「着いた……」
少し息切れしつつも、なんとかオカルト研の部室の前まで辿り着いた。『オカルト研究部』と書かれたプレートもかかっているし、間違いない。
「……」
ここに、絵美里さんが居るという確証はない。 むしろ、居ない可能性の方が高いかもしれない。……でも、絵美里さんを認識するための手掛かりなら、きっと何かある筈だ。「櫻井 絵美里は存在する」と証明できる何かが見つかれば、それで良い。
「……よし!」
覚悟を決めて、俺は部室の扉を勢いよく開け放った。
「━━━失礼しますっ!」
「ギャアアアアッ!!?」
バタン! と扉が豪快な音を鳴らすと同時に、室内に甲高い悲鳴が響いた。
あまりの大声に思わず仰け反る俺だったが、その悲鳴が、扉を開けた先でわなわなと震える小柄な少女によるものだと分かり、慌ててフォローに入る。
「あ、いや、ごめん! ちょっと急ぎの用事があったもんだから慌ててて……」
「ヒッ……あ、あの……急ぎの用事って、オカ研に、ですかぁ……?」
「あぁ、そうだけど……えと、君は?」
「ゥ……く、工藤 冬美(くどう ふゆみ)……一年生、です……」
工藤……あぁ、そういえばさっき、会長がオカルト研の部員は二人だって言ってたな。前に来たときには会わなかった気がするが、最近入部した子なのだろうか。
工藤 冬美。そう名乗った彼女は、岳都と同じぐらいの低身長で、少しボサッとした長い黒髪が特徴的な子だった。いや、それよりも特徴的なのが、片目を塞ぐ眼帯と、首や手首なんかに巻かれた包帯だ。どこかで怪我でもしたのだろうか、とも思ったが、それにしては傷口がまばらだし……とにかく、少しミステリアスな風貌が印象的だった。
「そ、それで……ヒッ……あ、貴方こそ、どなた……?」
「あぁ、そうだった。 俺は、二年の秋内翔登だ。 実は……」
と、俺がオカルト研を訪れた理由を説明しようとした時だった。
「ア、秋内……もしかして、WINGSの、プ、プロデューサーさんですかっ……!」
「へ? まぁ、そうだけど……」
その瞬間、彼女は暗い顔から一転、パアァ、と目を輝かせたかと思うと、急に俺の手を握ってきた。
「ゥ……あ、あの……わたしっ、初めてライブ見た時……すごく、感動しました……! アゥ……あの時から……WINGSの大ファン、です……! フヒッ……」
俺の手を握ってブンブンと振りながら、全身でWINGSのファンであることを証明する彼女。そのテンションの上がり方がちょっと独特すぎて戸惑ったが、しかし、こうしてWINGSの事を知ってくれて、且つファンになってくれた人が居るというのは、すごく嬉しい。今まで活動を続けてきて良かったと、心からそう思える。WINGSは……いや、アイドル活動は、応援してくれる人がいて初めて成り立つんだ……そう、改めて実感した。
「こっ、この前のライブ……Can't stop music! ……最高に良かった……フヒッ……前回のより、ダンスのレベル上がってて、キレがあって……思い出しただけでも、ゾクゾク……! ヒヒッ……最高……!」
「わ、分かったから! とりあえず落ち着いて!」
恍惚の表情を浮かべる彼女のペースに乗せられかけて、なんとか軌道を修正しようとする。このままだと、本題を忘れかねない。……というか、ちょっと意識を外に向けた今の間だけでも、絵美里さんのことを忘れそうになってしまっていた。これが、縁伝者の呪いの力なのか……
「えっと、ここの部員って、君一人だけ?」
「え、あ、はい……私だけ、です。 幽霊の部員を含めると、もっと多い……ヒヒッ」
やはり、彼女も絵美里さんのことを認識できていないらしい。見た所、部室の中に隠れているという様子もなさそうだ。
ここに絵美里さんは居ない。だとしたら、今俺に出来る事は━━━
「あの……良かったら、ちょっと部室の中見せて貰えないかな?」
ダメ元で、部室の中を調べてみようと考えた。何か、絵美里さんの呪いに関する追加情報が見つかるかもしれないし、もしかしたら、絵美里さんが何かメッセージを残しているかもしれない。
「ヒッ……部室を……ですかぁ?」
「ああ」
