WINGS&アイロミームproject(仮)
第二章 『冷徹と孤独の論理歌』
第二章『冷徹と孤独の論理歌』 「━━━それではっ! 第一回、WINGSプロジェクト活動会議を始めまーすっ!」 6月上旬。 天気予報では、もうすぐ梅雨入りするとか何とか言っていた、そんな季節の、ある日の放課後。 俺━━━秋内 翔登は、同級生二人と共に、幼なじみである和田辺つぐみの家に召集されていた。 「まず、アイドル活動をするにあたって必要なものは? ……はいっ、翔ちゃん!」 「え!? えー……笑顔?」 「ちっがーう! それも大事だけど、もっと根本的な所!」 「……歌を作るなら、作詞に作曲、振付、それに衣装も要るでしょ?」 「後、メンバー集めるためのPRとかも要るよな」 お菓子の置かれた机を囲む形で、俺の両隣に座っていた同級生━━━篠田 夏燐と春馬 江助の二人が口を挟む。 「そーそー! 後は、活動資金どうするかとか、歌と躍りの練習はどこでするのかとか、それから、同好会みたいな感じで学校に許可申請するかどうか、とか!」 「な、なるほど……」 つぐみ達に指摘されて、ようやくアイドル活動がいかに大変かが分かってきた。 どこかのプロダクションが支援してくれる訳じゃない。 校内限定の活動ではあるが、それらの全てを、自分達だけで準備・企画しなければならないのだ。 「アイドルの道は楽じゃない、って事だね~。 まぁでも……」 と、夏燐が意味深に笑いだした。 周りの注目が集まったのを確認してから、夏燐はニヤリと笑い、鞄から一冊のノートを取り出した。 「ジャーン! こう見えてアタシ、デザイナーの仕事とか興味あって、よく自分で服作ったりしてんだよねー。 だから、衣装に関しては、アタシが担当したげる!」 「「「おおーっ!」」」 夏燐か掲げたノートには、びっちりと詳細が書き込まれた様々な衣服のデザインや、実際に作った服の写真が描かれていた。  「すごいっ! 流石かりりんだね!」 「まさかお前にこんな才能があったとは……」 夏燐がデザイナーを目指していたなんて知らなかった。 でもこれで、衣装の問題は解決だ。てっきり夏燐もメンバーとして参加するのかと思っていたが……まぁ、夏燐は"アイドル"って感じじゃないし。 「はいはい! じゃあ俺、広報・機材担当がいい! PVの撮影編集とか、マイクやらの機材用意したりとか!」 と、続いて江助が手を挙げた。 「あー……お前のお父さん、TV局に勤めてるんだっけ?」 江助の父は、某有名TV局に勤務するお偉いさんである。その影響か、江助自身もよく趣味で映像製作などをしているのだ。 「まぁ完全に"裏方"的な立ち位置だけど、こういう仕事も必要だろ?」 「あぁ、すっごく助かるよ!」 技術的な面には疎いから、こういう所で手助けしてくれるのはありがたい。 改めて、この活動が皆の力なしでは成し得ないものなんだと思った。 「うん、衣装と機材、技術面については心配ないっぽいね! 後は……」 「歌、だよな……」 その言葉で、俺達は一斉に黙りこんでしまった。 アイドルとして活動していくにあたり、自分たちだけの"持ち歌"は必要不可欠だ。が、俺たちの中に作詞や作曲をやった事がある者はいない。 他の誰かに協力を求めるか、あるいはゼロから勉強して作っていくかのどちらかしかない、という訳だ。 「今はまだ、既存の曲に頼るしかないか……」 「そうだね……でも、いずれは用意しないとだし……」 うーん……と唸って考え込んでしまう俺たち。せっかく、つぐみの決意でアイドル活動のスタートラインに立ったというのに、ここで足止めを喰らうなんて……。 「……よし」 そう呟き、俺はゆっくり立ち上がった。皆が俺に視線を向ける。 「作詞作曲は、これからメンバーを集めていく中で、協力してくれそうな人を探そう。今はまだ、既存の曲を歌うしかない。 ……とにかく今は、俺たちに出来そうなことをやろう!」 「出来そうな事、って……?」 キョトンとしながら、つぐみが訪ねる。 そう、俺たちがまず最初に取り組むのは━━━ *** ━━━翌日。 「……ねえ、翔ちゃん? これは一体何の罰ゲームなの?」 お昼休みを利用し、俺は作戦を決行した。近所の酒屋から借りてきたビールケースを並べ、百均のテーブルクロスを引けば、簡易ステージの完成だ! これで路上ライブが出来る!……と思いきや、何故かつぐみが歌い始めない。 「罰ゲーム……なんで?」 「いや分かるでしょ!! 告知も無しに路上ライブって誰も集まらないし! 何も知らないご通行中の皆様が不思議そうに私を見てるし! ……というかこれ、かなり恥ずかしいんだけどぉ……!」 うーん、アイドル活動といえばライブだと思ったけど、流石に急すぎたか……? つぐみの立つ簡易ステージの周りでは、通りかかった生徒らがこちらを見ては「何あれ……生徒会選挙?」「あれって、ソフト部の和田辺先輩?」「何が始まるんだ……?」などとヒソヒソ話している。 