WINGS&アイロミームproject(仮)
第六章 『交錯と決意の水簾歌』(前編)
第六章『交錯と決意の水簾歌』      キーン、コーン、カーン、コーン……  チャイムが鳴り終わると同時に、俺━━━秋内 翔登は急いで教室を飛び出した。ついこの間までは、悠々と部室に向かっても何ら問題は無かったのだが、最近、そうもいかない事態が発生しているのだ。  「急がないと……!」  廊下を駆けていく最中、つぐみや音色たちが居る4組の教室の前を通りかかった。どうせなら、彼女らも引き連れて部室に行こうと思い、一応声をかけることにする。  「おーい、つぐm……」  しかし、俺の声はすぐに、ドドドドド……!! という謎の震動音によって掻き消された。のみならず、次の瞬間にはもう教室のドア近くから引き離されていた。      「居た! 動画で見たWINGSの和田辺さんと乃木坂さんだ!!」  「うおー本物だぁ!! 生で見るとやっぱ超絶可愛いなぁ……!」  「あ、あのっ!! サイン貰っても良いですかっ?」  といった具合に、次から次へと教室に人が押し寄せてきて、俺はもう教室の様子を窺うことすら出来なくなっていた。    「こらお前ら! 大勢で教室に押し掛けるのは止めろと言っただろうが!」  外から体育の先生が怒鳴り声を上げるが、生徒たちは聞く耳を持たない。皆が、つぐみや乃木坂を目当てに入り口付近で押し合っていたのだ。  きっかけは先週。WINGSの新曲を撮影したビデオを動画サイトに投稿した事だった。昨今のアイドルブームが影響してか、その動画の再生数はなんと1万回を越えた。今までにも、文化祭のライブなどでちょくちょく顔を出して活動していたWINGSだったが、今回の動画で知名度が一気に上がり、校内にWINGSの名がさらに知れ渡ったのだ。  「お、押さないで皆! 私たちこれから部活に……」    「サインはまた後でしてあげるから、皆落ち着いて~!」  つぐみも音色も、押し掛けた大勢のファンへの対応にタジタジの様子だった。助けてあげたいのは山々だが、これじゃ声をかけるどころか、近づくことすら難しいだろう。  (二人共、ゴメン……!)  そう心の中で謝罪しながら、俺はそそくさとその場を立ち去るのだった。  ~~~  「……ふぅ、やっと部室に来れた」  部室に入るや否や、俺は近くの椅子にドスッと勢いよく座り込んだ。あの人混みを抜けるのだけでも一苦労だったというのに、部室に来るまでの道までもが、何故か大量の生徒で埋め尽くされていたのだ。  混乱を避ける為に、一昨日から、生徒会が気を効かせて警備を置いてくれているのだが、それでも人だかりが消える事はなく、今日もこうして命辛々部室に辿り着いたという訳だ。  「お、お疲れ様です……今日も人だかりが出来ていたんですか?」  部屋の隅で静かに読書に耽りながら、櫻井 絵美里(さくらい えみり)さんが遠慮がちに声をかける。今部室に居るのは、俺と絵美里さんの二人だけだった。  「うん、今日も凄かった……。 というか、絵美里さんは平気だったの? 部室に来るまでの道中は」  「あ、えと……私は、縁伝者(エンデンジャー)の力で、こっそり入って来れますから……」  あぁ、なるほど……彼女が持つ縁伝者(エンデンジャー)という呪いは、自身の注目度……すなわち、存在感などを操ることができるんだっけ。前は、絵美里さんがこの力を使って、学校の全員から忘れ去られるという恐ろしい呪いの威力を見せた訳だが、力加減を変えれば、いわゆる『影が薄い』ってぐらいの存在感に身を包む事も可能なのだろう。一番呪いと長く付き合っているだけあって、彼女の応用力の高さには驚かされる。  「でもさ、それって本来は、皆の注目を集める為の呪いなんでしょ? 絵美里さんもアイドルになった訳だし、もっとオープンになれば良いのに……」  冗談半分でそんな提案をしてみる。すると、彼女はわたわたと慌てた様子で、    「い、いえっ! 私はそんな、目立つとか、そういうタイプじゃありませんし!」  「いや、アイドルなんだし目立たなきゃ駄目だろ……。 もっと自信持ちなよ、絵美里さん十分可愛いんだから!」  「か、かわっ……!?」  すると、彼女はみるみる顔を真っ赤にし、さっきにも増して慌てた様子で抗議した。    「なっ、急に何を言い出すんですか!? そんな事ありませんよ! ……というか、翔登さんはいつも女の子をたぶらかし過ぎだと思いますっ!」  「えっ!? いや、俺そんな事してないって!」  