「ア……全然、良いですけど……。 ……わ、私はもう帰ろうと思ってた所なので……アゥ……鍵、ちゃんと閉めて……職員室に、返しておいてくれるなら……」
「分かった、ちゃんと返しておくよ」
そう返事をすると、工藤さんはコクリと小さく頷いて、ポケットから出した部室の鍵を俺に渡し、そのまま足早に去っていった。何というか、独特な雰囲気の子だったな……若干失礼かもしれないが、何となくオカルト研の雰囲気に合っているような気がした。
「……と、そんなことより……」
お邪魔しまーす、と小声で軽く挨拶してから、部室の中へと入り込む。室内は少し薄暗く、禍々しい空気に満ちていた。
今までに何度か入っている筈なのに、なんだか初めて入ったかのような感覚だ。
「えっと、これは本棚で、こっちは……」
と、あちこち動き周り、絵美里さんを見つけるためのヒントが無いかと探る。せめて、皆が絵美里さんの事を思い出せるトリガーになるような物さえあれば……
「……あれ?」
室内をキョロキョロと見渡していた俺は、扉のすぐ前にあった大きな机の上で目を止めた。そこにあったのは、ちょっと表紙が色褪せた、分厚いオカルト関連の本だった。事典みたいな茶色いその本を手に取り、パラパラとめくっていく。よく見てみると、何ヵ所かページの端が折られている部分があった。
「……」
その内の一ヵ所を開いてみる。つらつらと難しい文言の羅列が続く中に、赤いペンで線が引かれた箇所があった。そこに記されていたのは━━━
「呪いによる災厄を、回避する方法……?」
~~~
『聖唱姫の呪い』による災厄を回避する方法は二つある。
一つは、呪いを打ち消す力を持つ、零浄化(ゼロ・ジョーカー)を味方につけ、浄歌聖唱(ジョーカーセッション)で呪いを打ち払う、という方法。
但し、そのチャンスは一度きり。助かるのはただ一人。残された少女達は、為す術なく死を待つしかない。
そしてもう一つは、呪いを持った少女たちが一堂に介さないようにする、という方法。
呪いを持つ少女たちが力に目覚め、巡り会うことで、災厄へのカウントダウンは始まる。それはつまり、呪いを持つ少女が一ヵ所に固まらなければ、災厄を回避できるかもしれない、ということだ。
……だから、私は後者を選んだ。
それが、呪いに魅入られた少女全員を救う、唯一の方法かもしれないから。
幸い、縁伝者(エンデンジャー)はその力を持っている。私が皆から忘れられれば、呪いが一ヵ所に集まることはない。そうすれば、結末を少しでも変えられるかもしれない。
行動を起こさなきゃ、何も変わらない。……そう教えてくれたのは、彼だった。
彼は、私の思惑とは違う方向に進もうとしている。私の考える最善とは違う方向に。
でも、彼のその歩みに迷いは無かった。その瞳には、必ず全員を救ってみせるのだという確かな決意が宿っていた。
その瞳を見ていると、本当に、彼は呪いなんて全部覆してくれるのではないだろうか、などと思ってしまう。
私の淡い決意を、いとも簡単に揺るがせてしまう。
……そう、私は決意したつもりだった。縁伝者の力で、誰とも接する事なく過ごすと。
でも……それでも、本当は自分でも分かっていたのかな。たとえ私が誰とも会わないようにしても、本当に全員が助かるという確証なんて無い、って事に。
そして……
……私が、心のどこかで迷っているって事に。
~~~
翌日。
しんしんと雪が降る中の土曜日の学校は、部活をする生徒がちらほらと見受けられるだけで、それ以外にはほとんど誰も居なかった。
閑散とした校舎を、一人ゆっくりと歩く。曇った窓ガラスを横目に見ながら、俺は昨日と同じように棟の三階へと向かった。
……きっと、彼女は来ている。そんな予感がしたのだ。
昨日、家に帰り、夕食を食べ、布団に入って眠り、今朝起きて……そうして刻一刻と時間が過ぎていく間にも、俺の頭の中から絵美里さんの記憶は薄れていった。今、自分が何のためにここに来ているかすら、見失いかけている。
でも、彼女はきっと今日、オカルト研の部室に来る。そんな根拠のない自信だけが、俺を突き動かしていた。何の為にここに来ているかすらままならない俺の頭が、ただ一つ、その信念だけを頼りに動いていたのだ。
