WINGS&アイロミームproject(仮)
第四章 『魂と真実の演美歌』(後編)
「ん、ん……」   身体が重い。突然、廊下のど真ん中で意識を失って、それから……どうなったんだ? とにかく、今の状況を確認するべく、起き上がろうとする。     「━━━ハロー♪ やっと起きたわね。 ……どう? オトナの女性に押し倒されている気分は」   「っ!?」   反射的に飛び起きた。神経を逆撫でするような甘い声を耳元で響かせるその女性を押し退けて、キッと睨む。   「あんっ、乱暴なんだから。 ……ま、男の子はそれくらい血気盛んでなくちゃね」     こちらからの敵意を気にも留めず、その女━━━錦野 小雪(にしきの こゆき)はゆっくりと立ち上がり、そこらの机の上に腰かけた。   「……何のつもりだ」   「あら、それはこっちのセリフよぉ。 夜中に男女が揃って校内をうろつくなんて、あからさまにも程があるでしょう?」   「ふざけんなっ!」     「うふふっ、同級生を襲う計画が頓挫したからって、そんなに怒らなくてもいいじゃない。 ……そうだ、何なら私が代わりになってあげましょうか? スカートの中ぐらいだったら、いくらでも覗かせてあげるけど?」   「……」   コイツの話に応じる気は一切ない。応じたら最後、向こうのペースだ。人をおちょくる態度、教師にあるまじき発言の数々……コイツはそうやって人の心を弄び、乃木坂さんを傷つけたんだ。   「……答えろ。 俺をここに連れ込んだ目的はなんだ!」   「……はぁ、つまんないの」   錦野は気だるそうにため息をつくと、   「大した事じゃないわ。 ちょっとした情報提供ね」     「お前からの情報なんて、誰が信じるか!」   「まぁ、信じるか信じないかは自由だけど……そんな悠長な事言ってて大丈夫?」   「……どういう意味だ」   募る怒りを何とか押し殺して尋ねる。対して錦野は、涼しげな顔で笑いながら言った。   「鈍いわねぇ。 ……あの子よ、抱演美(ダークエンヴィ)の事」     「抱演美……?」   聞き慣れない言葉に戸惑っていると、錦野が少し驚いたような顔をして、   「あら、もしかして気づいてなかったの? あんなにミエミエだったのに」   言葉の真意をまだ掴めていない俺に、錦野はゆっくりと近づいてきた。       「岳都 舞だったかしら? ……呪われてるわよ、あの子も」     「……は!?」   予想外の事実を告げられ、俺は一瞬よろめいてしまう。どういう事だよ……まさか岳都が、聖唱姫の呪いに!?   「おい、それってどういう━━━」 叫びかけた俺の口が、錦野の指で塞がれた。   「そんなにワンワン吠えないの。 今はそんな事どーだって良いでしょ。 それより……」     俺の口を塞いだまま、錦野が俺の耳元に近づく。そして、甘い声でそっと囁いてきた。 「今は、貴方についての話をしましょう? ……ね、零浄化(ゼロ・ジョーカー)?」 「え……」   それもまた、聞きなれない言葉だった。錦野は今、「俺についての話」って言ってたよな……? それって一体……。       「うふふっ、流石にここまでイッちゃったら分かるわよねぇ?   ……貴方も、『聖唱姫の呪い』の憐れな被害者の一人だって事が♪」 「…………な、に……?」   ヒュウ、と風が鳴る。 再び俺から距離を取って対峙する錦野を睨みながら、俺は岳都の……そして、俺自身の運命と向き合おうとしていた。     つぐみ達は、屋上へと続く階段を駆け上がっていた。辺りはすっかり暗くなり、開いた窓から冷たい風が流れ込む。 桃子からの情報を頼りに、屋上に目星をつけたつぐみ達。ハァッ、ハァッ……と息を切らしながら、やっとの思いで屋上へと辿り着く。