んっ、ちゅっ……はふっ……翔登、さん……っ！」
キスの感触とか、味とか、そういうものを気にする余裕すら無かった。不意を突かれて慌てる俺に対し、絵美里は、まるで幸せをゆっくりと堪能するかのように、うっとりした表情で唇を貪っていた。絵美里の帽子が、パサッと音を立てて床に落ちる。やがて、ぷはっ……と、息継ぎみたく二人の唇が離れた。絵美里は、目を丸くする俺の顔を見ながら嬉しそうに笑い、
「今はもう、誰の前からも消えたいと思いませんし、誰からも注目されたいだなんて思ってません。 私は、貴方が……翔登さんが見てくれいるだけで、充分です」
「……なるほどな。 そんなの、臨むところだよ」
「嬉しい、です。 ……ふふっ」
あぁ……幸せだな。
絵美里に釣られてか、俺も自然と笑ってしまっていた。これまで、絵美里や皆と積み重ねてきた思い出が、本のページを捲るかのように脳裏を彩ってゆく。その全部を、これから先絶対に忘れたくないと、そう思った。
だって、絵美里や皆との思い出は……もう既に、完成されたかけがえのないものとして、俺たちの心にしっかりと刻まれているのだから。
二人で手を繋ぎ、部室を出る。その絆は……いや、縁は。ずっと両者を引き付けて伝い続けることだろう。そう思った。
ドアを開けた瞬間、眩しすぎる程の光が二人を照らした。床に落ちたままの帽子が、春色の光をいっぱいに浴びて、白く、目映く輝いていた。
～～～
HRを終えて、皆がそれぞれ思い思いの場所に行き、思い思いの時間を過ごしてきた。記憶を思い起こすため、最後の別れを告げるため、景色を心に焼き付けるため……目的は、きっと人それぞれあるだろう。
……けれど。
そんな中でも、俺たち皆の心は繋がっている。見えない糸のような何かで、俺たちはいつも通じあっている。
誰が何と言う訳でもなく、アイドル研究部のメンバーや知り合い達が中庭でバッタリと出くわしたことで、俺はふとそんな事を思った。
「皆……」
「……いや、皆でバラバラに学校ん中見て回るのも乙だな～とは思うけどさ。
その……俺はやっぱり、こうして皆揃ってワチャワチャしながら笑って帰る方が良いかなっ……！」
にししっ、と明るく笑いながら江助が言う。きっと、その思いは江助だけではなく、皆それぞれ心の中で抱いていた思いだったのではないかと思った。
「うん……。 こう、しんみりした空気の中だとさ……アタシ、結構キちゃうんだよね。 んまぁ、今もちょっと泣きそうだけど」
何度も目を擦りながら、夏燐がボソリと呟いた。真っ直ぐで、誰よりも情にもろいアイツのことだ。多分、どんな形のお別れであったとしても、彼女はホロリと涙を溢していたことだろう。
彼女の言葉に釣られて、つぐみや詩葉、音色、舞、絵美里の五人も、口々に今の思いを吐露する。
「んもぉ～、かりりんってば泣き虫なんだから～……！」
「そういうつぐみさんも、ちょっと泣きそうになってるじゃないですか……！」
「でも、悲しいだけじゃないっていうか……何だか、vivaceな気持ちもある感じがするんだ～♪」
「私も。 踊り切った後みたいな……清々しい気持ちが渦巻いている」
「……そうね。 私たちは、ハッピーエンドを経てここに居るんだもの。 皆で……笑って卒業したいわ」
春色の、心地よい風が吹き抜ける。
暗く、苦しい出来事もたくさんあったけれど……でも、今この瞬間は、皆の鮮やかな笑顔がそういった記憶すらをも彩ってくれた。目を閉じれば、目蓋の裏に数々の思い出が浮かび上がる。その全てが……そして、この場に居る皆の笑顔が。俺たち全員にとっての、宝物だった。
「最後にさ……皆で写真撮らないか？」
スマホを取り出し、皆の前に立ってそう問いかける。皆は、一瞬顔を見合わせたかと思うと、すぐにニコッと笑みを浮かべた。
皆の返事は、勿論YESだった。
「それじゃ、皆で並ぼ～♪」
「折角ですし、ここに居る皆さんにも入って貰いましょう！」
「あ、でもセンターはWINGSの私たちのものだから。 ここは譲らない」
「セルフタイマー機能、あるわよね？ 翔登君にも写って貰わないと、意味がないもの」
「そうだ！ 皆で掛け声言おうよ！ 『はい、チーズ』の代わりにさ！ 何て言うかは……多分もう皆頭に浮かんでるよねっ？♪」
俺がスマホのカメラをセットする間、皆の笑顔はずっと絶えなかった。
━━━━輝きに、満ちている。
今日で、俺たちは皆卒業してしまうけれど……でも、それは決して"終わり"じゃない。
WINGSとして、皆がそうしてきたように……俺たち皆は、これからも夢に向かって羽ばたき続ける。
空を翔ける無限の翼は、これからもずっと……未来に向かって、共に進み続けるんだ……！！
「カウント始まった！ それじゃあ……いくぞ皆！
せーのっ……！━━━━」
『『『『『『『『『『『━━━━フラーーーイ！
ハーーーイ！
スカーーーーーイ！！！！！』』』』』』』』』』』
……………………
…………
……
WINGS ～恋と呪いとアイドル活動～ END
