失明剣士の敗北編25話 黒歴史に発狂
「なんですか。何なんですかっ!」
早歩きで廊下を歩く林と単衣。二人の顔はとても紅かった。
――単衣、私はあなたがどこに行ったって、絶対に見つけ出します
廊下の窓に投影されているのは一昨日のニュース。テロップには『枝垂林、熱愛発覚!?』と書かれていた。
――あなたが誰とどこにいようと、絶対に捕まえてみせます
廊下中に響き渡るのは、一昨日言い放った林の言葉。
「いやぁああああ! 死ぬぅ! 恥ずかしくて死んじゃいますぅうう!」
発狂して顔を手で覆う林。耳を紅くして、うう、ううと唸りながら手で覆った顔を左右に振る。
――でも僕は林に愛されたい!
次に流れたのは単衣の言葉。映像は林をぎゅっと抱きしめている単衣が映し出される。画面との境で目から上が途切れており、画面効果で影を表示することによって、その醜い面が巧妙に隠されていた。
――林を愛したい!
単衣も恥ずかしくなって、顔を俯かせて真っ赤な頬を必死に隠した。
「なんでこんな放送ばかりなんですか! もっと他に放送するべきものがあるでしょう!」
林が言った。東京スタースピアが消失したその日、周辺の点数が急上昇していた為入場が制限されていた。それが功を奏して、被害者は奇跡的に出なかった。その為、電波塔消失という暗いニュースよりも明るいニュースを、というマスコミの計らいによるものだった。
――単衣のばぁかぁああああ!
一段と大きい音量でその言葉が廊下中に響き渡る。
「いやぁあああああああ!」
林の生の悲鳴が次いで響き渡った。
(あ、やばい!)
単衣は次に流れる映像を察して、ぞっとした。
「林、この後って……」
「え? ぁぁぁああああああ!」
単衣の言葉に、林も同じく悟った。そして、誰かに脅されているかのような怯えた声が漏れた。
「そ、そうだ。奈々!」
――どうかした? 林
「報道規制です! 今すぐ報道規制を!」
――ああ、あれね。ラブラブじゃない二人とも。じゃあ。
奈々は一方的に通信を切った。
「奈々ぁぁぁあああああ!」
林と単衣は絶望した。そして単衣は恐る恐る映像を見る。
――単衣の、ばかぁあああああああ!
――林、落ち着いて……んっ!
その音声と共に、二人のキスシーンが表示された。
「ひ、ひ、単衣ぇぇえええ! ま、まさか、流れちゃってますか!?」
「……」
「単衣! 返事をしてください。単衣っ!」
単衣は絶句して立ち竦んだ。林はそんな単衣の胸倉を掴んでゆさゆさと揺らしていた。
――単衣、まだ許しませんよ。シリエルの唇を忘れるくらい、キスしてやりますから
そしてさらにキスシーンが流れる。
「はは、林。積極的だなあ」
単衣が気力を無くしたように、投げやりに言った。
「ひ、単衣! 気を確かに!」
「林、すごいキスしてる。はは、こんな風なんだなあ。はは」
「す、すごい、キスしてる……」
その言葉に、林は絶望した。あの時の全てがありのまま放送されていることを、確信してしまった。
「ふふ、ふふ。もう、お終いですね。ふふ、ふふ」
林は壊れた。
――だいすきだあぁぁあああああ!
単衣の魂の叫びが大音量で流れた。
「なんだ、あれ」
通りかかった涼が、一緒にいた友里に聞いた。
「ああ、あれね」
友里が苦笑いを浮かべた。
「ほら、例のニュースよ」
「ああ」
ひどくどうでも良いように、二人はその場を後にした。
*
「三校対抗大会の予選を行う」
ボサボサな黒髪を掻きながら、秋田 智は言った。相変わらずくたびれたスーツでだらしない教官だなと単衣は思った。
「なお、枝垂は予選免除。残り二枠をトーナメント形式で決める」
と秋田。林が予選免除であることに反対する者はいなかった。現役のA部隊隊員であり、その実力の一端を知る生徒達なので当然だった。
「予選は再来週の月曜。また後日ルールが提示されるので、それまで各々精進するように。以上」
ホームルームが終わって、生徒達がそれぞれ下校していく。
「予選免除かあ。すごいなあ、林は」
単衣が林に話しかけた。
「まあ、私はその為にこの学校に入学したのですから」
林は特に表情を変えずに言った。
「え、そうなの?」
単衣にとってそれは初耳だった。
「ええ。星葉学園が対特殊部隊に出資する代わりに、優秀な人材を派遣して三校対抗大会の優勝の手助けをする、という大人の事情で、私に指令が下ったのです」
「へえ。なんか、本末転倒だよね」
単衣が言った。星葉学園含む三校は、生徒達を対特殊部隊に入隊させることが主な目的で、大会はその生徒のアピールの場というのが本来の目的だった。
「仕方がありませんよ。お金が絡んでいるんです。優勝すれば、その学園が優秀だと一つの根拠になります。そうなれば新入生が増えて利益が増える。利益が増えればより良い環境を用意できて、より良い隊員が誕生する。そんなところです」
林が説明するが、単衣は納得していなかった。
「でも、林がそういうのに応じるのは意外だね」
「そもそも、私にとって星葉学園入学は都合が良かったんですよ。上がそれを踏まえて了承したのです」
「都合が良かった?」
「だって、単衣に会えるじゃないですか」
そう言った林は少し照れていた。
「そういえば、僕の事を前から知っていたんだっけ」
「ええ。単衣を見守る。そして単衣の助けになる。それがハゼスに引き抜かれた単衣のご両親の頼みでした」
そっか、と単衣は林に微笑んだ。徐々につじつまが合っていく、林との出会い。単衣はなんだかそれが心地よく感じていた。
「ずっと見守ってくれていたんだね。ありがとう、林」
単衣が言うと、林は優しく笑った。