そしてようやく、探していた人物を発見した。     「がっくん……」 岳都は、屋上の真ん中に佇んで、ただぼうっと夜空を眺めていた。冷たく吹く風を気にも留めず、まるで何かと交信しているかのように星を見続ける彼女の姿を、つぐみ達は屋上の扉越しに見つめる。   「……どうしよう」   「とにかく、誰かが声をかけに行くしかないわ。 ここは……」     「……やっぱり、ここは私が行かなきゃだよね! 私、行ってくる!」   「つぐみちゃん……」   率先して名乗りを上げたつぐみだったが、その顔には僅かに緊張の色が見て取れた。それを見て、少し心配する二人だったが……   「……でも、貴女ならきっと大丈夫よね」   「うん、つぐみちゃんなら安心だよ~」     それは、二人がつぐみの事を心から信頼していたからこそ出た言葉だった。二人の後押しに勇気を貰ったつぐみは、パシパシと頬を叩き、ゆっくりと屋上に出るための扉を開いた。 「……がっくん!」   返事はなかった。声は聞こえている筈なのに、岳都は空を見上げることを止めようとしなかった。     「ねぇ、がっくん……」   「……別に隠れなくて良い。 後ろの二人も出てきたら?」   目線は動かさず、しかしいつもより低い声音で、岳都はつぐみに……いや、つぐみを後ろから見守っていた詩葉たちに声をかけた。   「……気づいていたのね」   「天からの声の予言。 こうなる事は、何となく分かってた」     「天からの声、ね……」   いつも岳都が口にしているその言葉が、今日はいつもと違った重さで三人に響いた。胸を締めつけられる感覚に苛まれながら、恐る恐るつぐみが踏み込む。   「……ももっちから聞いたんだ。 がっくんが"舞華"で活躍してた事。 がっくんに、籠辻 華さんっていう相方が居た事━━━」     「━━━その籠辻さんが、2年前に交通事故で亡くなった事」   「……」   ピクリ、と岳都の肩が震える。それでもなお、空を見上げ続ける彼女に、つぐみ達は声を掛けられなかった。   「……別に気を遣う必要はない。 もう2年も前の話」   「でも……」   そこで、岳都がようやく三人の方を向いた。     「私自身も、もうけじめをつけた。 華ちゃんはもう居ない、って……ちゃんと理解したつもりだった」   でも……と岳都は言葉を続ける。   「この学校に来てから、声が聞こえるようになった。 どこからともなく、華ちゃんの声が……」   「岳都さん……」   岳都は一度息を吐くと、真剣な眼差しで言った。       「私は呪われている。 抱演美(ダークエンヴィ)に」   「え……」   それは、つぐみ達がまだ知らされていない事実だった。 しかし、"呪い"というキーワードが出た瞬間、彼女たちは感覚的にその先の展開を察した。   「抱演美(ダークエンヴィ)は、初代WINGSのダンサーの伝説と、その怨念が昇華した呪い。 その美しくしなやかな踊りは、"まるで霊魂を鎮める巫女のよう"と称された。 ……だから、私は霊魂の声を聞く事ができる。 演美(ダンス)を以て、霊魂(エンヴィ)を抱く。 それが私の呪い」   「ど、どうして……」   何故、転校生である彼女が呪われたのか。何故、彼女は自身の呪いを知っていたのか。疑問はたくさんあった。しかしその何よりもまず、どうしてよりにもよって彼女に……という思いばかりが募っていく。   「いつか、時が来たら話そうと思ってた。 でも、結果的にはこんな時にこんな形で話す羽目になってしまった。 それは素直に謝罪する」   ペコリ、と岳都が頭を下げる。と、その時、つぐみが声を震わせながら言った。   「なんで……どうしてそんなに淡々としていられるの?」   「和田辺さん?」   