と、その中の生徒の一人が、 「な、なんかあの子見てると……こっちまで恥ずかしくなっちゃうね」 あっ……と思わず声を漏らした。よく見ると、生徒たちの数人が、何故かモジモジと恥ずかしそうにしている。 (これって、つぐみの『恥ずかしい』って感情が伝播してるんじゃ……!?) 呪い発症のトリガーは『つぐみの声を聞くこと』。 このままつぐみが恥ずかしがりながら歌ってはマズい……! 「お前なら大丈夫だって! この程度で恥ずかしがってたら、大舞台になんて立てないぞ!」 なんとかしてつぐみをフォローする。つぐみは不満そうにしていたが、しばらくして、はぁ……と小さくため息をついた。 「そういう問題じゃないんだけどな……。 でも、翔ちゃんがそこまで言うなら……」 渋々、といった様子だが、どうやら歌う気になってくれたようだ。俺自身も、つぐみの歌声を聞くのは久しぶりだから、内心ちょっとワクワクしていた。 「えっと……こんにちはーっ! わ、和田辺つぐみでーす! 突然ですが、一曲歌いまーす!」 軽いMCを入れてから、つぐみはすぅ……と大きく息を吸い込み━━━ 「いま~ 私の~♪       ねが~いごとが~~♪」 つぐみが歌い始めたのは、合唱曲とかでもよく使われる『翼をください』。 ━━━が、俺は今までにこんな透き通った歌を聴いた事が無かった。 ハキハキとしながら、しなやかで美しい歌声は、まるで森の中で囀る小鳥達の声ように綺麗だった。 「かな~う~な~らば~~♪      翼~が~ ほし~い~~♪」 周りにいた生徒たちも、つぐみの声を聞いて思わず立ち止まっていた。人々の話し声、車の音、工事の音……それら全ての音が、まるで感じられなくなってしまうくらい、俺は……いや、この場の全員が、つぐみの歌に引き込まれていた。 「おい、あの子めちゃくちゃ歌上手くね?」 「素敵……なんだか穏やかな気持ちになれるね」 いつの間にか、つぐみの周りにいた生徒つは、つぐみの歌を聴くために皆足を止めていた。 ある人は目を瞑って、またある人は一緒に曲を口ずさみながら、それぞれがつぐみの歌を楽しんでいた。 「この大空に~、つばさ~を~広げ~♪   飛んで、ゆきた~い~よ~♪」 ついには、サビに入ると同時に歓声が沸き上がった。 両手を大きく広げ、空にまで届きそうな綺麗な声を響かせ、つぐみは気持ちよさそうに歌っている。 それと同調するように、ギャラリー達の盛り上がりも増していった。 「悲し~みのな~い、自由なそら~へ~♪  翼、はため~か~せ~♪ 行きたい~♪」 おぉー!! と歓声が一際大きくなり、生徒たちから拍手が響く。中には、感動のあまり涙を流している人もいた。 ……これが呪いの影響なのか、つぐみの歌の力なのかは分からない。 でも、つぐみの歌は本物だった。『聖唱姫』という名前がついているだけあってか、その歌声はまさに歌姫のそれであり、いつまでも心の奥底で反芻するように、深く、深く刻み込まれた。正直、まだ胸の興奮が冷めない。 「……やっぱり、つぐみの歌はすごい……!」 無意識に、そう呟いていた。 「はぁっ、はぁっ……」 最後まで歌い切ったつぐみは、息を切らしながら、ただ生徒達の方を見つめていた。そんな息切れする程か? と訝しげに見ていると、つぐみがパッとこちらを向いた。 そして、ぱああっ……という効果音でも聞こえてきそうな程に目を輝かせ、 「……すごいよ翔ちゃんっ!」 「……へ?」 「すごいっ、すごいっ! 最初は緊張したけど……でも、歌ってるとなんか気持ちがスゥーってスッキリしたし、みんなの拍手を貰うのすっごく嬉しかったし! ……やっぱりアイドルってすごいね、翔ちゃん!」 まるで子供のようにはしゃぎながら喜ぶつぐみを見て、少し安心した。 この様子なら、きっと歌を歌うことを楽しんでくれるだろう。つぐみに自信をつけさせる意図を兼ねての初ライブだったが、成功と見て良さそうだ。 「俺も久しぶりにつぐみの歌聞いたけど、昔と変わらず……いや、昔よりも良くなってたよ。 綺麗な歌声だったぞ」 「えへへ~、ありがとっ!」 ニカッと笑うつぐみに、ニカッと笑い返す。 「ほら、この流れで次の曲いくぞ!」 「うん!」 なんだ、もうすっかりやる気満々じゃないか。つぐみは、生徒達に軽い挨拶をしてから、次の曲の準備に入る。ゆっくりと息を吸い込み、そして━━━ 「━━━そこで何をしているんですか?」 今まさに二曲目に入ろうとした所で、何者かの声がつぐみの歌を制止させた。 何事かと思って振り向くと、そこには一人の女子生徒が立っていた。 長く艶やかな黒い髪を風になびかせ、きっちりと正された服装に、季節外れの黒いタイツを着用している彼女は、仁王立ちで、こちらをギロリと睨みつけた。 「選挙期間外での演説は、生徒会規則によって禁止されている筈ですが?」 「いや、これは演説って訳じゃ……」 「なら尚更です。 無許可で勝手な行動をしないで下さい」 何だコイツは……と思ってよく見ると、彼女の腕には生徒会の腕章がつけられていた。 「ヤベッ、冷徹が来たぞ……!」 「逃げよ逃げよっ!」 