突如飛んできた謂れの無い言葉に困惑しながらも、なんとか絵美里さんを宥める。アイドルとして今後活動するには、彼女の恥ずかしがり屋な性格は少し仇になりそうだな。  「私のことはいいですから! ……それよりも」  コホン、と絵美里さんが咳払いを挟んで、読んでいた本を閉じた。どうしたのだろう? と彼女の方に視線をやっていると、彼女は少しばかり声のトーンを下げて、俺に"あの事"について訊ねてきた。      「もう皆さんには話したんですか? ……零浄化(ゼロ・ジョーカー)のこと」  「……いや、まだ…………」  俺はまだ、自分の力の事をつぐみ達に話せずにいた。 言うチャンスは何度もあった。だが、どうしても勇気が出なくて……何より、5人揃って本格的になったWINGSの活動に水を差したくなくて、どうしても打ち明けられなかった。   「……いつか、話さなければならない日は来ると思います。 でも、それまでずっと隠し通すというのは、私としては賛同しかねますよ」  「分かってるよ。 でも……」  「安心して下さい。 いざ話す時には、零浄化のことについて皆さんが誤解しないよう、私がちゃんと説明を付け加えますから。 それに……」  絵美里さんはそこで一度言葉を切ると、何故かフフッと嬉しそうな笑みを浮かべた。  「つぐみさん達はきっと、翔登さんの事を責めたり、疑心暗鬼になったり……そんな事はしないと思います」  自信たっぷりに、絵美里さんはそう言った。それだけ、彼女は皆の事を信頼しているのだろう。一度は皆の前から姿を消した彼女が、こうして皆の事を思って微笑んでくれるようになったことを、俺は純粋に嬉しく思った。  「ありがとう、絵美里さん。 ……早いうちに、ちゃんと話すようにするよ」  「はい、翔登さんの覚悟が決まるその時まで、私はちゃんと待ちますから!」    絵美里さんの言葉に頷いて、二人で笑い合う。今はまだ二人の間だけの秘密だけど、いつかきっと、つぐみ達にも零浄化のことを話さなければ……!    「あれ……そういえば、つぐみ達遅いな」  ふと、時計を見上げて呟く。俺が部室に来てからもう10分弱は経った筈だが、一向に他のメンバーが来ない。さっきのつぐみや乃木坂のように、ファンの皆に囲まれて動けないのだろうか? ……いや、それにしても遅すぎる。第一、夏燐や江助まで来ないというのは妙だ。  「私から、皆さんに連絡しましょうか?」  「あぁ、頼むよ。 ……一応、俺も様子を見に行ってみる」  そう言って席を立つ。何かトラブルに巻き込まれてたりしてなければ良いが……。  と、俺が扉に手をかけようとしたまさにその時、ガラガラッ! と外側から扉が開かれた。そして、何やら慌てた様子の夏燐が、勢いよく部室に飛び込んできた。  「おい翔登! 大変な事がぎゃんっ!?」  「ぐわあっ!?」  ゴツンッ! と見事に正面衝突。頭を押さえながら二人して十秒ほどうずくまるというコントみたいな状況に陥った後、夏燐が声を荒らげる。  「っつー……何すんだコラ!!」  「それはこっちのセリフだ! ノックもなしに勢いよく入ってくんな!!」  「ふ、二人とも落ち着いて下さいっ!」  絵美里さんに宥められ、なんとか落ち着く俺たち。夏燐の赤くなったおでこが、ぶつかった衝撃の重さを物語っている。  「……で、どうしたんだよ? 慌ててたみたいだけど」  「あぁ、そうそう! 頭打った衝撃で忘れるとこだったわ」  嫌味ったらしくそう呟きながら、夏燐はポケットからスマホを取り出すと、その画面をグイッとこちらに突き出した。    「これは……聖歌高の中庭の写真? めっちゃ人集まってんな……」  それは、今し方撮影されたと思われる中庭の写真だった。もしかして、中庭にWINGSファンがつめかけているのだろうか? でも、今日は特にライブか何かをする予定は無かった筈だが……。  「━━━ガイアが来てる」  「……は?」    「ガイアが! 今、ウチの学校に来てるんだよ!!」  今までに見たことがないくらい興奮した様子で、夏燐が声をあげた。ガイア……って、確か『ミラアイ』とかいう大会で二連覇を果たした超人気アイドルだよな? そんなトップアイドルが、なんでまた聖歌高に……?  「ガイアが? そりゃまた何で━━━」    「ガイアっ!!? それって、あ、あ、あのガイアですかっ!!?」  俺の言葉を遮って前に出た絵美里さんも、今までにないぐらい興奮していた。……そういえば、絵美里さんはオカルトマニアな上にアイドルマニアでもあったんだっけ……。  