「……」
オカルト研の部室の前に立つ。昨日と同じように、ゆっくりと数回深呼吸をしてから、扉に手をかける。予想通り、鍵は開いていた。
そのまま、そっと扉を押して中へと入る。相変わらずの薄暗さに、ぼんやりと視界が遮られる中、そこには確かに、どこかで見覚えのある少女の後ろ姿があった。
「……やっと見つけた、絵美里さん」
「……」
彼女は振り返らない。ただ、声をかけた瞬間に、彼女の肩がピクンと少しだけ跳ねた気がした。
「……やっぱり、見つかっちゃいましたね」
手にしていた本をパタンと閉じて、掠れた声で話す絵美里さん。いつかの日に見た気がするような、深緑のマントと帽子を身につけた彼女は、まるで、この部屋に住む魔女のように、妖しげな雰囲気を纏っていた。
「詰めが甘かったみたいです。 偶然とはいえ、あの時、階段でバッタリ出会ってしまうなんて。 そのせいで、零浄化(ゼロ・ジョーカー)が私の力を抑制して、貴方が私のことを思い出してしまった訳ですから」
「どうして……」
やはり、彼女は自ら進んで姿を眩ませていたのだ。俺が零浄化の力を持っているということも、全部、知っていたのだ。知った上で、その全てをひた隠しにして、誰にも言わずにこんな行動に出たのだ。どうして? そう問いかけたくならない訳がない。
しかし、彼女はまたしても質問には答えず、
「本に挟んでたしおりの位置が変わっていたので、もしかしてと思ったんですけど……昨日、ここに来ました?」
「……ああ」
確かに、昨日俺はこのオカルト研の部室に足を踏み入れ、置いてあった本を読んだ。そして、この本が彼女の所有物であるという事にも、察しがついた。だからこそ、彼女は遅かれ早かれ、もう一度この場所に訪れると思ったのだ。
「……だとしたら、この本に書かれた記述にも、目を通したんですよね?」
「……ああ」
……やはり、そうか。
昨日、俺が読んだ本の中には、零浄化についての記述があった。そして、そのすぐ下に、赤いラインで強調された箇所があったのだ。しかし、その文章は本に印字されていたものではなく、後から万年筆のようなもので上書きされた文章だった。
その文章の内容は━━━
「『零浄化は全ての混沌を引き寄せる。 零浄化こそが災厄の火種である。 故に、それに力を与えてはならない。 呪いが集い、それに力を分け与えれば最後、災厄への引き金が引かれるであろう』……だよな」
昨日スマホで撮影しておいた写真を見ながら、その本に書かれていた内容を読み上げる。
要するに、零浄化が……いや、俺自身が災厄を引き起こす元凶であるという事。零浄化が、他の呪いの力を受けて、災厄を生むのだという事。もしこの記述が本当だとしたら、そういう事になる。
「零浄化の……貴方の力がどのように災厄と結び付くのかは、まだ分かりません。 ただ、少なくとも災厄の源となるエネルギーが、私たちの呪いの力であるという事は、間違いないと思います」
真剣な表情でそう語る絵美里さんを見つめて、俺はなぜか、胸が締め付けられるような悲しみをおぼえた。
「……なら、貴方にエネルギーが向かわないようにすれば良い。 災厄を引き起こす力が五人分に満たなければ、災厄が起こるのを防げるかもしれません」
「……だから、自分一人がそれを背負って、皆に二度と会わないようにすれば良い、って思ったのか……?」
「……それが、最善の方法ですから」
彼女はそこで言葉を切ると、体を90度捻って、横目で俺の方を見た。ぎゅっと固くむすばれた唇と、やや霞んだ瞳。そこには迷いが垣間見えたが、それ以上に、強い意志があるようにも感じられた。
「……でも」
それでも、俺は納得がいかない。
「絵美里さん一人が背負い込むなんて、おかしいだろ……! 他にも方法はあるかもしれないし、この記述だって、誰が書いたのか分からない不確かなものだし、それに━━━」
「━━━じゃあ、翔登さんはどうするつもりなんですか?」
「え……?」
絵美里さんらしからぬ、冷たさと気迫を孕んだその声に威圧され、思わず口をつぐんでしまう。