生徒達は、彼女の姿を見るなり、そそくさと逃げるようにその場を後にしていった。 「翔ちゃん、翔ちゃんっ……!」 つぐみが、小声で俺を呼ぶ。 「なぁ、あの人誰なんだ……?」 「知らないの!? "冷徹"って呼んで皆が怖がってる、あの生徒会副会長の━━━」 「━━━生徒会副会長の稲垣 詩葉(いながき ことは)です。 ……今回の件、聖歌学園高校生徒会規則第34条『校内での広報活動』における規定に反するものです。 ……放課後、生徒会室に来なさい」 そう言って、彼女はスタスタとその場を去った。初ライブは、思わぬ形で中止を余儀なくされた。 *** 放課後、俺とつぐみは生徒会室の扉の前に立っていた。 「俺、生徒会室に呼び出されたの初めてだわ……」 「私もだよっ! うぅ……やっぱ怒られるのかな……?」 「お前が不安だと、俺も不安になるんだから止めてくれよ……」 ウジウジしながら、二人してなかなか扉を開けられずにいた。生徒会室の前の廊下は、誰もいないシンとした空間で、日差しすら僅かにしか届かないような場所だった。 「……よし」 ここでジッとしてても仕方ない。 というか、あの副会長には文句の一つや二つ言わないと気が済まない。 意を決して、俺は生徒会室の扉に手をかけた。そして━━━ 「頼もーうっ!」 ズバン! と勢いよく扉を開け放ち、生徒会室に入る。 うん、やっぱりこういうのは勢いが大事だもんな! 「いやいやいや、ちょ、何やってんの!?」 「いや、大人しくしてたら舐められるだろ? だから元気よく……」 「逆効果すぎるでしょ! 翔ちゃんのバカッ!」 ドアの前でガヤガヤと言い争う俺とつぐみ。それを見かねて、中で待っていたのであろう例の副会長が、コホンと咳払いをした。 「……ここは、生徒会室です。 入室時のマナーくらい弁えておいて欲しいものなのですが」 窓側にもたれ掛かりながら、突き刺すようなキツい言葉を浴びせてくる副会長。 「……あらあら、アンタらも詩葉ちゃんに呼び出されたん?」 副会長とは別の人物の声がした。コの字型に並べられた生徒会室の机の、その中心にその人は居た。サラサラとした明るい金色の髪をカチューシャで留めた彼女は、キリッとした顔立ちとは対称的に、穏やかな京都弁で俺たちに話しかける。 「堪忍なぁ? 詩葉ちゃん、ちょっと厳しいとこあんねん。 気ぃ悪くせんといて?」 「会長がそんな風に甘いから、校内の風紀が乱れるんですよ!」 「え……この人が、会長!?」 会長、と呼ばれた彼女を、俺はぎょっとして二度見した。 「どうも~、生徒会長の早見 聖子(はやみ せいこ)です。 よろしゅうな~」 そう言って、早見会長はにこやかに会釈した。あまりのギャップにしばし呆然としていると、副会長がイライラした様子で咳払いをした。 「貴方たちは、生徒会の許可なく校内で広報活動をしていた。 これは、紛れもない事実です」 「だから、アレは広報活動じゃ……!」 「じゃあ何なんですか?」 副会長の睨みに一瞬怯んだものの、俺は負けじと口を開いた。 「……ライブです」 「は?」 「……ライブです! アイドルとしての活動です!」 意を決して、そう言い放つ。勢い任せに、俺は真っ直ぐに副会長の方を向き、こんな事もあろうかと予め書いておいた部活動申請書を取り出した。 「つぐみを中心に、新生WINGSとしてみんなで活動していこうって決めたんです! 曲作って、特訓して、ライブして……そうやって、みんなを笑顔にしたいんです! ……だからお願いします。 アイドル研究部の設立を認めて下さいっ!」 「翔ちゃん……」 お願いします! と深く頭を下げる。 こんな所で、つぐみの夢を潰したくない。誠意を持って頼めば、きっと分かってくれる筈だ。 「アイドル活躍か……なんか素敵やねぇ!」 「……なるほど。 校内に笑顔を生むためにアイドル活躍をやろうと、そういう訳でしたか」 おっ、これは割と好印象かも! と、期待の眼差しで顔を上げる。 「━━━下らないわね」 「えっ……」 予想していた反応と真逆の発言に、俺は固まってしまう。見下すような冷たい目つきで、稲垣副会長は俺に、ナイフのように言葉を突きつけてくる。 「聖歌学園は神聖な学園です。アイドルのような俗的なお遊びがまかり通る場所ではありません」 「なっ……!」 「第一、その活動の具体的な見通しは立っているのですか? 実際、他校のアイドルグループは、多くの営業や課外活動をしてやっとライブ一本の資金を集めているそうです。 ……貴方たち、お金はどうするつもりですか? 勿論、生徒会から部費以上の資金援助なんて認められませんが」 反論する隙も与える事なく、副会長は畳み掛ける。 「それに、勉学に支障をきたさないと言い切れますか? そちらの和田辺さんは、確かソフトボール部所属でしたよね? 両立はできるのですか? ……貴方は、彼女に何かあった時に責任をとれるのですか?」 「それは……」 次々と襲いかかる正論のナイフに、俺は何も言い返す事が出来なかった。 「……それに」 まだ何かあるのか……。