「嘘じゃないよ! ほら、ちゃんとココに写ってるでしょ?」    そう言って、夏燐が画面の右端辺りを指差すが、小さすぎてよく分からない。でも、これだけの人数が集まっている訳だから、夏燐が指差す人物が只者ではない事は分かる。  「でも、なんでガイアがこんな所に……?」  「そりゃ知らないけど……ほら、とにかく行くよ!」  「行きましょう翔登さん!」    「は? いや、別にそんな急がなくても……っておい! ちょ、腕引っ張るなって! 危ないから!!」  完全に変なテンションになっている二人に両腕を引かれ、俺は為す術なく中庭へと連れ出されるのだった。  ~~~  「うわぁ……本当にすごい人だかりだな」  中庭に着くなり、俺たちは唖然とした。いつもなら運動部がランニングをしていたり、美術部が写生に出てきていたりする穏やかな中庭が、何かのパレードの時のような大勢の生徒でごった返していたのだ。中庭は勿論、渡り廊下や校舎の窓にまで、びっしりと生徒が群がっている。    「……あ! おーい、翔ちゃーん!」  その人混みの一端からつぐみの声がした。二人とはぐれないようにしつつ声の方へ進むと、つぐみが稲垣や乃木坂、岳都、江助らと共に中庭のベンチの近くに陣取って待っていた。  「かりりんから聞いた? 今、そこにガイアの三人が来てるんだって! こっからじゃよく見えないけど……」  「ほ、本当にあのガイアが此処に……!?」    「ああ。 テレビか何かの撮影班と一緒に来てたのを、後輩が見たって言ってた!」  テレビの関係者と一緒、か……じゃあ、何かの取材で来たって事なのか?  「……実はね」  と、ため息混じりに稲垣が口を開いた。  「一昨日、天島プロダクションから聖歌高に連絡があったの。 『ガイアの新曲MVを撮影する為に、お宅の中庭を撮影地として使わせて欲しい』とね。 それで、先生たちと相談して、混乱が起きないようにするために、ガイアが聖歌高に来る事は生徒には伏せておく手筈だったのよ。 ……まぁ、結局どこかから情報が漏れて、こうなってしまったのだけれど」  「そんな事が……」  よく見てみると、生徒会役員の腕章をした生徒たち数名が、まるでSPのように厳重に警備をしているのが見える。まぁ、ほぼ全校生徒ぐらいの人数が押し寄せているだけあって、その警備はあまり機能していないようだが。  「でも、なんで聖歌高が撮影場所に選ばれたんでしょうか?」  「それは私にも分からないわ……ただ、話を進めたのは会長だから、会長は何か知っているでしょうね」  「会長か……」  ふと、俺の脳裏に早見会長の不敵な笑みが浮かぶ。彼女が有名プロダクションとどのように話をつけたかは知らないが、きっと、何を聞いた所で笑って誤魔化されるのがオチだろう。真相はほとんど闇の中だ。  と、人混みの向こう側から、拡声器を使って誰かが叫ぶのが聞こえた。  「静かに! 今からガイアが撮影の準備を始めますから、生徒の皆さんは所定の位置より中に入らないで下さい!」  声と同時に、人混みがドドドドッと後方に押されていき、中庭に広くスペースが作られた。俺たちが陣取っていたベンチは、丁度その"所定の位置"ギリギリだったらしい。ベンチにしがみついて、人の波に流されないようにしばらく耐えていると、開けた空間の淵に出てこれた。そして……    「ガイアだ……」  「本物だ……スゴい……!!」  つぐみ達が瞳を輝かせるその先に、一際異彩を放つ三人の少女が居た。きらびやかな衣装を身に纏った彼女たちは、スタッフの人たちとアイコンタクトを交わしながら、中心に集まってポーズをとる。本番前の異様な緊迫感がこちらにまで伝わってくるようだ。ガヤガヤと騒いでいた生徒たちも、この時ばかりはしんと静まり返っていた。  ……そして、静寂の中、スピーカーから曲が流れ始める。サイバーチックでカッコいいイントロの後、すぅ……と三人が同時に息を吸いこみ━━━  「「「重なるゆ~び~とゆ~び~に宿った~ 淡く優し~い~温~もり♪  儚い想いと~ と~も~に伝~う、mystic~♪」」」    うおおおおっ!!! と、あちこちから歓声が上がる。かくいう俺も、全身を駆け巡るゾワッとした快感に、自分でビックリしていた。  (これが、本物のアイドル……)  可愛さ、美しさだけじゃない。磨きのかかった歌やダンスは、見る者全ての視線を釘付けにしていた。