「翔登さん、言ってましたよね? 『呪いなんて覆して、全員を救う』って。 ……じゃあ、具体的にはどうやって救うんですか?」
「それは……」
「その言葉がただの綺麗事なんだとしたら、お願いですから私に口出ししないで下さい。 ……私は、本気で皆さんを救いたいから、この方法に懸けようって覚悟したんです」
怒りすら交えた彼女の真剣な眼差しを受け、堪らず目を伏せる。
俺は……何か皆を救うための具体的なプランを持っていただろうか? 彼女の言う通り、ただ闇雲に行動して、何の根拠もなしに皆を振り回していただけなのではないか。
ずっと目を背けていた嫌な事実を突きつけられて、俺はただ、俯いて黙ることしか出来ずにいた。
「ご存じだとは思いますが……貴方の零浄化(ゼロ・ジョーカー)の力で救えるのは、たった一人だけです。 ですが、言い換えればそれは、"確実に誰か一人を救える方法"です。
……それに対して、今私がやろうとしているのは、"全員が助かる可能性はあるが、不確実な方法"。 私たちに残されているのは、この二つの道だけなんです」
そんな事ない、もっと良い方法がある筈だ! ……そう言いたかった。でも、言えなかった。さっきの絵美里さんの鋭い言葉が胸に突き刺さって外れない。俺は、俺自身が進んでいたはずの道を完全に見失っていた。
「私は、覚悟を決めたんです。 ……翔登さんの仰る通り、この本の記述は不確かで、信憑性に欠けるものです。 それでも、全員が助かる術があるのなら、私はそれに懸けてみたい。
……その為なら、私は、なんだって犠牲にする覚悟です」
絵美里さんの目は、真っ直ぐに俺を捉えていた。疑りをかけるなんて野暮だと思う程、その声には強い信念が込もっていた。
彼女の信念は、本物だ。
「……だから、お願いです」
そう言って、彼女は深く頭を下げた。
「私は二度と、皆さんの前に現れません。 だから貴方も、私の事は忘れてください。
……これ以上、私に近づかないで下さい」
その声は、震えていた。
まるで、涙を必死に堪えているかのようなその声に、俺はハッとした。
(もしかしたら、彼女は……)
それを確かめるべく、俺は、彼女にこう告げた。
「……分かった。 そこまで言うんだったら、俺からはもう何も言わない」
「……え?」
絵美里さんが、俺にどんな返事を期待していたのかは分からないが、少なくとも俺には、彼女が少しばかり肩透かしを喰らって驚いているように感じられた。
「絵美里さんの主張は正しいよ。 その上、それだけ明確な意志を持っているのなら、もう俺からは何も言えないよ」
「で、でも私……」
絵美里さんは何か言いかけて、しかしすぐに口をつぐんで俯いた。あれだけキッパリと俺に主張した手前、何も言えなくなっているのだろう。鬱陶しい靄に行く手を阻まれるような感覚に、彼女は襲われているんだと思う。
「……じゃあね、絵美里さん。 今までありがとう」
それでも、俺は心を鬼にして、冷然とそう言い放った。振り返る事もせず、ただ静かに扉を開いて、そのまま何も言わずに立ち去る。絵美里さん一人が残されたオカルト研の部室から、バタンッ、という空虚な音だけが響いていた。
「これで、良かったんだ……」
暗い部屋の中で、力なく絵美里さんが声を漏らしていた。その声は、脱力しきっているようにも、わなわなと震えているようにも感じられる。
「そうだ……翔登さんは、私の意志を尊重してくれたから、出ていったんだ。 これが、私の望んだ事だもんね……」
呟く絵美里さんの声はだんだんと小さくなって、気づくとそれは、すすり泣く声に変わっていた。
「……あれ? 何で? ……何で私、泣いて……」
ペタン、と絵美里さんが床に倒れ込む音が聞こえた。ぐすっ……ひぐっ……としゃくりあげながら泣く声が、彼女の流す涙の量を連想させる。
「……嫌だ」
確かに、彼女はそう呟いた。震える声で絞り出したその言葉は、紛れもなくきっと、彼女の本心だ。
「嫌だよぅ……お別れなんて…… 本当は、もっと皆と話したかったのに……アイドル活動だって、皆とやりたかったのにっ……!」
涙声とともに吐露される、彼女の心に閉じ込められていた感情。その悲痛な叫びは、ドア越しに俺の耳に響いた。