異変を感じとった詩葉が声をかけるが、彼女の口から漏れ出る言葉は止まらない。   「がっくん、呪われてるんだよ!? 卒業式前日に死んじゃうかもしれないんだよ!? それなのに━━━」       「構わない」   たった一言、岳都はそう答えた。終始変わらない表情の中で、その瞳だけが僅かに悲しげな光を宿していた。   「呪いが私を"死"に導くなら、私はそれで構わない。 それはきっと、私が華ちゃんの元へ行くために打たれた布石」   「そんな事……」   「貴女に華ちゃんの気持ちが分かるの?」     鋭く、そして冷たい声音だった。思わず言葉に詰まるつぐみ達に追い打ちをかけるかのように、岳都は冷めた目で言った。 「私は死を受け入れる。 それが、華ちゃんへの償い」   ビュウ、と風が音を立てて、岳都とつぐみ達の間をすり抜けていく。近くて遠いその距離に、彼女達は踏み込めなかった。      (ねえ、翔ちゃん……)   悲しい目で空を見上げる岳都の姿を見つめながら、つぐみは心の中で"彼"の名を呼んでいた。それは、今までに何度も、呪いによる運命を変えてきた男の名だった。   (こんな時、翔ちゃんならどうするの……?)   祈りにも似たその思いは、吹き荒れる風に溶けて淡く霞むのだった。           「零浄化(ゼロ・ジョーカー)……」   「そ。 それが貴方にかけられた呪いの名前であり、貴方に降りかかった哀れな運命よ」   ニタニタと不敵に笑う錦野の横で、俺はただその事実を飲み込めずに茫然としていた。   「気づかなかったの? ……だとしたら、かなりの鈍感ボーイって感じよね」     「どういう意味だ……!」   「どうして貴方の周りには、聖唱姫の呪いを抱えた少女が寄り付いてくるのか。 どうして貴方は、そんな化け物じみた少女に囲まれながら、平然と過ごしていられるのか」   呪縛を一つ一つ解いていくかのように、錦野の言葉が俺の頭の中に響いては、静かに正気を蝕んでいく。     「答えは簡単。 ……零浄化(ゼロ・ジョーカー)は、聖唱姫の呪いの力を抑制することが出来るの。 だから、安定的な場所を求めて、自然に呪いが付きまとってくるのよ」   「呪いを、抑制……?」   寝耳に水とは、まさにこの事だろうか。俺は、俺自身すら知らなかった特別な力に、驚きを隠せなかった。     「勿論、あくまでも"抑制"程度の力だから、呪いの影響を一つも受けない訳じゃないわ。 病原菌への免疫力みたいなものね。 ……少しぐらいは心当たりあるでしょう? 貴方や貴方の周りに居た人には、呪いがあまり作用していなかった事に」   「…………あ……」   思わず声が漏れた。思い返してみれば、不可解な点が沢山あった。 どうして、つぐみが涙を流しているのに俺は泣かなかったんだ? どうして、打ち破れない筈の稲垣の言葉に俺は歯向かえたんだ? どうして、心拍数を高める力を持つ筈の乃木坂が、稲垣を落ち着かせられたんだ? 「全部、零浄化(ゼロ・ジョーカー)の力だってのか……!?」     「そういう事。 ちなみに、抱演美(ダークエンヴィ)は貴方の近くに居ると、天からの声が聞こえにくくなっちゃうの。 可哀想よね~、新手の束縛プレイかしら?」   冗談混じりに話す錦野の声など、もう耳には入ってこなかった。震える手を抑えるので精一杯だった。   「そ・れ・に……貴方の力はそれだけじゃないわ♪」   「まだ何かあるのか……」   そう言って警戒する俺の元に、再び錦野が近づいてくる。そして━━━ 「零浄化(ゼロ・ジョーカー)の本質は浄化能力。 ……つまり、聖唱姫の呪いを解くカギは、貴方よ」      「………………え」   正直、抑制能力を知らされた時の倍ぐらいは驚いた。今までずっと固く閉ざされていた扉が、突如眩い光を放ちながら開け放たれたかのような感覚だった。 