アイドルの歌を見る上でよくある"応援してあげたくなる"タイプの感情とは全く違う、シンプルに"カッコいい"という言葉だけが浮かぶような、そんな魅力を彼女たちは持っていた。  「「「~~~♪」」」  歌声に合わせて、拍手が沸き起こる。隣にいたつぐみ達も、ガイアの方を食い入るようにジッと見つめながら、ほとんど無意識に手を叩いていた。文字通り、その場にいる全員が一つになったように、ガイアを囲む人々の空気が一体化していた。    そして、数十分後。  監督の「ハイOK~!」という声が響くと同時に、撮影も一旦終了となった。機材を撤収し始めるスタッフの様子を伺いながら、生徒たちは今か今かと、ガイアの三人に近づくチャンスを待っている。それは、隣で終始ソワソワしているつぐみと絵美里さんの二人も同様だった。    「凄い……生だよ? 生歌だよ? 私たち、奇跡を目の当たりにしたんじゃない!?」  「わ、私……もう死んでも良いです……!」  「いや、絵美里さん達の場合それシャレにならないから……」  なんて事をヒソヒソと話し合っていると、撮影を終えたガイアの三人も、仕事モードをOFFにして喋り始めた。    「いやぁ~、今日の撮影もカンペキだったね♪ みりみりのキュートさにみーんな釘付けってカ・ン・ジ?」  「あー、久々に遠出の撮影だったから疲れたわー。 私ちょっと車の中で寝とくねー」  「あ、凛さん! まだ映像のチェックが終わってませんよ!」  「ガン無視っ!?」  と、先程までのクールさとは打って代わって、のほほんとしたトークを繰り広げるガイアの三人。やはり、プロのアイドルといえども人間なんだな……そんな風に思いながら、なぜか少し安心したような心持ちでガイアのお喋りを見つめていた。   「……あら?」  と、お喋りをしていたガイアのうちの一人と、目が合った。  勘違いなんかではない。ガイアの中でも特にしっかりしているリーダーらしき子が、今、確かに俺の方を見たのだ。それを証明するかのように、その子は視線をこちらにバッチリと合わせたまま、ゆっくりと近づいてきた。俺の周辺から、どよめきが沸き起こる。    「あの、失礼を承知でお尋ねしますが……もしかして、ネットに動画を上げておられたWINGSの方ですか?」  「「「えっ……!?」」」  つぐみをはじめ、その場にいた全員からどよめきの声が上がった。あのガイアが、TVにも出て活躍するガイアが、『WINGS』の名を口にしたのだ。まるで雷に打たれたかのような衝撃が、俺や俺の周りに走っていた。    「ル、ルイヤさん……私たちを知ってるんですか……!?」  目を丸くしながら尋ねるつぐみ。ルイヤ、と呼ばれた彼女は、にっこりと優しく微笑みながら、  「ええ、動画がとても話題になっていましたので。 各々の名前まで存じ上げている訳ではないですけど」  「マジかよ……」  思わず声が漏れる。動画投稿の力ってスゲェな……まさか、こんなトップアイドルに認知して貰えるとは。当のWINGSメンバーであるつぐみ達は、互いに顔を見合わせて、未だにアタフタしていた。……まぁ、俺自身もまだ信じられないけど。  「あ、あのっ! 私達━━━」  「━━━おーい! チェックの準備出来たでー!」    と、つぐみがルイヤさんに話しかけようとしたその時、威勢の良い関西弁が、その声を遮った。皆が揃って声のした方へ顔を向ける。そこには、悠々と歩いて此方に近づいてくる、赤髪の若い女性の姿があった。  「……んぁ? どないしてん、皆して集まって? なんやオモロい新人でも見つけたんか?」    フランクな感じにそう話しかける彼女。撮影スタッフが固まってた所から現れたということは、TV局の関係者とかだろうか? ……いや、それにしてはガイアの三人に馴れ馴れしく話しすぎなような気もするし、それに、年齢も俺たちと同じか、ちょっと上かぐらいに見える。  一体、この人は誰なんだろう……?    「なぁ、つぐみ」  チョンチョン、とつぐみの肩を軽くつつき、ヒソヒソ声で話しかける。  「ガイアって、三人じゃなかったか? あんな人いたっけ?」  「うん、少なくともガイアのメンバーじゃないとは思うけど……TV局の人とかじゃないの?」  そう返すつぐみの声も、自信なさげだった。しかしまぁ、ガイアの一員でないとするなら、やはりスタッフとかだと考えるのが妥当だろう。にしても、やはり少し馴れ馴れしい気はするが……  「あの……あなたは?」  おずおずと、つぐみがその赤い髪の女性に声をかけた。