WINGS&アイロミームproject(仮)
絵美里① 『オカルト研究部 編』
 オカルト研究部は、現代科学では説明のつかないような不可解な事象を研究・調査する部活である。世間一般に"オカルト"と称されるもの……いわゆる魔術や占いといった類いの分野が、この部活の研究対象にあたる。科学の理に相反する力の根源を突き止め、あるいは手中に納めること……それが、研究を通して部が追求する最終目標であった。  が…………  「はぁ……」  オカルト研究部の部室。その隅にある小さな椅子に腰かけながら、櫻井 絵美里は深くため息をついていた。  新学期から早くも一ヶ月が経ち、今は五月。新入生たちは学校の雰囲気に慣れ始め、運動部なんかは、春の選手権大会に向けて猛特訓に励んでいるという時期だった。また、新年度のはじまりということで、「新生徒会役員を決める選挙が行われます!」という宣伝用のポスターが、至るところに貼られていた。既に立候補を表明した生徒も居るようで、その中には、絵美里のクラスメイトである稲垣 詩葉も含まれていた。  そんなこんなの新学期において、絵美里は……いや、絵美里が部長を務めるオカルト研究部は、ある重大な問題を抱えていた。それは……  (部員、来週までに三人も探さなきゃいけないなんて……)  絵美里の手には、前年度の生徒会が製作した『部活動会議のお知らせ』というプリントが握られていた。部活動会議とは、年度初めに毎回行われる、各部の活動報告や予算決めなどを行う会議のことである。運動部と文化部、それぞれの部長が一同に介するこの会議では、まず最初に「各部の存続」についての議論が行われる。何らかの事情によって解体されなければならないような部がないか、という確認だ。……といっても、基本的に自ら解体を志願する部活など滅多に出てこないので、この過程は毎回、口頭の確認だけで済まされることが多いのである。  しかし、ここで問題になるのが、「部員が五人に満たない部活動は、審議の対象となる」という規定が設けられている点。そもそも部の存続には条件があって、部員が五人以上いないといけない、というルールなのだ。オカルト研究部は現在、櫻井 絵美里ともう一人、二年の工藤 冬美(くどう ふゆみ)の二人構成。すなわち、五人未満……ガッツリ審議対象となっていたのだ。  (去年の会議では、私が入部したばかりだったから情状酌量で見逃して貰えたけど、今回は……)  絵美里は、一年生の終わりがけにオカルト研へ入部した。その時には既に、部員は絵美里と三年生の先輩の二人だけしかおらず、その先輩が卒業するや否や、絵美里は一人になってしまったのだ。去年の二学期ごろに冬美が加入してくれたものの、それでも二人。オカルト研究部は依然として、危機的状況を脱することが出来ていなかった。  ガチャッ……と部室の扉が控えめに開かれる音がした。絵美里が顔を上げると、扉の向こうで、オカルト研のもう一人の部員である工藤 冬美が、ひょっこりと顔を覗かせた。  「あ、工藤さん。 お疲れ様です」  「フヒッ……ア、お疲れ様、です……」  声がどもって挙動不審なようにも見えるが、彼女にとってはこれが普通。絵美里は、半年間の付き合いの中で、彼女のか細い声を聞き取るのにも慣れてきていた。  「アゥ……頼まれてたポスター……掲示板に、貼っておきました……ヒヒッ……」  「ありがとうございます。 これで興味を持ってくれる人が出て来てくれれば良いんですけど……」  「……すぐには……アゥ……難しい、かも……」  二人揃って、ため息をつく。学校祭の時に、ちょっとしたオカルト案内みたいな展示を出すぐらいしか活動実績がないオカルト研究部にとって、部のアピールをするというのはなかなかの苦行だった。急場凌ぎでこしらえたポスターぐらいしか、情報を発信する手段がないのだ。  「フヒッ……あの、櫻井先輩が、その……う、WINGSのライブで、呼び掛けを……ヒヒッ……勧誘をする、のは、どうですか……?」  「い、嫌ですよぅ! それだと、その……わ、私目当てで入部する人が出てきてしまうかもしれないといいますか……。 第一、そんな方法での勧誘はルール違反ですからっ!」  「そう、ですか……ンゥ……妙案だと思ったけど、仕方ない……フヒッ」  冬美にはそう言ったものの、実のところ、絵美里も同じ案を考えていたことはあった。彼女は、オカルト研究部に所属すると同時に、『アイドル研究部』という別の部にも所属している。そこで彼女は、WINGSというアイドルグループの一員として活躍しているのだ。WINGSの知名度は校内でもかなり高く、彼女がWINGSを介して何かを宣伝しようものなら、すぐに学校全体に情報が行き渡るといっても過言ではない程だ。  加えて、彼女は『聖唱姫の呪い』という特殊な呪いにかかっている、という事情も抱えていた。