俺が、聖唱姫の呪いを解くカギ……?   「じゃ、じゃあ……つぐみ達にかかった呪いも全部、俺のその力でとけるって事━━━」     「━━━馬鹿ね。 そんな上手い話があると思う?」   嘲笑うかのような、蹴落とすかのような笑みを浮かべて、錦野は冷たく言い放った。は……? と思わず情けない声が漏れてしまう。   「貴方の浄化能力は本物よ。 如何なる呪いであろうと、綺麗さっぱり浄化できるわ。 一度だけなら、ね」     一度だけ。彼女は確かにそう言った。 その言葉に秘められていた、残酷で悲劇的な運命を理解した時、俺の頭は真っ白になった。   「一度呪いを浄化すれば、零浄化はその効力を失う。 ……つ・ま・り、貴方が救えるのは、聖唱姫の呪いにかかった5人のうちの1人だけ、って事よ」   「なっ……!?」     嘘だ……救えるのが、たった一人だけだなんて……! 受け入れがたい現実に、俺は自分自身の運命すら猜疑する。   「ちなみに、呪いを解く方法だけど……ま、想像ぐらいはつくんじゃない?」   ニヤニヤした顔つきで尋ねる錦野。俺は、ぼうっとする頭をなんとか働かせて答えた。   「特別な儀式か何かでもするのか……?」   「んー……ま、半分正解ってとこね。 呪いを解くには、貴方と呪いにかかった人とが二人で、呪いを解くための特別な力を持った"歌"を歌う必要があるの。 それが、『浄歌聖唱(ジョーカー・セッション)』よ」   「浄歌聖唱(ジョーカー・セッション)……」     まさに『聖唱姫の呪い』の為に用意されたかのような方法だな、と思った。 と同時に、先程の錦野の言葉がまたしても脳内を反芻した。その特別な歌を以てしても、救えるのは、たった一人だけ……。   「歌については自分で調べなさいな。 ……その前に、どの子を選ぶのかをちゃーんと決めておかないとね♪」     その言葉を最後に、錦野はクルリと身体を反転させ、俺に背を向けた。     「はい、今日の特別授業はここまで。 後は自力で頑張ってね♪」   そう言って、茫然と立ち尽くす俺を置き去りにスタスタと教室を後にしようとする錦野を、すんでのところで呼び止めた。   「待てっ! まだ聞きたい事が……!」     「いいの? 抱演美のこと放っておいて。 今頃、惑聖恋たちがあの子と接触してるんじゃない? 厄介な展開になってたりしないかしら? なんだかゾクゾクするわね」   「くっ……!」   そうだ。今はつぐみ達の……岳都のもとへ急がなければならない。すぐに気持ちを切り換えるのはなかなか難しいけど、でも、今はそんな事を言ってられない。   「……最後に、聞かせてくれ」   なんとか心を落ち着かせながら、言った。   「アンタ、一体何者なんだ? アンタは、この呪いとどう関わってるんだ? ……こんな事して、何が目的なんだ?」   「んもぉ……そんな一度に沢山聞かれたら、激しすぎて溢れちゃうわ」     「答えろっ!!」   声を張り上げて、問い質す。錦野は、相変わらずニヤニヤと笑いながら俺を見つめ、   「少し考えてみれば分かるでしょう? 実際に、呪いによる死の運命から免れて生き延びた人が居るから、こうして"呪いの解決策"が存在しているのよ。 それってつまり……どういう事かしらねぇ?」      「え……」   まさか……と俺が言葉を紡ぐ前に、錦野が教室の扉をガタンッ! と乱雑に開け放った。もうこれ以上話す事は無い、と言わんばかりの妙な威圧感が、背中から感じられた。 教室から出る直前、彼女はチラッと此方に視線をやると、最後に、   「じゃあ頑張ってね、切り札(ジョーカー)さん♪」     そう言って、彼女はスタスタと廊下の闇へと消えていった。   