ん? と短く返事をした彼女は、俺たちの方を一瞥すると、白い犬歯を覗かせてニッと笑い、    「ウチか? ウチは天島 千穂(あましま ちほ)。 ガイアのプロデューサー兼、天島プロダクションの社長令嬢みたいなモンやな!」  「え……」  「「「えええええぇぇぇ!!?」」」  つぐみ達と一緒になって叫ぶ。  この人が、ガイアのプロデューサー!? 年齢は俺たちと大差ないぐらいだし、失礼ながら、そんな肩書きの似合うような人物には見えない。まさか、この人が……!? と、呆気に取られてポカーンとする俺たち。そんな中を、誰かが掻き分けて前に出てきた。    「岳都……?」  現れたのは、唯一冷静な顔のままでいた岳都だった。彼女は、天島と名乗った人物の前に立ちはだかると、  「ししょー、久しぶり」    そう、片手を上げながら挨拶した。  「え……」  「「「ええええええぇぇぇ!!?」」」  本日二度目の、皆での驚愕の大合唱。もう驚き疲れた筈の俺でさえ、声を絞り出さずにはいられなかった。  挨拶をされた方の天島は、んん? と顎に手を添えながらジロジロと岳都を見回した後、思い出したかのように手をポン、と打ち、  「おぉ、誰や思たら舞やんか! ひっさしぶりやなー、元気しとったか? んん?」  「痛い痛い。 グリグリしないで」  仲睦まじそうに戯れる岳都と天島。しばし絶句してその様子を見つめていた俺たちだったが、しばらくして、我に返った稲垣が慌てて岳都に問い詰める。    「ちょっと岳都さん! この人が師匠って、一体どういう事!?」  「言葉通りの意味。 千穂さんは、私の中学時代のししょー」  あっけらかんと岳都は答える。それに続くようにして、天島さんも口を挟んだ。  「舞と華とが"舞華"ゆうユニットで活動してた頃にな、ウチが事務所で二人の面倒見とってん。 まーそん時は、今と違て事務所の権限なーんも持ってへんかったし、個人的に見とっただけやけどな。 弟子入り志願してきたんも舞らぁからやったし」  「そうだったのか……」  岳都に師匠がいるという話は前に聞いたが、まさかこの人だとは。しかも、今は天島プロダクションのプロデューサーだという。なんて奇跡的な出会いなのだろう。じゃれ合う岳都らと、それを見つめるルイヤさんとを交互に見つめ、俺は無意識に深く息を吐いていた。  「……んで? ルイヤは舞らぁと何喋っててん?」  「あぁ、こちらの方々は、この聖歌学園高校でアイドル活動をしておられるWINGSの皆さんです。 ほら、以前に彼女たちのPVをネットで拝見したじゃないですか」  「んー……あぁ! 舞によー似とんなぁ思とったら、やっぱり舞やったんか! てっきり双子の姉妹か思とったわ」  「私は一人っ子。 姉妹が居たのは前世」  「あーそうそう。 舞の前世のねーちゃんは別嬪で……ってアホか! んなモン分かるかいな!」    ガッハッハ! と豪快に笑いながら、岳都の背中に強めのツッコミを入れる天島さん。このノリの良さ、やはり生粋の関西人というか……岳都と良い感じに漫才コンビとしてやっていけそうな気がする。  「んまぁーともかく、お宅らぁがWINGSやな?」  「は、はいっ! 初めまして!」  少し緊張した様子でペコリと頭を下げるつぐみに続いて、他のメンバーも頭を下げる。一応、俺も申し訳程度に首を動かしておいた。  「見さしてもろたで~お宅らぁの動画! ウチも一応プロデューサーの端くれやしな、エエ新人おったらええな~とか思いながら動画とか見たりすんねん。  ほれ、あそこにおる橋本なんかは、個人で動画出してるんを、ウチが見つけてスカウトした奴やしな!」  「ん、なんですかー? 私の噂話ー?」  気だるげな声を上げながら、名を呼ばれた本人━━━ガイアのメンバーである橋本 凜(はしもと りん)が近づいてきた。  「凜さんは、スカウトでガイアの一員になったんですか?」  「そだよー。中学の時に学祭でダンスやったんだけど、そん時の動画を見たプロデューサーに声かけられて、それがきっかけで天プロに入った、って感じかなー」  「ち・な・み・に! みりみりは大東プロから移籍してガイアになったんだよ。 みりみりの努力と才能を、プロデューサーが認めてくれたんだね……!」    凜さんの話を遮って、後ろからまた別の人が近づいてくる。あの人は確か……百田 美莉嘉(ももた みりか)さんだっけか。あの、ぶりっ子的なキャラが印象的な人だ。  「アホか、お前はスカウトちゃうかったやろ。 大東辞めてから、履歴書持って事務所に泣きついてきたんは、どこのどいつやったかなー?」    