下を向き、歯噛みしながら耐えるしかない自分が情けなかった。 「WINGSという名前を掲げるという事は……当然、この学園に伝わる都市伝説についても、ご存知なのでしょう?」 「っ!?」 都市伝説という言葉に、俺は反応せざるを得なかった。 「と、都市伝説の事知ってるんですか!?」 俺が聞くよりも前に、つぐみが声を上げた。 「都市伝説? ……あー、あの、昔のアイドルはんの霊に呪われる、ゆーやつ?」 「生徒会ですから。 その手の歴史も把握しています」 しかし……と、稲垣副会長は俺たちに向かって再び睨みをきかす。 「当然ですが、この都市伝説について知っている生徒はほんの一握りです。多くの人が、呪いに恐怖することなく、平和に学園生活を過ごしています。 そんな中で、貴方たちが『WINGS』という名前で活動をすれば……いたずらに都市伝説の噂を広め、学内に混乱を招く事ぐらい、想像できるでしょう?」 俺は絶句した。俺たちはずっと、自分たちの事ばかり考えていたんだ。つぐみの呪いだけじゃない……『呪い』そのものの存在が、周りに影響を及ぼしてしまうんだ。俺の考えは、甘かった。 「うーん……アイドル活動、ウチは面白そうや思うねんけどなぁ?」 「……会長は口出ししないで下さい」 「…………」 早見会長の応援も耳に入ってこない程に、俺は反論する気力も、この先を思考する力も奪われていた。これまで築き上げてきた石垣を、一瞬で崩されたような感覚だった。 そうして、ただ茫然と立ち尽くすしか出来なくなっていた俺を見て、稲垣副会長は面倒くさそうにため息をつきながら、 「はい論破。 ……生徒会は、アイドル研究部の設立など認めません。 そんな馬鹿げた幻想に現を抜かす前に、少しでも勉学に集中してください」 そう言って、もう何も話すことなど無いといった風に、副会長は椅子にパタンと深く腰掛けた。午後五時を知らせるサイレンが、空虚にこだましている。 「……帰ろう、翔ちゃん」 「……えっ」 沈黙を破ったのはつぐみだった。驚いて振り向くと、つぐみは悲しそうな目をしながら、それでも笑顔を作っていた。 「仕方ないよ、あそこまで理由つけられちゃ。 ……一旦帰って、また考え直そう!」 そう言って、ニコリと笑うつぐみ。 だが俺は…………それでも、その場を動こうとしなかった。 「……駄目だ」 「翔、ちゃん……?」 「……こんなとこで諦めちゃ駄目だ! アイドルはつぐみの……俺たちの夢なんだから!」 「なっ……!?」 声高らかに叫ぶ俺に圧されてか、副会長は一瞬身じろぎをして顔を上げた。が、すぐに冷静さを取り戻した副会長は、ゆっくりと立ちあがってから、威圧するように、 「貴方……さっきの私の話が理解出来なかったのですか? やりたいかどうかの問題以前に、貴方たちにアイドル活動をすることなど不可能だと……」 「そんな事関係ないっ!!」 「っ!?」 「風紀とか、お金とか、部の掛け持ちとか……色んな問題があるって事も、簡単にいかないって事も、分かってる。 ……でも、だからって何もしないで立ち止まってたら、いつまで経っても前に進めない! 新しい何かを始める為には、まず一歩前に踏み出さなきゃ駄目なんだ!!」 「翔ちゃん……!」 正論が何だ! ここで怖じ気づいてたら何も始められない! 俺は、副会長からの威圧に負けまいと、強気な姿勢でもって訴えかけた。 「アイドルは、人を笑顔にする存在です。 都市伝説の力になんて屈しない。 たとえ皆が不安や恐怖に陥っても、アイドルが……つぐみが、皆の笑顔を取り戻します!」 ふと、つぐみの方に視線を向ける。つぐみは、少し照れくさそうに笑いながらも、俺の思いを感じてか、力強く頷いてくれた。 一方の稲垣副会長は、さっきまでの威勢を完全に失って、口をパクパクと動かしながら、それっきり何も言い返してこなくなった。その変わりように、俺は少しだけ違和感を覚えた。 しかし、副会長が言い返してこない今がチャンスだ! そう思った俺は、部活動申請届を差し出し、もう一度深く頭を下げた。 「お願いします! アイドル研究部の設立を認めて下さいっ!」 「お願いしますっ!」 俺に続き、つぐみも真剣な表情で深々と頭を下げた。どうやら、思いは同じらしい。 長い沈黙。やっぱり駄目か……と、そう思いかけていた時だった。 「━━━生徒会規則ではなぁ、」 先に口を開いたのは、早見会長だった。 「一応、部員が5人おらんと部として承認でけへんのよ。……せやから、あと1人おったら承認やね」 「会長っ!?」 「ほ、本当ですか!」 会長の思わぬ助け船に、俺とつぐみは驚いて顔を見合わせ、そして喜びあった。あと一人……申請届の空欄をあと一つ埋めれば、アイドル研究部が認められるんだ! 「応援しとるさかい、頑張りや~」 「はい、ありがとうございますっ!」 そう言って、俺とつぐみは勢いよく生徒会室を飛び出した。 *** ━━━パタン、と生徒会室の扉が閉まる。 早見は、ふう、と息をついて微笑んだ。 「……詩葉ちゃんが、ウチ以外の人に言い負かされるやなんて久しぶりやねぇ?」 