プロローグ3
◇
鳴り響き続ける鳩の呻き声を掻い潜って、メールの方にカーソルを合わせる。その刹那、目の前に見えた物は【メール】というよりは■■■■■■■■■■■■■■■■
ああ、今でも覚えている、怯えている、そして、始まりを感じている。
でも、今なら言える。結局自分は救われたのだ、と。
◆
「なんだ…これ…」
目の前に映し出されたメールの内容はすべて文字化けとモザイクで埋め尽くされた、例えるならば一種の怪異そのものだ。しかしその文字の羅列は、誰も触ろうとはしないのに居場所を護り続ける茨のようにメールを突き出て、パソコンを突き抜け、部屋中に染み渡り行く。そして、僕自身にも文字列は染み込み…視界はシャットアウトした。
◆
知らない誰かが耳元で囁く。「目を開けてもいいよ」、と。
言われるがままに目を開けるとそこには目を瞑ってる時と変わらない果てしない暗闇が。
虚無だ。間違いなく、今、行きたい場所だ。
「君の夢見る世界はここなんだ、珍しい発想の持ち主だね。」
その声と共に現れたのは椅子。座り心地のよさそうな黒のアーロンチェア。
さあおかけください、と言われんばかりの置かれ方をされては、その親切を否定する訳にもいかない。僕はそこに座り…いや、何をそんな勝手な解釈をしているんだ…?まあ、今は関係がない。耳を傾け続ける外ない。
「やあ、虎龍王さん、『Real;Users』運営代表取締役…もとい、最高責任者だよ」
彼方より少女と思わしき声がする。流石に椅子が喋る訳ないだろう。
『Real;Users』の……最高責任者……?いや、ツッコミたい所がありすぎるだろう。
いきなり目が覚めたら真っ暗闇な場所にいて、いきなり椅子が現れて、いきなり運営と名乗る声がして……情報の吸収が間に合わ…
「まあまあ、深呼吸してー吐いてー」
…はぁ、呼吸した感触は全くしなかったが少しは落ち着い…
「それで、唐突なんだけど、君さ、虚無に行きたいって言ったよね?」
「ここがまあ虚無なんだけどさ、君にはそこに行く資格がないんだけど、とあるテストをこなしたら私がそこへ連れてってあげるよ。」
…いやいきなり説明されてもあまりにも非現実的すぎる。
あくまで【虚無】とは僕自身にとっての死後の世界の理想であって、本当に存在するのとでは全く別…
いや、でも先程からそんな状況に平然といられているのか…?怖いのは確かだが、何故正気を保っていられるんだろう…?
「あーそれはまた後で言うよ。それで、テスト、受けたいでしょ?」
まぁ…そりゃ…本当にそこが虚無であるならそのテスト…受けてみても構わないかもしれない。内容にもよるが。
「それじゃあ、ざーっと説明するよ」
「君は今から現実世界で虎龍王そのものに変身して、同じ地区で16人の、ユーザー…いや『Real;Users』で殺し合いをしてもらうよー」
…は…はぁ……!?殺し…合い!?流石にいきなりそんなこと言われて―――――
「まぁまぁ人の話は最後まで聞こうよー」
聞いていられない、こんな話の通じなさそうな相手に対して…いや、聞きたい事は山ほどあるが…仕方ない、ここから帰る方法も解らないし聞くしかないか…
「素直だねー理解力のある良い子は好きだねー」
「ルールは簡単だよー、君と同じ『Real;Users』を何らかの方法で合計3人殺せば合格だよ。基本的にはトドメ刺した人に判定が下るけど、トドメ刺したのがトラックとかだったりしたら一番致命傷を負わせた方に優先されるよー」
つまり、耐久力は人並み…ということなのか
「いや、その辺の人よりは確実に強いよー、でも至近距離でマシンガン乱射されたり、チェーンソーで切断されたり、トラックに轢かれたりしたら死んじゃうけどねー」
「まぁ実のところステータスとかはゲームの物とは全く関係なく人によりけりって奴なんだけど、虎龍王さんはフルアーマーだしその心配は無いよねー」
公平さを保ちたいのはわかるが…何故そこまでゲームに関連付けたがる…?
「さぁ?どうだろうね?ゲームの攻略本みたいに言わせて貰うと『その先は君の目で確かめよう!』って奴かなー…」
「おっと話がそれちゃった、もう一つ大切なルールがあるよ。『Real;Users』は『Real;Users』以外の人からの視界から外れた場合記憶は消されるよ。法律で捕まることはないし、まぁ一般人なら殺し放題だねー」
「それで、今日の21時丁度に16人全員に、『Real;Users』に変身できる端末をあげるよー、この端末は変身以外にも地図と全員の名前と姿形の情報があるよーチャット機能作ろうかなーって思ったけど流石に荒れそうだからやめちゃったー。無くしても勝手に帰ってくるし、絶対に壊れないけど基本手にしておいてねー」
…こいつには人間性はないのか……?いや、人の言葉を喋るだけの邪悪としか思えない。
「…そんな下らない事今聞く必要は無いよ、本当に君は何がしたいのか、一回心の底から考えてみなよ」
心の…底?
◇
気持ち悪いぐらいの嫌悪感が背筋に走り、恐怖心が肩に重圧をかけていく。その言葉の重みも含めて。
自分自身結局どうなのだろうか?結局、言葉では言えても実際に自殺できるほどの覚悟はあるのか?
全身に火が纏い、呼吸ができなくなる苦しさ。
経験したことはなくても、苦しさから本能的に逃げ出したくなるんじゃないのか?
そんな事を考えてみると、死の間際そのものが怖い。結局、結局、結局結局結局自分は…なんなんだ。
罪人と自傷しておけば、許されると…安心できると思っているんだ。
…今思うと、今までの自分がどうしようもなく見えてくる。
そんな、その程度の覚悟で…よくあんなことを考えれたな、いっそ殺戮を重ねて悪名高い罪人そのものになったら良かったのに。
今から選択する。
自己分析なんて身近な事をこの18年間全くやろうとしなかった、自ら世界を閉ざし続けた僕の最初で最後の決断だ。
◆
「…受ける。僕は、結局は僕自身の事しか考えていないから。」
…そして今から言える。僕はどうしようもない罪人(虎龍王)だと。
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