「ちょおおおっ!? それ言っちゃダメ! ガチのトップシークレットだから!」  得意気な態度から一変して慌てふためく美莉嘉さん。メンバー内のイジられ役、って感じなのだろう。天島さんもガイアの三人も、とても仲が良さそうだった。    「あの、ところで……私たちのパフォーマンスは、如何でしたか……?」    遠慮がちにそう尋ねたのは、稲垣だった。その質問が出た瞬間、俺や皆がゴクリと唾を飲み込む音が聞こえたような気がした。  俺たちの……WINGSのパフォーマンスが、プロの目にどう映ったのか。それは、メンバーの誰しもが気になっている事だろう。和やかな雰囲気から一転、緊張した面持ちに変わる俺たちに対し、天島さんは、ん~……と顎に手を置きながらしばらく唸ってから、  「まぁ、舞がおるからな。 ダンスとかはええ感じにまとまっとると思うで? 曲も悪ないし」  「ほ、本当ですか!?」  パァァッ……と、顔を綻ばせて喜ぶつぐみ達。  が、天島の言葉には続きがあった。  「━━━でもなぁ。もしもお宅らぁがプロのアイドル目指してるっちゅーんなら……  ……悪いけど、今のWINGSは0点やわ」  「え…………」  ものの見事に"上げて落とされた"俺たちは、0点というシビアすぎる点数に思わず言葉を失った。  「プロデューサー、いくらなんでもそれは可哀相じゃ……」  「何言うてんねん。嘘吐いて付け上がらすよりマシやろ。 ウチは見たまんまの正直な感想を言うただけや」  ルイヤさんがやんわりとフォローを入れるものの、天島さんの意見は変わらない。確かにWINGSはプロじゃない……けど、そこまで俺たちはダメなのか?  「あの……何で0点な━━━」  「━━━どうしてっ!?」    俺の声を遮って叫んだつぐみは、いつになく怒っていた。そりゃあ、プライドを傷つけられたんだから怒るのも当然だろうけど、でも、つぐみってこんな急に怒るような奴だったか? 夏燐や他の皆も、つぐみの声に少し驚いているようだった。  「確かに私たちはプロじゃないです。結成してから日も浅いし、活動も、聖歌高の中だけに限ってる。  ……でも、私たちは私たちなりに、一年間懸命にやってきたんです! 皆と一緒にやってきたんです!  それなのに……なんでっ……!」  「つぐみ……」  誰も言葉をかけられなかった。つぐみは、誰よりもアイドルとしての活動に熱意を注いでいた。だからこそ、彼女の今までの努力を全否定されたかのような言葉は、つぐみの怒りを……いや、悲しみを生んだのだろう。  彼女の感情は、まるで流動する水のように俺たちの心に伝わり、揺さぶった。そしてそれは、目の前にいる天島さん達も同じらしかった。彼女たちは、苦い顔でつぐみを見つめていたが、やがて天島さんが口を開き、    「いや、知らんがな。 なんかの大会で『私、今まで一生懸命練習してきました! だから勝たせて下さい!』とか言うアホおらんやろ? ウチらの業界ではな、努力とか根性とかは二の次やねん。 結果が全てや」  「っ……!」  あまりにも冷酷なその言葉に、思わず何か言い返してしまいそうになった。  でも……悔しいけど、天島さんの言っている事は正しい。"頑張れば報われる"ほど、プロの世界は甘くない。一年活動してきて、嫌というほど味わってきたその現実を、ガイアや、天島さんが知らない筈がない。むしろプロの世界は、俺たちが思っている以上に過酷なものなのだろう。  「ウチは、動画の中身だけを判断材料にして、そんで評価しただけや。  別に下手くそや言うてる訳やないねんで? でも、お宅らはアイドルやっていく上で決定的に欠けとるモンがあんねんなぁ」  「何が……足りないんですか……?」  消え入りそうな声でつぐみが尋ねる。天島さんは、頭をポリポリ掻きながら、  「あー……城島、教えたれ」    「え、私ですか……?」  突然指名されたルイヤさんは、少し困惑した様子でつぐみと天島さんとを交互に見ながら、やがてコホンと咳払いを一つして、  「つぐみさん、でしたよね?  ……貴女は今、なんの為にアイドル活動をやっているのですか?」  「え……?」  いきなりそんな質問をされ、つぐみはゴニョゴニョと言い淀んでしまう。代わりに誰かが答えても良かったのに、自ら答えようとする者は誰も居なかった。……かくいう自分も、そうだ。  「アイドルが好きだから。 アイドル活動が楽しいから。 そういった思いのもとで活動をするのは、決して間違いではありません。 