早見の問いかけに答えず、稲垣は下を向いてわなわなと小さく震えていた。 「あの子の言う通り……動かんと何も始まらへんよ?」 「……彼は」 両手をグッと握りしめながら、稲垣が呟く。 「彼は、一体……」 早見は口元に手をやってから、 「そうやねぇ……あの子たちならきっと、何か変えてくれるんと違う? 学校の事も、アイドルの事も━━━」 「━━━詩葉ちゃんの、論理狩(ロンリー・ガール)の事も」 つづく ━━━「とまぁ、こんな事があってだな……」 「そ、そんな波乱が……」 数日後。俺は、つぐみを連れてオカルト研究部の部室に来ていた。オカルト研の絵美里さんに、つぐみの事を紹介しておきたかったからだ。 「えっと……改めまして、和田辺つぐみです。 よろしくね、絵美里ちゃん!」 「あ、はい! えっと、ご紹介にあずかりました、櫻井 絵美里と申しま……」 と、絵美里さんの自己紹介を遮って、突然つぐみは彼女の手を取り、ガシッと両手で強く握りしめた。 「絵美里ちゃん、アイドル研究部に入りませんかっ!!」 ……そう、これがオカルト研を訪れたもう一つの理由だ。 あと一人メンバーを増やせば、アイドル研究部は晴れて承認となる。江助と夏燐の名前はもう使ってしまったから、あと一人呼ぶとしたら、彼女しかいない。 「………………へ?」 つぐみに手を取られながら、絵美里さんはしばらくポカンとしていた。それから、すごい勢いで顔を真っ赤に染め上げて、 「なっ、むむむむむ無理ですよっ!! 私なんかがアイドルだなんて、そんなっ……!!」 「えぇー? 絵美里ちゃん可愛いのに……。 愛称とかもほら、『エミリー』って呼んだりしてさ!」 「そっ、そんな……可愛くなんかないですからっ! というか、勝手に愛称まで決めないで下さいっ!!」 片手で本を持って顔を覆い、もう片方の手をブンブンと振って、頑なにアイドル研究部への加入を拒否する絵美里さん。アイドルマニアでもあるみたいだったし、喜んで加入してくれると思ってたんだけどな……。 「と、とにかくっ! 私にはアイドルなんて無理ですから! 他を当たって下さいっ!!」 といった具合に、なかなか勧誘に乗ってくれないので、つぐみは残念そうに絵美里さんから離れた。 「うーん、無理に入れる訳にもいかないし、仕方ないか……。 絵美里さん、アイドルの事にも詳しいって聞いたけど、アイドル好きじゃないの……?」 「き、嫌いな訳じゃないんです! ただ……」 「ただ?」 「その……私が人見知り、っていうのもあるんですけど……それ以上に、不安なんです」 目を伏せて、絵美里さんが呟く。不安、とは一体何だろう? 「和田辺さんは、惑聖恋(マッド・セイレーン)の呪いを受けているんですよね……? その和田辺さんがアイドル活動をする、って事は……」 「……例の都市伝説と同じ流れを辿ってしまうんじゃないか、って事?」 暗い面もちで、絵美里さんは頷く。 聖歌高の都市伝説。かつてこの高校でアイドル活動をしていた5人の生徒が、不可解な死を遂げた、というものだ。 つぐみは、『卒業間近に死ぬ』という恐ろしい呪いの副作用を背負っている。 ただでさえそんな危険な状況なのに、アイドル活動という、都市伝説の状況に近い行動をとっていれば、どんな悪影響があるか分からない。絵美里さんは、それを危惧しているのだろう。 「和田辺さんの、アイドルをやりたいという気持ちは素敵だと思いますっ! でも……だからこそ、不安なんです……」 絵美里さんは、都市伝説に人一倍詳しい。それ故に、この都市伝説の怖さを誰よりも理解しているのだろう。 ……でも。 「……大丈夫、俺たちは、都市伝説と同じ末路なんて辿らない。 呪いにだって負けない。 つぐみが……俺たち新生WINGSが、その下らない歴史を塗り替えてみせるから!」 根拠はない。でも、絶対にできるはずだという自信だけはあった。絶対に、つぐみを呪いで殺させたりなんてさせない……! その為なら、都市伝説なんて乗り越えてやる! 暗い雰囲気を吹き飛ばそうとして、俺がそう宣言したのを、つぐみと絵美里さんは、ただじっと見つめていた。 「……凄いですね」 小さい声だったが、確かに絵美里さんはそう呟いた。 「……貴方にそう言われると、不思議と前向きな気持ちになれます。 きっと何とかなるって、そう思えちゃいます……!」 眼鏡の向こうで瞳を輝かせ、彼女は笑みを浮かべる。 「アイドルになるのは無理ですけど……でも、応援しますから!」 オカルトの話をしていた時と同じ、キラキラとした目でそう語りかける絵美里さんを見て、俺とつぐみも思わず笑い合った。 「ああ、絵美里さんが新生WINGSのファン第一号だよ!」 「一緒にアイドル出来ないのは残念だけど……でも、これから先もずっと、応援よろしく頼むね! エミリーっ!」 「だ、だからその呼称は止めてください~っ!!」 そんな風に、ガヤガヤと笑い合っていた時だった。 ━━━ガンッ! と、急に部室の扉が開かれた。 「……やっと見つけました。 