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まきのさん
2018年10月31日 4:00
Posted category : Article

治療魔法でも癒やせない君の心05

「おー、こんなとこにいたのかよ。財布クン」

 結局、僕が選んだ第一声はそんな言葉だった。あくまで歩調はゆっくりと、そこにいるのが当然という表情を作って歩いていく。

 不良に対抗するなら、同じ不良が手っ取り早いだろうと考えたのだ。

 タバコにライターで火をつけて、甘美なる一口を不快感と共に吐き出した。直後に、いくつもの視線が僕に突き刺さるのを感じた。決して気持ちのいいものじゃない。

 しかし、だからなんだというのか。自分よりいくつも年の離れた子供のできる威圧などたかが知れている。十分に無視できる範囲内だ。

 ……そう自分を奮い立たせなければならなかった。

「なんだ、こいつ」
「あれ、大島じゃね?」
「んだよ、誰だよ」
「ウチのクラスの奴っすよ。話しませんでしたっけ?」

 そんないくつかの声。というか先輩までいるのか。子供のグループの広がり方というのは随分早いものだ。

 しかし、まだ状況を理解していない様子だ。これを好都合として僕は畳み掛けるように言葉を発した。

「困るなあ、俺が先にツバつけてたのによお。なあ?」

 そのまま、倒れてる男子生徒の髪を掴んで持ち上げた。すると、流れてくる彼の痛み。各所の打撲と擦り傷程度のものだが……。涙に濡れたその瞳を見るに、その傷は見た目だけのものじゃない。

 痛みが消えていくことに驚いたのか、男子生徒の口がパクパクと動いた。だが結局彼はそれ以上喋ることなく気を失ったように目をつぶった。

 それは僕の能力の発動に伴うものだろう。能力の発動の際、ちょっとしたリラックス効果でもあるようで、そのまま眠りについてしまう人も多い。まあ、下手に喋ってボロを出されるよりはマシだ。

 さてここからだ。背後で殺気めいたものを高めつつある彼らに、この男子を先にイジメていたのは僕だ。と言い張らなければならない。

 まだ入学してきて間もない。きっと邪魔が入ってもまだイジメようとするような標的にはなっていないだろうと考えたのだ。しかし、先輩がいるのは予想外だったな。

 それに、いかんせんこっちはこういう荒事には慣れていない。どうしたものか。

「おいオッサン。お前には関係ねーだろうが。そこどけよ……うぷっ」

 僕の肩を強く掴んできた茶髪の男子生徒に向かって煙を吹きかけると咳き込んだ。意外とタバコには慣れてないのだろうか。いや、そうか。未成年だしな。

 よく見れば耳元に銀色のピアスも見える。確かにこの学校は比較的校則にゆるい所があるが、見るのは初めてだ。

「ちょっと、なんなわけ? 急にしゃしゃり出てきて。超ウザいんですけど」
「俺たち楽しくおしゃべりしてただけだぜ?」

 白々しい嘲笑に無意識に笑いがこぼれた。そうだ、この程度だ。自分より弱いものに当たることしかできない程度の子供の集まりだ。恐れることなんてなかった。

「だから、俺のが先だったっての。今日の昼もこいつと『楽しく』飯食おうと思ってたんだぜ? なのにどこ探してもいねえからよ。もうお腹ペコペコなわけ。どうしてくれんの、なあ」

 ううん、僕も少しは演技の練習でもしておくべきだったかもしれない。そんな迫力だった。

「知るかよ、んなこと。邪魔しないでくれますぅ? センパァイ」

 言葉と共に、拳を振りかぶるのが見えた。遅れて、強い衝撃と熱を頬に感じる。それは、痛み。僕の大嫌いな痛みだ。

「ほらほら、痛い思いする前に帰ってくださいよ。センパイ」
「棒立ちじゃん。ウケる」

 胸の中を渦巻く怒りを抑えるためにタバコを一吸いした。噛まれたからと言って噛み返すのでは、犬猫と同じだ。何より、自分の侮蔑する暴力にだけは頼らないと決めているのだ。

「ふっ」

 一息に、火のついたままのタバコを今殴ってきた男子生徒の顔めがけて飛ばした。

「っ、あっぶね!」
「キャア!」

 まあ、威嚇くらいは許してもらおう。

「手ぇ出したな手前。おいコラ覚悟できてんだろうなクソガキ」

 ……いや、大分頭にはきていたのかもしれない。今の言葉は演技でもなんでもなかった。

「上等だ。ああ上等じゃねえかこっちが下手に出てりゃデカい態度取りやがって挙句の果てに帰れだ? いい度胸だ今すぐ手前ら全員土に帰してやるよクソ共が」

 一体どっちが悪役だという話だ。あまりの大人気なさに涙が出てきそうだ。だが、僕の言葉も一定の効果はあったようで、彼らは互いに目を見合わせて、どうする、こいつ……と相談し合っていた。