彼女は、ずっと自分を騙していたのだ。『皆を救うため』という大義名分があったから、自分の本当にやりたい事を押さえつけざるを得なかったのだ。
それは、皆を救う立派な覚悟かもしれない。勇気ある行動だったかもしれない。
……でも、彼女はきっと、「これで良かったんだ」なんて思っていない。その胸の内に秘められた想いを、俺は確かにこの耳で聞いたのだから。
やっぱり彼女の所へ戻ろう。そう思って、再びオカルト研の扉に手をかけようとした時だった。雲の隙間から顔を出した日差しに照らされる中、トタトタと足音を響かせ、俺の方へ向かってきたのは━━━
~~~
「エミリーッ!」
バタンッ! と勢いよく開け放たれた扉。 その音と共に響いた、どこか懐かしさすら覚える呼び名に、絵美里さんは驚いた様子で顔を上げた。
「つぐみさん、詩葉さん……WINGSの皆さん、どうして……!?」
眼鏡を涙で濡らしたまま、口をポカンと開けて驚く絵美里さん。まぁ、無理もない。だって……
「どうして……皆、縁伝者(エンデンジャー)の力で、私のことを忘れてる筈じゃ……」
「あー……いや、それなんだけどさ……」
夏燐は苦笑して、どう説明したら良いものかと悩んでいる様子だった。そんな夏燐に代わって、つぐみが絵美里さんに語りかける。
「本当はね……まだ思い出せてないんだ」
「え……」
「ごめんね……翔ちゃん以外のみんなは、貴女が誰なのか、エミリーっていうのがどんな人だったのか、まだ思い出せてないままなの」
でもね……と、つぐみは言葉を繋ぎながら、泣き崩れていた彼女の手をとった。
「翔ちゃんに教えて貰ったんだ。 エミリーは、私たちの大切な友達だって。ずっと前から私たちのことを応援してくれていた、大切な友達なんだって!
……たとえ誰か思い出せなくても、『大切な友達』がそんな顔してたら、駆け付けない訳ないじゃん!」
にししっ、と笑うつぐみを、絵美里さんはただ目を丸くして見つめていた。
昨日、オカルト研の部室を立ち去った後、俺はすぐにつぐみ達の元へ戻り、皆に絵美里さんのことについて話したのだ。皆が彼女の事を思い出してくれるとは限らない。でも、皆ならきっと、彼女の事を『思い出したい』と思うに違いない。助けたいと思ってくれるに違いない。そう願って、俺はつぐみ達に頭を下げた。
……その願いが届いたからこそ、皆は、今日こうして駆け付けてくれたのだ。
「私は……」
つぐみの横からヒョッコリと顔を出したのは、岳都だった。
「私はまだ、貴女と会ったことが無いと聞いた。 だから、記憶のあるなし関係なく、貴女と私はこれが初対面」
「……そう、ですね。 ライブの際に見ているので、私が一方的に貴女の事を知っている、という形ですけど……」
絵美里さんの言葉にコクリと頷くと、岳都はちょっと天井を見上げ、
「でも、天からの声が教えてくれた。 ……貴女も、私と同じように"寂しがっている"って。
私も、今まではずっと寂しかった。 けど、WINGSに入ってからは変わった。 だから、貴女もきっと変われる。
そして……私たちはきっと、いい友達になれる」
「っ……!」
満面の笑み、とはいかないまでも、優しい眼差しで微笑みかける岳都のその声に、絵美里さんはハッとした様子で目を見開いた。岳都は気づいていたのだ。絵美里さんの本当の気持ちに。
……そして今、絵美里さんも、やっと自分の本当の気持ちに気がついたようだった。
「私は、災厄を止めたくて……でも、本当はっ……!」
肩を震わせながら、自分の気持ちを整理するかのように辿々しく呟く絵美里さん。そんな、今にも崩れ落ちてしまいそうな彼女を、両脇でつぐみと岳都が支える中、俺はゆっくりと彼女に歩み寄った。
「……ごめん。 全部、絵美里さんの言う通りだ。 俺は、聖唱姫の呪いにかかった皆を救いたいって豪語しながら、具体的にどうするか考えもしなかった。 もしかしたら、皆をただ振り回してただけなのかもしれない」
「そんなこと、ないですっ……! 私、知ってたのに……翔登さんや、皆さんが一生懸命アイドル活動やってたこと、知ってたのにっ……!