むしろ、良いことだと思います」  ですが……と、ルイヤさんは言葉を続ける。  「その先に、何か目標はありますか? ただ楽しむだけで終わろうとはしていませんか? プロデューサーが皆さんに伝えたいのは、恐らくそういう事だと思います」  「目標……」  「そ、目標。 皆がプロ目指してるのかどーかは知らないけどさ、楽しむだけで終わるんなら、それより高みには辿り着けないよねー。 人間ってのはさ、自分が立てた目標よりも成長する事なんて出来ないんだよ」  「そうそう! あ、ちなみにみりみりは銀河最強のアイドルになるって夢を抱いてるから、どこまでも成長しちゃうんだけどね♪」  「はいはい、話ややこしくなるから、みりみりは黙っててねー」  「何でよっ!?」  ガヤガヤと騒ぎ始める二人の声は、今の俺たちの耳には届かなかった。  目標。今まで、ちゃんと前を見据えて取り組んできた筈なのに、いざ『自分たちの目標とは何なのか』と振り返ってみると、明確な答えが浮かばない。呪いを打ち消す事や、つぐみ達の望みを叶える事は、アイドル活動の目標とは少し違う。『それって、別にアイドル関係なくない?』とツッコまれれば、それまでなのだ。  それでも、アイドル活動を続けたい理由……それが、どうしても自分には思い浮かばなかった。  (でも、他の皆はどうなんだ……?)  少し気になった俺は、すぐ近くに立っていた絵美里さんの肩をチョンチョンと叩いて、尋ねてみた。  「絵美里さんは……アイドル活動する上での目標とか、アイドルやる理由とか、ある?」  すると、絵美里さんは申し訳なさそうに首を横に振り、  「私も、今それを考えていたところです。 ……でも、『皆さんに誘われたから』とか、『呪いを打ち消すための糸口を掴むため』とか、そういう理由ばかりしか思い付かなくて……。  天島さん達が言っていた通り、私にはアイドルとしての自覚が足りていなかったのかもしれないです……」  「絵美里さん……」  肩を落とす絵美里さんに、俺は何と声をかければ良いのか分からなかった。いや、絵美里さんだけじゃない。稲垣や乃木坂、岳都までもが、浮かない顔をして俯いているように感じられた。……誰もが皆、WINGSがどこに向かっているのか分からずにいたのだ。  「ええか? 目的地も決めんとただ闇雲に走っとっても、道に迷うてまうだけや。 アイドルとして活動するんやったら、それぐらいは肝に命じといた方がええんちゃうか?」  「でも、私は……!」  「あん? まだ文句あるんかいな? ……そない文句言いたいんやったら、結果出してから言えや。 な?」  「くっ……!」  もはや、一触即発状態。鋭い目線をぶつけ合いながら、お互いに睨み合う天島さんとつぐみを、誰も止めることが出来なかった。  一体どうすれば……そう思っていたその時、後方から凛とした声が響いた。  「どないしたん? えらい揉めてるみたいやけど……。 ガイアさんの撮影のジャマしたらアカンやろ?」  「会長……!」  まるでモーセの海割りように、生徒たちが自然と道を作るようにしてゾロゾロと二方向に別れていく。その間をゆっくりと歩いて現れたのは、早見会長だった。腕を組んで近づく彼女は、少し怒っているように見える。  「あら、翔登くんらぁやないの。 皆して何をそない揉め、て…………」  お説教が始まるかと思われたが、会長の言葉は、何故か途中でプツリと途切れた。不思議に思った俺たちは、会長の顔を覗き込むようにチラリと目をやった。そして、思わず息を飲んだ。  会長は、今までに見せたことの無いような蒼ざめた顔で、わなわなと震えていたのだ。  「会長? 一体どうされたんですかっ?」  稲垣が駆け寄るが、会長の反応は無い。その代わりに、彼女の口から微かに声が漏れたのが聞こえた。  「嘘……なんで、ちぃちゃんがここに……」  「ちぃちゃん……?」  聞き慣れない名前に首を傾げていると、不意に、袖を誰かに掴まれてユッサユッサと揺すられた。岳都だった。  「翔登P翔登P。 なんであの人が此処に? ……というか、もしかしてウチの生徒?」    「へ? ……いやまぁ、ウチの生徒どころか、聖歌高の生徒会長だぞ? お前、会ったこと無かったっけ?」  「マジか。 初知り、開いた口が塞がらないとはこの事」  「せめてもうちょっと口開けてから言えよ……」  いや、それよりもだ。岳都は、早見会長の姿を見て少しビックリしているらしかった。知り合い、なのだろうか? ……というか、会長が言っていた"ちぃちゃん"って一体……?    