 いやまあ、その目はどう見ても異常者に出会ったそれなのだが。

 とにかく落ちつかなかければ、と二本目のタバコを取り出し火をつけた。しかしその動作にまた自分たちに火を飛ばされると思ったのだろう。一歩ずつ全員が距離を取った。

「まずお前だな。顔覚えたぞコラ。すぐに誰かわかんねえようにしてやるよ。ああそれじゃ意味ねえな、はっ」
「こいつっ……!」

 咄嗟に身の危険を感じたのだろう。反射的に彼が拳を振るうのが見えた。だがもう避ける気もなかった。僕はその程度の痛みに負けやしない。好きなだけ殴るといい。

「どーん!」

 その時、彼の姿が視界から消えた。代わりに、もう見慣れたニヤけ顔がそこにいる。

「なーにやってんの。オッサン」

 笑いをこらえようとして必死な顔もなぜかキマっている、恋塚の姿だった。その足元には僕を殴ろうとした男子生徒が横たわっている。ああ、蹴り倒されたのか。

「いいぞ恋塚そのまま押さえてろ。今すぐこいつの目と舌に根性焼きかましてやる」
「いーっていいって、似合わねえってオッサン」

 ついにこらえきれなくなったのか、恋塚は声を上げて笑い出す。人を踏みつけながらの笑みに気圧されたのか、また周囲の距離が開いていった。

「それより、なんかケンカ起こってるって聞いてきてみればお前らかよ! あー、なに?見た感じそこの子イジメてたらオッサンにキレられたって感じ? うわー、まだそんなしょうもないことやってたのお前ら」

 なんだ、顔見知りか? と、そこでようやく頭が冷静になった。そうして周囲を見てみれば、どことなく恋塚を恐れているようにも感じられる。

 なんだろう、前に何かあったのだろうか。その疑問に恋塚がすぐに答えてくれた。

「ほらオッサン。フレチューでつまんねえ話ばっかしてた奴ら。こいつらだよ。何してんのかと思ったら上級生のケツで弱いものイジメとか。はー、笑えるわ」
「んだよっ、こいつ!」

 茶髪少年の横で笑っているだけだった坊主頭の生徒がケラケラと笑う恋塚に殴りかかった。それはあまりにも唐突で、一瞬目の端に涙さえ浮かべているのが見えた。おそらくは突発的に感情が昂ぶったのだろう。

 なのに、まるで恋塚は最初から知っていたかのように首の動きだけでそれをかわした。そして、太ももを蹴り上げると坊主頭は体が半回転したように頭から音を立てて地に伏した。

「恋塚……お前強くね?」

 驚いて、思わず素のままに言葉を漏らしてしまう。

「オッサンよりかはね。危ないから下がってなよ」

 なんだ、この頼れる感じ。イケメンだ。一歩間違えば惚れてしまいそうになる。

「……ええ加減にしろや」

 その時、ずっと奥の方で座り込んでいた男が低いがさついた声を発した。ビクンと全員の体がすくみ、場の空気が凍りつくのを察した。

 なんだろう、この集団のボスみたいなものか? 雑に切られた黒髪の下にはまるで死人のような青白い肌。黒縁のメガネの奥にはやけにするどい瞳が覗いている。

「そいつとお昼したいって言ってるだけやろが。んなもん一々食ってかかるなや。みっともない」
「宮代先輩……」
「あんた話分かるじゃん」

 恋塚は本当に物怖じしないな。この男……宮代の妙な迫力に気圧されることなくあっけらかんと言い放つ。そのおかげか、僕もかろうじて平静を保つことができた。

「……俺は二年や。目上には敬語使えクソガキ」
「なら僕にも敬語よろしくな。お前よりずっと年上だから。よろしくな、ミヤシロとやら」

 すっと剃刀のような鋭さを持つ眼がレンズ越しに僕を射抜いた。だが、まあ、所詮は猿山のボスだ。恋塚がいなければどうだったか分からないが、対抗できないほど怖くはない。

 人類史上始まってから、視線で人を殺した例は一つとしてないのだ。睨まれる程度、どうってことはない。だからそう、この震えはただの武者震いだ。

「なあ、大島さんって言いましたっけ?」
「あ、やっぱ敬語いいや。気持ち悪い」
「……」

 宮代はさすがに怒ったのか、僕に向かって腕を振り上げる。しかして僕に攻撃はなく、まだ地面で焦げくすぶっていたタバコを、すっと取り上げただけだった。

「これ、くれな。そんくらい別にええやろ。それじゃあ、楽しいお昼を。ほなな」

 宮代が去っていくと、他の生徒たちもそれに続いていく。後には倒れた男子生徒と恋塚と僕だけが残された。去り際、木崎さんがぽつりとささやくように耳元に残していった言葉が気にかかる。

「やるじゃん、オッサン……でも、これから気をつけなよ」

 これから? 木崎さんは何のことを言っているのだろう。いや、彼女もまたイジメグループの一員ではなかったか? それが僕にどうしろと……。

 勢いで割り込んできてしまったが、これでこの件は終わりでいいのだろうか。不安は残るが。

「で、どーすんの? オッサン」
「……とりあえずこいつを保健室に運ぼう。転がしたまんまじゃまずいだろ」
 恋塚に男子生徒を背負わせて、僕らもその場を後にするのだった。

 

 次→悪魔の陰

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vavavavava 6年前
888 EXC
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