秋内 翔登さん」 聞き覚えのある、平坦で冷たいその声に、俺は驚いて振り向いた。 「副会長……」 扉の前には、仁王立ちでこちらを睨みつける稲垣副会長の姿があった。先程までの和やかな雰囲気は崩れ、嫌な緊張感が走る。 「……部員集めは順調ですか?」 「生憎、まだ見つかってません。 ……で、何の用ですか?」 副会長は、ゆっくりと歩いて距離を詰め、俺の目の前にまで迫ってくると、 「……話があります。 今から、生徒会室に来てください」 息を飲んだ。副会長の目は相変わらず冷酷で、口を出す事すら憚られるほどの威圧感があった。つぐみは驚いた顔のまま硬直し、絵美里さんは顔を真っ青にして立ち竦んでいる。 どうする……? ゆっくりと深呼吸をしてから、俺は言った。 「……今、この場じゃ駄目ですか?」 「……それは、彼女たちも同席の上で話せという事ですか?」 ギロリ、と副会長が視線をつぐみたちの方に移す。二人は「ひいっ!?」と小さく悲鳴を上げて竦み上がっていたが、それでも俺は発言を撤回しようとはしなかった。 「……どうしても、ですか?」 妙に食い下がる副会長。それでも……。 「どうせ、アイドル活動に関する話なんでしょう? ……なら、俺だけに話しても意味ないです。 アイドルをやりたい、という強い意志を持って活動しているつぐみの思いと、それを応援すると言ってくれた絵美里さんの思い。 それにもちゃんと向き合って下さい」 副会長の目を真っ直ぐに見て、そう答える。何か不都合な事でもあるのか、副会長は困ったように色々と考える素振りを見せ、やがて観念したかのように小さくため息をついた。 「はぁ……やはり貴方は、私の思い通りには動いてくれないのですね」 「……アンタの言いなりになんかなりません」 「そういう意味で言った訳ではないのだけど……。 ……まぁいいわ、特別に貴女たちの同席を許可します。 ただし……」 そう言いながら、副会長はオカルト研の部室の扉をそっと閉めた。 「……今から私が話す事は、門外不出案件です。 決して他の人に話したりしないよう、気を付けてください」 ごくり、とつぐみ達が唾を飲み込む音が聞こえた。それに呼応するかのように、俺の心臓も早鐘を打ち始めた。 「……もしもの話をしましょうか」 意味深な前フリの後、副会長はいつもの威圧するような大きな声ではなく、まるで子供に本を読み聞かせる親のように、囁くような小さな声で語り始めた。 「都市伝説で語られていた"呪い"。 ……そんなものが本当に実在したとしたら、どうしますか?」 「…………は?」 てっきり説教じみた話になるのだとばかり思い込んでいたために、拍子抜けしてしまった。いや、"呪い"が信じられない訳ではない。むしろそれは理解している。だって…… 「━━━いや、実際呪いにかかってる奴が此処に……」 「翔ちゃんストップ! バラしちゃ駄目だってばーっ!!」 ハッ、しまった!? つい流れで…… 都市伝説が、ただの噂話でない事は十分理解していた。だって、実際に呪いの影響を受けた幼馴染みが、此処にいるのだから。 「……え」 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔とは、まさにこれの事だろうか。副会長は目を丸くして、つぐみの方を見ながら茫然としていた。 「あ、貴女もまさか……聖唱姫の呪いに……!?」 「うぅ……」 苦い顔で俺を見つめるつぐみ。いや、わざとじゃなかったんだって……! 「はぁ……ま、隠しても仕方ないよね。 えと、私が惑聖恋(マッドセイレーン)の和田辺でーす……あははー……」 苦笑いで返すつぐみ。まぁ、副会長は例の都市伝説についても一定の理解はあるようだったし、きっと大丈夫だろう。副会長は、我に返ったかのように、咳払いを一つして、 「なるほど……遊び半分でWINGSの活動を始めた訳ではないようですね。 ……私の取り越し苦労だったようで、少し安心しました」 だいぶ動揺していたようだったが、すぐに冷静さを取り戻す副会長。流石だな……。 しかし、その副会長が見せた隙を、絵美里さんは見逃さなかったようだ。 「あ、あのっ、副会長……」 「……どうかしましたか?」 「あ、その、えと……副会長、さっき『貴女"も"聖唱姫の呪いに』って……」 「……………………え?」 絵美里さんが言ったことを理解するまでに、時間がかかってしまった。 『貴女"も"』。このたった一文字の助詞が、俺たちが予想だにしなかった真実を突きつけてくる。その感覚に意識を奪われ、俺は息をする事すら忘れてしまっていた。 「……私とした事が」 ため息を一つつき、頭を押さえる副会長。 まさか、本当に……!? 「本当は、秋内君一人に話す予定でしたが……こうなった以上、打ち明けざるを得ませんね」 副会長は、妙なほど落ち着いた声で、言った。 「私━━━稲垣 詩葉は、論理狩(ロンリー・ガール)の呪いにかかっています」 ━━━バサバサバサッ! 机に積み上げられていた本の山を、絵美里さんが誤って倒してしまった。