彼女の呪いは『縁伝者(エンデンジャー)』といって、自身の他者に対する存在感を自在に操ることが出来る力を持つ。普段は、存在感を消すことで"目立たない生徒"と化している彼女だが、いざ『縁伝者』を使って存在感を際立たせれば、WINGSを抜きにしても皆の目を引く勧誘活動が可能になるだろう。絵美里は、そういったある種の"切り札"を持っていた。  ……しかし、考えはしたものの、絵美里はそれらの作戦を実行しようとは思わなかった。理由は、先ほど冬美に述べた通り。「絵美里さんがいるから!」という理由で入部する人が続出する恐れもあるし、WINGSの知名度を借りて自身の利益につなげようとするのは気がひける。呪いの力を使って宣伝をしたところで、それはオカルト研究部に興味を持ったというよりはむしろ、絵美里に興味を引かれたということになる。絵美里としては、少なくとも『オカルト』に興味がある人を勧誘したいという思いがあったので、こうした"切り札"は使いたくなかったのだ。  「とにかく今は、クラスの方に少しずつ声をかけてみたり、ポスターを見て興味を持ってくれる人が来てくれるのを気長に待つしかないですね……」  「ウゥ……部活動会議に間に合えば良い、けど……」  あはは、と苦笑いで返しながら、絵美里は手にしていたプリントを机の上に置いて立ち上がった。部室の中は、西洋チックなランプの灯りによって照らされているだけで、まるで物置小屋の中のように薄暗い。にも関わらず、絵美里は慣れた足取りで床に積まれた本の山や骨董品などを避けていき、背表紙すら見ずに、本棚から一冊の分厚い本を手にとって座った。彼女は、部室内のどこに何が置かれているのか、しっかりと把握しているようだった。  「…………あ、あの」  「? どうかしましたか?」  控えめな声で冬美に呼ばれ、絵美里は振り返る。  「アゥ……私は、その……れ、霊感が強い、から……。 ンゥ……霊とか、魔法とか、そういうのに興味があったから……オカルト研究部に入ったん、です、けど……」  「?」  「ウゥ……その、櫻井先輩は……どうして、オカルト研究部に入ったん、ですか……?」  え……と、絵美里は少しだけ目を丸くした。冬美は、自分がオカルト研に入るより前の事情を知らない。だが、彼女が入部した時、部員は絵美里ただ一人だけだったということは知っている。彼女からしてみれば、何故絵美里が一人でも部活を続けていたのかは、疑問に思うところであろう。  普段、こういった話を振ってくることのない冬美からそんな質問を投げ掛けられて、絵美里は少しビックリしていた。が、やがて彼女は本をパタン、と閉じると、  「そうですね……スポーツがあまり得意じゃないからとか、人見知りで、人の多い部活は苦手だからとか、色々理由はありますけど……」  絵美里はそこで、冬美の方を見て微笑んだ。  「━━━━自分の知らない世界に飛び込んでいくのって、ちょっとワクワクしませんか?」  「わ、ワクワク……?」  キョトンとする冬美に、絵美里は再度笑いかける。彼女は、丁度持っていた分厚い本をパラパラと捲っていきながら、適当なページで手を止めて開いた。  「魔術、占い、都市伝説……そういったものって、あんまり一般的じゃないじゃないですか。 まぁ、だからこそ敬遠されたり、怖がられたりするのかもしれませんけど……。  ……でも、それが故に"未知"、といいますか……私にとっては見たことも聞いたこともない、未知なる世界の広がりなんです」  絵美里が開いたページにあったのは、難解な文字と記号で型どられた魔方陣のような模様。それは、確かに冬美にとっては見たこともないものであった。  「算数の問題なんかとは違って、オカルトの世界には答えがありません。 だからこそ、私の中の探究心が疼くんです。 調べれば調べるほど、不思議な世界は広がっていって……私にとっては、それが楽しいんです!」  「未知なる、世界……」  「ええ。 ……そういう意味で言えば、私がWINGSに入ったのも、それが理由ですね」  「え……?」  突然WINGSというワードが出てきたため、冬美は少し面食らった。今の話と、WINGSとがどう関係するのだろう……? 冬美には、その見当がつかなかったのだ。  「WINGSに入った当初は、色々と不安や悩みが尽きなくて、上手くやっていけるのかな、って不安だったんです。けど……いざWINGSに入って、練習を重ね、ステージ上でパフォーマンスをやってみて……。 そしたら、それは全部、私の知らないことだらけで……テレビでアイドルを見るのとはまた違う、キラキラした世界が広がってたんです!」  目を閉じて、絵美里はその時の様子を思い出しているようだった。それに釣られて、冬美もそっと目を閉じてみる。彼女の瞼の奥には、絵美里がステージ上で歌っていた時の、輝くような笑顔が映し出されていた。  「WINGSに入ったきっかけそのものは、その……上手く説明できないんですけど……。 ……でもっ! 私にとっては、アイドルの景色も"未知な世界"であったことには変わりなくて……私をワクワクに導いてくれる、そんな場所なんです……!」  「…………!」  絵美里の瞳は、初めて見つけたオカルト関連の書物に目を通している時と同じくらい、キラキラと輝いていた。それはさながら、知らない世界を知って好奇心を掻き立てられる無垢な子供のようで……冬美には、それが眩しすぎるぐらいに映っていた。  「えっと、話が逸れちゃいましたけど……。 ……要するに、オカルトもアイドルも、私にとってワクワクを生んでくれる"大好きなもの"、なんですっ!」  「大好きなもの……。 ……フヒッ……先輩の、"好き"って気持ち……すごく、伝わってくる……ウェヒヒ……」  「はい! オカルト研究部もWINGSも、大好きですからっ!」  ━━━━その時だった。  コンコン、と、不意に部室の扉がノックされる音が響いた。ビクゥッ!? と肩を震わす冬美を宥めつつ、絵美里は本を置いて扉の方へと向かう。知り合いか、あるいは生徒会役員か……そう勘繰りながら、ゆっくりと扉に手をかける。  「えっと、どちら様でしょう……?」  まるでアパートに住む主婦のような台詞を口にしながら、絵美里は外を見る。そこに居たのは、見知らぬ三人の生徒だった。一人は少し背の高いポニーテールの女子、もう一人はメガネをかけた大人しそうな男子、さらにもう一人は、包帯などの装飾に身を包んだ、いかにも中二病チックな見た目の男子だった。制服の綺麗さから察するに、三人とも新入生かな、と絵美里は予想する。  「あ、こんにちはー! 私たちオカ研の…………って、えええええっ!? う、WINGSの絵美里さん!?」  「え!? ちょ、あ、あの! 声が大きいですってば……!」  慌てる絵美里だったが、三人の生徒たちはそれ以上に驚きを隠せていない様子だった。  「なんで!? ここ、オカ研の部室だよね……!?」  「まさか……WINGSという天使に近き力を手にしながら、彼女もまた深淵の申し子であったと……!?」  「あ、あの! 落ち着いて下さい……!」  キョロキョロと周りを確認し、他の生徒に気付かれていないか確かめる絵美里。それから、しーっ……! と口の前に人差し指を押し当てるジェスチャーを交えて、三人に落ち着いて下さいと促す。三人は動揺しながらも、意図を察してコクコクと必死に頷いていた。  「……それで、あなた達は一体?」  「あ、ええと、はい!」  真ん中にいたポニーテールの子が、緊張した様子を見せながらも自己紹介を始める。彼女は持っていたクリアファイルから三枚のプリント用紙を取り出すと、突きつけるように絵美里の前へと差し出した。その紙をじっと見て、絵美里はその目を見開いた。  「これ……入部届け、ですか……!?」  絵美里の問いかけに、ポニーテールの少女は頷く。  「はい! 私たち、あのポスターを見て来たんです!  えと、私は、一年の伊藤 ちえ美といいます! こっちは田中くんで、こっちのイタイ格好の奴が藤村くん」  「よ、よろしくお願いします……」  「おい貴様! イタイとは何だイタイとは! 俺のこの姿はベリアルの刻印による侵食から貴様らの身を守るための安全装置のような役割を……」  「あーはいはい分かったから!  ……それでえっと、私たち中学の頃に三人でオカルトサークルやってて、高校でもオカルトサークル作ろうかなーって思ってた矢先、オカ研の存在を知ったんです。 なので、その……是非、オカ研に入部させて頂きたいな、って思って!」  ……なんという奇跡だろう。絵美里は、感動して思わず両手で口元を覆っていた。  三人とも、少なからず"オカルト"という分野に興味を持っている人のようだったし、見たところ仲睦まじいメンバーのようだった。自分のことを知っている以上、クラスの子とかに「オカ研に絵美里さんが居た!」なんてことを口外したりしないよう釘を刺しておかねばならないが……。と、そんな事を頭の片隅で考えつつも、絵美里がこの三人を拒む理由は、現状全く見当たらなかった。  「工藤さん……!」  感動に頬を緩ませながら、振り返る。いつの間にか背後に来ていた冬美も、絵美里と目を合わせるや否や、嬉しそうにニッコリと笑み浮かべた。良かったですね、と、そう目で語っているようだった。  表情を輝かせたまま、絵美里は再度、一年生たちの方へと向き直る。そのキラキラした瞳を見た三人は、自然と、胸の奥からワクワクが込み上げてくるような期待を覚えていた。これから始まる学校生活に、新たな未知の世界が広がっていくのを感じながら。  「勿論、歓迎します! ようこそ、オカルト研究部へ…………!」  オカルト研究部 編 END
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