愛の落下編19話 シリエル・ロローとの出会い
無機質な白塗りの壁の廊下を単衣は歩いていた。すっかりはぐれてしまった単衣は、あてもなく一つのドアに手を掛けた。
――権限がありません。
そんなアナウンスが鳴った。
「ここもだめか」
対特殊部隊の本部に、無関係の単衣が簡単に部屋に入室できるはずがなかった。
――佐藤 由紀。認証しました。
唐突にそんなアナウンスが鳴ると、ドアが開いた。見ると単衣の隣には金髪の少女が居た。
「さあ、入ろう?」
金髪の少女が言う。
「え、ええ?」
単衣は困惑しながらも、中に入っていった少女を追った。
真っ暗なその部屋は、単衣と少女が入室すると照明がついて明るくなった。そこはモニタールームのようで、沢山のディスプレイとそのデバイスが設置されていた。
単衣は少女を見た。金髪は腰辺りまで伸びきっている。真っ白な制服で、対特殊部隊のものではなかった。特徴的だったのはその目。彼女の目は左右で色が違った。右目は青色。左目が緑色だった。
(とても綺麗な子だなあ)
そう思った単衣は、途端に怖気づいた。自身の容姿の醜さを自覚している単衣は、異性がとても苦手だった。当然それは相手の容姿が整っていればいるほど、単衣はよりその人を苦手に思ってしまう。
「あなたが八意単衣君でしょ?」
彼女が言った。オーボエの音色のようなとても綺麗な声だった。
「僕のこと、知っているの?」
「うん。枝垂林から聞いているわ」
「林の知り合いなんだ」
「もちろん、友達だよ」
彼女はそう言ってにっこりと笑う。彼女のその言葉に単衣は安心した。林の友達なら、単衣は少しだけ安心できる。
彼女は椅子に腰かけると、デバイスに何か操作をし始めた。
(仕事かな)
単衣はしかし妙な違和感を感じていた。そもそも、外国人のような容姿で、佐藤由紀なんて名前とはとても思えない。
「これは一体、どういうことですか」
唐突にドアが開いた。そこには林が険しい表情をして立っていた。金髪の少女は作業を止める。
「そこの金髪のあなた。誰です」
林が言った。
「あれ、林。知り合いじゃないの?」
先程彼女が林の友達だと言っていたことを思い出す。
「私は知りませんよ」
林が言う。単衣は途端に彼女のことが怪しく感じた。
「あーらら。ばれちゃった」
彼女はそう言って立ち上がり、振り返る。にやりと悪そうな笑みを浮かべていた。
「私の名は、シリエル・ロロー」
と金髪の少女、シリエルが言った。ちょうど背丈は林と同じくらいだ。単衣は先程のアナウンスと名前が違っていることに気付いた。
「ロロー、あなたは何者ですか」
林が言った。
「聞かなくても、もう察しはついているんでしょ?」
シリエルはそう言って不気味に笑った。
「一連のハゼスによる事件。本部の情報が漏れていたとしか思えない手際でした。あなたが情報を盗んでいたのですね」
「うふふ。正解」
彼女はやはりにっこりと笑う。
「ねえ、八意君。お父さんとお母さんに会いたくない?」
シリエルのその言葉に、単衣は驚いた。
「黙りなさい、ロロー!」
その瞬間、林はシリエルに斬りかかった。シリエルが咄嗟に展開した魔法陣が、林の剣を防ぎ火花を散らした。
「やーだ」
林に攻撃されてもなお、シリエルは余裕そうだった。魔獣の核を一斬りで切り裂く林の一撃をくらってなお、防御魔法陣は形を崩すことなくその場に停滞している。とても強力な魔法陣だった。
「ロロー。僕の両親は死んだはずじゃ」
単衣が言った。単衣は両親が死んだと聞かされていた。単衣はシリエルに近づこうとする。しかしその前に林が立ちはだかった。
「単衣、彼女に近寄ってはなりません」
「林……」
単衣は林の背中を見た。とても小さい身体。その身体で自分のことを守ろうとしている。しかし単衣は両親のことが知りたくて仕方がなかった。
「単衣は渡しません」
「それも、やーだ!」
瞬間、シリエルと単衣の足元が光り輝く。二人の足元には魔法陣が展開されていた。
「単衣!」
林は単衣に手を伸ばした。しかし単衣に触れる前に弾かれる。単衣の周りにはシリエルが展開した防御用魔法陣が展開されていた。
「ばーいばいっ!」
にっこりとシリエルは手をふって笑う。足元の魔法陣が一段と輝きを増したと思えば、シリエルと単衣はいなくなっていた。
「まさか、転送魔法?」
研究段階である転送魔法を、それも人間に対して行うなどありえないことだった。しかし目の見えない林は確かに二人の脈拍が聞こえなくなったのを感じた。
「奈々!」
――聞いていたからわかってる。単衣君には予めマーキングを付けていたから、すぐに場所がわかるわ。場所は……東京スタースピア。
「すぐに向かいます。応援を」
そして通信を切った林は、急いで東京スタースピアに向かったのだった。