それなのに私……あんな酷いことをっ……!!」
泣きじゃくって謝罪し返す絵美里さんの前で、俺は首をゆっくりと横に振った。
「大丈夫だよ。 絵美里さんがああ言ってくれたお蔭で、俺も改めて、ちゃんと呪いに向き合う勇気を持てたから。
……ただ、皆を救いたいって思いは変わらない。 今はまだ解決策が分からないままだけど、いつかきっと、絵美里さんも皆も救ってみせる。 だから……」
少しだけ身を屈め、絵美里さんと視点の高さを合わせる。そして、真っ直ぐに彼女の目を見つめて、
「絵美里さんも一緒にやろうよ、アイドル! 災厄がどうとか関係なく、皆で前に進んでいく為に……!」
一瞬、目を大きく見開いた絵美里さんは、一筋の涙を溢して、そのまま、いつかの日に見た満面の笑みを浮かべて答えてくれた。
「はい……私も、皆さんと一緒にアイドルやりたいです! やらせて下さいっ……!!」
その時、パアァッ! と辺り一帯に光が走った……ような気がした。
全身の皮膚を駆け巡った妙な感覚にビックリしたが、周りの様子は何も変わっていない。気のせいか……そう思って視線を元に戻そうとした時だった。
「……エミリー?」
呟くような声で、つぐみが絵美里さんの名を呼ぶ。しかし、よく見るとその目には大粒の涙が溜まっていた。
……いや、つぐみだけじゃない。稲垣や夏燐、江助も、つぐみと同じように目を見開いていた。
「エミリー……エミリーだっ!!」
そう叫んで、いきなりガバッと絵美里さんに抱きつくつぐみ。
そうか……絵美里さんの縁伝者(エンデンジャー)の効果が切れて、皆が絵美里さんの事を思い出したんだ……!
「ちゃんと思い出せた……!よかった……本当によかったぁ……!
ゴメンね、ゴメンねエミリーっ! ずっと忘れてたなんて……っ!」
「うぐっ…….謝らないで下さいっ……むしろ、お礼を言わせて下さいっ……!
ありがとう、ありがとう……皆さんっ……!」
ぎゅっと抱き合って、泣きながら喜びを露にするつぐみと絵美里さん。そんな二人を、同じように目に涙を浮かべた皆が取り囲む。
たった一人の少女の勇気が、俺たちの周りの世界をこうも変えたのだ。そして、忘却の世界に追いやられていたアイドル達の物語が今、幕を開けようとしている。
その喜びを、俺も強く噛み締める。
これからは、正真正銘、5人でWINGSなのだ……!