その音すらも耳に入って来ない程に、俺は混乱していた。 「論理、狩……」 「嘘……副会長も呪いに……!?」 言葉を失う俺とつぐみ。副会長に呪いがかかっているようには見えなかったけど……。 「論理狩(ロンリー・ガール)。 ……かつてのWINGSで、歌詞に思いを込める力に富み、言葉選びが優れていたとされるメンバーの呪いですね」 本をパラパラとめくり、絵美里さんが声を震わせながら説明した。 「これは、言葉を司る力。 ……相手を弁論で説き伏せ、必ず論破できる能力です」 「ええ。 ……そのせいで、『冷徹』なんて呼ばれるようになってしまったのだけけど」 相手を説き伏せる力……そう聞いて、俺は思わずハッとした。 あの鋭い視線、突き刺すような言葉選び、威圧するような声音……。 ……それら全てが、相手の論理をねじ伏せる為の力だったっていうのか……! つぐみ以外にも、呪いにかかっている生徒は居るだろうとは思っていた。 でも、まさか副会長が……。 「私が副会長に就任できたのも、この力のおかげです。 誰もが私の発言に賛同するようになりました。 ……誰も、私に逆らわなくなったんです━━━」 「━━━ちょ、ちょっと待って下さい!」 突然、副会長の言葉をつぐみが遮った。 びっくりして振り向くと、つぐみは何か重大な事に気づいたような顔で、わなわなと震えていた。 「……翔ちゃんは?」 「え……?」 「翔ちゃんはっ!? 翔ちゃん、副会長がWINGSに反対しても諦めませんでしたよね? それって一体……」 「…………あ、れ……?」 無意識に、声を漏らしていた。 そういえばあの日、俺は副会長の警告を無視して、WINGSの活動をやる決意を固めた。副会長に、その論理狩とかいう呪いがかかっていたというのなら、俺はあの時点でWINGSの活動を諦めていた筈だ。 それなのに、どうして……! 「そう。 貴方は私の言葉に従わなかった。 ……私の論理狩が通じなかったんです」 「どう、して……」 「私にも分かりません。 ……もしかすると貴方は、私の言葉を撥ね飛ばす程の強い意志を持っている人なのかもしれませんね」 強い意志……つぐみの願いを叶えたい、という思い……もしかしたら、その思いが論理狩の呪いに打ち勝ったのかもしれない。 詳しくは分からないけど……。 「…………お願い」 「え?」 聞き間違いかと疑う程の、か細い声だった。突然、稲垣副会長が俺の目の前で膝から崩れ落ち、俺の制服の袖を掴み、土下座のような格好で座り込んだのだ。 「ふ、副会長!?」 突然すぎる副会長の行動に、俺を含め全員が慌てふためく。しかし、副会長は俯いたまま、動こうとしなかった。 「私の呪いで、他者が自分の思い通りに動くようになった。 ……その代償として私は忌み嫌われ、誰も私に近づこうとしなくなった。 ……私は、孤独になった」 あの、強気で凛々しい様子からは想像も出来ないほどの弱々しさで、副会長は続ける。 「……その時にはもう、私を止めてくれる人は居なかった。 どんな言葉を紡ごうと、どんな戯言を吐こうと……もう誰も、私を否定してくれなかった。 私が"間違っている"って、誰も教えてくれなくなった!!」 「副会長……」 彼女は、ずっと一人ぼっちだったのかもしれない。呪いのせいで、誰かに頼りたくても頼る事が出来ず、そうして全てを一人で解決していった結果、自分に道を指し示してくれる人が居なくなってしまったのだろう。彼女はずっと一人ぼっちのまま、正しくあり続けようとしていたのだ。 「……でも、貴方は私に反論してくれた」 ゆっくりと顔を上げ、俺の顔を見る副会長。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。 「会長も、私に意見してくれる事はあった。 けど、私の言葉に、あんな風に真正面から立ち向かってくれたのは、貴方が初めてだった」 「あの時の、俺が……」 無論、あの時の俺は、副会長の呪いについて知らなかったし、ましてやそれに打ち勝つ為に反抗した訳でもない。しかし、それが結果的に副会長の呪いを打ち破ったのは事実みたいだ。 「だからお願い……私を否定して! 独り善がりで言葉を紡いできた私の今までを……"私は間違っていた"って……!」 「!?」 言葉に詰まる。自分の今までを否定してくれだなんて、そんな事……! つぐみと絵美里さんは、ただ黙って俺達を見ていた。 「お願い、秋内君……!」 懇願する副会長。彼女は、本当に間違っていたのか……? しばらく考えた末、俺は彼女に言った。 「副会長、アンタは━━━」 「━━━アンタは、間違ってなんかない」 「っ!?」 予期していなかったであろう言葉かけられ、副会長はバッと顔を上げる。ま、そりゃそうか……。 俺は副会長を否定しなかった。彼女の"自分を否定して欲しい"なんて馬鹿げた願いそのものを否定してやりたかった、というのもある。それに……。 