「……」   色々な事が、頭の中をグルグルと蹂躙していた。考えれば考える程に、「俺はどうすればいいんだ!」と叫びたい衝動が増していく。   すぅ……はぁ……と、大きく深呼吸をする。細かい事は、後から考える事にした。   「……行こう」     そして、駆け足で教室を後にした。教室の窓から微かに吹き込んだ風が、ヒュウと音を立てながら俺の背中をそっと押したような気がした。   「岳都……みんな……!」   向かうのは、悲惨な呪いを請け負ってしまった少女たちのもと。まだ答えを出せないまま、今は、ただ我武者羅に走る事だけを考えていた。       そこにあったのは、今まで見たことのないような、キラキラした世界。 まるで別世界に居るような錯覚に、私の心は弾んでいた。   「すごぉい……私も、あんなんやってみたい……!」   私の手を握りながら、隣で目を輝かせている女の子。 その目線の先では、商店街のイベントの為に設置された特設ステージで踊る、名も知らぬ和装のアイドルユニットのパフォーマンスが行われていた。   「なぁ、舞ちゃん……私らぁもやろ! 私も、皆の前で踊ってみたい!」   私の手を取り、真剣な目でお願いしてくる彼女に、私がNOと言える筈もなかった。   ……いや、実際私もやりたいと思っていたのだろう。 だからこそ、私は考えるよりも前に、強く、強く頷いていたのだ。 それが、『舞華』結成の瞬間だった。   舞華として活動を始めてからは、毎日がきらびやかに感じられるようになった。ししょーのもとで猛特訓した後、すぐさま地方の大会で優勝。と思いきや、中学生の全国ダンス大会への出場権を獲得し、『舞華』の名は多くの人に知れ渡った。   もっと上を目指せる。華ちゃんとなら、どこまでも上へ行ける。 そう思っていた、ある日の事だった。   「華ちゃんが……華ちゃんが、さっき車に轢かれて病院に搬送されて……今、亡くなったって……」   「え……」   受話器を片手に、真っ青な顔で震える母。私は、状況がちゃんと飲み込めなくて、ただポカンとするしか無かった。 華ちゃんが……死んだ?   嘘だ。   だって、昨日までずっと一緒に練習をしていたんだから。   だって、華ちゃんとずっと一緒に踊り続ける、って約束したんだから。   だって……だって…………!     「……華、ちゃん…………」     ガクリとその場に崩れ落ちた。顔を歪めるでも、俯くでもなく、ただ感情を失ったままの瞳からすうっと涙だけが零れ落ちていった。 ***   『やった……やった! 優勝やで舞ちゃん! あたしらぁが優勝や!』 『もぉ、そんな無愛想な顔してたらアカンって! ほら、もっとスマイルスマイル!』    『舞ちゃん……あたし、舞ちゃんと一緒にダンスしてるこの瞬間が、最っ高に幸せ! だから、ずっと一緒に踊ろな……!』   *** 「華、ちゃん……!」   嫌だ、行かないで。   私、華ちゃんが一緒じゃないと踊れない。華ちゃんの隣じゃないと、上手に喋れない。   華ちゃんが居ないと、笑えない……!   ━━━そう、私はきっと、この時から既に呪われていたんだ。 大切な友達と一緒に、感情さえも失った。ここに来てから、微かに聞こえるようになった華ちゃんの声は、まだ遠すぎて届かない。   なら、私が華ちゃんの所へ行けばいい。私はその為に呪われたんだ。 だから、私は……!   「━━━違うよ」     語りかけるような穏やかな優しい声でそう言ったのは、音色だった。 思いもよらない返答に唖然とする舞の元へ、一歩、また一歩とゆっくり近づいていく音色。つぐみと詩葉の二人は、ただその背中をじっと見つめることしか出来ずにいた。   「呪われる為に……死ぬ為にここに居るなんて、そんな事ないよ」     「……適当なこと言わないで。 