「…………聖子」  そう呟いたのは、天島さんだった。彼女は、つぐみと睨み合っていた時よりもさらに目を大きく見開き、会長の姿をじっと見つめていた。  「……おう、久しぶりやな。 元気しとったか?」    「……学校には、ガイアの三人とスタッフさんしか来ぉへんって聞いとったんやけど?」  「んなもん、ウチが来るっちゅーたら、聖子が許可下ろさへんからに決まっとるやろ。 せやから、こうしてお忍びで付いて来たんやがな」  「……わざわざウチに文句言いに来たん?」  「んまぁー、それもあるわな。  ……でも、ウチらはあくまで仕事メインで来てんねん。 わざわざケンカのためだけに来とる訳やない」  な、なんだ……この険悪なムードは……。どうして良いか分からずオロオロする俺たちをよそに、会長と天島さんの二人は、ただじっと睨み合っていた。  「……なぁ岳都。 この二人って、一体……?」    とにかく、ここは事情を知っている様子の岳都に話を聞くしかない。俺やつぐみたちの視線が、一気に岳都へと向かう。当の岳都は、相変わらずのポーカーフェイスで、キョトンと小首を傾げると、  「……聖子さんから聞いてない?  昔、ししょーと聖子さんは、二人でユニット組んでアイドル活動してたって。 水簾御前(すいれんごぜん)っていう名前の、和を基調としたユニットで」  「え……えええええっ!?」  目から鱗とは、まさにこの事。今までずっと謎に包まれていた早見会長の意外すぎる過去に、俺たちは口をあんぐりと開けて驚いていた。  「あ、あのっ! 水簾御前って、あの水簾御前ですか!? かつて彗星のごとく現れでデビュー数年足らずでミラアイコンテスト準決勝進出を果たしながらプロ入りが期待される中で忽然とその姿を消したというまさに"生ける伝説"と称された、あの!!?」  「早口すぎて後半あんまり聞き取れなかったけど、そう。 あの水簾御前」  「……絵美里さん、知ってるの?」    茫然とする俺たちとは違い、絵美里さんはなんだか興奮した様子で目を光らせていた。  「はい! 水簾御前は、知る人ぞ知る伝説のユニットですから!  ……でも、その一人が天島さんで、もう一人がこの学校の会長だったなんて……」  「……ユニットで歌とる時は、服装も髪形も変えるさかい、傍目では気づけへん思うよ。 まぁ、舞ちゃんにはすぐバレてしもたみたいやけど」  「な……何故教えてくれなかったんですか!?」  稲垣が抗議する。岳都も、どうしてずっと隠れていたんだ、と無表情で立腹していた。が、会長はいつもの涼しい顔のまま、  「そんなん、恥ずかしいからに決まっとるやんか♪」    と、いつものようにはぐらかしてきた。が、  「アホ抜かせ。 大方、ウチに黙って転校したんが後ろめたいから~とか、そんなんやろ? ホンマ、聖子は昔から変わらんなぁ」  「ちぃちゃん! 余計なこと言わんとって!」  ケラケラ笑う天島さんに、会長は珍しく声を荒らげて抗議する。  それにしても、"黙って転校した"というのは、どういう事だ? 彼女は京都出身だから、この聖歌高に来るまでに少なくとも一回は引っ越しを挟んでいるだろう、というのは想像できるが……その間に、天島さんとトラブルでもあったのだろうか?  「ガイアさーん! そろそろ時間なんで、映像チェック頼みまーす!」    真意を確かめようとした矢先、撮影スタッフの一人から声がかかった。「はい、分かりました!」と、ルイヤさんが代表で返事をして、それからこちらにペコリと一礼した。  「では、私たちはこれで。 お騒がせしてしまってすみませんでした」  そう言って、生徒たちに手を振ったりしながらスタッフの元へ帰るガイアの三人。彼女の後に続くように、天島さんもクルリと身を翻す。……と思いきや、すぐに立ち止まり、顔だけをこちらに向けて、  「ほな、今日はこれでお開きやな。 もう聞いとる思うけど、また一週間後に、撮影の続きで此処使わして貰うさかい。 ……そん時は、もうちょいええ歓迎してな?」    「…………」  会長は、何も言わなかった。返事がない事を返事と受け取ったのか、天島さんは小さくため息を吐いてから、ゆっくりとその場を後にした。  その場には、無言で立ち尽くす会長と、それを見つめる俺たちだけが残される。大勢の生徒で溢れていた中庭は、いつの間にか、静寂に包まれていた。      つづく
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