「アンタは、今までずっと一人で抱え込んで、一人で頑張ってきたんだろ? その苦しみを、頑張りを、否定したりなんて出来ない」 「秋内、君……」 そう言って、優しく微笑みかける。副会長の目尻から、すうっと涙が零れた。 「ただ、一つ訂正して欲しい事がある。 ……つぐみ、言ってやれ」 ちら、と横目でつぐみの方を見ると、つぐみはすぐに察したらしく、笑顔で頷いた。 そして、ゆっくりと副会長のもとに歩み寄り、 「……副会長は、もう一人ぼっちなんかじゃありません!」 「……っ!!」 差しのべられたその手が、全てを語っていた。もう、副会長は一人なんかじゃない。今この瞬間から、俺たちは副会長の苦しみを分かち合い、乗り越える仲間だ! 「ねぇ、翔ちゃん。 ……私、副会長にお願いしたい事があるんだけど」 子供が楽しい遊びを思い付いた時のように、つぐみが何かを閃いて笑う。俺は、彼女が何を思い付いたのかすぐに察して、迷わずOKサインを出した。 何の事か分からずキョトンとする副会長の手を、つぐみはギュッと握った。そして、 「副会長さん……いや、稲垣 詩葉さん! 私と一緒にアイドルやりませんかっ?」 「…………え?」 ポカンとする副会長。しかし、つぐみの目は真剣だった。 「き、急に何を言い出すのよ貴女は! どうして、私なんかがアイドルに……そんなの、無理に決まってるわ!」 「いえ、出来ます!」 つぐみまでもが、副会長の呪いを打ち破る。やはり、つぐみの思いの強さは、本物なんだな……。 「私、惑聖恋って呪いにかかってる、って言いましたよね? 最初はすごく怖くて、何も出来ずにいたんです。 ……でも、翔ちゃんに声をかけられて、思ったんです。 "自分を変えよう"って! 何もせず、ただ呪いに怯えてるだけなんて嫌だから……!」 「和田辺さん……」 「だから、稲垣さんもきっと変われます。 ……いや、変わりましょう! 今度は一人ぼっちじゃなくて、私たちと一緒にっ!!」 それは、つぐみの心からの言葉だった。ふと、俺と絵美里さんの方に視線を向ける副会長。俺と絵美里さんは、一瞬顔を見合わせて、クスリと笑い合うと、副会長に答えるようにして、二人同時に頷いた。「副会長なら、絶対出来ますよ」と。 「どう、ですか……?」 少し不安そうに、つぐみが尋ねる。副会長は、しばらく俯いていたが、やがて、 「……私、"冷徹"なんてあだ名で呼ばれてるし、歌もダンスもやった事ないし……。 ……それでも、出来るかしら……?」 「出来ますっ!」 「……ああ、きっと出来る!」 「わ、私も応援しますっ!」 声を揃えて言う。それを聞いて、副会長は両の目を擦って立ち上がった。 「……分かったわ。 私も、変わる。 一人じゃなくて、あなた達と一緒に……!」 いつもの、凛々しい副会長に戻っていた。俺、つぐみ、絵美里さんの三人は、顔を見合わせて、胸がいっぱいになって、叫んだ。 「「「やったああああああ!!」」」 こうして、WINGSは二人になったのだった。   *** ━━━「予定通り、詩葉ちゃんは彼のところ行ったみたいよ? ぜーんぶ、先生が予想してはった通りやねぇ?」 「ええ。 零浄化(ゼロ・ジョーカー)は全てを引き寄せる……そういう運命なのよ」 生徒会室の机の上に腰を下ろし、横目で早見を見ながら、女は悩ましげにため息を漏らした。 「ただ、あと一人が見つからないのよねぇ……。 でも、探してた娘は見つかったから、後はけしかけるだけね」 「……先生やからって、あんまり過激な事はせんといて下さいよ?」 早見の警告に、女は涼しい顔で、 「あら、激しいプレイは嫌い? ……私は、そういうのゾクゾクしちゃうけどなぁ?」 「はぁ……相変わらずやね」 艶かしく舌なめずりをしながら、女は手元の写真に目を落とす。そこには、ツンツン頭の少年。 ……そしてもう一枚には、おっとりした様子の、亜麻色の髪の少女の姿があった。 「さぁ、惑聖恋と論理狩はオトシたわ。 ……次は貴女の番よ、安断手(アンダンテ)」 *** ━━━「はぁ~……! これでWINGSもついに二人だぁ~……!」 「アイドル研究部設立の人数にも達したし、万々歳だな。 まさか、あの副会長が加入するなんて思ってもみなかったけど」 「わ、私はただ、変わる為に……! ……それと、学園の風紀を乱すような衣装とかは駄目ですからね!」 様々な問題に一段落つき、ホッコリする俺たち。正直、このままつぐみ一人にアイドル活動をやらせるのには少し不安があったので、こうしてつぐみの仲間が出来たというのは、素直に嬉しい。 「ま、今後ともよろしく頼む」 「えへへ~。 よろしくねっ、稲垣先輩っ!」 「…………へ?」 キョトンとする副会長に、俺たちもキョトンとする。……何か変な事言ったか? 「私、貴女たちと同じ、二年生なのだけれど……」 しばしの沈黙。 その後、俺たちは思わず声をそろえて叫んだ。 「「「お、同い年~~~っ!!?」」」 オカルト研の部室に、そんな叫び声がこだました。 END
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