華ちゃんのこと、何も知らない癖に」   「うん、知らないよ。 だから、彼女がどんな人で、どんな思いを持っていたのかは、私には分からない」   でもね……と、音色は舞の手をそっと握り、そのまま両手で優しく包み込んだ。   「一つだけ、私にも分かることがあるの」       「━━━華さんは、きっと貴女に夢を託したかったんだよ」 「……っ!?」 ハッとして、顔をあげる舞。その目の前で、音色は彼女の手を優しく握ったまま、にっこりと微笑みかけていた。   「だって、岳都さん言ってたでしょ? 『私は天の声に導かれて此処に来た』って。 それってさ、きっと華さんが、貴女にアイドルを……ステージの上で踊ることを止めないでいて欲しかったから。 ……だから、こうして私たちのところへ導いた、って事なんじゃないかな?」   「あ……」   つぐみは、思わず声を漏らしていた。 ずっと一緒に舞と活動をしてきて、しかし不慮の事故によって命を失ってしまった籠辻 華。彼女は、抱演美(ダークエンヴィ)の力によって舞に語りかけていた。 そう、彼女は願っていたのだ。舞を自分の魂とともに道連れにすることなんかじゃなく、自分の魂を舞に受け継いでもらうことを。   「一緒に踊ろう、岳都さん……ううん、舞ちゃん! 空から見守ってくれてる華さんにも届くように!」     「あ、あぁ…………」   ぼろぼろと、舞の目から涙が溢れ出ていた。親友を失ってから、消えてなくなっていたと思っていた感情。それが、音色の言葉を皮切りに、胸の奥底から沸き上がってきた。   「うぐっ……華ちゃん……はなちゃぁぁん……!!!」   二年もの間、ずっと堪え続けてきた涙が溢れる。音色の胸にうずくまり、子供のように泣き叫ぶ舞を、音色はぎゅっと抱きしめた。   「大丈夫だよ。 華さんはずっと貴女の傍にいるし、これからは私達も傍にいる。 ……だから、鎮魂歌(レクイエム)はもう終わりにしよう。 新しい夢への前奏曲(プレリュード)を、私達と一緒に奏でよう!」   舞は頷いた。   頷かない筈がなかった。   傍に駆け寄るつぐみ、詩葉の二人は、もらい泣きでもしたのかほんの少し目を潤ませていた。三人の前で、赤くなった目を袖で覆いながら、舞は震える声で、しかし強い意志を持った声で答えた。   「ありがとう、皆。 WINGSのメンバーとして、これからも一緒に活動させてくれる……?」     「うんっ! がっくんの夢……舞華の夢、私達が一緒に叶えさせてあげるからね!」   「貴女はもう、正式なWINGSのメンバーだもの。 ……だから、私達はみんな貴女の味方よ」   「一緒にvivaceで頑張ろうね、舞ちゃん!」   手を取り合って笑う四人。寒空の夜を駆ける風が、彼女らを見守るようにそっと過ぎ去った。       「あ……」   屋上へと続く階段に差し掛かった時、俺はようやく岳都たちを発見した。……というか、ちょうど階段を下りて校舎に戻ろうとしていた彼女たちと、パッタリ鉢合わせただけなのだが。 ビクゥッ!? と肩を震わせて怖がる稲垣と重なるように、つぐみが声をあげた。   「あぁーっ!! 遅いよ翔ちゃん! どこほっつき歩いてたのっ!」   「あ、いや……悪い、ちょっと道に迷って……」   錦野に出会ったこと、その時に話されたことを打ち明けようか迷って、やめた。それよりも今は……   「舞ちゃん、ちゃんと見つかったよ~。 それに、舞ちゃんについてのお話もたくさんできたしね~」     お話……? よく見ると、窓から差す月明かりに照らされた岳都の顔は、ほんの少しだけ目元が赤く腫れているようだった。   ……そうか。彼女はきっと、自分が呪いにかかっていたことを知っていたのだろう。そして、それをつぐみ達にきちんと打ち明けられたに違いない。