~~~
「……どうなっているんだ」
「どうって……言葉通りですわ。 聖唱姫の呪いに侵されていた五人の少女はみーんな、零浄化(ゼロ・ジョーカー)の元に集結しました」
ダンッ! と激しく机を叩き、焦りと怒りを露にする男。しかし、彼とは対称的に、錦野は飄々とした態度で毛先を弄っていた。
「私は君に、聖唱姫の呪いが彼の元に集中しないようにしろと命じたはずだが」
「ええ。 ですから、私は貴方に言われた通り、彼らの仲を引き裂いたり、オカルト研の書物に小細工をしたりしたんじゃないですか」
「だったら何故!! こんな事態になっているというのだねっ……!!」
歯噛みする男の前で、錦野はふぅ……と悩ましくため息をつきながら、まるで男の浅知恵を嘲るかのように、
「何度も言っているじゃありませんか。 ……零浄化(ゼロ・ジョーカー)は全てを引き寄せる運命にある、と。 外部からの働きかけなんて無意味ですわ」
「……災厄が訪れてもいいと言うのか?」
「まさか」
「だったら、私の言う通りに━━━」
「━━━お言葉ですけど。 貴方の陳腐なプレイで鳴かせられる程、聖唱姫の呪いはガバガバじゃありませんわ」
火花でも飛び散りそうな具合に、両者の視線がきつくぶつかり合う。交錯する信念は、カーテンの隙間から漏れる光とその影のように、決して交わらない。
やがて痺れを切らした男は、深いため息をつきながら大きな椅子に腰を下ろした。
「……自分の立場を分かっているのかね?」
「勿論です、"滝沢校長"」
厳しい目つきで睨む男に臆せず、錦野は最後までその態度を貫いた。
「貴方の指示には従います。
でも……私には私のやり方がありますから♪」
その口端を、ニヤリと不敵に歪ませながら。
~~~
「……ねぇねぇ! 折角五人集まったんだしさ、なんか掛け声とか決めない?」
…カラッと晴れた明くる日の放課後、俺たちは、機材やカメラを屋上に持ち込んで集まっていた。五人揃っての新曲を、カメラに収めるためだ。
「掛け声って……円陣の時の?」
「そうそう! ソフト部でもやってるし!」
つぐみ、稲垣、乃木坂、岳都、絵美里さんの五人は、円になって本番前の最終確認をしている。その様子を離れた所から見ていた俺たちだったが、ふと、つぐみが俺を呼んで、
「ねぇ翔ちゃん、なんか良い案ない?」
「え……俺が考えるのかよ!?」
周りからの視線を受けて、なんとか案を絞りだし━━━
「えっと……その、何だ……。
『フライ! ハイ! スカイ!』っていうのは、どうだ? こう、WINGS関連というか、何というか……」
なんか、説明してるうちにどんどん恥ずかしくなってきた……。 一応、真面目に考えたつもりなんだが、それでもやっぱり気恥ずかしさが残る。いつも、歌詞を書いて提出してくれている稲垣の気持ちが、今なら痛いほど分かる。
「……」
ポカンとした顔で、俺の顔を見つめるメンバー達。いや、何か言ってくれないと困るんだが━━━
「━━━良い! すっごい良いよ翔ちゃん!!」
え……? と、今度はこっちがポカンとした顔になって、つぐみの方を見つめた。良い? 今のが? そんな馬鹿な……なんて思っていると、驚く事に、周りも俺の意見を気に入ったらしく、肯定的な反応を見せてくれた。
「ふぅん……秋内君の案にしては、なかなか悪くないんじゃない?」
「うん、とってもフォルテッシモで良いと思うな~♪」
「賛成。 天からの声も称賛している」
「私も、すごく素敵だと思います……!」
「お、おぅ……ありがと」
皆にそこまで誉められると、なんだか悪い気がしない。むしろ、ちょっと誇らしい気分だ。そんな訳で、皆の掛け声は一発で決定してしまった。
「……よし、じゃあ皆、準備はいい?」
つぐみの声に合わせて、皆が手を重ね合う。
皆、キラキラと瞳を輝かせていた。夢へ向かって羽ばたこうとする彼女達の背中を見守りながら、俺は、その五つの翼に思いを託す。
「いくよ……! WINGS!!」
その翼が、希望の空へと強く翔び立つと信じて……!!
「「「「「フラーイ! ハーイ! スカーイ!!!!!」」」」」
END
五人揃ったのでいよいよ本格始動ですね‼︎