詳しい事情はまだ分からないが、きっと、彼女たちはもう、本当の意味でのチームになれた筈だ。   「……なぁ、岳都」   乃木坂の腕をぎゅっと握り、目を擦りながら俯いていた岳都のもとに、そっと歩み寄る。   「呪いとか、お前の過去についての話は、また今度ちゃんと聞かせてくれ。 ……ただ、これだけは言わせて欲しい」   そう言って、俺は岳都の両肩に優しく手を置いて、言った。     「これからはさ、もっとお前の笑顔も見せてくれよ。 勿論、そのサポートは俺も臨むところだから、な?」   俺の言葉に、岳都は少し驚いていたようだった。 が、暫くして、何故か頬を赤く染め、   「……ずるい。 後出しで、そういう優しい言葉は、ずるい……」   「へ?」   俺が聞き直す前に、岳都は音色の背中にヒョコッと隠れてしまった。   「はぁ……本当、翔ちゃんってそーゆーとこあるよねぇ」   「私の時にも、そんな感じだったわよね」   「は? いや、俺、別に何も変なこと言ってないだろ……って、おい! なんで置いていくんだよ!?」   クスクスと笑いながら先に行く四人の背中を、俺は慌てて追いかけるのだった。       「━━━さて、続いての発表は、アイドル研究部の皆さんです! オープンキャンパスの舞台で彗星のごとく現れたアイドルグループ、WINGS。 今回は、新たに加わった二人のメンバーと共に、未知なるパフォーマンスを繰り広げます!」   放送部の、ノリノリな前口上に合わせて、舞台の幕が上がる。 学校祭本番。この日のために培ってきた練習が、技術が、絆が、今ここで試されるのだ。 舞台袖から、夏燐と江助の二人と一緒に固唾を飲んで見守る。そしてついに、ピンスポットが彼女たちを照らした。 「こんにちは、WINGSです! 私たちの新曲、聞いて下さい! 『Can't stop music!』」     スピーカーから、ロック調のメロディが流れ出す。四人も、練習通りの振付で踊り始める。この日の為に、皆で考えて作った新曲だ……!     「胸に秘めた淡い夢~♪ 仕舞い込んでたつもりで~♪ 気づかぬ内に心溶かしていた~♪   抑えきれないこの声~♪ 共鳴させるnightmare~♪ 鎖を解き放て~っ♪」      おぉ……! と、客席がどよめく。オープンキャンパスの時以上のギャラリーの中で、つぐみ達は物怖じする事なく歌い続けた。   「『前へ進め!』と 頭の中で誰かが~♪   扉開くcountdownは始まった~! 抑えら~れぬ、鼓動~をっ、胸に秘~めてっ、飛び立つ~んだ!♪   さあ! (今!) 歌い出せ~!」       「止められない! 僕たちの思いはきっと~♪   この胸に 刻み込まれたままずっと~♪   鳴り止まぬ、激しい音楽となって   僕の心を、揺さぶり続ける~!     果てしなき、僕たちの願いはもっと~♪   どこまでも、広がり続けるずっと~♪   そして~、辿り~着くは~♪   未知数な夢の扉~♪   Can't stop music!」       ワアアアァァァ━━━━!!!! 曲が止んだ瞬間、会場が揺れる程の拍手と歓声が沸き上がった。その声はきっと、ステージ上で息を切らす四人のアイドル達にも届いている事だろう。それはWINGSが……俺たちが天へと羽ばたいた瞬間だった。   かくして、WINGSの学校祭ステージは、大成功に終わったのだった。     END  
888 EXC
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コメント

juri 5年前
888 EXC
全員…とはいかないんですね。厳しい条件も自分のことも、翔ちゃんがどう乗り越えるかすごく楽しみです‼︎
更新待ってます‼︎